呪われた赤子
北は極寒、南は常夏に近い広大な大陸全土を治めるのは、神が遣わす女王陛下。その平和を維持するのは、最終進化を遂げて背に翼を持ち、心身の魔を昇華する技を磨いた、ガーディアンと呼ばれる人々である。
血の流れた跡に咲く紅華も、魔気を養分に成長して放出する黒華も、人を含む様々な生き物の心身に影響を与える恐ろしい華。自らを鍛え魔に侵されぬよう律しながら昇華の技術を磨き、魔華の駆除やそれらに侵された生物の治療、場合によっては完全処分を担うガーディアンは、国一番の名誉職でもあり、憧れる者も多い。
事実、貴族の存在しないこの大陸で、ガーディアンを多数輩出した一族は名門と呼ばれ、一目置かれる存在である。
持って生まれた身体が進化するかどうかは遺伝でも努力でも無く、いまだそのメカニズムは解明されていない。
分からないことには頑張る方向性を掴みづらいせいか、信憑性に欠ける健康法から妖しいまじないまで、数多くの民間進化必勝法のようなものが存在するのも需要と供給のバランスかもしれない。
この世界の人々の、進化と呼ばれる身体を変化させる能力について、分かっている事は意外と少ない。
段階的に、第一進化が「陸棲」で陸に棲む生き物の能力を現す。全体の半数くらいが遂げる進化で見た目の変化はあまり無いのが普通、そうして半数以上がこの第一止まりだ。
犬や馬のように早く走れる者、熊や象のような怪力を現す者、猫や猿のように身軽な動きを得意とする者たちがおり、寿命も普通の人間がだいたい百年前後なのに比べて五十年は長い。
次の第二進化は「水棲」で、水中に棲む生き物の能力と、多くは姿を現す。こちらは全体の二割ほどで、海や川、湖など水辺に近い場所で暮らす者に多く、足が魚やイルカの尾に変化する者や手足がひれに変化する者など、身体変化を伴い水中での呼吸が可能となる。寿命も通常の人間の倍以上になる。
三つ目は最終進化とも呼ばれる「空棲」で、背に翼を持ち空を飛ぶことが出来る。ここまで進化出来るのは全体の一割にも満たないとされ、寿命は約三百年、ガーディアンとして女王から拝領刀を賜れば、国の守護者として五百年以上になる。
残りの約半数は生涯進化せず、普通の人間として生を全うする。特殊な能力を持たずとも、本人の特性や努力で学者や職人、芸術方面で活躍する者も多い。
が、そのせいで諦め悪く人生を踏み出すタイミングを見誤ってしまう者もいた。
進化は第一の「陸棲」から順にしていくもので、いきなり「水棲」を遂げたり「空棲」だけを持つ者はいないが、特に進化する時期は決まっていないのか個人でバラつきも多く、成人以降に進化を遂げる者も少なくは無いからだ。
価値観は様々で、これらもただの個性に過ぎないと割り切れば良いのだろうが、職業のネームバリューやブランドに拘る者も一定数いるものだ。
他人に対して分かりやすい指標、希少能力保持者だとか見目麗しいとか数値に変換しやすい学力が高いとか、まぁそんなところであろうか。
こういった価値基準を持つ者の残念なところは、分かりやすいマイナス要素にのみ着目してしまうと、それ以外の価値まで全否定して可能性を潰してしまうことだ。
ましてや子を持つ親ともなると、簡単に悲劇が生まれてしまうことになる。
そして今日、出産を迎えたこの富裕な家の夫婦も我が子をガーディアンにせんと夢見ていたのだが、生まれたばかりの赤子の髪を見て、震えあがっていた。
この世界は様々な色彩に満ちているが、不吉の象徴である紅と黒は、華以外で目にする機会はほとんどない。植物の花や葉や実はもちろん、動物の毛色や肌や瞳でも珍しい。
そう、珍しいだけで皆無では無いのだが、ほとんど目にしないとなれば忌み嫌う対象になってしまうのも避けられない。
生まれて間もない赤子の髪は、全体は薄紫なのに、耳の横の一房ずつだけが紅い。まるで魔華のひとつ、紅華のように。
「なんと、不吉な…!このような呪われた子は、ワシの子では無い!」
父はそう言ったきり我が子に近寄りもせず、部屋から出て行ってしまう。
「違います、この子は呪われてなどいません!」
母は強く訴えたが、父には届かなかった。それから不幸な事に、産後の肥立ちが悪かったため、幾日もしないうちに息を引き取ってしまった。
そうして妻を失った男はさらに激高し、乳母として雇った女に赤子を始末するよう命じる。逆らうことは出来ないが、仕えた奥方は息を引き取る瞬間まで我が子を慈しみ、案じていたのは確かだ。
その姿に居てもたってもおられず、最後の密命を実行するべく適当に理由を付けて辞職し、親戚を頼り赤子を連れて転居した。
最初は使命感で、けれども接するほどに愛おしく感じながら、三か月前に生まれた自分の子と一緒に隠して育てていたところ、半年ほどして危うくバレそうになり、方々の手を尽くして奥方様の遠縁にあたる魔術師の力を借り、保護を与えて籠に乗せ、泣く泣く海に流した。
追及された折には、赤子は海に流しました、とだけ答えたのだが、我が子が始末されたと聞いて安堵する様に、元雇い主と言えども耐えきれなかった。
かと言ってどうすることも出来ない乳母は、かつての主人が去った後、自分の子を抱きしめて泣き、海に流した赤子の無事を祈った。
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初めての長編チャレンジです。
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