辺境の島4
今年のドウレン豆も出来がよく、保存食用の豆せんべいも、大箱に三つ満タンになった。その分、食べる量も増えてきているので油断はできないが、今日が最後の収穫になりそうだ。
早朝からタオはキーラと一緒に作業を始め、畑の半分を終わらせて二人で朝食をとっている。
「作業も早くなったな、キーラ。ほんと助かるよ」
コフラ茶のおかわりをカップになみなみと注ぎ、しまった、と淹れ過ぎを後悔しているタオ。せっかくもらったばかりのミルクがあるのに、使えない。
コフラ茶は濃く煮出した後、冷めても飲めるし数日は劣化しないので、少し高価だが作り置きが出来て重宝される。ストレートでも飲めるが、だんぜんミルク入りの方が美味しい。
昨年、ライラが女の子を産んで以来、ヤギを2頭飼いだしたメドウが搾りたてを持ってきてくれたものだ。
「……ボクもコフラもらうね、ミルクたっぷりにしよ!」
キーラが淹れ過ぎたコフラ茶を器用に自分のカップに移して、二つのカップにミルクを注ぐ。
成長したとはいえ、今月の誕生日を迎えてもまだ五歳だというのに、やたらしっかりしている。教えた事の覚えも早いし、周囲をよく観察してどうすべきかを考えているようだ。
思い返せば赤子だったのは一瞬で、今はもう戦力と呼べる働きをしてくれる。
腰まで伸びた髪を後ろで編んで束ねてあるが、両耳横の紅髪だけは伸びるのが遅いのか、顎の下あたりまでしか無く、そのまま垂らしてある。
ストンとしたワンピース風の服も、少し前までは二の腕も隠れて腰ひもで長さも調節していたのに、今ではノースリーブにひざ丈だ。そろそろ新しい服を、あつらえないといけない。
「お昼までに、うちの畑は終わるよ。そうしたら、カイナのトコも手伝おうよ」
二つ目のパンをほお張りながら、キーラが笑う。世話になっているレン一家も、今は手のかかる双子と末娘がいて、思うように作業が捗っていない。
「そうだな、ついでにマージの一夜干しも持って行ってやろう」
3日ほど前、二人で釣りをしたら大漁で、開いて干し、保存食にしてある魚だ。少しあぶるだけで食べられる、時短で美味しい庶民の味方である。
「うん!ごちそうさま。ボク、食器片づけてくるね」
手際よくテーブルを片付け、食器を洗う。まだキッチンでも背が届かないところが多いのだが、タオがステップを作ってやると喜んで上手に使いこなし、片付けや簡単な調理も出来るようになった。
甘えてくることもあるが、キーラはタオと一緒に働くのが好きで、家事でも畑仕事でも魚釣りでも楽しそうだった。
「タオ、一緒に走ろう!」
あどけない笑顔で誘うと同時に、畑に向かって走り始める。あぜ道すら無視するように、段差や障害物を物ともせず躱して飛び越え、目標地点までの最短ルートを駆け抜けた。
慌てて追うタオは、その能力に驚きを隠せない。
今年になってすぐ、キーラは第一進化「陸棲」を遂げた。走れば普通の大人の三倍は早く、家の屋根に軽々登るジャンプ力があり、高所から飛び降りても綺麗に着地する。
その動きは敏捷で柔軟、猫のようだ。高台にある畑にも、すぐに到着できてしまう。
キーラ自身は特別な力だとは思っておらず、もっと早く、そう願えば早く走れたし、もっと高く、と願えば高く飛べるのも面白いらしい。やりたいと思った通りに身体が動くことが素直に楽しかったし、夢中になっている間は不安を感じなくて済む。
そう、幼いキーラの心の底には、いつももやもやした不安があるのだ。何かがひっかかる気がして、キーラはタオを慕ってはいるが、父と呼んだことは無かった。
「は~、オレも年だな。キーラと競争するのは辛くなってきた」
畑に到着し、汗を拭いながらタオが言った。
海風が心地よい高台の畑は、そびえ立つ大樹が見え、海を見下ろせるタオとキーラのお気に入りでもある。
「じゃあ、ボクが収穫するから休んでる?」
さっそくと収穫用の籠を持ってやる気溢れる幼児に心配されると、苦笑いしか出てこない。
「いいや、キーラにはまだ、負けていられねえよ」
タオも籠を持って、朝の続きの畝へ向かい、隣合わせで競うように作業を開始した。
夏から秋にかけて、何度も花を咲かせて実を付けるドウレン豆も、今年は今日で最後の収穫作業。
最盛期よりは実の数も少ないので、同じ面積の収穫でも早く終えられそうだ。
支柱に沿って伸びたツルが絡み合い、所々は枯れかかった葉も見える。足元からタオの背丈ほどもあるツルの、上部はタオが、下部はキーラが葉陰までくまなく確認して、ついた実をもぎ取っては籠に入れていく。
他愛のない会話をしながらの作業は、一人よりも楽しいものだとタオも思う。
本当の親子ではないとキーラに伝えた事は無かったが、カイナ達親子を見ていると、違うものを感じるのだろう。母親がいないのも、大きいかもしれない。
親の事は敢えて伝える気も無かったが、もし聞かれたらどう答えるのか考えられなかった。それを察しているかのように、キーラが聞いてくる事もまた無かった。
「もうこの列で終わりだよ」
幼児とは思えない集中力で豆をもぎ取り、タオもまた競うようにムキになってしまう。
「そうだな、帰ったらまた皮むきだ。いっぱいあるぞ」
豆を摘み取りながら、満タンに近い五つの籠をチラリと見る。
「大丈夫、ボク得意だもん」
ふんわりと優しく笑いながら、本当に楽しそうに作業をする。メドウは息子たちが手伝いをしない、ワガママだと手を焼いているから、キーラを本当にうらやましいと愚痴ったりするが、子供らしいのはむしろメドウの息子たちの方かもしれないと、タオは時々感じる。
子育てに正解は無いと言うが、優秀なところまで悩みの種になるのは義理のせいだろうか。
この後、豆を運んで皮を剥き、簡単に昼食を済ませてメドウのドウレン畑も全て収穫を終えた。
夜ごはんを食べてすぐ、文句のひとつも言わずに大人でもキツイ労働量をこなしたキーラは、静かな寝息を立てて満足そうに眠っている。
タオは優しく髪を撫でてやり、明日の朝食に出してやろうかと、メドウがくれたメロの実を井戸水で冷やしに行った。
読んで下さって、ありがとうございます。
初めての長編チャレンジです。
毎日更新したいところですが、遅筆ですのである程度キリの良いところまでを書き溜めた分だけ連続更新、しばらくお休みしてまた溜めてから続きを更新の予定です。
いいねやブクマで応援いただき、のんびりお付き合い下さると嬉しいです。