辺境の島2
「急にすまんな、助かるよ」
拾った赤子、キーラを育てる決心はついたものの経験は皆無だったので、隣のレン一家に協力を要請。
飲み仲間でもある父親のメドウを始め、まだ一歳を過ぎたばかりの娘がいる妻のライラも、祖母のカズーも快く引き受けてくれ、育児グッズとやらも揃えてくれる。
モスグリーンの長い髪に日に焼けた浅黒い肌、ひょうきんな笑顔が憎めないメドウは、見るからにライラの尻に敷かれている。
色白で水色のボブヘア、面倒見がよくて愛嬌のある人情家のライラに、自分から好んで尻の下に蹲っている感もあるのだが、いつも賑やかで仲が良さそうだ。
メドウより淡いグリーンの髪を結いあげているカズーはライラの実母で、そんな二人を優しく見守りながら陰で支えている。物事の見方も公正、落ち着きもあってとても頼りになる人だ。
ちなみに娘のカイナは母より少し濃い青の髪、やや浅黒い肌に両親と同じ濃紺の大きな瞳が可愛らしい。が、話し始めたカタコトと態度で主張が激しく、なかなか手を焼いているそうだ。
島の中心街は港周辺なので、ほぼ反対側に位置する山の裏側は住む人も少なく、このあたりはタオとメドウの家しかない。
隣と言ってもスープを差し入れたら冷める程度はかかるのだが、それ以外の人家は一番近くて往復で半日の距離なので、まぁ互いに唯一のご近所さんだ。
キーラは推定、生後約半年。幸いというのか夜泣きも人見知りも無く、子育て経験者は口を揃えるくらい優秀な、非常に育てやすい初心者オヤジ向けの赤子だった。
それでも育児は、生易しいものでは無い。日々の洗濯物は増えるし、ミルクや大人とは違う食事も必要になってくる。風呂にいれる、寝かしつける、食事を与えてオムツを替え、爪切りや歯磨き、耳掃除などの細かなケアも欠かせない。
その一つ一つに準備と片付けが漏れなくついていて、やることは目に見えて増えるのに赤子の機嫌やアクシデントで思うようにタスクをこなせないのは想像以上のストレスだ。
これまで比較的要領よく暮らしてきたタオにとって思いもよらなかった躓きの連続、正直なところ魂が抜けかけたのも一度や二度では無かった。
家事と仕事がジワジワ溜まって、もうオマエの笑顔にも泣き声にも騙されねえからな!ってなる前にメドウが畑を手伝ってくれたり、ライラがキーラを預かってくれたり、カズーが食事の差し入れをくれたりするのは本当に、神と崇めたくなってくる。
感涙をこらえてメドウの肩を抱けば、
「ははは、チビにゃ振り回されてナンボだぜ」
笑い飛ばす笑顔は引きつり、かなりの寝不足なのか、目の下のクマが目立つ。
「先週からカイナの寝かしつけ交代してんだがよ、すんげー手強いんでやんの」
ライラが二人目を妊娠していると判明、今後のためにも育児分担を見直しにかかっているらしい。
引きつったまま張り付いた笑顔が色を変え、がくりと項垂れる。
タオは無言でバンバン肩を叩くと、ガシっと力を籠める。美しき、同士愛。
おっぱい飲んで寝んねして、とか呑気なわらべ歌に抗議したくなる日々だったが、隣同士で協力できるのは心強かった。
タオは今日、キーラをライラに預けて、収穫した野菜や果物を買い取ってもらいに、港の近くの店を訪ねるのだ。
港は島唯一の大陸との玄関口、山を迂回してほぼ島を半周することになるが、買い取り額は近場の店より良い。
先月、メドウの家では飼っていた馬が死んでしまって以来、タオが2軒分の出荷をかって出ている。
島では家畜も貴重で高価でもあるし、簡単には手に入らないからだ。
それに第二進化「水棲」は足を魚の尾に変えて水中を自由に動けるが、タオの第一進化「陸棲」は足に獣の能力をのせて走ることが出来るのだ。
同じ第一進化でもメドウは猿のような身軽さを持ち、タオは四足獣のように力強く早く走る能力に長けていた。
ちなみに第三、最終進化は「空棲」で、背に翼を現して空を飛べるようになる。が、この進化が出来るのは人間の十パーセントにも満たず、この島には現在、ひとりもいない。
それでも進化して変身可能な人間は、レボリアンと呼ばれる尊敬対象でもあった。
そんな訳でタオは、野菜や果物を山積みにした荷車を軽々と引いて走る。その脚力のおかげで、朝採れのものを当日の開店前に届けられ、市場と港の商店を覗いて必要な買い物を済ませ、昼には帰宅することが出来るのだ。
その力を発揮するにあたり、キーラを預かって貰うことが必須条件なのは言うまでもない。
子連れというだけで、持つ能力をくまなく発揮するのは至難の業になるからだ。
一仕事終えた後の昼食は、また格別だ。
ライラに抱かれたキーラの頭を、愛おしそうにカイナが撫でる。カズーが用意してくれた温かなスープ、メドウが身軽さを活かして採ってきてくれたメロの実、タオが港で人気の店で買ったパン。
そこには目まぐるしい日々の中に、小さくてもたくさんの幸せがあるのだと皆が思える時間があった。
読んで下さって、ありがとうございます。
初めての長編チャレンジです。
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