先生、サーキスが病院に来てません!(2)
サーキスはスレーゼンの街を抜けて北の森林に入っていた。
「体がなまってるから今モンスターに襲われたらやられるかもだぜ」
前回のように足の裏に痛みはない。当たり前のことだが旅立ってからそれを再確認できた。
「ちょっと街でやっかいになって人に世話をしてやって、挨拶も無しに去って行く。いつものことだぜ。今までが無責任に街を転々としていたんだ」
木漏れ日の間、薄い草むらの上を歩きながら、サーキスはずっと言い訳を続けていた。自分は師匠を探す旅の途中だったのだと。今回は気まぐれで病院で働いてやっただけだ。医療の手伝いをしていたらいつか信仰心もなくなってしまう。
「いや、待てよ。別段落ちた感じじゃない…。むしろ街にいる間に呪文を一つ覚えられた…」
しかし、どれだけ考えても犯人の僧侶には気持ちが悪いという感想しか出なかった。カスケード寺院は嫌がらせにしてもやりすぎだ。
(それほどにまであの病院が邪魔なのか…)
サーキスは心臓破壊の呪文の存在を知った時、魔物を倒すだけの魔法と思っていた。常人ならそうとしか考えない。人を癒すためにこの職業を選んだのなら尚更だ。
殺人のために心臓破壊を使うのならこれ以上に打って付けの呪文はない。離れた場所からターゲットを。そして証拠も残らない。
「いつか俺も殺される…」
心臓破壊が横行すれば人々は僧侶に対して疑心暗鬼になるだろう。いずれ僧侶は迫害される。この世から僧侶の呪文の書も消されてしまうだろう。戦争まで起こるかもしれない。
サーキスはそう思いながら街を飛び出したのだ。
昨夜、捜索の呪文で師匠の場所を見てみたが、やはりロシア辺りにいるようだった。まだまだ先は長い。
歩きながら、思い返せば短い間にスレーゼンの人々とは濃い関係になった。自分にはローマから旅立って以来、初めてのことだ。
「先生、リリカ、ファナ…」
今日の手術も自分がいなければ取り掛かることができない。おそらく中止になるだろう。
「ファナのばあちゃん…」
今日の患者のことも気になったが、一番はファナの祖母が気掛かりだ。サーキスがいなければフィリアの死は近くなる。そして、魅せられた医療への思い。いつかは自分も…。
(俺は奥さんみたいな人を助けられるって思って病院で働こうとしてたんだ…。今になって思い出した…)
街に戻ることは師匠探しよりも困難な人生になるかもしれない。サーキスは首を振った。
「ファナが好き…。先生もリリカもばあちゃんも…。やっぱり病院に戻ろう…」
今からでは走っても手術には間に合わない。帰還の呪文を使うしかなかった。しかしながら、以前エジプトで使った時はローマの寺院に戻ってしまった。
「ここからまたローマに戻ってしまったらどうする?」
帰還の呪文は自分がホームだと思う深層心理の場所にテレポートさせるらしい。まともに使うのはこれが二回目だ。
「いや、病院に戻りたい! 帰るんだ!」
サーキスは帰還の呪文の詠唱を忘れていたので、僧侶の呪文の書をリュックから取り出した。
「コウスイスラクション・ロウコトスピア…………ティングスライ・帰還!」
サーキスは目を閉じたまま、その場に等身大の光を残して消える。次におそるおそる目を開けると青い屋根の病院の前だった。
「成功した! でも宿屋でもない! 俺、家は病院って思ってるんだ! うう…」
サーキスはむせび泣いた。今日の患者、ファナの祖母に本当に申し訳ないと思った。
「先生とリリカもごめんなさい…」
ひとしきり泣いて彼は門の裏にリュックを隠すと、
「遅れちゃったー! ごめーん!」
そう言いながら病院の中へと走って行った。
*
その日の夕方、フォードの事務所に彼の配下のフィリップという長髪の男がやって来た。
その男は夕日でいささか薄暗くなっているにも関わらず、大きなサングラスをしていた。
「フォード社長、やっぱりパディ先生を殺すように命じたのはカスケードでした。寺院の中からの情報なので間違いないです」
ハゲ親父のフォードは以前からカスケード寺院に呪文も使えない人間を一人スパイとして送り込んでいた。
「やっぱりか! くそーっ、カスケードめえ! よくもパディちゃんをーっ!」
「流れの僧侶に人づてに頼んだそうです。実行犯はもう街から消えた様子です」
フィリップはフォード不動産の従業員ながら探偵のような仕事をやっている。リリカとフォードに情報を繋ぐ係でもある。
「パディちゃんはワシの大事な玩具だぞ! おまけにカスケード寺院はパディちゃんの蘇生に八千ゴールドも取りやがって! これを続けたら無限に稼げるぞ! 人として終わった商売だな!」
「これからどうします? 医療行為を、病院をやめろっていう過激なメッセージですよ」
「パディちゃんはなぜかメンタル的に全くこたえてない。あいつはまだまだ続けられる! 問題はあとの二人だ! リリカちゃん達にも危害がおよぶ! 三人に見張りを付けろ! ローテーションで二十四時間見張らせろ! また呪文を喰らったら死ぬかもしれないが…。生死は問わない! また金の力で生き返らせてやる!」
「そ、それだと九人は人間が必要です。経費がかなりかかります。病院の家賃どころではありませんよ?」
「構わない! あいつのおかげで十分他で稼げておる!」
フォードの言葉にフィリップは顔を少しだけほころばせてぼそりと言った。
「家賃ももう少し安くしてあげればいいのに…」
「病院の家賃はあいつが毎月払えるか、払えないかのギリギリの設定にしているんだ! あいつが苦しむ顔を見るのが面白いんだ!」
「家賃はフォード社長とパディ先生を結ぶ絆みたいなものですよね! フォードさん、パディ先生大好きですものね! はははー!」
「す、好きじゃないぞ! 誰があんなチュルチュル頭…」
「社長はパディ先生だーい好き!」
「黙れお前! 黙らんとクビにするぞ!」
「はっはっはっはっは!」




