悪役たちの嗜み(続き)
はっと。目を覚ましたその場所は、自分の国ではなかった。なぜここが自分の国ではないとわかったか。それは建物の作りが何もかも違っていたからだ。首の痛み、腹の痛み、左腿の痛みに顔がゆがんで、自分が生きている現実を知る。
そして、あの殿下へ向けた恥ずかしい言葉の数々を思い出し、いっそ死ねばよかったと生き抜いてしまったと後悔する。
「おー、やっと起きた。生き抜いちゃったね。ユウ。」
「……リース、公爵、」
今自分が考えたことと同じことをいうから。びくっと肩が跳ねた。その無害そうな笑顔が、たぶん無害じゃないんだろうと、なぜか何かが警告するんだよ。たくさん戦って知らないうちに身についた感が教えるんだろうね。あぁ。あぁ。
セーラルイ王国。人口10億人越えの、間違いなく大陸一の国力を持つ国。俺はそんな国で、他国のように日々目まぐるしく権力を争うようなこともなく、クソ暇な日々を過ごしていた。いいなぁ。テーレ(ルークたちの国)は、楽しそうで。兄弟で跡継ぎ争いなんて熱くて。
俺もやりてー。国ひっくり返してー。
国が欲しいんじゃない。そういう熱い何かが欲しい。例えば、テーレなんてちっせぇ国じゃなくて、俺のこのゴミみたいな平和ボケした国をぶっ壊してぇよね。何お前ら平民ごときが学校に行けるのとか当たり前だと思ってんだよ。思い上がりもほどほどにしろと。
この国ぐちゃぐちゃに分断して小国だらけにして。ボロボロにして他国が取り合いになって。亡くなっちまえばいいのにな。
そんなことを考えて、時々自分のものにできそうな国を眺めに行く。国をぶっ壊すための戦力が欲しい。だって、俺の国にはなんも期待できないのさ。皆平和ボケして、どこの国にも攻められないから、戦争なんて知ってるやつがいない。騎士団だって名ばかりのゴミ。
意外と強い兵ってのは弱小国の前線にいるのさ。
そういう国を奪って、自分のものにして、ひそかに下剋上を狙う日々。俺は見つけた。チートちゃんを。俺は決して天才的な魔法使いでも、剣士でもないが、一つ生まれ持った固有魔法を持っている。これが貴族中じゃ中々使える魔法で、俺はセーラルイ王国の内政のほとんどを把握している。
どの貴族がどのくらい金を持ってるって話から。どこの貴族がどこのご令嬢に首ったけって話まで。何もかも。詳しく。
さてなぜ彼女がチートちゃんなのか。それは彼女が未来を知っているからだ。セーラルイとテーレが同盟を組むって話が出たとき。俺は考えたのだ。良し。テーレ奪おうって。そのためにもルーク殺そうって。
だが意外にもうまく行かなかった。天候を予想する魔法使いに悪天候を聞いて、土魔法が得意な魔法使いに土砂崩れを起こさせて、バカな弟を王にしたいなんて考えているテーレの剣士をそそのかして責任全部こいつに押し付けようと思ったのに。
まるで構えていたように馬車は屈強に守られて彼らは無事セーラルイに到着した。笑顔で出迎えて、ルークの手を握り、そしてチートちゃんの手を握る。片目の包帯。あぁコイツが守ったのだろうと察し。中に入ってくる。
---殿下を守れた。みんな生きている。無事、セーラルイに着くことができた。未来を変えることができた。
未来?引っかかる単語だ。その後もチートちゃんの中をのぞくと、ハハ、俺なんかの能力がかすむじゃないか。この野郎。コイツは未来予知が出来るらしい。これをさ。奪わなくてどうするよって。思うだろ?
王国乗っ取り。セーラルイのぐちゃぐちゃの未来のために、この女がいなくて面白さは何百分の1だ?
それならば。最高の形で。チートちゃんが好きで好きでたまらないルークにも変わるほどの出来事で、俺に信頼を寄せさせなければ。またくるりくるりと考えを巡らせる。ルークからチートちゃんを奪う方法。そもそもテーレの女を奪うのは簡単ではない。しかもこんな下っ端みたいな恰好をしているがチートちゃんは侯爵家の娘だ。
政党法じゃ無理だ。結婚なんて、普通に考えればセーラルイに何の得もない出来事、何を企んでいるのかと逆に疑われる。だが、チートちゃんに興味があったのは最初からだ。女で、あんなにきれいな歩き方や食べ方をする奴が、短い髪で騎士の男と戦って勝つんだ。興味がわかないわけがない。セオドアはゴミのような国だが、兵士の力だけは有名な国なんだ。そこで一番の騎士を数秒で地面に叩きつける女。
しかもセオドアの王は結局チートちゃんに殺された。ドレスを血で真っ赤に染めて、死体の脇でルークの言葉に頬を染められる女なんて、この世界に何人いる?
未来予知抜きにしたって、何かにこじつけて俺のものにしたかった。面白いものは何でも欲しいタチなんだ。
そこで考えたのが入念で滑稽でバカげた。ハウル暗殺計画。ルーク策案!!最高だね。イケメンで優しくて平民想いで、婚約者にも恵まれて、挙句の果てには未来を知ってるチートちゃんを持ってるルーク殿下?死ね。さっさと。今すぐ。ゴミになれ。
と、思うが。それだけではダメだ。よく考えろ。ルークを殺したらチートちゃんはダメになってしまうからね。ルークは生かさないと。永遠の恋の冷まし方には間違えられない手順がいくつもあるのさ。
ウッゼー、ルーク殿下には、愛おしものがいくつかある。張り付いたような笑顔で、他人を信頼しないこの男にも心を読めば弱点をいくつでも見つけられる。
まず、チートちゃん。これははたから見れば心なんか読まなくても簡単で、2人は両思いだ。じれじれの平民の間で流行る侍女と王様の恋って奴だね。クソつまんね。次にラインという平民上がりの騎士。そして婚約者のリトル。
最後に、これがキーポイント。テーレの王様とハウル、そして妾のハウルの母親。ここまでがルークの大切なものだ。ここから導き出せる答え。ルークは聡明な王であるが、家族を切り捨てられない。つまり完璧でつけ入る隙がないわけではないということだ。
いいね。最高にぶっ壊しがいがあるね。
そこにハウルとルークの母親に纏わるスパイスが加わったらこのハウル暗殺計画。ルーク策案!!は正確性が増すだろ?ルークたちが同盟のためにセーラルイに滞在した期間。滑稽すぎる作文を書いて、馬車の後ろに積まれているバカ騎士に操りの魔法を掛けて持たせる。
これだけで、俺の想像のままにぶっ壊れた。チートちゃんがルークを助けることによって致命傷を負うことが大切なのさ。
そして、ルークにはチートちゃんを助けてやると王子様のような言葉を添えて。平民大好きじれじれ侍女と王様の恋は終了。もう二度とお前らが会うことはねーよ。安い三文小説読ませやがって。サブいぼが走るわ。
ルークに恩を売って。チートちゃんにはルーク以上の恩を売る。
で。現在だね。チートちゃんにとっては全部終わった世界だろ?でもちげーよ?お前の地獄はここからだ。チートちゃんの致命傷には、禁忌魔法を使って、他人から魂を奪って蘇生した。こっち連れてくるころには死んでたし。こんなのどこの国でも知ってる神を冒涜する大罪の魔法だ。
「おー、やっと起きた。生き抜いちゃったね。ユウ」
「……リース、公爵、」
こんなに優しい笑顔を向けてやったのに警戒するなんて失礼な女だよ。
「ごめんね。キミを助けるために、セーラルイに連れてきてしまった。でも、本当によかった。ルーク殿下には大口をたたいたけれど、本当に生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだよ。」
「です、よね。ありがとうございます。なんとお礼を言っていいか、」
「いいや。お礼なんて、いらないよ。」
もちろん。返してもらうからさ。
その言葉に、正直驚きはしなかった。持論だが、貴族の中で大国のしかも公爵家が何の利益もない国でパーティに出るなんて、死ぬほどの変わり者。セーラルイからしたらテーレなど小国だ。同盟なんて。何もないわけがないのさ。
殿下が言っていた。この人もまた、セオドアを欲しがった人間の一人。殿下が平民を助けるために支配するといった国を欲する男。彼はどんな理由でセオドアを欲したのか。考える必要があるだろう。
「私に、できることであれば。」
「お。いいね。理解が早くて、そんなところが好きだよ。」
でもその言葉には驚いてしまって、固まった。
「え?大丈夫?殿下と恋仲だったんでしょ?」
「恋仲なんて、そんな事実ありません。」
「……は?」
「一方的に、私が想っていただけで、」
「あ?」
なんでこんなに怖い声出すの?
「そんな何も知らない処女みたいな反応されると。マジうぜーんだけど。」
いや、処女なんですけど、って、髪つかまれて、節々痛いのに服を奪われて。
「侍女のふりして、婚約者のいる男の心ちゃっかり奪って?一方的に?どんな悪女だよ。」
マジでヤラれて。謝られた。結構、この時だけはまじめに。
「……ごめん。絶対、気持ち悪い嘘ついてると思った。さすがに、服脱がせるときに嘘ついてないのにとか考えてくれないと俺心読んでも分かんないから、」
「心読めるんですか、」
「……いや何言ってんだよ、」
「……読めるんですか、」
「死ね。うざ。」
そこからはものすごい開き直りようだった。あの日、ダンスに誘ってくれたリース公爵は、すべて幻であったのだと、深く理解した。どうやら彼は触れた相手の心が読めるらしく、私が未来を知っている事実を知り、ルーク殿下から奪ってきたようだった。
だが、助けてもらった事実に変わりはないので、彼の望む限りは働こうと思った。
「お前、真面目な。人生損するよ?」
「いや、命を助けて貰った事実は、大切なことですよ、」
「そーかねぇ。で。まぁ、バレちゃったし、俺のやりたいこと教えるわ。もし目的が達成された暁にはテーレに返してあげるからさ。」
しかも、意外といい人なのである。と思ったのは一瞬だった。彼の壮大な計画。それはセーラルイをぶっ壊すこと。叫んだ。すごいデカい声で。なんで私の周りって国盗り合戦なんだろう。こんなに平和で、世界中が羨むセーラルイで、内乱?何のために?
ルーク殿下が言っていた。セーラルイは素晴らしい国だと。世界中が目標にするべき国。平民たちの生活水準のレベルが他国とは全く違うと、同盟を結びに行った時に見た城下町で何もかも理解した。まるで、私が生きた日本のように素晴らしい国だった。
それを?
「セーラルイは、素晴らしい国だと思いますが、」
「は?どこがだよ。なんだこのクソつまんねー国。今すぐ滅ぼすんだよ。」
「……理解しかねます、」
「お前の理解とか聞いてねーから、早く未来教えろ。」
そして彼は何か解釈違いをしている。
「そして、期待させたのなら申し訳ないのですが、私は未来を知っているわけではありません。」
心を読めるのならいずれバレるだろう事実について、説明を始める。まず自分がここから別な世界から来たこと、ここがゲームの世界で、知っているのはテーレだけであること。
「はぁ!?なんも役立たねーじゃん!?お前を生き返らせるために、なん十人死んだと思ってるんだ。その分働け、」
「今なんと、」
「なんも言ってねーよ。」
クソって、相当気分を害したらしいリース公爵はその日から数日私の部屋には現れなかった。代わりに。1人の同い年ぐらいの青年が私の部屋に来た。
「申し訳ありません。リース様が無理を言って連れてきたのに、こんな扱いで。今日から、魔法と剣の指導をさせていただきます。テネットと言います。平民の出身ですので、名しかありませんので、気軽にテネットと、」
久しぶりに高速瞬きをした。何も知らないと。言ったくせに。なぜ。ここにラインと並ぶ3人の裏攻略対象の1人がいるのか、意味が分からな過ぎて。
「あの、紙とペンはありますか、もしかしたらリース公爵のお役に立てるかもしれない。」
私はここから、死ぬ思いでぼやぼやの記憶を復元し、後悔する。しなければよいことをしたと。思ったって遅いんだ。だってリース公爵は心が読めるのだから。あぁ、いつまでたっても私は悪役だ。逃げられない。いつだって。本当に、どこかのネット小説のように、華麗に回避して見せたい。
テネット。彼がなぜ裏攻略対象であるのか。それはちゃんと考えられたストーリーのもとに存在する。雑で添えられたようなキャラではない。全然よく覚えてねーけど。原作では当然だが殿下が死ぬので、殿下があの日結ぼうとしたセーラルイとの同盟は成立しない。
それでも、テーレを素晴らしい国だと、同盟を結びたいと強く思った、リース公爵はお付きにしているテネットを連れてテーレにはるばるやってくるのだ。そこでヒロインがテネットの素晴らしい魔法と剣技を見て文通を始めるのだ。そのころ彼女は聖女認定されて、魔法の師匠を探していたので、確か師匠ポジだと思ってたんだけど。
そこからが問題だ。あんまり覚えていない。うっ。殿下しか興味なかった仇が。
ほんわりとした淡い記憶。平和だったはずのセーラルイで起こる内乱。それを止めるのがテネット。点と点が繋がって、線になる瞬間だ。リース公爵。彼はテネットをテーレに連れてくるために存在した男ではなかった。テネットがヒロインとの関係を進めるために。
内乱を起こしてテネットに殺されるキャラなんじゃないか?
はっとしたって、もう遅いんだよ。
「俺の役に立てるって?いい心がけだな。なぁチートちゃん?」
セクハラのように腰に触れられてびっくりした。
「っ!?」
「慣れろよ……、俺初心い反応嫌いなんだけど、」
「すい、ません。心読みました?」
「あぁ、ばっちり。」
「でも、とりあえずテネットさんを殺すみたいな安直なのは」
「しねーよ。バーカ。あいつが俺を殺す相手だって言うなら地方にでも左遷するだけだ。余計な恨みは買わない。お前の今の感じだと最後のほうは予測なんだろ?正しい情報はどこまでだ?」
「テネットさんが攻略対象で、この国の内乱を止めるということしか。」
「おけー。十分だ。テネットはな?この国の出身じゃねーんだよ。それにそのゲームの世界とは違って、テネットにはこの国に愛するべき女がいる。」
「え?」
「俺が滅ぼした国の騎士団長をしてた男だ。まぁ、もともとクソみたいな国だったから滅ぼしたこと自体には礼を言われたぐらいなんだが、テネットはさ。この国に来てこの国を見て。惚れてんだよ。この国に。素晴らしいだろ。平民に対する扱いとかさ、女子供に対する環境とか。女が政治に参加してる国なんてうちぐらいしかない。それが素晴らしいって、この国をもっといいものにしたいってな?思ってるわけよ。きめーだろ?」
素晴らしいと思いますと言ったら怒るのでそうですねって。いだ。
「心読めるって言ってんだろぶん殴るぞ。」
「殴った後です……、」
「お前意外と心の中失礼なんだよな。」
「すいません、何も考えないように気を付けます。」
「俺に賛同しろ。神だと思え。」
「イエッサー、」
また叩かれた。痛い。ヤバイ心読めるの。きつい。ハードモードだ。心で考えないなんてどうやるんだ。
「まぁ、つまりそのゲームの世界で、俺は今と同じく面白おかしくセーラルイをぶっ壊そうとするけど、ヒーロー補正のかかったテネットには敵わず、みじめに死ぬってことだろ?」
……めちゃめちゃ、幼稚な言葉遣いする癖に。めちゃめちゃ頭いいんだな。
「うっ、」
もう殴られる日常には慣れるしかないんだと思う。
「まだ頭いいっていうのは早いんだよ。こんなのはお前の話からの推測に過ぎない。この先が重要だ。この世界とゲームの世界の違いは何だか分かるか?」
「いや、私あんまり頭良くないので、よくわかんないんですけど、」
「バカだって自覚あるだけましか。」
え、今叩く必要あった?
「テネットにはこの国に愛する人間がいるってことだよ。しかもヒロインとは出会ったって一瞬だ。あんな血みどろのテーレで文通する仲になってるとは考えにくい。俺を殺すことにヒロインが手を貸した可能性だって考えられるし、何より、この国を愛するテネットは真面目で勇敢な男だ。そのゲームの作者ってのは平民思いの女に優しい男が好きなんだよ。テネットは一途で平民を想う優しい男だ。愛し合ってる女も平民のどこにでも居そうなブスだ。あれだろ?よくある平民の大してかわいくもねぇ女が王族とかヒーローと恋する話が人気なんだろ?ヒロインもブスだし。」
声が出ない。声が出ないほど驚き過ぎて何も考えられなかった。
「そして俺やルークのようなこちゃこちゃ頭を使って回りくどいやり方で悪事を働く奴は嫌い。だから悪役なんだよ。分かるか。なんでお前やリトルがだったか。」
「わ、わかりません、」
「爵位があって、男をたぶらかすような美人で、なにより、お前たちは男なんか負けない女だ。この世界じゃ、女は力を持っちゃいけないルールなんだ。男に守ってもらわなければいけない。それ以外は悪だ。リトルはお前とは違った意味で力のある女なんだろ?」
頷く。
「でもさ。思わね?この国が大好きなテネットが、女が前に立つのは許さないなんて。変な話だぜ。なんだろなこの矛盾。多分あれだろうな。テーレがメインのこの物語はセーラルイのことまでは詳しく設定されていない。それなら、俺らにも攻略方法がある。」
「あの、」
「なんだ。」
「ホントに、頭、めちゃめちゃいいんですね、い゛ッ……!」
「バカと天才は紙一重って言ってな。俺みたいなサイコ野郎のせいで、この国はぶっ壊れるんだよ。頭が良くて、民は絶望に落ちるんだ。最高だろ?」
「……最悪です、」
どうせ心を読まれるので潔く頭をぶん殴られた。
「まぁ、気が向かないお前にいいことを教えてやるよ。セーラルイがそんなにいい国じゃねぇって話だ。」
「え?」
「心が読める俺だぜ。世界で一番この国の闇を知ってる。ホントは世界最高のいい国をぐっちゃぐちゃにぶっ壊してやりてーけどな。そんな国ねーんだよ。素晴らしい国には、素晴らしいだけのでけー闇がある。お前は俺の心は読めねーからな。ちょっとずつネタばらしだよ。楽しみにしとけ。」
私の考えば全部丸わかりなのに何も教えてくれないリース公爵は、1週間と少しの後私に自分好みのドレスを着せて、セーラルイの王様の前に突き出した。
「ミル。この娘が今回の護衛です。」
「ふざけてるのか?」
「いや、この娘はテーレ国でルークの護衛をしていた者ですから、実力は折り紙付きです。俺が直々にテーレの内乱の後引き抜いてきました。」
「ほぉ?」
王様を前に呼び捨て。妙に近い距離感。
「まぁ特に顔が俺の気に入っているポイントなんですけどね。」
がっと足元に向けていた視線を、顎を掴まれてあげられる。ミルと視線があって、一瞬逸らすと。
「私はお前と違って初心な反応は嫌いじゃないよ。」
「そうですか?ルークの護衛をしてたのに何も知らない赤ちゃんなんですよ。」
「いいじゃないか。他人のモノを穢すのは良い快楽だ。」
すっと上半身と下半身の別れたドレスの間、ぴったりと張り付いた服の間に指が入り込んだ。腹の辺りを撫でられて、昔の傷に触れられる。ミルの指は女の私より細い。
「あぁその快感は分からなくはないですね。」
ミルは、殿下やリース公爵とは全く雰囲気の違う男だった。女のように全体の線が細く、王にしては派手な風貌ではなかった。顔もどちらかといえば女顔で、笑顔が綺麗すぎて心臓が冷える感覚だった。だって、この人は人形のように笑うんだ。左右対称に。怖かった。
簡単に振り解けそうな細腕なのに。私は抵抗できない立場にいるというのを自覚させられるような、そんな感覚。
「ユウ。よく働けよ。」
リース公爵の言葉の意味を考え終わらないまま、自分のするべきことを正しく理解しないままミルのそばに立たされた。
私はこの人を守るということ以外何も知らないわけだが、大丈夫なのだろうか。失礼があったら。そう思うのにリース公爵は軽く手を振ってその場をさってしまった。
「さてユウと言ったかな?」
「はい。ミル様。」
「ルークが同盟の時に抱えてきた娘だろう。あんな格好をしていたから男かと思っていたが、娘だったんだな。」
一瞬何を言っているか分からなくて戸惑ったが、セーラルイとの同盟時、魔力を使い果たして半分以上の時を寝て過ごしたことを思い出した。きっとこれは私の記憶にない時間の話だ。
「あまり、ドレスを着る機会は少ないのですが、」
「よく似合っているよ。リースは私の好みをよく知っている。」
「あ、りがとうございます。」
「ルークの侍女がなぜセーラルイに?」
「リース公爵に命を救っていただいて、今は礼を返しているところでございます。」
「……また、律儀に。全部リースの思い通りって可能性は考えないのか?」
いい人ではないだろう。きっと自分のことも禁忌魔法を使って、蘇生したのだろうと思う。だが、救ってもらった命に間違いはない。
「まだ状況が分かっていませんので、リース公爵がどんな人物であるかは判断している最中です。命を救っていただいた事実は嘘ではありません。少なくともその分の礼は返したいと考えます。」
「そうか。まぁ、先程言った通り護衛を頼むよ。」
「了解しました。」
「詳しくは聞かないのかい?」
「聞いて良いのであれば、」
「今から行くのは……いや行ってからの楽しみにするか。テーレの魔法使いなら信頼を置けるだろうしな。」
黒い深い帽子を被り、白く華やかな服から暗い服を身に纏う。
「その服は、」
「相手の服装に合わせるのが流儀なのさ。」
「あの、私は、」
「見せ物の一つだからそのままで良いよ。」
了解ですと返事をする。馬車は人の街を通り少し影のある路地裏で止まった。
「ここは、」
腰を抱かれたまま導かれるままについてゆく。
「この少し色の違うレンガに魔力を流すんだ。」
言われるままに少量の魔力を流すと扉が変形する。レンガが階段になって地下への道ができた。
「すごい、ですね。」
「前に進んで。」
薄暗い道の先、素晴らしい壇上が広がる。舞台の上ではサーカスのようなことが行わてていて、あまり身なりのよくない子供やボロボロの服を着た老人などがキラキラした瞳で舞台を見ていた。
「これは?」
「貧しい市民向けに行われる娯楽の一つだな。入場料はかからない。」
「へー、すごいですね。さすがセーラルイです。」
暗いサングラスを渡されて、顔を隠すためだろうかと考え素直に着用する。
「王家が主催しているんですか?」
「一応な。」
「せっかく素晴らしいことをしてるのに顔を出さないんですか?」
「ひけらかさない方がかっこいいだろ?」
そうだけど。この人がいい人に見えないにはなぜなんだろう。ショーに集中したいのに、セクハラしてくるし。チラリと見るとまた人形の微笑みをされて心臓がびくりと震える。
「そんなに怖がるなよ。女のくせに殺気に敏感だな。」
殺気って。
「その怖い笑顔、やめて欲しいです、」
「怖いか?完璧だと思うんだがな、どこが怖い?修正しよう。」
「……左右対称で、瞬きのタイミングが一定で、鼻からも口からも息を吸ってるかわからなくて、口を動かすタイミングと声を出すスピードが微妙にずれてるやつです、」
素直にそういうと驚いた顔をされて。
「……たしかに、直すべき点だな。ありがとう。修正するよ。」
修正ってさ。その言い方だよ。本気で関わりたくないとそう思うことって滅多にないはずなのに。私を無理矢理襲ってくる、リース公爵の何百倍も怖いんだよ。
心臓を押さえながら、ショーを見ていた。この人との会話が怖くて半分ぐらい中身がわからないでいたとき。
「ほらメインが始まる。よく見ていろ。」
壇上の女たちが派手に踊りを披露して、中央にいる不思議に顔の整った男が歌い出すと、観客は倒れ出した。バタバタと。慌てて立ち上がりそうになるが、腕を掴まれて止められる。
「どうした。」
「観客が、」
「いいから見ていろ。」
その筋肉なんて存在しなそうな細腕のどこにそんな力が存在するんだ?抜けない腕。力を込めてもびくともしない。
そんな時。ぐしゃり。ぐちゃり。言葉にし難い音が聞こえて顔を上げた。壇上の美男美女の肌の色が暗く、人間とは言い難い色に変わり、床に横たわる人間に噛み付いた。
舞台の袖から次々とさまざまな姿の化け物が出てきて倒れ込んだ人間に襲いかかっている。まるで現実が現実ではないような。それほどにありえない光景。自分の中で一瞬の時が止まる。
そしてはっとなり。腕を振り払う。だがその行為はどれだけ勢いを付けようと成功せず。
「腕を離してください。」
「何をしに行く?」
「魔族から民を助けます。」
「お前はセーラルイの人間ではないだろう?」
「ならば、貴方が助けるべきだ。」
首をかしげられた。本当に不思議そうな顔をされて。
「一日4万人以上が生まれるこの国で、毎日たった100人がいなくなるだけで永遠の平和が訪れるんだ。どこに問題がある。」
「問題しかないでしょう。」
「しかも親もわからないような身元が不明な連中ばかりだ。誰も悲しまない。」
「そういう問題ではありません。国王とは、民を守るために存在している。」
「だから私は大多数の人間を守りどこの国より平和な国を作っただろう。」
「たとえ大多数の幸せだったとしても少数の民を見捨てて良いことになどならない。時にその少数のために剣を取り戦うのが王族の務めだ。」
「お前が王族の何を知る?」
「私は尊敬すべき正しき王の元で誇りを持って生きてきました。決して民を見捨て見て見ぬ振りなどはしない。」
禁忌魔法によってこの国の民の何十人の命を奪い生きながらえたのだ。バレれば永久の牢獄だろう。だが、それ以上に。
「私はこの国の民に報いる恩義がある。貴族が魔法を使えるのは民を守るため神から授けられたのだ。王族が力を持つのは民に希望与えるためだ。民が綺麗事を言う余裕がなくとも、力を持つ私たちは綺麗事を並べ、実現を目指し生きなければならない。決して無意味に見捨てて良い命など一つもない。」
掴まれていない腕で亜空間から剣を出し、ミルの腕を切り落とした。切断部分。血なんて一滴も出ないのだから、また一瞬時が止まる。
「貴方は、」
「セーラルイ王国、国王ヴァンセント・フォース・ミルレアだよ。」
その姿を被った化け物だろと言い返す勇気はなかった。ただその場を飛び出して客席の魔族を止めるのに必死だった。当然だが全員を守るなんてことは不可能だった。何人いるかもわからない魔族を倒し終わる頃には、ミルの腕は再生して、私が戦う姿を滑稽そうに眺めていた。
ミルは魔族か?貴族席の上で私を眺めるミルはまたあの左右対称の笑顔を浮かべた。
「これがリースの意思か?」
「なにを、……言っているか分かりかねます。」
「魔族の好物は人間の肉だが、私の趣味趣向は少し違ってな。穢れなき魂を探して今の地位にいるんだよ。」
テレポートは元来存在する魔法だ。でも。今の一瞬魔力の匂いもさせずに貴族席にいたミルが私の目の前にいて。首を掴んで、噛みつかれた。
吸われたのは血なんかではなかった。
身体から何かとてつもない大切な何かが失われる恐怖に全身が震えて、上手く立っていられなくなる。身体を支えられて、離れる瞬間視線があって、足がガクガク震え逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
ゴクリ。喉が上下に動いて。
「……うっま。まぁ、人の醜い姿しか存在しない貴族社会で、よくそんな上等な魂を保ち続けられるな。リースにだっていいように使われるんだろうお前、身体に痕が見える。」
決して服から出る位置に痕を付けられた記憶なんてなかった。
「身体に触れられた程度で私の魂は汚れたりしない。この身体が武器になるのなら、救える命があるのなら、いくらでも脱ぎます。安いものです。」
「ものすごい決意だ。なにがお前をそこまでさせる?」
「自分が正しいと思った道を迷ったりはしない。」
そうかと一言言うと。途端心臓が苦しくなった。上手く呼吸が出来なくなって。むせているうちに、助けた子供の首をミルが掴んだ。
「な、にを、」
「ただの穢れた魂は不味いだけだが、自分が穢したとなれば話は変わる。世界で一番自分好みの味になる。」
遠回しなその言葉の意味を、必死さだけで理解した。立ち上がらなければいけない。決してこの心臓が止まろうと、この国の民から奪った命で生きながらえているのだから、誰かを見捨てて自分だけが生き残ると言う選択肢は存在しない。
そのために死ぬならば、それは誉れだ。動け。たとえ心臓が動かなくとも。自分の勤めを果たす努力をするんだ。
自分を奮い立たせて、意識が混濁しようと身体を動かした。震える手で女の子の首を掴むミルの手首を掴む。
「お前が死ぬぞ。」
「じ、自分だけが、生き残る、なんて、選択肢はあり得ない。未来ある子供たちの命を奪うなど、許す人間は、この世界には存在しないッ、」
「商人の一部は自分の子供たちが回避できるならと、孤児をここに連れてきて、見捨てるぞ?」
「そんな選択肢は、脅しと一緒だ!見捨てたとは言わないッ、貴方はその商人がどんな想いでこの子供達を連れてきたのか分からないのか!!」
いつのまにか治った心臓に痛みにハッとなる。
「なぜ、」
「殺さないさ。美味かったと言ったばかりなのに。ただお前を絶望させたかっただけだ。安心しろ。上等にして全身骨も残さず食ってやるから。」
首筋の血を指でなぞられる。ぺろりと舐めて言うんだ。
「むせ返るような甘いのは若いのには好みだろが、私はもっと深い味が好みなんだよ。」
「何を、言ってるんですか、」
「まぁこれから楽しみにしていろと。そう言う話だ。」
全然理解できないと。言っても答えてはもらえず、興が醒めたから帰るぞとそう言われた。この血まみれの死体だらけの惨状を放置するのかと一瞬固まるが、何事もなかったように歩き出すからついていくしかなかった。
ミルが魔族なのかどうかもわからない。でも同族なら殺された事実になにか思うところがあるのではないだろうか。だが魔族と人間以外に、なにが存在するのか。今の私はそんなところからの話だ。
あの場所に取り残した人たちを助けなければ。意識を失い怪我した人々をどうにかしなければ、そう考えながらミルの後ろをついて歩いていたが、ミルは今までの出来事を全部無しにしたように、帰り道の馬車でクレープが食べたいとそう言った。
王宮へ帰り、建物の入り口の前、リース公爵が立っていて、ここで初めて安心を得た。決して優しくされた記憶などほとんどないのに、気が抜けて、しゃがみ込んで立てなくなった。
「おい、ユウ、」
腕を掴まれて。ミルが疲れているだろうから今日は帰っていいと。素晴らしい勤めであったと。そう言った。
「大丈夫か?」
顔を覗かれて視線があって。
「お前もそんな風に疲れた顔をするんだな。」
「すい、ません、」
「立てないなら抱いてやるか?」
「いや、そんなお手を煩わせるわけには、」
ふらついて、腰を抱かれた。今日の報告を丁寧にする余裕が自分には残されていないと、そう思って、触れ合った瞬間に今日の記憶の全てをリース公爵に流し込んだ。
ビクリ。一瞬肩を跳ねさせると。
「お前、一言言えよ。」
「すいません、でも、」
「現地に戻りたいとか言わないよな、」
「まだ、助かる可能性のある人がいます。」
「別にいいだろ。たかが数百人死んだって、」
「リース公爵はこの国の民を犠牲にして私を蘇生したんですよね。」
「さぁ。どーかな。それより、ミルは人間じゃないのか?」
「わかりません、落ち着いたら考えを改め作戦を練り直しましょう。でもその前に、」
「助けに行きたいって?」
コクリ。
「私の命がこの国の民に救われたのなら、見えてしまった範囲の人を見捨てることはできない。」
「はぁ……めんどくさ。そんな綺麗事マジで言うやつ初めて見たよ俺。ルークのうけうり?」
頷いたら。
「俺ルーク死ぬほど嫌いなんだよな。綺麗事ばっか言ってるあまちゃんで、民を救いたいといいつつ、弟に間違いを伝えられず、お前のような忠誠を誓った本当の部下を危険に晒す。」
「ルーク殿下はそんな人では」
「お前が何言っても好きになんねーから、いいよ言わなくて。」
理不尽だ。
「家族なんてのは最悪な繋がりでしかないんだよ。家族だから血が繋がっているからバカも愚か者も助けるのか?違うだろ。」
視線が合う。
「こうやって、面と向かって会話して、俺自身が認めた相手を、懐に入れるんだ。まぁ俺の場合は心まで読むから審査が厳しいが、血なんて情は無駄でしかないんだよ。俺は民など容易に見捨てる男だが、一つの迷いも妬みも嫉妬もなく、主人を守れるお前には興味がある。ルークの何倍も。お前は魅力的な人間だ。自分の生き方に命を張れる人間は美しい。」
そう言ってキスされた。甘い。甘いキスだった。
「ちゃんとこの国ぶっ壊したい理由がお前にもできただろ?」
言われてみればリース公爵の思うがままだった。
「まぁ想像の100倍大変そうだけど。夢のために死ぬのだって最高さ。」
「ミルは怖い人でした。本当に生まれて初めて触れられることが怖かった。でも。彼に蔑ろにされて捨てられて良い命などありません。」
「別に国を壊したいだけで無差別殺人をしたいわけじゃないから助けに行ったっていいけどさ。」
「……お願いします、」
「なーんで俺が平民なんかを……、はぁ、」
場所どこ?そう言って、身体を支えてくれた。いい人ではない。決して。最低の部類に入る貴族だろう。でも。嫌いではないなと思うのだ。
「リース公爵、」
「ん?」
「ありがとうございます。」
「……リース、頼む……、殺してくれ、もう私はダメだ、」
俺にも忠誠なんて言葉が存在していた時代。後悔は100や200では済まないほどあって振り返る気にもならない。
今なら笑って殺してやれたんだけどな。
ガキだったわけだ俺も。泣いて無理だと崩れて謝るぐらいには。ユウの記憶。血も流さない化け物。姿形は同じでもミルはどこに行ったんだか。
死体も見てないし、ミル本人ではあるんだろう。ユウが言っていた血ではない何かを吸い取られた感覚。記憶を共有した時に体感した。あれは。
ーーーー身体に触れられた程度で私の魂は汚れたりしない。この身体が武器になるのなら、救える命があるのなら、いくらでも脱ぎます。安いものです。
俺だって。この目の前の女のように、心に決めた主のために死にたかった。何度も。何度も。俺は死に時を間違えたと、後悔は絶えない。だが、この女のように主のために死ねなかった俺は、俺なりに、ケジメというものをつけなければならない。
「ミル様は何者ですか?魔族ですらないように感じたのですが、」
「ヴァンセント・フォース・ミルレア。この国の王、いいや、そもそもセーラルイ王国の王族は5年前に全員死んでいる。」
「は?」
「俺にだって魔族なのか、それ以外の化け物なのかは分からない。だが、アイツはミル様ではない。」
「ちゃんと説明して頂かないと作戦が立てられません。」
「……そうだな。つまらない話さ。世界最大の強国セーラルイは人間の支配する国ではないということさ。」
出会いの話なんてものはどうでもいいだろう。物心着いたころにはミル様の友人を担う役目だった。他の国とはまるで違うセーラルイの王族とは、いくらスペアがいても足りないくらいには、暗殺者に狙われることが多く、その点で、心を読める俺の能力は護衛として大変に重宝された。
それに、幼いころは、人の心を読めるせいで、表面との差に疑心暗鬼になっていた俺にとって、王としてゆるぎない、それこそユウが信じるルークに勝るとも劣らないミル様の正しい考えは、俺にとって耳をふさぎたくなるような醜悪な貴族たちの心の底の中では希望ような存在だった。
出会ったころは自分のほうが小さな体で何の病気を持つのかわからない親もいない子供を自ら助けに行く姿が理解できなかったし、利益のない、なんなら不利になりえる隣国の亡命者を保護する理由なんて分からなかった。
でも、次第に、ミル様の考えに触れていく中で、俺は心底ミル様に仕えることができてよかったと思うようになった。他の決して正しいと言えない考えを持つ王族たちではなく、その中でミル様の下につけたことは、俺にとって人生の中の数少ない幸福だった。
その時からミル様を王にしたいと、お前と同じように思うようになったんだ。
ミル様を王にできるなら、汚いことは俺がすればいいと思っていた。ミル様の知らぬところで、無垢な赤子を殺したし、二回りも違う王妃の心を読んで何度も寝たし、最後には脅した。ミル様に惚れていたのは間違いなかったし、ミル様が王になってほしいと思っていたが、当時の俺は、本当のミル様の気持ちまでは理解できていなかった。
それでもミル様は俺を信頼していてくれたし、俺は、この命をミル様のために捧げたいと、ずっと、今でもそう思っている。
事の違和感を感じたのは、王妃から手に入れた情報で、第一王子を不慮の事故で殺す算段を立てていた時だ。その算段が、陛下にバレたのだ。王妃が陛下の部屋から書類を持ち出そうとしたところを見られたと顔を青ざめた。
第一王子の暗殺なんてどんな国だってあってはならないことだ。しかもそれがバレたなんて、俺だけでの処刑では済まず、一族皆殺しだってありえるだろう。そう思った。
だが、実際は何も起きなかった。中断することもできないところまで来ていた策戦は、第一王子を殺さなければミル様が危ない状況になるわけで、生きた心地もしない中、俺は第一王子を殺した。ミル様は葬儀の間ずっと泣いていたし、王妃と俺は上手く息もできない中、その葬儀を眺めていた。
腹を痛めて生んだ息子より、陛下が怖くて、王妃はその頃から体調を崩すようになった。
王妃の見舞いに1人で行ったときの話だ。廊下で陛下と出くわし、一緒に部屋に行こうと笑われた。その時感じた、陛下への違和感は、今思えば、ユウがミルへ感じたものと一緒だった気がする。
左右対称の笑顔、瞬きのタイミングが一定、心臓が動いているのか定かではない呼吸のない鼻と口、音声のタイミングと口のスピードが微妙にずれている。
背に冷や汗を掻きながら、王妃の部屋に行くと、王妃は俺の顔を見て「あぁ、リース、いつもすまないね。」と厄介者を見るような目を向けたのと同時に、陛下の顔を見て、カタカタと震え、幻覚でも見たかのように、叫びだした。
「こ、来ないでください、私は大丈夫です、心配されなくても直ぐに元気になりますから、どうか、どうか近くに来ないで、」
「妻の体調が悪ければ心配もするだろう。何をそんなにおびえている。」
怯える王妃に陛下が無理に近づこうとするから、無意識に体に触れてしまった。その瞬間だ。俺の固有魔法は心ではない何かを読み取り、とてつもない憎悪が身体に流れ込み、ゲロを吐いて気を失った。人間ではないと、それだけはあの瞬間に確信した。
起きて目の前にいたのはミル様だった。
心配そうに俺の手を握っていた。現にミル様の心は俺への心配で埋め尽くされていて、変わらぬミル様に安心した。だがあの瞬間から俺の考えは変わったのだ。この国は、人間ではない何かが支配している。第一王子も第二王子でも誰が王になろうとあの化け物からしたら関係がないから、王位争いなんてものは見て見ぬふりで。
王になれば、あの化け物に取りつかれるのではないかという仮説。
俺はこの国をミル様が良い方向へ変えてくれる未来を望んでいた。だがそれ以上に、ミル様の無事を願って止まなかった。だが、俺が殺してしまった第一王子のせいで、ミル様は自分がしっかりしなければと、以前に増して、王位継承への意識を高くするようになった。
全部全部俺が悪い。
何もかも捨てて、この国からミル様を連れ出したかった。陛下から少しでも遠い場所へ連れて行きたかった。その間にも王妃は確実におかしくなっていき、死ぬ間際は人の言葉も話さないようになっていた。その頃の王妃は触れると、陛下と同じ憎悪が流れこんできて、その中に、王妃のひどい後悔が混じっていた。
陛下への恐怖、俺への恐怖、息子を殺してしまった後悔。
罪悪感がなかったわけではない。だが、俺が守るべき人はミル様一人だった。触れた人の心が読めるのと同時に、化け物の見つけ方は憎悪が流れてくること。王宮の中の化け物がどれほどの人数に及んでいるのか確かめるようになった。
結果はひどいもので、陛下や王妃に近い従者や親族は、濃度はそれぞれ違うにせよほとんどが浸食されていた。むしろ浸食されていないミル様は奇跡と言ってもよかった。
あれほどミル様を王にすることに執心していたはずなのに、ミル様を王にしないために、どうするかを考えるようになった。そもそも俺が第一王子を殺さなければ、ミル様への危険はなかった可能性もある。
ミル様を危険に脅かしたのは俺のせいだ。
第三王子に王位継承させるには、ミル様を失脚させるしかない。出来るなら、殺されない程度に、それでいて王宮を追放されるような事件がいい。そこで俺は、陛下の暗殺計画を立てた。
本当に殺せるとなんて思っていない。俺の独断で、ミル様を王にしたいがための、勝手な暴走として。第一王子まで殺したのは俺だと、世間に広め、ミル様を失脚させようとしたのだ。その頃には家族なんてものはどうでもよくなっていた。
そんな事件が公になれば、一族全員処刑だろうが、ミル様が守れるなら、それでいいと本気で思っていたんだ。
だが、それが実現されることはない。計画は、上手く行っていた。察しの良いミル様に少しだけ情報を与え、屋敷内の重要人物にも断片的に情報を与え、暗殺計画当日、俺は出鼻を挫かれ拘束されるはずだった。
陛下の寝室。ミルも、その他の騎士も、時が止まったように動かなくなり、陛下と俺の二人きりなった。
「完ぺきに見えるお前も、ミスなんかするものなんだな。」
化け物は特別に頭がいいわけではない。ただ。持っている根本の能力が異次元で、俺がどれだけ策略を練っても、根本を覆されるのだ。
「今日この計画を目にしたものの記憶は消しておいてやる。ヴァンセント・フォース・クレスカは死んだことにしよう。このジジイの器は死期が近くて能力が十分に発揮できないんだ。ミルレアの身体に移るから、お前は公爵家の主たちの様子をうかがって来い。王家が終わったら貴族たちを上から順に取り込んでいく。分かったか?」
何故化け物が俺の精神を奪わないのかはわからない。奪えない理由があるのかもしれないし、心を読める固有魔法は化け物からしても優良なものなのかもしれない。そもそも化け物は、俺を、精神を支配しなくてもいうことを聞く人間だと信じて疑わなかった。ミル様だけはやめてほしいと。泣いた俺に。
「代わりにお前が消えてなくなるか?」
深くうなずいて。笑われた。
「王族ではないお前になっても、利益が薄い。なにより。2人ともの精神を奪えばそれでしまいだ。」
そう切り捨てられた。本音を言おう。俺の精神も奪って、おかしくなってしまいたかった。何もわからなくなりたかった。目の前でおかしくなっているミル様を見るのは耐えられなかった。でも死のうとすれば化け物に止められるのだ。死ぬよりつらい苦痛を植え付けられて、精神が崩壊しそうになっても、それもゆるされない。
ミル様がミル様でなくなる瞬間を俺は何もできずに眺めていたんだ。
「……リース、頼む……、殺してくれ、もう私はダメだ、」
毎日、毎日同じ夢見る。何度も俺はやり方を間違えた。この歳になればわかる。貴方が、王位を継承することを望んでいなかったこと。家族愛していたこと。第一王子の葬儀の時、俺は間違いを犯したんだと気づいていた。何年もたち、貴方を殺すことができなかったが、貴方を想えば、俺はあの時、人間であるあなたが残っているうちに殺して差し上げるべきだった。
死ぬこともできず、この国で生きることになるのならなおのこと、貴方だけは、人間を残したまま、死んでほしかった。
「最低だろ。心に決めた主を、結局は自分が殺したのさ。俺はこうしてのうのうと生きているってのに。お前からしたら、同じ人間だなんて、信じられないだろ。」
人のことを抱きながら、言葉で話もせずに、記憶を流すのだ。先日私がミルとの会話をリース公爵の身体に流したように。
「貴方のせいではないでしょう。どの道王家は化け物に支配されていた。」
「……俺の選択した道のすべてが間違っていた。全部ミル様を殺す道へと繋がっていた。」
「私だってルーク殿下のために、あの場にいた貴族を皆殺しにしましたよ。」
「お前はルークを守りきっただろ。」
「そうですね。殿下のために死ねるなら本望でした。」
「……俺だって、ミル様のために死にたかった。」
涙で顔が濡れた。返す言葉に困りすぎて、キスされたことがラッキーな気さえした。キスされている間、次に返す言葉をずっとずっと考えていた。
「なんで、私を連れてきたんですか。」
「この国の未来を知りたかった。お前の言う通り謀反を起こし内乱で死ねるなら、その俺はきっと大人しく死んだんだろうな。」
「……それは本望ではないでしょう。ゲームの貴方は、ミル様のため、この国を救おうと、謀反を起こしたのではないんですか。」
「俺はミル様のようにはなれない。ミル様の考えも理解できず、ミル様を王にすることばかりを考え、大切な人を何人も殺したような男だ。」
「リース公爵はここに私を連れてきたとき言いました、俺らにも攻略方法があると。私は、自分がこの世界を知っていたのは、ルーク殿下を助けるためだったと思っています。そして、リース公爵が私と出会い、この世界のことを知ったのは、同じ意味だと考えます。」
「……たとえこの世界がゲームの中だとしても、すべてが失敗だったとしても、俺は俺なりに考えてきたんだ。」
「残酷なことを言いますよ。物語は決められたレールです。リース公爵の考えも思いも、私と出会うまでは、決められたものだったのでしょう。」
「っ……、」
「ですが、もうリース公爵は知っているはずです。起きるはずの未来を。自分の結末を。知っている未来を使って変えるのです。そのために、公爵は私と出会ったんです。結末は決まっているのかもしれません。私たちが死ぬほうが多くの人間は幸せになれるのかもしれません。ですが、知っている事実に蓋をしたら、ミル様は報われますか。私や公爵はきっと根本的に良い人間ではないのでしょう。だからミル様のような人に憧れる。そうなりたいと願う。貴方はミル様の作った国が見たかった。ミル様のために死にたかった。その気持ちだけは、私にだってわかります。ルーク殿下がありもしない罪を着せられて抵抗もせずに死のうとしたとき、私は許せませんでした。ミル様の死を見届けた貴方がどんな気持であったのか、死ぬこともできない日々を送っていたと思うと、想像することすら怖いです。」
夜の薄暗い部屋の中、真っ白な髪が透き通るように光り、血のように赤い目からさらさらと涙がこぼれる。
「貴方はミル様ではない。素晴らしいミル様の考えを完ぺきに受け継ぐことだってできない。多くの人を殺すことになるでしょう。そのこと自体ミル様は望まないかもしれない。でも今を生きるのは貴方だ。私が同じ立場なら、ミル様の考えを受け継ぐなんて素晴らしい考えより先に、まず最初に、復讐を思い浮かべます。」
目が小さく見開かれる。
「……ずっとずっと、あの化け物を殺してやりたいと、思っているに決まってる、」
「復讐をして、それが終わったら、この国をミル様の思う国に変えればいいじゃないですか。」
「っ……そんなにうまくいくわけ、」
「未来は思い描くだけ自由ですよ。まず一つ。ごちゃごちゃ言いましたが、目的は変わらない。この国を支配するあの化け物を倒して、大国セーラルイをぶっ壊す。この人は何を頭のおかしいことを言っているんだと思っていましたが、私は貴方に情がわいた。命を助けて貰ったからではありません。貴方の話を聞いて、この国は壊されるべきだと考えます。同時に。貴方の思いが報われてほしいと心から思います。」
こぼれる涙を拭うと、やっと数回瞬きされて、視線が合う。
「何故ルークが死にかけたか分かるか、あの日同盟を結ぶための道中の土砂崩れは、俺が起こした。あの日助けられた事実を頭の中で安堵したお前に触れた俺は、お前が未来を知っていることを知った。だから、ハウルに余計な知恵を入れて、ルークを陥れるようなことをした。お前がルークを庇うことを計算して、セーラルイに連れてくるために、お前の国をぐちゃぐちゃにした。」
「……リース公爵はホントに頭いいんですね。」
「は?」
「いや、私たちの行動が全部計算されたものだったなんてさすがだなと思って。」
「いや、違うだろっ!?もっとなんか、あるだろ、」
「ルーク殿下は生きています。何なら、私、死にかけたおかげで好きだと言ってもらったんです。リトル様もラインも、私の大切な人は生きています。情と私は言いました。大切な人を守りたい。その人の作る国が見たい。そのためなら他は全部捨てられる。その人のために死にたい。一緒です。似たもの同士です。わいた情はそこです。可愛そうだから手伝いたいと思うのではありません。」
「失敗したら死ぬぞ。世界も終わるかもしれない、」
「世界が終わったらその時は諦めましょ。全部終わるならだれも私たちのこと責められませんし。」
「……そう、だな、もし、生き残れたら、国へ返すよ、」
自分の国かと。少し殿下の顔を思い浮かべたけれど、元気であることを願うばかりだった。ルーク殿下ならきっと問題のなくなった今、リトル様と共に間違いのない国を作り上げていることだろうと思う。
私の生きる道はこの知っている未来でルーク殿下を助けることだと信じていた。だが、もしかすると、知っている未来で多くの人を救うことが使命なのかもしれない。そんな使命。従ってやるつもりは到底ないが。目の前で起きると勝手に情がわくわけで。
ルーク殿下のように正しいと、命を懸けて守るべき相手だと思うわけじゃないのに。湧いて出た情は消えないのだ。守りたかった。死にたかった。自分の主を殺した化け物の下で何年その思いを殺し続けていたんだろう。心の読めない私にはわからない。
何をしたってミル様が戻ってくることはないだろう。
でも、戦うことは無意味ではない。この人をこの地獄から解放してあげたいと思うことに嘘はない。ぎゅっと抱きしめると抱きしめ返された。触れられれば心の奥を覗かれる。いい気分じゃない。だが慣れればあきらめもついてきて。嘘をつかなくていいのは楽だなと思うんだ。
次の日。同じベッドで目が覚めて、まだ目を閉じているリース公爵の腕から抜けて、鏡の前で自分の身体を眺めた。どこかの騎士にも負けない、傷跡が目立つ身体だ。柔らかさの少ない18歳になったというのに、少年のような体つきで、女性らしさに欠ける。背もあまり低くないから余計に男に間違われる。
それでも。この体に誇りを持っている。殿下が、自分は誰かを守れる人間だと教えてくれた。まばらにつけられた行為の痕に、この身体に反応するなんて、リース公爵は独特な趣味をしているなと。ぼけっと考えた。
「遅い時間ならまだしも、もう少しベッドにいたっていいだろ……、」
「そこそこいい時間ですよ。」
「お前はどこぞの兵士か。6時はまだ睡眠の時間だ。」
「私はいつも4時に起きています。」
「早すぎ、無理、つてけねぇ。……寒い。」
「そりゃ裸ですしね。」
腹をけられた。痛い。
「散々熱い夜を過ごしても、お前は朝には氷点下みたいに冷たいな、」
「別にどこかに行ったわけじゃないじゃないですか。」
「……目が覚めるまで傍に居ろよ。」
「我儘ですね。」
そう笑うと。
「綺麗に笑うよな。」
「なんで突然褒めるんですか。」
「本心だよ。お前なら、剣も魔法も知らなくとも、男を誑かして生きて行けただろう。」
「全然思い残すことがないわけじゃないですよ。痛い思いをするたびに、ドレスを着て屋敷で本を読んでいた時を思い出します。でも、戻りたいとは思いません。」
「なぜ。」
「女は愛する男性に守られ、彼が負ければ、訳も分からず殺される。私は、自分の生き方は、自分で決めました。この命を何のために使うかは、自分で決めたんです。死ぬべき時は、後悔があろうと、事実を理解して死にたいと思います。殿下のために命を懸けたこと、そして貴方と共に戦うこと。危ういと言われるかもしれませんが、自分は自分らしい選択をしているつもりです。貴方の笑顔を見たくなった。理由は十分です。」
腕を引くと、力つえーよってベッドの下で頭打っていた。
「ところで、リース公爵。」
「ん。」
「ゲームの貴方は謀反を起こして殺されています。5年も自分の心を殺してきたというのに、何か策があったと私は考えます。」
「そーだな。俺はその策は失敗するんだなと少し落ち込んだもんさ。」
「どんな策を立てたのですか?」
「化け物ってのはさ、倒せると思うか?」
「……努力次第では?」
「俺はそうは思わない。到底俺の敵う相手じゃない。俺が5年で得た情報は、こまごまとした情報をのぞけばこれだけ。だから俺は、あの化け物を倒そうという考えから、封印しようと考えるようになった。」
裸のままベッドの上で胡坐をかくと、大きく口を開け自分の指を突っ込む。まがまがしい黒い球体の何か。
「悪魔に心臓の半分を売って買ったんだ。条件がそろえばどんな悪魔も魔族も封印できるという魔具。だが、これで封印できなかったとなると、悪魔でもねーのか?」
「見てもいいですか?」
「触れると腐るぞ。」
「え。」
「俺の身体は悪魔に侵されてるから問題ないが、触れたところから腐るから飲み込んでるんだ。」
なんつーもんを持ち歩いてるんだこの人。
「これでも封印できなかった。」
「たまったもんじゃねぇな。また1から考えろって。ジジイになっちまうよ。」
「悪魔や魔族。たとえ違ったとしても、そちらの存在に近いのは間違いないでしょう。」
「そりゃ天使だったらこの世はどうかしてるよ。」
「正体がわからなくとも、聖の力は対抗策である可能性が高いとは思いませんか?」
「聖の力?」
「私の国には聖女がいます。」
「聖女ってあの頭の中お花畑女か。」
「純粋だと言ってもらっていいですか。」
「……へーへー。で。聖女がなんだよ。」
「上位の魔族はその場にいるだけで周りを邪気で犯すと言いますが、聖女はその場にいるだけであたりを浄化します。化け物にとって聖の力がどんな存在であるかは試してみる価値があるかと。」
「……ちなみにその場合俺も聖女には触れねーんだけど。」
「は?」
「魂の半分と身体の2割ぐらい悪魔に売っちまってるから、聖の力にはめっぽう弱い。どおりでお前の国はいつもいつもヘドロみたいな匂いがしたわけだ。」
「母国の協力は私のほうでどうにかします。まずは対抗策の候補として聖の力の効果を調べましょう。」
こんな形で母国に帰ることになるとは。殿下やリトル様はなんて考えた拍子だ。手首をぐっと捕まれた。
「ルークに会うのか。」
「事情を話せば殿下なら協力してくださいます。」
「いい、他の方法を探そう。」
「いや、なんでですか。何百年も聖女がいなかった時代ではありません。魔王を倒した力は本物です。あの化け物も、彼女に倒されるために存在している可能性すらあります。」
「お前に会い事情を話せばルークはこの国に返さないだろう。」
「殿下は、そんな人ではありません。自国を思い、世界を考えることのできる人です。」
「お前の死の瞬間をみたあの男が、お前を死地へ送るわけがないだろ。」
「理解できません、セーラルイの民を想えば、現状は改善すべきです。」
「別に理解しろとは言ってないだろ。絶対にそうなるという話だ。」
数秒の間。理解できないものは理解できなかった。平民を想うことができる殿下が、今の現状を知れば、他国であれ、セーラルイの民を見捨てることはないはずなのだ。なのに、リース公爵は確信すら持ったような表情でそんなことを言うんだ。
「……別に、姿を変えていけば、問題ないはずです。」
「聖女の場所がわかるのか?」
「ハウル王子の陣営にいたことを考えれば牢屋の中かと。」
「世界を救ったというのに残酷なことだな。」
「監視は少なくありませんが、聖女を聖女だと確かめる機会が多いわけではありません。それを考えれば中身を入れ替えて連れてくれば問題ないと思います。」
リース公爵の話によれば、貴族の人間まで支配を進めようと考えていた化け物だが実際は王族の支配のみにとどまっており、従者の支配すらまばらであると言っている。何が言いたいのかを聞けば、支配できる人数は想像以上に少ない。また、食らっている魂が少ない現状ではできることはそこまで多くないのではないかと。
「ユウ。」
「はい。」
「お前が俺を助ける理由などないに等しいだろう。だが、俺は」
随分苦しそうに話し出すものだから、掴まれた手首を解いて、もう片方の手を握った。
「笑ってください。」
ぎこちなく。普段心無い笑顔は得意なくせに。そんな風に笑うから。
「十分です。」
「……すまない、ほんとに、あり」
「謝罪も礼も終わった後にしましょう。そんな切ない言葉以外の感情で溢れるはずです。私は自分の頑張りで相手を笑顔にした経験があまりないんです。ですから、終わった後には笑ってください。たとえ、ミル様が戻ってこなかったとしても、終わったのちには、幸せになる努力をしてください。」
「分かった。」
王家の従者たちは、化け物の近くにいる場合支配を強く受けるが、離れてしまえば支配の手は解けてしまうとのこと。ただ支配されていた時間が長いとそれだけ身体が浸食されているため、人間としての判断はまともにできなくなっているとのこと。
「支配下にある従者を捕まえたらバレるが支配下にない従者なら実験に使ってもバレないだろう。俺は実験体の入手をするよ。聖女のほうは頼めるか?」
「了解です。」
転移魔法は苦手な分野ではないが、牢獄の中について詳しいわけではないので、王宮から少し離れた場所に転移した。姿は弟の身なりを借りる。弟は王宮騎士団の一人であるため、ここに居ても問題はないはずだ。久しぶりの母国だったが、復旧は順調に進んでいるようで、あの日の惨状はもうどこにも感じられなかった。牢獄のある場所まで、少しの道を歩いたはずであった。
「ユウか?」
聞き覚えのある、いや、毎日聞いていたその声にばっと慌てて振り返る。
「でん……陛下、どうされましたか。」
自国へ戻る前。リース公爵に自国のことを少しだけ聞いた。あの日の後、殿下が皇位を受け継いだこと。婚約が正式になり、結婚式が開かれる間近であること。王家の内乱により、国民の不安が広がっているからこそ、2人の結婚を国民に知らせることは急務であったのだろう。
「……あ、あぁ、ウット(ユウの弟)か。」
「すいません、」
「いや、いいんだ。引き留めて悪かったな。もう行ってよい。」
「はい。」
少しやせた感じがしたのは、何故なのか。振り返る勇気がなかった。
牢屋と言っても貴族などを収容する場所であるので、刑務所のようにひどい環境なわけではない。聖女メロの魔力を思い出し、姿を隠しながら部屋を見つけ、ノックをする。
「はい、」
「メロさんですか。」
「っ……その声、あの、生きて」
「何も言わずついて来て欲しいのです。そして私に協力してほしい。事情は出てからお話しします。」
「あの、突然すぎて、何を言っているのか、」
「ここで一生罪を償い続けますか?知らなかったことは罪にならないとはいいません。ですが、貴方の力を必要とする人を救い、償うという手もあると思います。」
「ッ……、」
ヒロインというものは、どこまで純粋な心のもとに作られているのか。果たして私と同じ生き物なのか。その点については深く言及しないほうが良いだろう。ヒロインとはヒロインという生き物なのだ。どこまでも純粋で綺麗な心の持ち主で。であるからして、ヒロインなのだ。
リース公爵の悪い部分を取り除き事情を説明すれば、メロは涙を流し、私にできることがあるならと泣いた。世界を救ったというのに、ハウルの反逆により、牢屋にとらわれていた事実について、彼女は、愛したハウルの犯した罪なら、共に償うのが自分の責務だと思っていたという。
これが女のあるべき姿である。これを見てしまうと、自分がこの世界で悪役であるという、リース公爵の意見は至極真っ当であったように感じる。
いっそ女に生まれないほうが幸せだったような気さえする。そして彼女は言うのだ。
「ユウ様が無事でいてくださり、本当にうれしく思います。」
「いえ、こちらこそ、聖女である貴方をあのような牢獄の中に入れるような形になってしまい、申し訳ありません。」
私のせいで牢獄にいるとは考えないらしい。自分が不幸になったとは考えないらしい。いや、今王位にいるのはルーク殿下だ。それなら、自国の話など蒸し返すだけ無駄。王になれるのは一人しかいない。ルーク殿下が生き残った時点で、どんな形であれ、この争いは起こるべくして起こったこと。
私の国の王位争いは終わったのだ。愛する男が負けたら、大人しく牢獄に入り死を待つ。女とは、なんとむなしい生き物か。
「メロ様、先ほど事情は説明いたしましたが、聖力を抑えることは可能ですか?」
「こう、でしょうか、」
「……正直私には聖力と魔力の大きな差がわからないんですが、まぁ、抑えて差し上げてください。リース公爵が倒れてしまうので。」
だが、当の本人のリース公爵は立っているのがやっとのようだった。それにメロもリース公爵に対して不快さを感じるようで、顔色を悪くしていた。
「彼は魔族ではないんですよね。」
「一応魔族ではありません。半分ほど悪魔に魂を売ったそうですが、」
「……悪魔は魔族の上位の存在です。人間が余計なことをしなければ干渉しないと聞いたことがあります。」
「だそうですよ。リース公爵。」
「魔族を50人、人間を50人。合計100の血で魔法陣を書いて悪魔を召喚して魂を売った。分かったから、ソイツを俺にそれ以上近づけるなッ、」
「だそうです。まぁ、少なくとも悪魔には聖女の力は有効ということで、実験を始めましょうか。」
化け物の支配下にない従者の様子と言えば、人の言葉も話さなければ視線も合わない。話しかけても無視だが、肩をゆすると、「أقتلك」なんといっているのか分からない言葉を吐き出す。
「メロ様、回復魔法を掛けてみてもらっていいですか?」
「わかりました。」
効果はあった。回復魔法を掛けた皮膚が赤く爛れ溶けていくのだ。ゲームの世界。メロがヒロインである限り、最強。割と、安直だが最強の方法だと思うのだ。リース公爵と言えば目が点になっていた。
「本当に、言ってるのか、」
「この世界はメロ様が最強なんですよ。何故なら彼女がヒロイン(主人公)であるのだから。」
「あの、ユウ様。」
「はい。」
「私の力は効果が見込まれると思いますが、100%の対処法ではないのかもしれません。」
「え?」
「見てください。魔族なら、私の攻撃を回復することは不可能です。ですが、」
メロが攻撃をやめたその瞬間から、皮膚が治っていく。それは息の根を止めるまで攻撃を与え続けても同様で、心臓が、動きなおすのだ。それから研究を続けていくことになる。まず、化け物に支配された人間には脳みそがなく、代わりにウジ虫のような真っ黒い「何か」がはびこっている。
脳からそれを取り出すことで、初めてその人間はまっとうな死体になり、今まで止まっていた時を取り戻したように老化する。そして、その何かにメロの聖力を与えると遂に朽ち果てる。
また、これは、支配下にいない化け物の従者にだけ有効な話であり、支配下にある者がどうなっているかはわからない。そうなると、化け物の情報が足りないという話になってくる。同時にメロが言う。
「聖剣であれば、効果を高められると思います。」
「聖剣はどこに?」
「勇者様がお持ちです。」
「え、勇者なんているんですか。」
「ユウ様、あの、一時期は国を騒がせていましたよ。」
「そ、そうなんですか。」
あれ、魔王とか聖女とか騒いでいたころ、私は自国にいたはずなんだけどな。
「それで勇者はどこにいるんだ。」
「勇者様は私と同じ平民の出身ですが、魔王盗伐が終わった後は、貧国を助けに行くと、様々な国を歩いているはずです。」
「そりゃご立派なこった。……勇者を探すにも、聖剣を奪うのも、全部そんなうまくいきそうにねぇな。情報収集は俺がするとして、ユウとメロは勇者探しに行くってのが妥当か?」
「いえ、私も情報収集に回りましょう。」
理由はいくつかある。リース公爵の持っている情報の中に、いくつか使える情報がある。まず、化け物の趣味趣向は奪っている宿主に左右されること。睡眠も人間と同じように行うし、食事だって人間のようなものを食べる。この数か月で気づいたが。
「私の魂を狙ってると思うんですよ。あの化け物。」
「おぉ。よくわかってんな。」
「その上で、他の人間とは違う特別待遇で扱ってもらっているんです。」
「ミルはお前のような初心い女が好きだからな。」
失礼すぎる。
「一気に殺されるということはありません。それに支配をねらっているのではなく、食うことを狙っているので、肉体の自由を奪われるということもない。むしろ恋愛ごっこのようなものをお望みだ。まぁ、多少は寿命を奪われるかもしれませんが、私も情報収集に回ります。」
「じゃあ誰が聖剣を取りに行くんだよ。」
「メロ様、頼めますか?」
「は?」
そんなリース公爵の声は無視した。
「私たちが行ったところで、勇者は相手にしてくださらないでしょうし、聖剣を貸してくれるとは思いません。だが、彼女なら別です。共に戦った仲間を無下に扱うことはないでしょうし、聖剣は、聖女が聖力を注ぎ込むことで新の力を発揮するのです。それに第一。正体を知っている私とリース公爵がこの城を離れるのをあの化け物が許すとは思えない。」
なにより。
「すべてが終わった後、自由になったメロ様は、自国には帰ることはできません。帰れるとしても牢屋の中です。それなら、少し旅でもして、生き方を見つけるべきだと考えます。どうでしょうか。」
リース公爵と言えば、まぁ、俺はメロと二人きりで旅はどう考えても無理だから何でもいいとのことで、メロはありがとうございますと泣いた。情報収集と言っても、そんな簡単に欲しい情報が集められるとは思えない。
「1年ぐらいかけて、ゆっくり探す気持ちで構いませんよ。」
「……だな。情報っつっても、化け物が自分の不利になることをぺらペらしゃべるわけじゃないだろうし、周りの従者も竹のように、結局はミルに繋がってるわけだから、そう簡単に欲しい情報は手に入らないだろうしな。」
それから、情報収集が始まった。地下遊技場での出来事については、リース公爵が化け物にうまく説明してくれたらしく、化け物はよく私を連れてあの場所へ行く。そして人間が殺される様子を満足そうに眺めながら、私の服に手をかける。この化け物は行為中に人の魂を奪うのがお好みだ。
人間ですらないくせに性欲はいっちょ前にあるってね。メモメモ。
そして魂を抜かれると何かを身体に流される。あの従者の脳みそに埋まっていた真っ黒なうじ虫かと予想しているが、正体はわからない。ただ。メロがくれた聖水が初めのころはうまかったのに、今は、飲むと血を吐くぐらいに身体に異変が起きている。多分これが最初に、化け物が自分好みに魂の味を変えるということだろうと思う。
「ミル様、なにを、するんですか、」
そして、化け物は、私が日々自分に支配されて、人間としての尊厳をなくしていく事実に恐怖している様子を楽しんでいる。だから私はその姿を演じるわけだが。全く本心がないわけじゃない。夜になると、化け物の部屋に閉じ込められて、遊ばれる。それは、甘い麻薬に支配されたような、身体の自由が利かない恐怖の時間だ。それを毎日繰り返す。そして、その時間、本体以外の接続が曖昧になる。
その間にリース公爵が本体に近い従者たちの身体に聖力の効果を試す。そんな日々が続いた。結果は順調であったが、問題は私もリース公爵も、化け物に近づいているせいで、聖力への対抗力がどんどん低くなっていったということだ。
久しぶりメロと再会したころには、2人して、メロの前に立っていられなかった。だが逆にメロは私たちのために聖力の使い方を以前以上に学んでくれたらしく、聖女だという事実すら騙せそうなほどに聖力を薄くして私の前に立った。
「ユウ様。随分、疲弊して、大丈夫ですか。」
「気持ち的には全然余裕だけど、身体は不調ですね。」
そう素直に言うと、手招きされて、大人しく近づくと、抱きしめられる。それは激痛だった。心臓をつかまれたような激痛ののち、酷い吐き気が襲って。私が吐いたものはあの真っ黒な蛆虫だった。ばーっと地面に広がって、逃げていく。化け物の支配が濃かった従者の脳みその中にも負けないような大量の真っ黒い蛆虫に、ちょっと引いた。そして久しぶりに腹が減ったのである。
「あ、りがとうございます。」
「いえ。そしてこちらは聖剣です。」
聖剣と聞いて触れたら身体が焼けるんじゃないかと思ったが、何の問題もなく触れることができた。
「勇者様が、すべてが終わったら一緒に旅をしないかと、そういってくださいました。」
「それは、良いですね。」
「ユウ様はこれが終わったらどうするつもりですか。きっとルーク様がお待ちですよ。」
「殿下が、……最近新聞を見ましたが、子が生まれるそうです。」
「はい。」
「それでも、お二人は、私を心から待っていてくださると思うのです。」
「もちろんです。国民が全員貴方の無事を願ってやまないことでしょう。ユウ様は私のように隠れて生きなければいけない存在ではありません。多くの人の前に立ち、希望となるべき存在です。出来るのなら、母国へ帰り、陛下と笑ってほしいと考えます。」
「ありがとう、ございます。」
セーラルイに来て、何万人の命を見て見ぬふりした。大切にしてきた身体も、容易に武器にしてしまった。人として使ってはならない力を使ってしまっただろうし。そもそも、死んでいるはずの人間だ。
私は堂々と殿下の前に立てるんだろうか。そんなことをポツリと考えて。ぐっと腰を抱かれた。
「そんな話は全部終わってから考えればいいと。お前が言っていた。」
「そう、でした。ですが、リース公爵は全部終わったらしたいことの一つぐらいあるんですか?」
「俺?あー、んー……あの化け物ぶったおしたら、王族はみんないなくなるわけだから、俺がこの国の王だろ?好みの女でもはべらせてハーレムでも作るかな。」
「リース公爵らしいですね、」
「らしいってどういうことだ。」
頭をぐりぐりと攻撃されて、笑うと。
「お前が来るまで、俺は未来のことなんて一度も考えたことがなかったんだよ。悪魔に魂を売ったのも、全部の魂を使ってあの化け物をどうにかしてほしいって初めは言ったんだ。でも、悪魔も直接はかかわりたくないって封印の魔具を渡して嫌な顔をしてさ。魂も半分しかもらってくれなかったんだ。それなのに、お前が来て初めてあいつを倒したらって話をした。」
ぎゅっと背中を抱きこまれる。人にしては体温が低いリース公爵は、左側にあるはずの心臓から鼓動が聞こえない。呼吸も吐き出すことはあるが、吸うことはないのだ。初めは不気味に思ったこの人の身体も今は慣れた。
「俺も、お前の幸せを心から願うよ。」
冷たい手を握る。この人は殿下やミル様のような人ではない。素晴らしい人格者ではとてもない。でも。心から幸せになってほしいと願う人なのだ。私の中で、何万人を犠牲にしてでも、笑ってほしいと思ってしまったのだ。
「リース公爵、」
「ん。」
「悪魔ってのは、案外容易に呼び出せるものですか?」
「いや……、俺はおすすめしねーよ。」
「関わりたくないと考えるということは、悪魔にはあの化け物に心当たりがあるはずです。今私たちが持っている情報と悪魔の持ってる情報を合わせれば何か答えが出るのではないでしょうか。」
渋い顔をするリース公爵は数秒黙り込んで。
「まぁ、俺も考えないわけじゃねーんだけどさ。」
「どんな人?なんですか。」
「人なんてもんじゃないよ、あいつらは神とかそっちの類だ。それに呼び出すのにはそこそこ準備が必要だ。」
「代償的なものですか?」
「魂つっても親なしのような人間じゃダメなんだよ。ちゃんと愛されてる子供とか、妊婦とかそういうの。魔族にしたって、無理やり連れてきて傷だらけのやつとかじゃダメだ。それに、精神の支配も必要だ。悪魔に魂をささげることを幸福に思うように、自ら差し出すようにしないといけない。」
「簡単じゃないですね。」
「人間のほうはどうにかなる。俺が運営してる宗教団体があって、神(悪魔)に捧げる命は尊いものだと教えている。だが魔族は金で買うにしても精神のほうがそう簡単に支配できるもんじゃないだろ。」
「だいたい何匹いればいいんですか。」
「...…30〜40は欲しいな。人間の割合を多くするにしても、計100人は代償としてほしいからな、バランスもあるだろ。」
ここで一つはっとなる。こんな話をメロの前でしたことについての間違いだ。彼女がこんな犠牲を許せるわけがないに決まっている。
「すいません。メロ様、気分が悪くなる話を、」
「……いえ、いいんです。犠牲者を出す行為を肯定することはできません。ですが、何か策があるのではと、言える相手ではないことも分かっているつもりです。たくさんの人の死を見てきました。同じ人同士の争いでさえ、何万人もの死者が出るのです。ルーク陛下の元で戦っていたユウ様の下す決断は、きっと一番犠牲の少ない選択なのだと信じています。」
果たして、これが一番犠牲の少ない選択肢なのか。そう問われれば私もリース公爵も返事をすることはできないだろう。一番犠牲の少ない選択肢。それは、この化け物を野放しにしておくことなのかもしれない。
「リース公爵。魔族の精神コントロールは私が行います。悪魔の意見を聞きましょう。」
精神系の魔法は苦手だったのだが、化け物を相手していて一つだけいいことがあったと言えば、これだ。自分が支配されていく過程で、どこから順に支配していけばいいのかを理解したという点。
正直なことを言えばリース公爵にもメロにも見られたくなかったが、メロの存在は傍にいるだけで魔族を弱らせるスポットのようなものなので、いてもらうに越したことはない。
まず部屋は綺麗に、決して拷問を行うような部屋ではいけない。だがそこには絶対に出れない錠を掛けて数日放置する。水も与えずに。抵抗力もなくし、飢餓状態の魔族に、水と食料を持ち、私が部屋に入り、催眠を掛けながら食事を与える。
意識がもうろうとなり、自分の支配下にしたところで、精神系の魔法を掛ければ40匹全員洗脳は完了である。そこから数日愛の言葉でも吐けば魔族たちの忠誠はより豊かなものとなる。
「出来ましたよ。」
「恐ろしすぎるだろ。無敵かよ。」
「あの、」
「はい。」
「そんな魔法が使えたのなら、私やハウルもどうにでもできたのではないですか。」
「いえ、この魔法、完ぺきに使いこなせるようになったのは最近で、化け物に身体を支配される過程で覚えました。」
なんでも学ぶタイプなんですというと2人にガチドン引きされた。心外すぎる。チョークで魔法陣を引き出したのでふと質問をする。
「あの100人を煮込むのかと思いました。」
「そりゃ間違った方法だって、前回教えられたんだよ。次に呼び出すときは正しい方法で呼び出せと習った。今回はそれにのっとってる。」
そんなことを丁寧に教える悪魔とはどのような生き物なのか。気になるところであるが今から会えるらしいので黙ってみておこう。今から死ぬというのに、意気揚々とした顔で幸せだという事実を話す人間たちを眺めて。魔法も使わずこんな教育をする貴方より恐ろしい人間はそんなにいないだろうと思った。
「ユウ、そしてメロ、この魔法陣に血を垂らせ。」
「メロの血も必要なんですか。」
「この空間で代償以外の魂はこの魔法陣に証拠として血を垂らす。じゃないと食うときに巻き込まれる。」
大人しく血を垂らし始めると、魔法陣からするする血が抜かれた。慌てて魔法陣から抜けようとするとメロも私もリース公爵に手を引っ張られた。そのままでいろと。数秒血を垂らし続け、すっと魔法陣から甘い香りがする。同時に、メロが鈍い声を出した。
「っ、ぅ゛……酷い異臭、」
「え?」
「初めて呼び出すときは俺もそうだったよ。悪い臭いに感じないってことが良くないんだ。俺もお前も。」
聖女であるメロの反応がすべて正しい。お菓子のような甘い匂いに感じるのは。あってはならないことらしい。
「今度はうまく出来たね。リース。」
それは、人の形をしていた。リース公爵と全く同じ顔の同じ背丈の同じ声。でも見分けは簡単についた。その恐ろしさは、見た目を繕ったくらいでは、隠せるものではなかったからだ。上手上手と赤子を褒めるようにリース公爵の頭をなでて、私たちの前に立つ。
「今回は、人の形をされているんですね、」
「前回リースを怖がらせちゃったからね。上手だろ?」
「とても、人間にしか見えません。」
にへらと笑って。魔法陣から抜けた悪魔は、トンと足を鳴らした。瞬間。部屋の中が消えた。何もかも。人も。電気も。一瞬空気さえも消えて。そして。リース公爵が叫ぶ。
「ユウ。光魔法使えるか?」
その言葉にはっとなって明かりをつける。すると。悪魔ののどがごくりと上下した。
「うん。悪くないね。まずまずの味だ。」
「それは良かったです。あのそれで、なん」
「リース。焦るのは良くないな。モテない。余裕をもって。」
「すいません、」
こんな風に、焦った様子のリース公爵なんて初めて見た。それもそのはずだろう。私だって立ち去ってもらいたい気持ちでいっぱいだし、メロは立てずにしゃがみこんで地面ばかり見ている。
「リースのことは前回よく聞いたからさ。そこの聖女は話せそうにないからキミ。自分のことを紹介して。ちゃんと丁寧に。」
「……私は、アンスティ・パメロ・ユウと、」
「違うよ。最初の魂の名の話だよ。」
「ッ……、すいません、前世の名前はこの世界に来た時から思いだせません。」
素直にそういうと、そういうものなのかなと悪魔は首を傾げた。
「随分死んだね。また死にたいのかい?」
「死にたくなくて、貴方を呼びました。」
「そうか。」
ゆっくり近づいて顎を掬われる。随分近い距離で視線が合って、顔はリース公爵だというのに、感じたことのない恐怖が全身を襲って、身体が震えた。
「綺麗な魂だ。何度もアレの床に付き合っているとは思えない。アレは上手いのか?というか、中に出されてアレの子供が出来たらどうする。育てるのか?」
「子ができれば情がわき、弱みを知れる可能性があります。上手いや下手を考えながら行為に及んだことはありません。任務や仕事に快楽は求めません。」
「そうか。じゃあリースとはどうだった?」
「っ……、それは、」
一瞬の間。視線が合ったのは悪魔のほうのリース公爵の顔だった。低く笑うその顔は、どこか色っぽくて、安っぽい笑顔が特徴の本人とはどこかかけ離れていた。
「……他に、経験がないので、わから、ないです。それに、本人を前に、あまり、その話をするのは、」
「恥ずかしい?」
コクリ。
「でも、照れてしまうくらいには情を感じているんだろ?」
なんでこんな質問をされるんだと。思いながら、頷いた。
「幸せになってほしいと、思っています、」
すると悪魔は、あっははっと、すごく楽しそうに笑い声をあげて。顎から手の位置をずらして髪を掬った。
「これは執着するわけだ。面白い。さぁ。暇つぶしもこれくらいにしてな。お前らの聞きたい話を教えてやろう。」
とどのつまり、アレは魔族よりはよっぽど上位の存在だが、我々悪魔には遠く及ばない下等な存在である。ただし。その存在は、人間の負の感情や死人の怨霊、魔族の血や日々の魂の叫びなど、まぁ、目には見えない邪悪な物の塊で。人の器を借りなければ存在することもできない。
それならなんで我々が関わりたくないのかと君たちは疑問に思うだろ。
簡単に宿主を変えられるからだ。何人人間を殺せばよいかわからない。まぁ、別に人間をすべて食らっちまうってもの手だが、食料は全部食い尽くしたら生態系が崩れてしまうだろ。そんなことを考え出したら我々も手を焼く。
それにだ。我々はアレと契約を結んでる。上質な魂を毎日100人捧げるっていうな。
心当たりがあるだろう。それを対価にこの国は守られている。王として素晴らしい者だと思うがな。考え方は人それぞれだ。アレにはアレの悪魔が付いているから、同士討ちってのはしないもんなのさ。悪魔は。友情深いからね。
なので、ここからの僕は完全なプライベートだ。
美しい魂と、頑張るわが子。無力な人間がアレと戦おうと必死なんだ。少しのヒントくらいないとかわいそうだろ。死ぬことに必死だったわが子が、生きる希望を見つけたんだ。悪魔に命をささげて、生きていられた人間なんてお前だけに決まっている。なぁ、リース。
僕もどこからかキミの笑顔を望んでいるよ。昔のお前は、雑食な僕ですら食べる気がしないほど不味い魂をしていたからね。今は少しマシになった。
リース。何故僕が封印の魔具を渡したのか。考えてみるといい。
「ですが、ゲームの世界では封印に失敗し、俺は死んだと、」
何を封印したんだ。ミルを封印したところで別の人間に移ればいいだけの話だ。根本を封印しなければ意味はない。そもそもその魔具は人間相手には使用できない造りだ。そのままではミルには反応すらしないだろう。
よく考えるんだ。答えはあと少しのところまで来ている。
さぁ、プライべーな質問に答えたのだから、寿命を10年ずつ貰う。次に呼び出すときはお前らのうちどれか一人の魂でいいよ。どれも100人の人間の魂よりうまそうだ。では。またな。
余韻が響くまたなという声に、腰が抜けた。威圧感のなくなった部屋で全員がはぁと胸をなでおろし、決して綺麗ではない地面に倒れ込む。
「妥当に考えれば、ミルの身体からあの化け物を引きずり出して、それを封印しろってことだろうけどな。」
「本体から引きずり出す方法か。」
以前メロが体内から蛆虫を取り出してくれたが、その事実に化け物は酷く激怒したので、微妙な体調不良のまま過ごす日々が続いた。作戦決行の日は寝る前の酒に睡眠と性欲の増長の薬を混ぜた。人間の食事を好み、トランプなどのゲームを楽しみ、性欲もあるこの化け物に、薬が有効なのは以前確かめた。
部屋に1か月半掛けて身体の中で練った結界を張る。これは私の身体や従者たちの頭にいる蛆虫が具現化し、この部屋から逃げられなくするもので、人の身体から出た化け物をこの空間に見えるように存在させるためにある。
メロとリース公爵を呼び、メロにはこの部屋を聖力で満ちるよう魔法を掛けてもらう。そして、リース公爵は化け物の心臓に聖剣を刺す。
「手が一瞬で爛れる、終わるころには使い物にならないかもな、」
「上等な義手の作り手を知っています。人の手より上手く魔法が使えるのだと聞きました。」
「そうか、俺もな東方に有名な義眼師を知っている。そのきれいな瞳の色は失われてしまうかもしれないが、見えたほうが良いだろう。」
「どんな結末であれきっと明日は綺麗な色をしています。」
「あぁ、そうだな。」
甘いキスをされたけれど、聖力に満ちたこの空間は、私たちにとってはつらい空間だった。
15で成長の止まったミル様の身体は、俺よりよほど背が低く幼い。俺が守り抜いた貴方は、一つの傷も知らない綺麗な身体をしているだろう。殺してほしいと言われたあの日、泣いて出来ないとわめいた自分も15の少年だった。
物心ついた時からミル様の傍にいたというのに、俺は数えきれない人間の命を奪った。セーラルイのことを考えれば、毎日100人の犠牲を払うほうがよほど国の安定に繋がるのかもしれない。この化け物は上等な魂を探している今の日々に満足していて、人間をどうしようという意思はないのだから。
己は悪魔に魂を売り、聖女に代償なんて物を受け入れさせ、ユウには化け物に身体を売らせた。この先の未来、この国は化け物がいなければ崩壊の一途を辿るだろう。
それでも。俺のこの想いは、恋や愛とは違う、もっと純粋なもので。
「俺は国ではなく、貴方に仕えていたのです。貴方を幸せにしたかった。貴方の作る国を見たかった。貴方のために死にたかった。」
-----------------……リース、頼む……、殺してくれ、もう私はダメだ、
何百何千何万とフラッシュバックし夢を見て思いだれる記憶。
「やっと俺は、貴方の最後の願いを叶えることができる。」
こぼれた涙とともに聖剣を突き刺した。瞬間。何かがはじけたように、ミル様の身体からあふれ出す。黒い、黒い、真っ黒の。大量の蛆虫があふれ出し。一つに固まる。それはミル様の身体から出た瞬間人の言葉など話すことはなかった。聞いたことのない言語は俺たちを呪い祟っているようにも感じられる。
メロが少し苦しそうな顔をしながらも、術を唱え続けている。その術のせいで化け物は次の宿主の人間を探せずにいるようだった。ユウは地面に手を着き、この空間を狭めていく。
俺は、ミル様の身体に刺さった聖剣から手を放し、悪魔から買った封印の魔具を身体から取り出す。ユウの作った空間が人の形ほどになった瞬間、その魔具を起動させる。呪文は存在しない。悪魔が言うのだ。呪文なんてのは人間の気休めで本当は魔法に呪文なんてものは必要ないのだと。
強く強く、その化け物が封印されることを願いなさないと。
願いの先、悪魔の声が聞こえ、初めて出会ったときの姿が見えた。言葉にできない恐ろしい姿で笑うのだ。
「可愛い人間たち。御身を傷つけよく頑張った。不味い飯は嫌いだが、お前らの頑張りに免じ、一口ぐらい我慢してやろう。」
そういって大きな口でユウの空間ごと飲み干した。
「これは僕とお前たち3人の秘密だ。誰にも言ってはならない。せっかく人間の記録にも悪魔の記録にも残らないようにしてやったのだから。毎日100人の代償を差し出していた化け物との契約が突然切れて、魔族と契約者の悪魔が怒ってお前たちのところに現れるだろうが、こう説明してやりなさい。ある日、真っ黒いウジ虫が宙を舞ってどこかに消えたと。そういえば悪魔たちは、肉体を別なのに移すのに手こずっているんだと勘違いする。その間に聖女のお前はこの国を浄化するんだ。そうすれば我々ばこの国には近づけない。魔力が足りなくなるだろうからユウとリースも協力するんだよ。分かったかい?あの悪魔は物覚えが悪いから1か月もすれば事実を忘れお前らの存在も忘れるだろう。1か月ぐらいはこの屋敷に籠っていなさい。」
何故悪魔がここまでしてくれるのか。疑問が顔に出ていた。きっとユウとメロも同じような顔をしていたのだろうと思う。
「何時でも腹が減って、栄養の足りない魂を食らっているあの悪魔には到底理解できない話かもしれないが、魂とは、育てるものなのさ。すべてを正しく理解したお前たちに。長い幸せを過ごせと命じ、最後の1年を僕に捧げるよう言えば、今のお前たちはありがたくその命を差し出すだろ?」
頷くと、悪魔は全員に一度ずつ優しいキスを落とした。
「僕は雑色だ。聖女の魂も、3度目の美しい魂も、可愛いわが子も、楽しみでたまらない。キミたちが寿命を全うすることを信じ、最後の時、幸せでうまい魂であることを信じよう。」
そう言って悪魔が消えるのを眺めた。ユウとメロが気を詰めた体を撫でおろすように崩れこみ、手を握り合って笑っている。終わった。指先どころか手首から下の感覚がないけれど。自分の寿命がどれほど残っているかも分からないが。
ミル様の死体が、成長して、安らかに眠る。俺と大して変わらない身長に、色素の薄いブルーの髪がベッドの上で流れて。腹に刺した聖剣の先からは赤い血が流れる。
聖剣を抜きミル様を抱きしめた。
「やっとご家族と同じ墓に入れて差し上げられる。国民には事実を説明して皆様の葬儀を行います。どうか、どうか安らかにお眠りください。」
そう言って、もう一度ミル様をベッドに寝かすと、上手く立てもしないユウが抱き着いてきた。数メートルなのに2,3回こけて、何とか支えてやると、綺麗な顔を崩して泣いていた。
「笑ってくれるといったのに、なんでそんな泣いてるんですか、」
「さすがに今すぐは笑えないだろ。安心して泣けてきたんだよ。」
「そうですか、」
明日からは笑ってください。忙しいですよ。
こんなに綺麗に笑う彼女は別の男のものなのだから難儀だと思う。でもたしか、この国に連れてくるときに、ルークには俺にくれといったんだったなと思いだした。すべてが解決した途端。頭の中はクルクルと動き出して。
散々長い時を過ごして、情がわいた彼女なら付け入る隙があるだろうと考える。結婚したテーレの王様より、何十倍も大きいセーラルイの王妃は魅力的ではないだろうか。そう考えて、あぁ、俺は明日が楽しみなんだと、泣きながらに笑えた。
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書く気力があればそのうち続きを書こうと思います。
キャラ紹介
ルーク
17歳→20歳 178cmくらい
黒髪のイケメン
正義感があり家族や仲間、国を想っている
リトル
16歳→19歳 158cmくらい
美しい金髪の100点満点ボディの美少女
自由を求める、男が大嫌い
メロ
16歳→19歳 152cmくらい
薄いピンク髪の笑顔の綺麗な少女
作中誰よりも優しい性格をしている
ユウ
17歳→20歳 165cmくらい
性別不明の中性的なリトルにも負けない美形
正しさより情や感情に動かされがち
でもルークのように民の味方でありたいとも思う
リース
20歳→23歳 182cmくらい
白い髪に真っ赤な目のイケメン
大切な人のためならどんな犠牲も厭わない
でもミルのように民の味方でありたいとも思う