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好き嫌い

作者: 夜渡星廻

   好き嫌い

 僕は好き嫌いせずに生きてきた。

僕は今、会社の昼休憩で行きつけの洋食屋にいる。こぢんまりとした店で、店長とその奥さんの二人で仲良くお店を営み、客との距離感も程よく、学生とサラリーマン向けに財布にも優しくてお腹いっぱい食べられるので、平日のお昼は満席になる程度には人気がある。今の会社に新卒入社で二年目、週に二度は通っている。今日は雨の天気予報で空は曇天。その為か席に余裕があった。席に座り、いつも通りオムライスを注文する。オムライスは子供の頃からの大好物で母が作ってくれるオムライスが好きだった。この店のオムライスは母が作ってくれいたのと味が似ていた。その為凄く気に入っているのだが、一つ決定的に母が作ってくれていたものと違いがある。それはグリンピースがわずかだがオムライスに入っているのだ。グリンピースは子供の頃から嫌いだった。大人になった今も食べられなくはないが、はっきり言って嫌いだ。しかし、それさえ除けば完璧なので、ついつい頼んでは我慢して食べ続けていたら、いつの間にか一年以上経っていた。

 オムライスを待っている間にカバーされている本のスピンを引いて開く。ふと音の鳴るスマホの画面を見るとメッセージが来ている。高校時代の友人の正輝(まさき)からだった。内容は結婚式の招待状が届いたかの確認と、出席の念押しであった。正輝とは小学校時代からの縁だ。内向的な僕とは対照的に正輝は外向的な奴だった。帰宅部で常に読書をしている僕のことを何がそこまで気に入ったのか分からないが、そこそこ、仲は良かった記憶だ。

僕は目の前に出されたオムライスを食べながら、自身の学生時代を思い出していた。

窓際の席の後ろから二番目、いつも休み時間にブックカバーをした本を読みながら、学生という時計の針を進めていた。

「よぉ。」

そんな僕に声をかけてくるのが正輝だった。

「放課後サッカーやらね?」

僕は正直、乗り気じゃなかった。足は蹴られるし、知らない間に体に痣ができる。そのスポーツの良さが分からなかった。でも断れなかった。友達でいたかったし、正輝は良い奴だから。

「いいよ。掃除当番だから少し遅くなるけどいい?」

「おう。じゃあ、また後でな。」

正輝はそう言い残して、他の仲良くしている友人たちの群れへと消えていく。

「外は結構曇っているのにようやるわ。あんたもいつも断らないよね。」

後ろから声がする。振り返ると机に伏せていた眠そうな表情をこちらに向け、ほぼ開いていない目が僕の目が合う。

「えっと。サイトウさんだっけ。」

ほぼ初めての会話だが、名字はすんなり出た。理由は簡単で僕が密かに片思いをしている林さんと彼女は仲が良い。よく後ろで二人が話を聞いているのが聞こえてくる。決して盗み聞ぎしている訳ではない。聞こえてくるのだ。

「よく覚えてんね。」

「席後ろだからね。」

「そっか。それよりさ、あんた何で断らないの?」

「え?友達だし。」

僕は答えながら少し笑っていた気がする。

「ふーん。サッカー嫌いなのに?」

「べ、別に嫌いなんかじゃ。」

彼女の言葉を否定しようとした時、横から別の女性の言葉が入ってきてドキッとする。

「どうしたの?ユミ、何の話?」

(林さんだ。)

「ああ、(あい)()別に。ただ前の席との奴と世間話。」

「ふーん。えっと・・・名前なんだっけ?」

三木一摩(みきかずま)です。」

僕の名前など知られていないのはわかっていたがガッカリした。林さんが目の前にいる視界の端で白い歯を見せている奴が見えて、僕は慌てて席を立ち、逃げるように教室を出て行った。

 放課後に約束のサッカーをして、くたくたになった身体で正輝と学校で別れる。正輝はまだ残った友人達と一緒に遊んで帰るようだ。正輝はサッカー部の中でも体力お化けだ。だから今日も部活が休みの日に僕を誘ってくる。別に正輝が嫌いなわけじゃない。クラスで孤立しがちな僕を仲間に誘ってくれて、輪の中に入れてくれる。下手な弄りもしないし、誰にでも優しい。だから余計に自分自身がつまらない奴だと感じてしまい、卑屈になる自分がいる。そんな自分が嫌だった

下校途中に疲れた体を休める為、公園のベンチに座った。本を取り出し、スピンを引いて続きを読みだす。すると首に衝撃が走る。

「冷たっ!」

振り向くとサイトウが白い歯を見せている。

「嫌いなサッカーお疲れ様。」

そういう彼女の手には先ほど僕の首にあててきた缶ジュースがある。

「何すんだよ。ビックリしたなぁ。」

「ごめん、ごめん。これ、飲んでいいから許して。」

彼女はそう言って缶ジュースを手渡してくる。

僕はそれを受け取り、無警戒に缶を開けごくごくと飲んだ。

「飲んだねぇ。200円ね。」

そう言って僕の隣に座り、自分用に買ったであろう、別の味の缶ジュースを開けて飲みだす。

「はぁ?くれるんじゃなかったのかよ。それに定価より高くね?」

「あげるなんて言ってないけど?割高なのは健全な経済活動でしょ。」

彼女は悪戯な笑みを浮かべ、勝ち誇った顔をしながら言う。僕はため息をつき、鞄から財布を取り出すが小銭がない。彼女も僕の表情でそれを察したのか沈黙が流れる。

「何で家に帰らないでこんなことしてんの?」

僕は沈黙を嫌って質問してみた。

「別に、いつも寄り道して帰ってるよ。家居づらいから。ジュースは間違って買っちゃって、丁度見かけたあんたに売りつけようと思った。あんたこそ家に帰らずここで何を読んでんの?」

「別に家に帰っても誰もいないし、今日は朝から曇りだったから、洗濯物は外に出てないし。」

「ふーん。で?何読んでるの?わざわざブックカバーまでしてさ。何?いやらしい系?」

「別に。ただ汚れを付けたくないだけだよ。」

本当は違う。

「本当に自分の好き嫌い言わないんだね。」

「別にそんなんじゃ・・」

強く否定できない。

「でもサッカー嫌いでしょ?」

「うん・・」

観念した。

「で、愛華のこと好きでしょ?」

「うん・・え?!」

驚く僕をさっき驚かしてきた時と同じ笑みで彼女は笑っている。

「そんな驚く?授業中に隙があれば見ていし結構態度に出てたけど?」

笑顔での種明かし。その笑みに嫌味も悪意も感じられないが、種を聞くとなんとも複雑な気持ちだ。

「本人には・・」

「そんな野暮なことはしないよ。」

僕はほっと胸をなでおろす。

「でもさ、そんなに好き嫌いを伝えないで窮屈じゃないの?」

(そりゃ決まってる。でも。)

「好き嫌いは良くないって。」

「それは食べ物じゃなくて?」

「それもだけど。物事を好き嫌いすると世界が狭くなって、砂漠みたいに何もなくて、つまらなくなって人生損をするって。だから好き嫌いせずに何でもやりなさいって。」

(そう親に教わった)

「ふーん。」

彼女は急に立ち上がり自身のバッグを置いたまま、公園の砂場の近くに落ちているどこの子供が置いて行ったか分からないスコップで砂浜を掘り始めた。

「何しているの?」

「子供の頃さ砂場掘らなかった?なんか出るかもって。」

「いや、ないけど。」

「そう?私はよく砂場で遊んだからさ。男の子が化石とか探して掘るんだ。」

そう言うと彼女は立ち上がり、スコップを元の場所に投げる。そして僕の方を向く。

「砂漠に何もないかなんて隅々まで探さないと分からない。それに自分の好きなものでいっぱいにするならともかく、嫌いなもの集めても邪魔くさくない?誰かにしたら宝物かもしれないけど、君からしたらゴミかもしれないでしょ?それ。」

「でも、友達の好きな物を嫌いって言えなくね?」

「なんで?伝え方の問題じゃないの?それ。物がありすぎると部屋って狭くならない?世界をどれだけ広くしても物だらけにして身動き取れなくなったら本末転倒でしょ?」

僕は何も言い返せなかった。

彼女はこちらに近づき空を見上げる。

「雨降りそうだから帰るわ。またね。」

そういってバッグを取り、僕をその場に残して走って帰ってしまった。

 その後は特にこれを機にサイトウと仲良くなることもなく、そう簡単に自身を変えられるわけもなく、正輝の誘いを受け続けた。進級した際のクラス替えで、サイトウとはクラスが変わり、全く催促されないので缶ジュース代も踏み倒したまま話す機会もなくなった。結局好きな子に好きと伝えぬまま過ごし、好き嫌いも言わず大学受験をし、就職して今に至る。そして、学生時代に恋をしていた人と嫌いなサッカーを誘い続けた友人は結婚を決め、その式に僕を招待している。正直行く気にならなかった。

 気付いたらオムライスを完食していた。僕は立ち上がりお会計をする。

「じゃあ、500円ね。」

応対してくれた店の奥さんはいつも通りだ。

確かに窮屈だった。好き嫌いしなかったのに僕の世界は広くなった気がしない。僕は財布から千円札を取り出し支払う。

「いつも有難う。」

奥さんは五百円玉を手に掴んで手渡そうとしてくる。

「あの、お釣り全部百円玉でお願いできますか?」

奥さんは少しだけ間を開けた後「いいよ。」

と百円玉五枚を僕に手渡す。行く気はなかった。でも、会いたい人がいるかもしれないと思った。

「それと差し出がましいのですが、次からグリンピースを抜いてもらえますか?」

「え?!嫌いだったの?」

「はい。」

驚く奥さんに僕は申し訳なさそうに返事をする。

「言ってくれれば良かったのに。もう通ってくれて一年以上経つでしょ。勿体ない。」

「すみません。グリンピース勿体なかったですよね。」

勿体ないという言葉に反応して頭を下げる。

「何を言ってんのよぉ。勿体なかったのは貴方のお金でしょ?美味しい物食べに来てくれてたのに…次から抜くように主人に言っておくわね。」

そう言って笑みを浮かべ、僕の耳に顔を近づけて耳打ちする。

「その分お肉入れるわね。他のお客様には内緒ね。」

「有難うございます。」

「いいのよ。今後ともご贔屓にね。」

「はい、ご馳走様でした。」

僕はそう言ってお店を出た。正輝に式の出席の旨を返信する。式に行けば彼女に会えるかもしれない。その時は本のブックカバーは外して行こう、細かくしたお金は使わずにいよう。そして会えたら僕も少しは好き嫌いが出来るようになったと伝えよう。予報が外れ雲の割れ目から差し込む光の中、僕は会社へと戻っていった。


 







 


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