第3章
源頼朝と北条政子の長女・大姫の生涯を描いた作品です
大姫さまにとつぜん結婚の話が持ち上がったのは六歳の時です。最初その話を聞かされた時は、驚きと共に若干の怒りを覚えました。
(六歳のおいちさまに何が縁談よ? おいちさまは犬や猫じゃないのよ。まだほんの子供なのよ)
そう思いまして・・・
詳しくお話を伺うと、お相手は頼朝さまと同じ源氏の直系であり、挙兵こそ頼朝さまに遅れはしたものの先に都へ攻め入り、都から平家を追っ払うことに成功した木曾義仲さまのご長男、義高さまであることが判明いたしました。この時、義高さまは十一歳でした。
同じ源氏同士でありながら、覇権を争って敵対していた頼朝さまと義仲さまが和議を結ばれたので、友好の証しとして双方の子供を結婚させることにしたそうです。とは言うものの、実際は形勢の不利な義仲さまが、頼朝さまに和議を結んでもらう代わりに、息子の義高さまを人質に差し出したというのが真相でした。
わたくしどものような下々の人間とは違って、お偉い方のお子さまには政略結婚というものが付き物だということは承知しておりましたけれど、まさか大姫さまが政略結婚の道具にされようとは夢にも思っておりませんでした。そういうわけですから、六歳の幼さで早くも結婚しなければならない大姫さまを、初めわたくしは少しばかり不憫に思いましたけど、当の大姫さまが都から素敵な若武者がやって来ると大喜びし、その到着を今か今かと心待ちにしている有様でしたので、次第にわたくしも
(この結婚もそんなに悪い話じゃないのかも)
と思うようになりました。
そして遂に都から義高さまがやって来られたのです。
木曾義仲さまたちによる都での乱暴狼藉の噂が耳に入っておりましたので、どうせその息子も下品でむさ苦しい山男だろうと思っておりましたところ、意外にも実際の義高さまは、上品で涼やかな美少年でした。
最初、大姫さまは恥ずかしがって両手で顔を覆い、指の合間から義高さまを見たりしておりましたが、その実ひと目で義高さまを気に入ったご様子でした。わたくしには、それがはっきりと分かりました。なぜなら、その昔、政子さまやわたくしが、頼朝さまに心を奪われたのと同じだからです。都からやって来る男は、どうしてこうも素敵に見えるのでしょうか?
大姫さまと義高さまはご婚約なされ、お二人の幼い恋物語が始まりました。
義高さまは物静かな少年でした。生まれつき内気なご性格だった上に、人質というご自分の立場を理解されていた為でしょう、無口で、ひどくおどおどしていて、他人に対して、殊に当家の人間に対して、固く心を閉ざしていらっしゃいました。しかし、そんな事は、我が大姫さまの知った事ではありません。
「こんにちは」
大姫さまは大きな声でそう言うと、満面の笑みを浮かべて義高さまの前へお立ちになりました。
「あ・・・こ、こんにちは・・・」
義高さまの方は恥ずかしそうに顔を伏せながら、か細い声でそう答えるのが精一杯でした。
「おいちだよ。どうぞ、よろしく」
「うん・・・どうも・・・」
大姫さまは、顔を真っ赤にして照れている義高さまが可笑しくて仕方ないらしく、しきりにその顔を覗き込んでは楽しそうにはしゃいでいらっしゃいましたが、やがて
「義高さま、あっちで一緒に遊ぼう」
そう言って義高さまの手を取ると、庭の奥へ引っ張って行かれました。こういう時、女の子は積極的になるものです。義高さまは黙って大姫さまに従っていらっしゃいました。このように大姫さま主導で始まったお二人の恋物語ですが、次第に義高さまの心も打ち解けてきて、大姫さまのことを
「いっちゃん」
と呼ぶようになりました。
お二人は毎日一緒に過ごし、晴れた日は裏山で虫採りをしたり、海で貝殻拾いをしたり、庭で鬼ごっこをしたり、犬や猫とじゃれ合ったりしていらっしゃいました。雨の日は、部屋の中で読書やすごろく遊びをして過ごしていらっしゃいました。本当に仲の良いお二人でした。まだお小さかったので、許婚同士というよりも、仲の良い兄と妹という感じでした。