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第1話 彼女に婿養子に来て欲しいとお願いされた件

 壁掛け時計の針がチ、チ、チ、チ、と音を立てる。

 初夏の土曜日の夜、お客さんが帰った店内はとても静かだ。


「ヒロ……味はどうや?」

 普段の快活な様子に似合わない神妙な表情と声。

 (のぞみ)が息を飲んで僕の感想を待っている。

 ヒロは、僕の本名である目黒宏樹(めぐろひろき)のあだ名だ。


「うん、美味しい。これなら親父さんにも負けてないよ」

 だから、僕はカレーを一口食べた感想を正直に告げる。


「よっしゃー!」

 僕の感想を聞いた望は、両手を握ってガッツポーズ。


「あ、でも、私に遠慮してへんやろな?」

 相変わらず、妙なところで小心者だ。


「ほんとだって。僕がそんな遠慮しないのはよく知ってるだろ?」

「それもそやね。でも、ほっとしたわー」

 深呼吸をして胸を撫で下ろす望。

 どれだけ緊張してたんだか。


「望はもっと自信持っていいと思うよ」

「言うても、おとんのカレーはめちゃ美味いし」

「そりゃ、親父さんは長年やってるわけだし、仕方がない」

 といっても、この調子なら、店のメニューを作ってもいけるだろう。


 ここは、カレー屋『ベンガル』。

 インドのベンガル地方に伝わるベンガルカレーを売りにしたカレー屋だ。

 「ベンガル人直伝!ヘルシーカレー」

 を謳い文句にしている。

 実際、親父さんはベンガル人から作り方を教わったらしい。


 カウンター越しに立っている娘の名前は守口望もりぐちのぞみ

 『ベンガル』を経営する親父さんの一人娘で、僕とは幼い頃からの付き合い。

 豪放磊落(ごうほうらいらく)と言うのがふさわしく、細かい事を気にしないおおざっぱな性格だ。

 と言っても、カレーの事になると妙に神経質になるのが可愛いところだ。

 今は頭巾に隠れているけど、腰まであるきめ細やかな黒髪を自慢にしている。

 そして、長身の上にスタイル抜群な典型的なモデル体型だ。


「にしても……」

 ふと、静かな店内で考える。


「どしたん?」

 気がついたら、隣の席に望が座っていた。

 不思議そうな顔をして、覗き込んで来る二つの瞳。

 パッチリとした大きな瞳は、吸い込まれそうな美しさがある。


「そろそろ、進路の事真剣に考えないと、って思っただけ」

「言うても、ヒロは工学部志望で決まっとるやろ?」

「そうなんだけど、志望大学がね」

 本当は違うことを考えていたのだけど、誤魔化す。


「ヒロの成績やったらどこでも行けるやろーに」

「それもそうなんだけど、ね」

 模試の結果を見る限り、最難関校を目指さなければ難しくはないだろう。

 でも、悩んでいるのはそんなことではないのだ。

 彼女と同じ大学に行きたい。

 でも、彼女の学力は僕よりも幾らか下だ。

 だから、志望校のランクを下げるしかないのだけど、しかし。

 

(止められる可能性があるんだよなあ)

 「ヒロは頭ええんやから、もっとレベル高いとこ受けんと」

 とかなんとか言って。


「なあ、望」

「うん?」

「僕が同じところ受けたいって言ったらどうする?」

「同じところって……私と同じ大学ちゅうこと?」

「そういうこと。お前だったら気心も知れてるし」

 一言で言うと僕は臆病なのだ。

 いつの間にか望が近くにいるのが普通になってしまって。

 離れるのがなんとなく怖い。


「ふーん」

「な、なんだよ」

「ヒロは、ひょっとして私に気があるんか?」

 ニヤリと表情を悪戯めいたものに切り替えて聞いてくる。


「そんなわけないだろ。仲のいい友達としてだよ」

 正直、望は美人だ。性格だっていいし、気も合う。

 でも、一緒に居て落ち着く相手であって、恋愛とは少し違う。

 男として好いてくれるなら、という都合のいい考えは少しあるけど。

 今の関係でそれなりに心地いいというのが正直なところ。


「そやったら、ええんとちゃう?私もヒロと一緒なら安心やし」

「そうか。止めないんだね。「もっと上目指さへんの?」とか」

「それ、私の真似のつもり?似とらんよ」

「似てないのはわかってるって」

「もう。拗ねへんといてーな」

 笑いながら、望は僕に抱きついてくる。


(こういうこと自然にしてくるから……)

 いつしか、もう慣れてしまった。

 これも、恋愛感情と断じられない理由かもしれない。


「そういえば、さあ」


 まだ早い話題だけど、改めて聞いておきたかった。


「望は大学卒業したら、ここを継ぐ気でいいんだよな」

「そりゃーもう。ここは日本で唯一無二と自負しとるしな」

 胸を張って言う望だけど、あながち間違いでもない。

 僕が小学校の頃に大阪に越して来た時はこの本店だけだった。

 しかし、今や市内に4店舗も展開している。


「ひょっとして、『ベンガル』をチェーン店にでもするつもりか?」

「お客さん次第やけどな。それもありやと思っとる」

 自信に満ちた瞳。

 夢は大きく、と昔から言っていたけど、小さく家業を継ぐでは終わらないらしい。

 

「望だったら、出来るかもな」

 こいつには容姿や親しみやすさだけじゃなく、人を惹きつける力があると思う。


「それはさすがに過大評価やって」

 パタパタと手で団扇を仰いで、謙遜する幼馴染様。

 少し出た胸元もまた艶めかしい。


「望は謙遜し過ぎ」

「謙遜やないって。だいたい、ヒロのおかげなんやで?」

 真面目な表情で見据えてくる。

 どうやら、本気で言っているようだけど。


「僕が何かしたっけ?」

「それこそ謙遜やな。ヒロが色々システム作ってくれたおかげなんやで?」

「お世話になってるから、ロハで引き受けただけ。発注しても出来るって」

 僕は以前に、ここ用の、レジアプリとPOSシステムを作った事があった。

 それを未だに恩義に思っているらしい。

 お世話になった店へのちょっとした恩返しのつもりだったんだけど。


「ちゅーても、外注さんやと、細かいところとか自由に行かへんやろ?」

「そういうことも多いけどね」

「有りものやったら、きめ細かいサービスが売りのここには合わへんし」

「それは……少しは」

 ここ「ベンガル」の特徴は、ベンガルカレーの他にお客サービスがある。

 常連さんならその場のノリで値引きしたり。

 あるいは、気前よく食後のチャイを無料サービスで出すこともある。

 既存のシステムだと融通が効きづらいのは確かだった。


「ところでやな」

「ん?」

「ヒロは大学卒業したらどうするつもりなん?」

「前から言ってるだろ。どっかで普通のプログラマにでもなるって」

「高校生であんなに立派なシステム作れるのに?」

「僕がまだ高校生だからチヤホヤされてるだけだよ」

「ほんと、ヒロは謙遜が好きなんやから」

 何故だか不機嫌そうにそんな事を言う。


「まあ、ええか。ところで、一つ……相談があるんやけど」

 珍しくためらいがちな表情に声音。


「ん?何か不具合でも出た?いつでも対応するよ」

「そういうんやなくて。ちゅーか、いい加減おとんも金払うって言うてるのに……」

「さすがにあの程度のシステムで金取るのは気が引けるんだよ」

「もう、ほんと頑固やね」

「まあ、性根が捻くれてるから」

「……まあええわ。先に言うとくけど、いつもの冗談やないからな?」

 いいつつ、じぃっと僕の瞳をまっすぐに見据えてくる。


「本気なのは目を見てればわかるよ」

「な、ならええんよ。相談の内容、やけど、な」

「何を戸惑ってるの?」

 なんだか顔まで赤くしてるし、声も途切れ途切れだ。


「私の一世一代の大勝負やから」

「……」

 大勝負、と聞いて、僕も気を引き締めた。

 そう言うからには軽い相談ではないんだろう。


「わかった。ちゃんと聞くよ」

 もはや茶化す雰囲気ではないと認識して、姿勢を改める。


「よし。言うからな?」

「うん」

「大学卒業したらやけど。私の家に婿養子に来てくれへん?」

 一息に望はそんな事を言い放ったのだった。え?


「ムコヨウシ?」

 一瞬、脳内かな漢字変換がうまく発動しなかった。


「やから、婿養子やよ」

 言葉を繰り返す望。顔中が真っ赤だ。


 ムコヨウシ、婿用紙、婿容姿、婿養子……て。


「婿養子ーーーー!?」


 あまりに予想外の言葉に僕は大声を出してしまった。

今回は、飲食店の一人娘と、その娘と関わりの深い主人公が織りなす勘違い系ラブコメディになります。

両片想いのようなそうでないような、微妙な塩梅の物語をお楽しみください。

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