辺境の島5
大陸の南に位置するここトレオ島は年中、温暖な気候に恵まれている。が、十月を過ぎて少し風も涼しくなってきており、このところ珍しく雨が続いて畑の作物も心配だ。
ドウレン豆の収穫後にオレゴンを植えた高台の畑は水はけも良いが、一番下の畑はガーシャの苗を植えたばかりなのに、浸水してしまうかもしれない。
「よく降るな。こう続くと滅入るが。まぁ、カイナがくれた花茶でもどうだ?」
窓ガラスに流れる水滴をぼんやりみていると、タオがカップを差し出す。白い大きめのカップの中に、ピンクや黄色の花が開き、ほんのりと甘い香りがする。
「あったかいね…おいしい」
キーラは一口飲んで、ふわりと笑った。
春から夏にかけて摘み取ったチャイの花で、ピンクに水色、オレンジに青、紫と様々な色があり、花が開ききる前に摘み取って乾燥させたものだ。干からびて小さく、茶色い押し花の失敗作のようになるが、湯を注ぐと元の綺麗な花色になって開き、良い香りがする。
そんなオシャレなお茶を飲みながら、雨で出られない日が続いて畑にも海にも行けないのなら、たまにはのんびり過ごすのも良い。
互いに思い付いたまま、取り留めなくあちこちに行ったり来たりする話を楽しむ。
島では昔から飲まれていたお茶だが、大陸で人気が出てきたところ島の特産品として売り込んでいるようで、昨年あたりからメドウが本格的にチャイの栽培と花茶作りを始め、今年は結構な売り上げになったらしい。
そのメドウが先日、久しぶりに一泊で一緒に出荷に行った港町の居酒屋で、馬を買い直すのは諦めたが、来年には動力車を導入すると息巻いていた。
生き物とは違う動力石を使った最近の技術進歩は目覚ましく、大陸では生活向上グッズとして大小様々な装置が開発されているらしい。
自動で洗濯をする箱やらスイッチで火力を調節出来る調理箱、ゴミを吸い取って集める装置に馬の代わりに動力石を使った二輪車や四輪車等がある。
どれも高価で動力石も安価とは言えないが、その便利さは一度使うと納得のシロモノだと、現物をほとんど見る機会のないこの離島でも噂が絶えない。なかなかに夢のある話なだけでなく、将来的に職業としてかなりの雇用が生まれそうな新分野なのは確かだった。
その間、キーラはメドウの家で、カイナ達と留守番していた。
タオが数日家を空ける用事が出来る月に数回のお泊り日、母に祖母、兄弟姉妹と賑やかな家で過ごすのは、キーラにとって家とはまた違う楽しい時間でもあった。
料理が得意なライラと一緒に食事やお菓子を作ったり、縫い物や編み物が得意なカズーが服やカバンを作るのを見せてもらったり、カイナ達と小エビや貝を捕ったり追いかけっこしたり。
カイナと秘密の話をして、フドウとアイゼのケンカを仲裁し、ミリヤが泣けばあやして抱っこやおんぶをする。
たまに街に行けば紅い髪を奇異の目で見られたり、避けられたり嫌がらせをされたりする時もあったが、メドウ一家は家族のように優しく、時には厳しく接してくれるので、キーラにとって居心地が良く安心できる場所だった。
そんなキーラが率先して手伝いをするものだから、大人たちは捨て子の負い目を感じて遠慮しているのかと心配する事もあったが、元から頭も良い割に擦れた感覚は持ち合わせていない。
単純に喜んでくれるから嬉しい気持ちで、体力も能力も惜しみなく出し切り、役に立てると素直に満足しているだけだった。
本当に良く出来た子だと感心しながら、タオは幸せにしてやりたいと心から願う。
翌日は久しぶりに晴れて、心地よい風が吹いていた。二人で畑を見回り、壊れた柵を修繕したり、崩れた畝を戻したりしていると、また忙しく時間は過ぎていく。
一番心配だったガーシャの苗は、かろうじて持ちこたえたようで安心する。
海は穏やかだったが、水が少し濁っていて水中が見辛い。数日で戻るだろうから、貝やエビを捕るのはもう少ししてからが良いだろう。
昼食を終えると、また二人一緒にメドウの家に行く。タオの家の倍はあるレン一家の畑をメドウとカイナも一緒に見回り、必要な個所は修繕し手入れをしていく。全て終える頃にはもう、日が傾いていた。
「花茶用のチャイが終わっていて良かったぜ」
と、メドウは笑っていた。チャイは長雨には弱いらしい。
「晩飯、一緒に食べてってくれな」
足の泥を井戸で流しながら誘い、
「キーラもタオもありがとう、助かった。カイナもお疲れさん」
子供たちの頭を交互に撫でて、とびきりの笑顔で労ってくれた。
家に入ると夕食の準備が整いつつあり、アイゼとフドウも手伝って最後の仕上げにかかっているようだ。
カイナとキーラも出来た料理を運ぶのを手伝って、賑やかな食卓が整った。メインであるサーモのバターソテーは、子供にも大人にも人気のメニューだ。
一日の労働を終えた後の食事は格別、大人たちの酒も進み、メドウはスグに出来上がっている。
賑やかに楽しい夜だが、雨続きで溜まった仕事も多いので、明日の朝も早い。子供たちの食事も終わってひと段落する頃、一人だけ幸せそうな寝息を立てる夫を見やり、
「これっぽっちで酔えるなんて安上がりでいいけど、片付け戦力外よね。ウラヤマシイわ」
ザルのライラが、良い夢を見ていそうな夫の頭をペチンとはたきながら食器を運び、片付けを始める。昼寝をした子供たちが戦力になったので、それほど時間もかからずお開きに出来た。
読んで下さって、ありがとうございます。
初めての長編チャレンジです。
毎日更新したいところですが、遅筆ですのである程度キリの良いところまでを書き溜めた分だけ連続更新、しばらくお休みしてまた溜めてから続きを更新の予定です。
いいねやブクマで応援いただき、のんびりお付き合い下さると嬉しいです。