私メリーさん
ちょっとアイデアが尽きたので気分転換代わりに短い話を投稿
前後編形式で終わる予定です
始まりは二か月前の事。
夜中にかかって来た非通知の電話に苛立ちながらも俺は出る。
「もしもし……誰すか?」
本来なら相手にするべきじゃないんだろうが、酔いと寝ぼけが混じって好戦的になっていたのだ。
しかしその二つの感情の淀みは次に聞こえた一言でかき消される。
「私メリーさん。今羽田空港に居るの」
ねっとりと響くような少女の声。
「……は?」
「これから貴方の家に向かうわね」
一瞬で現実感を取り戻した俺の耳に残ったのは電話が切れたのを知らせる音のみ。
心臓が早鐘を打ち、額を玉の様な汗が伝う。
俺は【メリーさんの電話】という小学生の頃に聞いた怪談を思い出した。
捨てられた人形が持ち主に復讐する為に電話を使って恐怖を煽るという物。
ゴミ捨て場から始まり、町、家の前、部屋の前……そして終いには。
「あなたのうしろにいるの」
布団にくるまって頭の中で違う違うと連呼する。
確かに俺は小学5年生の頃人形を母親に捨てられた。
恨まれていてもおかしくないのかもしれない。
でも……あれはただの怪談の筈だ。
「ただのイタズラだ。そうに決まってる」
呟いて逃げるように目を閉じる。
早く記憶から消したくてたまらなかった。
翌日、何事もなく朝を迎えられた事に安堵する。
ひょっとしたら夢だったのか?と思って着信履歴をチェックしてみた。
「……ある。1時12分」
あの時と同じ時間に電話があった証拠はしっかり残っていたのだ。
微かに安心の念を抱いていた俺の心は再び揺れ動く。
それから再びメリーさんから電話がかかって来たのは三日後の同じく深夜。
この瞬間の俺は死ぬかと思うんじゃないかという位にビビりつくしていた。
もう40分も放置しているが着信音は鳴りやまない。
まるで逃げても無駄だ。と言われているような気がした。
覚悟を決めた俺は震える指で応答ボタンを押す。
「も、もしもし……メリーさん?」
「うん。私メリーさん」
聞こえてくるのは恐怖という感情とは対照的なまでのあどけない声音。
それが不気味で仕方なかった。
やがて、その時が来る。
今後の俺の人生を左右させる運命の一言が。
「いま……」
「ひっ……!」
頭の中であのセリフがフラッシュバックする。
反射的に俺は後ろを振り向く。
同時に彼女は言った。
「ロサンゼルスに居るの」
ん?
ロサンゼルス?
「…………は? ろさん……ぜるす?」
「うん」
意味が分からない。
が、それは向こうも同じようだった。
「何で?」
「分かんない。飛行機に乗ったらここに着いたの」
背後に誰も居ないことを確認した俺はたまらず笑ってしまう。
この電話をきっかけにメリーさんへの恐怖心をすっかり無くした。
何故なら彼女が死ぬほどポンコツだったからである。
メリーさんのロスに行きつくまでの流れを解説してみようか。
①羽田空港に着いたものの俺の住む名古屋までどう行ったらいいか分からず悩む。
②ていうかそもそも名古屋ってどこ?
③よく分からないけど遠い場所っぽいから丁度いいし飛行機に乗ろう!
④ロサンゼルスに着いた!←今ここ
間抜けにもほどがある。
俺はため息をついて現状確認を施す。
「とにかくまず日本に帰って来なきゃ……戻れそうか?」
「わ、分かんないよ。お兄さん飛行機の時間調べてくれる?」
「仕方ないな……ちょっと待ってろ」
やれやれと言わんばかりに首を回しながらパソコンの電源スイッチを押す。
検索欄に【ロス 空港 時刻表】の文字を入力する。
もうこの時点で流れがおかしくなった。
メリーさんから逃げようとしていた筈の俺が、いつの間にかメリーさんを迎え入れる為に協力をしているのだ。
それからも様々な困難が俺たちの出会いを阻もうとする。
「私メリーさん。今北京に居るの」
「何でだよ! 一回日本まで戻って来れたじゃないか!」
「私メリーさん。今北海道に……さ、寒い……」
「電話は良いからとにかく温まれる場所に行け!」
「わらひ……もぐ……メリーはん。サーターアンダギーが美味ひいよ」
「良かったな。で、何で沖縄に居るんだ? 日本一周企画やってるわけじゃ無いんだぞ?」
度を越えた方向音痴っぷりと好奇心に振り回される毎日。
俺の家に行くって言う目的忘れてない?と突っ込みたくなるレベルだ。
だが幾度となく失敗を経てメリーさんも学びを得たのか、少しずつマシになってくる。
少なくとも一か月を超えた辺りで国外に出ることはなくなった。
そうして……話は現在に至る。
「私メリーさん。今品川に居るの」
「おう、ついに品川まで辿り着いたか。そっから博多行きの新幹線に乗れよ」
スマホから聞こえてくるのは心配そうなメリーさんの声。
見慣れない景色はやはり混乱を生むのだろう。
安心してもらえるように俺も極力気を配る。
「名古屋駅に着いたらまた連絡くれ。家までの道教えるからさ」
「うん。私新幹線乗るの初めてだから緊張するけど頑張るね……ありがとう春日さん」
メリーさんはそう言い残して電話を切る。
携帯を机に置いた俺は感動のあまり涙を流していた。
「うぅ……とうとうあの子も……名古屋に来れるんだな」
ここまで来るのに約2ヵ月。普通に昼間にでも電話かけて来てるけど今更突っ込む気は起きない。
とうとうこの時が来たかと感傷に浸ってしまう。
さながら子の成長を見守る親の様な気分だ。
それから約2時間後。
「私メリーさん。ねえねえ! 名古屋駅着いた」
電話越しでも飛び跳ねて喜んでいるのが分かる。
微笑ましく思いながら予め用意した地図に目を通す。
「偉いぞ。東口から出たら近くにコンビニあるだろ?そこを左に曲れば俺が住んでるマンションがある」
「おっけー。もうすぐだから待っててね」
「ああ……お菓子もちゃんと用意してあるからな」
「やったー! じゃあまたね」
最初の恐怖心はどこへやら。
最早孫と会えるのを楽しみにするお爺ちゃんの域にまで達している。
「早く来いよ……メリーさん」
暗くなったスマホにそっと語り掛ける。
トラウマと化していた着信音をいつの間にか心待ちにしている自分がおかしくて仕方なかった。
しかしここで素直に終わってくれないのがメリーさん。
数十分後、電話を掛けてきた彼女の声は酷く震えていた。