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痔の戦士(2)

 手術も終わるとサーキスとリリカ、ドレイクが診察室のテーブルでコーヒーをすすり、くつろいでいた。壁の机ではパディが三人に背を向けてカルテを書いている。パディは時おり水差しからコップに水を注いでそれを飲む。


「いや、尻の痛みが消えてこうやって椅子に座れる日が来るとは! 奇跡だ! 礼を言う、パディ先生!」

 痔が治った彼の発する声、言葉も力強い。パディがドレイクの方を向き直って笑顔で言った。

「どういたしまして」


「サーキス、君にも礼を言う。ありがとう。私はこの病院に四日も入院していた」

「四日も⁉」

 リリカが説明した。

「お尻が痛いドレイクさんは最後の力を振り絞ってこの病院に来たの。僧侶がいなくて申し訳ないけど、そのまま入院してもらったわ」


 サーキスが質問する。

「ドレイクさんってここの人? スレーゼンに住んでるの?」

「違う。マムルーク王朝から地中海を渡ってやって来た。私の目的は女神の騎士を探すこと」


 女神の騎士はセリーンの勇者とも呼称される。この世界の人々があがめる女神セリーン。勇者とはその女神からかつて祝福を受けた人間だ。ドレイクが言う女神の勇者が存在するならその子孫にあたる。

(何か雲を掴むような話だなあ…)


「マムルーク王からの直々の命令だ。勇者探しに機動力があるドラゴンの戦士の私が任命された。…サーキス、続けていいか? 私の話を聞きたいか?」

「聞きたいぜ! 面白いよ!」


「なるほど。続ける。まずは情報収集に近くの街を捜索した。セリーンの勇者のことを知らないかと、街行く人々に尋ねてまわった。ドラゴンのオルバンは私の隣を歩いていた。仲間だから当たり前だ。


 だが、私達を奇異な目で見る人間が多かった。ある日、年寄りから言われた。『ペットにはリードを付けろ!』と。私は怒り心頭で反論した。オルバンはペットではない! ましてや犬でもない! 我々は絆と言う見えない鎖で繋がっているのだ。売り言葉に買い言葉で論争したが、結局、オルバンが吠えたら年寄りは引き下がった。


 しばらくしてまた違う人間から同じようなことを言われた。私は考えた。これはもうオルバンに乗り続けるしかないと。私はそれ以来、街で買い物や情報収集をする時は常にオルバンの背中に乗ることにした。もう誰も私達に口出しする人間はいなくなった。問題はひとまず解決したが…」


(こんな体の大きい無骨な人がドラゴンに乗って街を移動すれば、そりゃ泣く子も黙るだろう…)

(きっかけが、酷いわよね…)

「私はおそらく寝る時以外はほとんどオルバンの背中だったと思う。そして痔になり、悪化した」

「オルバンの背中ってちょっと尖ってるもんね」


「かなり痔が進行した時にここから北東にあるブラハム王国の小さな村で事件があった。数日後、巨大な馬に乗った怪物、オーディンが村を破壊しにやって来ると。


 私はオーディン退治を引き受けた。なぜかオーディンは村人に出現場所を、村が一望できる小山と指定していた。小山にはモンスターで溢れていた。私は治安を少しでも良くしようと、ふもとからモンスターを倒しながら小山の頂上を目指した。そしてそこには馬に乗り槍を持った鎧兜の騎士、オーディンが居た。全長は馬合わせて七メートルはある。私はそこに辿り着くまでに魔物達との戦いで体中に怪我を負っていた。


 オーディンは騎士道精神に溢れているのか、戦いの前に私に回復呪文をかけてくれた。何ともフェアな男だ。そして回復しきれない私を見破り、私が病に侵されていることに気が付いた。何という炯眼けいがんだ」


「すごいぜオーディン!」

(誰でも気が付くような…)

「そしてオーディンは言った。一か月待ってやる。そしてお前の病気を治してまた戻って来いと。お互いに最高のコンディションで戦おうと。私は約束した。それで以前からここガルシャ王国のスレーゼンには、何でも病気を治す不思議な医者が居ると聞いていた。私は痛みをこらえながらオルバンに乗ってこの病院にたどり着いたのだ…」


「あの、ドレイクさん」

 リリカが意見した。

「オルバンは何百メートル先でもドレイクさんの声が聞こえるんでしょ? これからはドレイクさんが街とかを探索する時はオルバンに空中で待機してもらったらいいんじゃない? そしたらもう痔にならないと思うんだけど」


「それは盲点だった! 素晴らしい! ここは医者も看護師も天才だ! 最高の解決方法だ!」

(いちいち感動されて面倒くさい人よねえ…)

 サーキスも質問した。


「一つ思ったけどドレイクさん。セリーン教の僧侶の俺が言うのもなんだけど、セリーンの勇者って伝説じゃない? 本当に存在するの? そんな人をどうやって探すんだよ?」


「おお! よくぞ聞いてくれた! 待っていろ!」

 ドレイクは騒がしくバタバタと足音を立てて二階へ上がり、再び診察室まで戻って来た。そして二人に青白い兜を見せた。


「この兜がセリーンの兜だ。マムルーク王から預かった。これは女神の勇者専用の物。勇者以外がかぶると不思議と重みで動けなくなる。もちろん私もかぶった。首が折れるほどの重さだった。これをしらみつぶしに人にかぶってもらっている。もしかしたらサーキス、君がセリーンの勇者かもしれない! かぶってみてくれ! そうだったら私の旅が終わりに向かう! 今日はなんて運命めいた日なんだ!」


「違うよ! 俺は僧侶って言ってるじゃないか! 剣なんか持ったことないぜ! や、やめろ!」

 ドレイクは力づくでサーキスの頭を押さえて兜をかぶせた。

「お、重いー! 首が折れる! 取ってよーーー!」


「チッ。また違ったか。私の旅の終焉しゅうえんはどこにあるのか…」

 今度はチラッとパディ医師の方を見た。

「私は人を見た目で判断しない」

 ドレイクがパディの頭に兜をかぶせたが、やはりサーキスと同じ反応だった。

「お、重い…。く、首が…」


 ドレイクは兜を取って謝罪した。

「恩人に申し訳ない。それからセリーンの勇者は男と聞く。リリカは、いいか…」

 リリカが呆れた顔で怒り出した。


「ドレイクさん! そんなことをやってたらいつまで経ってもその勇者は見つからないわよ! 兜があるなら、剣とか鎧があるんじゃない⁉ それを探してたら勇者本人に行き着くんじゃないの⁉」


「す、すまない…。そんな方法があったか…。私が無知蒙昧であった…。リリカ、君には教えられてばかりだ…。ではそろそろおいとまするとしよう…。ここの代金は一万ゴールドほど置いていけばよかろうか?」


「えー⁉ それは貰い過ぎですよ!」

「いや入院もしていたし、難病を治してもらったんだ。これぐらい私には安いものだ。家賃の支払いも困っているだろう。聞こえていたぞ」

 パディがドレイクに頭を下げた。


「ははは。恥ずかしいことを聞かれましたね。では遠慮しないでいただきます。ありがとうございます」

「これで先月分の家賃も払えますね!」

「リリカ君、シーッ!」


「わはは! では出発の準備をする。オルバンを呼ばなくては」

「ふあぁぁ…。俺は眠くなってきたぜ…。今日はずっと歩きっぱなしでモンスターとも何回か戦ってここでも色々あったから疲れてきた…。俺はポンコツ僧侶だから疲労時に呪文を使うと体力がもっとなくなるんだ…」


「あ、あたしも呪文を使いすぎると貧血みたいになるわ。サーキス、二階の病室を貸してあげるわ。中央の部屋が掃除したばかりなの。そこで寝るといいわ」

「じゃあ、ドレイクさんこの辺で…。お元気で。また会おうよ」

「ああ! サーキス、元気でな!」

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