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蒼き情念の姫  作者: ふじまる
2/11

第2章

源頼朝と北条政子の長女・大姫の生涯を描いた作品です

 関東を支配下に治めたと言っても、それで平家に勝ったわけではありません。鎌倉に入った後も、わたくしどもの不安な日々は続きました。

(やがて平家の大軍が押し寄せてくるだろう。こちらはそれに勝てるだろうか? もし鎌倉勢が負けたら、その時はどうなるのだろう?)

 しかし、そんな不安も、富士川の合戦でお味方が勝利し、頼朝さまの実弟・九郎義経くろうよしつねさまが、次々と平家軍を打ち破っていかれたことできれいさっぱりと消え去り、わたくしたちは

(これならどうやら大丈夫だ、何とか平家に滅ぼされずに済みそうだ)

 と、ようやく安心して生活が出来るようになりました。

 鎌倉での平穏な日々の中、大姫さまはすくすくとお育ちになりました。成長するにつれ大姫さまの可愛らしさはより増してゆきました。また、元気で明るいご気性がはっきりと表れてきて、毎日お屋敷の中やお庭を駆け回り、蝶やバッタを捕まえたり、犬や猫とじゃれ合ったりしていらっしゃいました。

加代かよ、早く、早く」

 と、わたくしを呼ぶ大姫さまの可愛らしいお声が、今も耳に残っております。

 それだけでなく、大姫さまはたいへん利発なお子さまでもありました。本を読まれるのが大好きで、さらにご自分で物語をこしらえては、それをわたくしたちに語ってくださいました。その物語がどのような内容だったのか、今はもう忘れてしまいましたけど、とても女の子らしい、華やかな、夢のような物語であったと記憶しております。

 このように大姫さまは、元気で利発で、そして芯のしっかりしたお子さまだったのですが、それは母親である政子さまのご気性を受け継がれたものだと思います。政子さまも、小さい頃は大姫さまそっくりの、活発で頭の良い少女だったそうですから。

 その政子さまですけれど、大姫さまのご性格を考える上でも忘れられない出来事が、この時期にありました。それまで緊張続きの日々を送っていらっしゃったのが、平家との戦いに一応の目星が付いた事でふっと気が抜けられたのでしょう、こういうとき殿方によくありがちな話なのですけど、頼朝さまがお亀という女と浮気をなさり、それが運悪く政子さまに発覚したのです。

 頼朝さまは源氏の棟梁でありますから、源氏のさらなる発展のためには、頼朝さまの血を引く者が多くいた方が良いに決まっています。ですから、側室の一人や二人持つのは当然だとわたくしなどは思いますし、またそのように申し上げて一所懸命お慰め申し上げたのですけれど、潔癖症の政子さまにそんな理屈が通用するはずがありません。

「おのれ、このわたしというものがありながら」

 烈火の如く怒り狂った政子さまは、家来に命じてお亀の住む家を焼き払い、お亀を鎌倉から追放してしまわれました。それでも、この場合、命が助かっただけマシでしょう、お亀は。最初、政子さまは、お亀を殺して八つ裂きにするつもりでしたから。

 報告を受けた頼朝さまが、

「なんて事をしてくれたんだ、おまえは」

 と、ひどくご立腹の様子で部屋に駆け込んで来られると、何と政子さまはその頼朝さまを逆に張り倒し、体の上に跨り、両手で首をグイグイ締め上げながら

「今度また浮気したら、てめえを殺してわたしも死ぬからな。分かったか、このさかり金玉!」

 と怒鳴りつけたのです。

 それはまさに鬼の形相でした。恐ろしすぎて誰も政子さまに近寄れませんでした。頼朝さまも恐怖で顔がひきつっていらっしゃいました。

 政子さまの異常なまでの潔癖性、苛烈さ、いったん自分の世界に入り込んだら協調性を失い、頑として他人の意見に耳を貸さない態度、死への願望・・・後に大姫さまに起こったすべての事を考えますと、やはり大姫さまは政子さまの娘だったのだなあ、とつくづく思わざるを得ません。政子さまの血が色濃く流れていらっしゃいました、大姫さまには・・・

 このように、頼朝さまと政子さまとの間にはひと悶着ございましたけど、そんな大人の事情は子供だった大姫さまには関係ありません。大姫さまは相変わらず明るく元気で、そしてご両親のことが大好きでした。

 平家とのいくさの指揮を執っていらっしゃった頼朝さまは、お忙しくてなかなか大姫さまと会う時間がございませんでしたけど、それでもたまに頼朝さまがおいでになると

「お父上さま!」

 と、すぐさま大姫さまが歓声を上げ、抱きついて行かれました。頼朝さまにとっては、大姫さまと一緒にいられる間が、最も心休まる時間だったのでしょう、すっかり顔の表情が緩んでいらっしゃいました。

「おいちは良い子にしておったかな?」

 頼朝さまが笑顔でそう話かけられると、大姫さまは頼朝さまの顔を見上げて

「うん、おいちは良い子だよ」

 とお答えになります。

「本当かな?」

「本当だよ」

「悪戯ばかりして加代たちを困らせているのではないかな?」

「そんな事ないもん。ねえ、加代、そんなことないよね?」

 と、大姫さまはわたくしの方を見て同意を求めてきます。わたくしが笑顔で首を縦に振りますと

「ほら、加代も、おいちが良い子だと言ってるもん」

 と、ムキになって頼朝さまにおっしゃいます。大姫さまのそんなところが可愛くて仕方ないらしく、頼朝さまは目を細められて

「うん、うん。おいちは良い子じゃ」

 と、大姫さまを抱きしめるのでした。

 大姫さまも、頼朝さまと一緒にいられる時間が、いちばん楽しそうでした。それはもう本当に仲の良い父娘でした。

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