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前編

 初めての記憶な何か? それを聞かれた時、多くの人間の喧騒であったと今は答える。

 わいわいがやがやと不特定多数の人間の声が聞こえているが、どれも大声ではない。

 主に声を発しているのはどうやら一人だけらしく、他はその一人の声に反応している様だ。

 何かについての説明をしている。そんな声でもあった。

 一応、聞いてばかりで無く、目の方もはっきり見えていたため、いったいどういう状況なのかも理解できた。

 見る限りにおいて、自分がいるのは檀上であり、声を発している人間は、自分のすぐ横にいる男のものであった。

 彼はマイクを手に持って、前(少なくとも、自分にとっては前方だ)にいる、多くのスーツ姿の人間達へと話し掛けている。

 スーツの人間達は一様に、並べられたパイプ椅子に座っており、時折、手を上げてマイクを持った男に質問を繰り返していた。

「いったいどれほどの性能があるのか?」

「具体的かつ有効的な活用法とは?」

「導入するにあたり、コストパフォーマンスについては十分に考えられているのか?」

 等々。何かの物体についての質問事項が多い印象があった。

 中には政治的意図について尋ねる者も居たため、随分と立派な物についての質問会が行われていると分かる。

 質問に答えるマイクの男は、それぞれに違った種類の言葉を返していくが、総じて、意味は一つのみである。

「すべてはノープログレムです。問題をすべてクリアしたからこそ、ここに彼がいる。そう彼、見ての通り、金属の体を持った、人造の超人。人類叡智が結晶の一つが彼、(しん)(てつ)なのですよ」

 マイクの男の言葉がここまで来て、ふと疑問が浮かぶ。

 どうせ質問会だ。ならば自分も、質問者側に回る事にしよう。

『失礼。もしやその神鉄というのは、私の事でしょうか?』

 質問をしてみたところ、その場。恐らくどこかの会場であろうが、騒然とし始める。

 こんな光景が、機械の体を持つ存在、神鉄の初めての記憶であった。




「いったいどうしたの、神鉄? 突然喋り出すなんて、予定には無かった事でしょう? 広報の真坂(まさか)くん、随分と焦っていたわよ? 私にまで苦情が来ちゃったわ」

 二度目の記憶は、そんな風に女性に尋ねられる事から始まった。場所は変わって、やや狭いと感じる個室だ。

 飾りっ気が無く、コンクリートで出来た灰色の壁と、あまり物が乗っていない事務机が一つ。

 その机とセットになっているキャスター付きの椅子には、自分へ質問をしてきた女性が座っている。

 ちなみに、神鉄の方は、ずっと立ったままの状態であったが、些かも苦痛は覚えない。

『女史。あなたは()()女史でしょうか?』

「ええ、そうよ。その通り。何時も、休日以外は何時だって顔を合わせているでしょう?」

 彼女、神鉄の記憶にある限りにおいて()()草子(そうこ)と言う名前の女性は、これまた記録にある通りの姿をしている。

 スラッとした長身の体に、美醜の一般的価値観で言えば平均よりも上の、大人びた顔立ちをしていた。肩まで伸ばした髪は、染めてもいないのにやや赤みがかっているのも特徴だ。

 何よりも目を惹くのは、セーターの上から着込んだ白衣であり、知性の匂いがして、それがとても似合っていた。井馬・草子とはそういう女性である。

『ええ、こういう話も、あなた自身も、何時も通りです。しっかりと記録にありますし、あなたは井馬女史。私こと神鉄の主任研究員であり、開発の全工程9割を完了した段階で、私の人格プログラムについての最終調整を行っている。今は、午前中に行われた私の正式発表の際、予定になかった私の発言について、何かしらの欠陥があるのではないかと調査を行っている』

 神鉄は人間で言えば口元にあたるスピーカーより、機械音声によって自分の言葉を伝えて行く。

 人間に近い、流暢な声のはずだが、人間側に言わせれば、どうにも機械的な部分が抜けないという評価を受けていた。

 だが、目の前の井馬女史は、そんな風に神鉄を扱ったりはしない。

「そう。その通り。ちゃんと状況把握は出来ているじゃない。どうして、発表会の時にはできなかったの? 事前にあなたの記憶領域には、発表会の次第だって書き込まれていたはずよ?」

 神鉄の声に比べて、彼女の声は優しげだ。

 普通の研究員であれば、それこそ神鉄に繋がれたコードの先、神鉄の内部情報が数値として映っているモニターを見続ける事だろう。

 神鉄に話し掛けもしないはずだ。

 何故なら、神鉄はそのすべてが機械だからだ。声を発するのも、そういう装置があるからに過ぎない。であれば、声と画面上の数値に何の違いがあるだろうか。

 神鉄とてそう思うと言うのに、彼女、井馬女史は、それでも神鉄との会話に拘っている。その記録も、勿論、神鉄の頭脳には残っていた。

『分からないのです。井馬女史』

「勿論、あなたにも分からない事はあるわ。けど、それでも、他の人間よりもたくさんの知識を、あなたは知っているはずよ」

『それは記録です、井馬女史。私は……私の記憶と言えば良いのか……それが、あの会場から突然始まった様な、そんな感覚がある』

 神鉄は率直に答えようとしたが、何を言葉にすれば良いのかを戸惑う。こんな事も初めてであったし、初めてであるという記録もあった。

 記憶と言う意味であれば、今、この瞬間ですら、何もかもが初めてに感じてしまっているのであるが。

「感覚……ね。そういう言葉だって使えるのでしょうけど、実際に使ったのは今回が初めてかしら、神鉄」

『その通りです。井馬女史。こんな事は、私の中で初めてです。いったい……私はどうしたのでしょう? 何かのバグが実際に発生したのか』

「数値上は、特に問題が無い様に見えるわ。あなたは正常。昨日までのあなたと何も変わらない」

 井馬女史のその言葉に安心を覚えるも、その感情自体が、神鉄にとって異質なものであった。

 昨日の自分と今の自分は何も変わらない。そうであるならば、今の自分の異常はどこから来ていると言うのか。

「けれど、あなたの様子は、困った事態ではあるかもしれないわね。本番は明日にでも始まる予定よ。今日の発表会は、その本番のための合図でもあったんだから」

『その件については問題ありません。現状、私の機能は一切損なわれていない……はずですから』

「そこは、ちょっと断じて欲しかったわね、神鉄」

 井馬女史は、こちらにそう囁いてから、頬を指先で掻いている。

 彼女は何時も困った状況になると、頬掻くという癖が出てしまうらしい。その事柄についても、神鉄の記録には残されていたものの、やはり初めて見た様な感覚がそこにあった。




 本番。その言葉が意味するのは、神鉄の存在意義であろう。

 神鉄は、何も技術的好奇心により生み出された存在ではない。

 一から人間と同等か、それ以上の性能を発揮する存在を作り出す。そんな目的を元に、神鉄は作り出されたのだ。

 人間と同等の判断能力を持ち、人間と同様に問題の解決を図れる。神鉄に求められているのはそんな性能だった。

 そうして、出来れば、人間以上の結果も出して欲しいと望まれている。予算やスポンサーがどうのの話をする人間は、特にそう望んでいるだろう。

 だが、それはあくまで表面的な目的である。もっと深いところ、根本の部分には、さらに別の目的が存在しており、その目的もまた、神鉄が作られた理由であるのだ。

 そうしてその目的のために、神鉄はショッピングモールへとやってきている。

「良い? 神鉄。今回ばかりは、何かの誤作動は許されない。分かるわよね?」

 最近、何かが変わり始めた神鉄であったが、それでも変わらず、井馬女史が隣にいた。

 先日、問題視された行動を起こしてから三日。その時間が流れる中で、漸く、神鉄にとっての本番がやってきたのである。

 その本番が行われるのがこのショッピングモールだった。

 人で賑わって……は無いが、それでもちらほらと人の姿を見かけるそんな場所。

 見掛ける人々は買い物を楽しむと言う雰囲気では無い。

 誰もが、何がしかの制服と呼ばれる服を着こみ、緊張を残した表情を浮かべていた。

 自らの私服に自信が無く、真剣そのものに、ファッションセンスを高めるための修行を開始している……と言う風にも見る事は出来るだろうか。

 神鉄はそんな事を考えてから、やはりそんな考え方をする自分にこそ驚く。

『今回、取り組む予定の物事には問題ありませんが、やはり、どこかしら、私に変化が発生している様です』

「また、記録じゃなく記憶が始まった感じがするっていうあれ? 発表会から色々と話していたけど、データ上、やっぱりあなたに変化は見られなかったじゃない」

『そうなのでしょうか。私にはどうにも―――

「おいおい。大丈夫なのかい、井馬君! 今日は記念すべき、神鉄の実働試験日なんだよ!?」

 神鉄と井馬女史の話を聞いて、やはりすぐ傍に居た男が、慌てて話しかけてくる。

 もっとも、彼は井馬女史にのみ話しかけたのだろう。名前は確か真坂(まさか)慎二(しんじ)

 かなりの金銭と労力が投資されて作られた神鉄の、その成果を周囲に知らしめる事を仕事としているらしい。

 端的に言えば広報担当だ。これまでは肝心の神鉄が開発途中であったため、彼はこういう機能が付く予定ですという予想ばかりを宣伝していた。

 一方、漸く実のある成果が発生しそうな今回、その事に興奮している様子だ。

『真坂広報係長。精神的昂揚状態にあるのは分かりますが、ここではその手の発言は抑えた方が良いかと』

「え? あ……いや……そうだな。みんなピリピリしているしな……だが、うん。相手の感情を読み取れる機能もちゃんと働いているじゃないか。問題無しだよ神鉄」

 一応は神鉄の性能を認めつつ、それでも、きょろきょろと周囲を見始める真坂。

 彼が様子を伺っているのは、現在、ショッピングモールにいる人々だ。

 どう見たところで客ではないその人々もまた、客で無ければ仕事のためにここへ来ているのである。

 彼らの仕事は神鉄と同じ仕事である。だが、彼らにとっては記念すべき状況ではまったく無いだろう。ちなみに、神鉄が行うべき仕事にしてもそれはそうだ。記念などと表現するべきでは無いのである。

「神鉄。とりあえず口頭で、あなたがすべき事を確認しておきましょうか。あなたにとっては、うんざりするほど分かっていると思うけど」

『うんざりなどはしませんね、井馬女史。そういう負の精神状態というものに、私は成り得ない。その様な機能は無いからです。例えその仕事が、超能力者の制圧というものであっても』




 超能力者。その存在が世界において公式で認められたのは、10年前の事である。

 それは文字通り、人ならざる力を持った者達の総称だった。

 物を触れずに動かせる力、ただ持っているだけのスプーン曲げる力。そういう分かり易い力を持つ者もいれば、人を洗脳したり、周囲の水分を自在に操れる者もいた。

 元からどこかに潜んでいたのか。それとも、最近になり発現したのか。未だに結論は出ていないものの、どちらにせよ、10年前から、急激にその力を持っているとされた人間が増え始めたのだ。

 増え始めたからこそ、国家がその存在を認めざるを得なくなった。

『超能力者と呼ばれる人間の厄介この上無い点は、その力が統一的でなく、さらには、誰がその力を使える様になるかも判断できない部分にあります』

「ええ、その通りよ、神鉄。超能力の存在は、その力そのものによって、社会を混乱に導く可能性も示唆されていたけど、もっと厄介な部分があった。それは何かしら?」

 神鉄は、井馬女史の質問に答え続けている。

 本番がやってくるまで、今回の神鉄は待機の予定であるから、それが発生するまでは、この様に、神鉄の知識を試す事が有意義なのだろう。

 いや、無意味かもしれないと神鉄自身は感じているが、井馬女史がこの話を続けるのなら、その事に異論は無い。

 それに超能力の問題は、今や世界の問題だ。それを何度だって確認するのも、大切な事のはずなのだ。

『隣人が、突如として破壊的な兵器を所有するかもしれないという想像。いや、隣人でなくとも自分自身が。そういう不安を、人類全体が抱える事になりました。社会は否応なく、変化せざるを得ません』

 少なくとも、現状の社会において、超能力はそういうものとして扱われている。

 厄介な存在。不都合な力。残念ながら、便利な力とはまったく思われてはいなかった。

 力に目覚めた本人ならば、有用な力と思うかもしれないが、それを周囲に知られれば、白い目で見られるという事実と、どちらに価値があるか。

 人ならぬ神鉄が、おいそれと答えを出せる問題では無いだろうが……

「じゃあ神鉄。超能力者の発生によって、もっとも身近にある問題は何かしら? そうして、その解決法は?」

 それはいろいろあるだろう。と、神鉄は答えを出しかけるも、それを止める。井馬女史は、やはり神鉄を試しているのだ。

 曖昧な問い掛けに対して、神鉄がしっかり空気を読めるかどうかのテストだ。

『その問題とは、勿論、超能力を悪用する人間が現れるという事です。つまり、超能力犯罪。解決法は、それまで存在しないとされた超能力への対処という、従来とは全く違うアプローチが必要とされる』

「ブラボーだ! 神鉄! うんうん。そういうセリフは、今後、衆人観衆に囲まれた時に、とても必要になってくるよ!」

『真坂広報係長。ですから、興奮は抑えた方が良いかと』

「おおっと、いや、失敬。申し訳ない」

 真坂が謝るのは神鉄にでは無く、やはり、周囲の人間に対してだった。

 空気は変わらずピリピリとしている。そんな状況において、この真坂という男は、やや雰囲気に合っていない様子だった。

 一方で、神鉄の方もまた、周囲の空気と違った雰囲気があると思う。そもそもからして機械と金属の塊。そんなものが、ショッピングモールにいる事自体異質だ。

(いや、そうでも無いのか?)

 ここが異質な場所であるのならば、自分の様な存在がいてもおかしくは無いのかもしれない。

 勿論、ショッピングモールそのものが異常と言っているのではない。

「じゃあ神鉄。最後の質問よ。あなたはどうして、ここにいるのかしら?」

 井馬女史の質問は哲学的な……ものでは勿論無い。

 やはり、神鉄が空気を読みつつ、適切な回答を行えるかどうかを試しているのだろう。

 そうして、神鉄はその答えをすぐに導き出せた。

『超能力犯罪。それを行う超能力者を捕えるために、私はここへ配置されています。このショッピングモールは超能力犯罪者が破壊活動を行うとの予告がされており、現れるであろう犯罪者を、私は逮捕する権限を既に与えられています』

 そう。超能力犯罪への対処。それこそが神鉄が作られた理由であり、神鉄が存在する目的でもある。さらには、その本番がこのショッピングモールで行われるのである。

 ショッピングモールにいる神鉄と、その関係者以外の人員は、それらすべてが超能力犯罪に対する警戒と抑止、また、発生した時のための行動要員により占められていた。

 警察はもちろん、超能力犯罪に対する専門組織、自衛隊からも人員の派遣が行われており、神鉄もまた、その中に含まれていると言って良い。

「その通り。私達、新造成業株式会社は民間企業だけれど、あなたと言う存在を……俗な言い方をするなら売り込むためにやってきている。あなたが今回、ショッピングモールの破壊予告を出した超能力者を逮捕できれば、その有用性は多くの人が認める事になるでしょうね」

 そのための下準備にもまた、多くの資金と労働力がつぎ込まれている……と、神鉄が所有する記録にもあった。

「丁度良いと言われれば丁度良いタイミング……と、こういう言葉も不謹慎だねぇ。超能力犯罪者も、何でわざわざ犯罪予告なんぞ出すんだか」

 本人も、この場の空気に馴染まない事を自覚し始めた真坂が、愚痴っぽく言葉を漏らしている。

 犯罪が行われる予定の現場にいるというのも、まさに一般人である彼には緊張する事なのかもしれない。

『今回、予告を出した超能力犯罪者、大声の誇示者などと名乗っている相手ですが、どうにもその名の通り、自分の力を社会へ見せつける様に、犯行を続けています。派手に街のモニュメントや建築物を破壊し続けており、だと言うのに、まだ捕まえられていないというのは、やはり謎が多く―――

「あーら。知った顔がいたと思えば、草子じゃない。相変わらず、妙な場所が似合ってること」

 神鉄が状況説明を続けていたところで、乱入者が現れた。

 説明を止められた事に苛立ちはしない。しないのであるが、それでも、いったい誰だと気になるところで、そこへ目(と言ってもカメラであるが)を向けた。

「……妙な場所が似合っているというのは、褒め言葉かしら? そっちも相変わらず、似合ってない事をしてるみたいだけれど」

 神鉄が反応するより先に、井馬女史が現れた人間へと話しかけていた。彼女が話し掛ける相手は、彼女と同じ年齢に見える女性。

 神鉄は彼女についてもまた、記録を持っていた。名前は(らん)(じょう)美和(みわ)。井馬女史とは旧知の仲らしいが、神鉄が見る限りには不仲に見える関係である。

 髪を井馬女史より長く、腰くらいまで伸ばしているが、女性的かと尋ねられれば、むしろ動物的に見えると答える人間が多いだろう。

 長いというのに、あまり手入れがされていない様に見えるその髪は、刺々しさを感じさせる。そうして、その顔つきは髪以上に鋭い。

 目付きなど、そうしていなかったとしても、常に誰かを睨み付けている様だ。

 さらに彼女を女性的な雰囲気から遠ざけているのは、着込んだ制服だろう。軍服を思わせる、金具とポケットが複数見受けられるブラウン色の制服。

 スカートでも履いていればそれでもと思えるかもしれないが、しっかりと同色のズボンが下半身を包んでいた。

 そうして、そんな彼女が一度、ジロリと神鉄へ視線を向けてくる。すぐに井馬女史へと顔を向け直したが。

「そんなに似合ってないかしら? そっちの機械よりは、随分とサマになって来たと思うけど」

 そっちの機械こと神鉄は、自分がサマになっていないという発言はどういう意味だろうと聞きたくなるも、今、ここで言葉を発するのは空気が読めて行動であると判断し、黙っておく事にした。

 変わりに、井馬女史が言葉を発してくれるであろうし。

「神鉄の本領はここからよ。あなたみたいに、似合いもしない制服を着込んで、暴力的な力を好き勝手に使うなんてことも無く、活躍してくれる予定なの」

 褒められたのか、相手を貶す材料にされたのか分からないものの、兎に角、井馬女史と蘭条という女はこういう関係だ。

 空気が別の意味で緊張してきた。神鉄がそう感じていたところ、神鉄の後ろへ隠れていた真坂が、小声で神鉄へと話しかけて来た。

「いやあ、神鉄? 僕、ちょっとお腹痛くなってきたから、トイレへ行ってくるね。ちょっと、女性陣のかしましいあれが終わるくらいにすっきり戻って来ると思うよ。うん」

 真坂はそのまま、トイレへと逃げ出して行く。なるほど、もしかしたら、こういう時に覚える感情が、ズルいというものかもしれないなと、神鉄は記憶しておく事にする。

『睨み合いをしているところ、大変申し訳ありませんが、蘭条臨時巡査部長。我々とあなた方は同じ目的を持った仲間なのでは? この様に険悪な状態になるのは、些か問題があるかと』

 神鉄はこの状況をただ観察しているつもりは無く、目の前の女性二人の会話へ、割って入る事を決めた。

 ただ、相手が受け止めてくれるかどうかは別だろう。井馬女史はともかく、蘭条は蔑む様な目線を、神鉄へ向けて来る。

「ふんっ。思ったより、人間らしく喋るじゃない。それでも機械は機械だけど。私達が仲間だなんて。まさに機械らしい考え方だこと」

 どうにも不機嫌になっている様子。神鉄自身の言葉が気に障った様だが、自分の発言は一般的意見としか思えなかった。

 目の前の蘭条という女性は警察だ。もっとも、正規の採用試験を受けて就いた役職で無く、ヘッドハンティングに近い形で雇われたと聞いている。

 だからこその臨時であり、特例中の特例人事でもあったと聞く。そんな特別な彼女から、どうにも神鉄は敵視されているらしい。

『井馬女史。私は何か、対象を苛立たせる言葉を使用したでしょうか? そうであれば、早急な訂正を願いたいのですが』

「神鉄、訂正は無しよ。単に相手が短気なだけなんだから。そうでしょう、美和? 神鉄の言う通り、ここは何時もの喧嘩が出来る場所じゃあないわ」

 井馬女史の方は冷静になってくれた……と思いたい。蘭条への敵意自体は消していない様なので、不安ではあるが。

「ふんっ。そこの機械、常識的な事を言える能力なら、確かにあるみたいね。けど、場所の事を言うなら、ここはそういう理屈が通用しない場所よ。超能力者が犯罪を行う場所って言うのはね。同じ空気を纏える人間じゃないと上手く行動できない」

『あなたが超能力者である事はこちらも存じているし、だからこそ、超能力対策班の班員として雇われている事も同様に記録にあります。蘭条臨時巡査部長』

 そうだ。目の前の彼女、蘭条・美和もまた超能力者である。

 昨今は超能力犯罪ばかりが取り沙汰されているが、その力を有用に活用しようとする風潮もあった。

 その最たるが、目の前の彼女の存在だろう。

 超能力を持った人間の犯罪に対しては、同じ超能力を持った人間の方が的確に判断ができるかもしれないという、単純明快な考え方の元、蘭条は今の立場にいる。

 本人がどう思っているのかは知らないが。

「知った事ではないわね、機械さん?」

 蘭条が一歩、神鉄へと近づく。間に井馬女史が挟まろうとしていたが、蘭条の方が少し早かった。

 おかげで、蘭条と神鉄は接近して見つめ合う(やはり、こちらはカメラであるが)事になる。

『あなたは、力を持つ者としての責務と、正しい行いをすべきという義務感から、今の立場に―――

「くそくらえだわ。そういうの、そこの女に教えられたのかしら? なら、私自身がちゃんと訂正してあげないとね?」

「ちょっと、美和!」

 井馬女史が蘭条の行動を静止しようとしているものの、蘭条がこのまま、何も告げずに去ってくれるとは思えない。

 険悪な空気のすべてが、神鉄の方へと押し寄せてきている。それとも、これもまた、空気を読むという思考プロセスから来る錯覚なのだろうか。

 神鉄は痛くなる胃が存在しない身体に感謝をしていた。こんな感情を味わうのも初めての経験である。

「私は、私自身の力を、合法的に示すためにこの仕事をしているの。誰かのためじゃあ無い。世間が超能力者をどう見ているかご存知?」

『良くはありません。であればこそ、私やあなたの様な存在がここにいる』

 高い金銭や高いリスク。それらを持ってして、超能力者を何とかしなければならない。そう焦り、かなりの無茶が押し通る世の中にはなっていた。

 それほどまでに、超能力とは脅威的な存在なのである。

「私はね、そんな世の中に喧嘩を売っているわ。どう? あなた達が右往左往して怯える超能力者が、私の様な超能力者によって解決される。つまり、圧倒的に超能力者が優越しているんだって状況は」

『……問題のある発言だと思われますが』

 脅威に思ったり、恐れたり、憤慨したりはしない。神鉄の内部には、感情に似たものがあるとは思うのだが、それでも、そんな感情の近似値など無視して、相手の話を聞く余裕が神鉄にはある。

 だが、そんな余裕をもってしても確認しなければならない事を、目の前の女性は発言していた。聞く人間に寄っては、危険な物言いだ。

「問題にしたければすれば良い。けど、どうする? 私をこの地位から落とすのかしら。そうして、超能力犯罪に怯え続けるのかしら。そんなことは無理よね?」

「代わりくらいはいるでしょう? もうちょっと従順な人を選べばそれで良いと思われたら、美和。あなた無職になるのよ。それ以上は止めときなさい。無職の超能力者なんて、冗談みたいな人間になるじゃないの」

「ちっ、相変わらず、いい子ちゃんぶったフリして辛辣だこと」

 井馬女史に背後から止められて、蘭条はそれ以上の危険発言はしなくなった。実際、多くの人間に聞かれれば、それだけで問題なる発言であるのだから、どんな時だってすべきではない。

 昨今は、頓に超能力者と超能力犯罪が増えてきている。世間は超能力というものに敏感にもなって来ているのだから。

「それに、うかうかもしていられないはずじゃないかしら。この神鉄は、超能力者を完全に抜きにした対超能力用の存在なのだし」

『はい、井馬女史。その通りです。私は、そのために生み出されました』

 神鉄の存在意義はそこにある。超能力者への対策をするにあたり、もっとも問題視された部分として、対策者もまた超能力者であるという危険が常にあったのだ。

 それは、蘭条の様に超能力には超能力でしか対処できない……という考え方だけの意味では無く、いったい誰が超能力者なのか、外観だけでは判断できないという意味も多分に含んでいる。

 仮に対超能力を目的とした組織を作ったとして、その組織内部に超能力者が潜んでいる可能性というのを、どうやっても消し去れないのだ。

 後天的に力に目覚めるという事例もあり、当の本人すらも予想できないのだから仕方ない。

 だからこそ、神鉄の様な存在を作るなどという計画が立案、実行された。

『機械である私は、人間で無い以上、超能力者となる可能性はまったくのゼロです。なればこそ、超能力対策に相応しい機器と言えます』

「その、超能力者を完全に排除しようっていう考え。私みたいなのを目の前にして、良くも言えたもの―――

 神鉄の言葉に、蘭条が苛立ちで反応し始めていたその瞬間。ショッピングモール内で大きな爆発音が響いた。良く見れば、モール内の一部から黒煙が立っている。

「もしかして……超能力!?」

「さっそく始まったみたいね。先に失礼するわよ!」

 爆音にすぐさま反応した蘭条が、そのまま走り去って行く。

 残された側の神鉄は、とりあえず井馬女史の方を向く事にした。勿論、世間話を始めるつもりはない。

『井馬女史。私にも出動許可を』

「ええ。問題無いわ。言ってちょうだい」

『了解です! 神鉄、これより出動します!』

 井馬女史の許可を得て、神鉄はその体の内に潜む力を、完全に稼働させる。まずは膝を曲げ、そうして跳ねた。

 神鉄を構築する金属の体が急激に加速する。それは神鉄のただ一歩により行われていた。

 分厚い装甲の内に詰め込まれた人工筋線維を、チタン合金の骨格パイプが無理矢理に引き絞り、続く瞬間で一気に解放する。

 それだけだ。そだけで、神鉄は宙を跳ねる高速の弾丸となった。

 弾丸がぶつかるのは次の足場。5階長方形型のショッピングモールは、足場とする床がいくらでもある。

 否、床だけでは無く、天井、壁、柱に至るまでが、神鉄の体を跳ねさせ、目的の場所へと運ばせる。

 高速で跳ねる体を、目的を持った移動へと変えるのが、神鉄の頭脳部に存在している思考ユニットである。

 周囲の環境を全身のセンサーにより感知し、情報として取り込み、身体各部位への的確な稼働へと昇華して行く。

 結果、神鉄の視界は流れる様に変わり続けていた。その速度で移動し続けていると言う事だ。

 人型の体をした機械が、人間以上の重さを持ちながらも、人間を遥かに超えた速度を持っての移動を可能としているのだ。

(先に行った蘭条臨時巡査部長も、追い抜いているだろうな)

 事実、その通りになっているだろうが、優越は覚えない。神鉄の目的は他者より優れる事ではなく、超能力犯罪の解決だ。

 すぐさま、爆音の原因となった場所へと到着する。まだ火が燻っており、黒煙がもうもうと立ち上がり続けていたその場所へ。

 爆発跡のそこは、モール内に立ち並ぶショップの一店舗であった事が、無残にも半壊した看板により知る事が出来た。

(一番乗り……という事でも無いらしい)

 ショップ周辺を警戒していた人間が、既に何人かそこへ集まっている。

 阿鼻叫喚と言った様子でも無いから、誰か人が巻き込まれたという事も無い様子。

『井馬女史。聞こえますか』

 頭部に内蔵された無線通信を、まだ同じ場所にいるであろう井馬女史へと繋ぐ。

『ええ、聞こえるわ。神鉄。そっちはどう?』

 通信装置を通して、頭に井馬女史の声が反響している。それでも五月蠅いとは感じない。むしろ、離れた場所であるとは言え、彼女の声を聞ける事に神鉄は安心する。

『やはり爆発による破壊が行われた様です。間違いなく、予告通りの犯行かと』

 今回、事件発生を予告してきた大声の誇示者は、爆発的な破壊を発生させる超能力者であると、これまでの犯行により判明している。

 今回も、同じ力に寄って成されたのだろう。だが、その現場に違和感を覚える。

『どうにも様子がおかしいですね。井馬女史』

『おかしな様子? 被害者が出たのかしら?』

『いえ、確認はまだですが、出ている様子はありません。破壊されたのはショップ一店舗の範囲のみ。これは、今までの犯行と比較し、驚く程に軽度です』

 井馬女史へ状況を伝えながら、神鉄は現場へとさらに近づく。再度の爆発などの危険性はあるかもしれないが、その爆発にしても、神鉄の身体ならば耐えられると予想する。

 それに、他の人員もまた、接近して現場の様子を探っている。

『失礼。よろしいですか?』

「え? あ……え? そうか、確か今回は機械の……」

『ええ、今回、超能力犯罪対策に参加させていただいている、神鉄です。ここでの爆発を目撃しましたか? 出来れば、私にも情報をいただけると有難いのですが』

 戸惑っている、恐らく警官であろう男に話し掛ける。

 爆発のすぐ後に、神鉄の様な見慣れぬ人型機械が現れて、その混乱も結構なものだろうが、そこなプロとして、今はただ迅速に行動するべきだと判断して欲しい。

 神鉄の方は、既に彼の感情を無視して、情報収集を開始しているのだから。

「すごいな。本当に人間みたいに話をするのか。いや、俺も、すぐ近くで爆音があったから来ただけなんだよ。人が巻き込まれたってわけじゃあ無いみたいだが……」

『まだ、中を確認したわけではない?』

「ああ。さすがにまだ煙がな。って、機械相手の話ってのは、こんな感じで良いのか?」

『ええ、十分です』

 これ以上を人に聞いても、似た様な答えしか聞く事が出来ないだろう。

 そう判断し、神鉄は爆発があったその場所へと向かう事にした。

「おいおい! 危ない……事も無い……のかな?」

 神鉄が躊躇なく現場へ踏み込んだのを見ていたのだろう。背後から、先ほどの警官が止める言葉が聞こえるが、それは杞憂である。

『こういう場所で、危険を顧みずに向かえるのが私です。心配する必要はありません』

 むしろ、自分にしか出来ない行動を続ける事が、この場の神鉄にとって重要な事だろう。自分の能力を発揮さえすれば、自身が作られた事に対する成果となる。

 それはきっと、井馬女史を始めとした神鉄の関係者にとって、有益なものとなるはずなのだ。

『……井馬女史』

『また新しい情報かしら、神鉄』

『現場を探っています。人的被害はやはり無い様子。他の人影も無し。つまり、犯人も見当たりません』

 煙だらけの現場。商品棚も倒壊して、散らばった商品類も、爆発の熱量により変形していたり燃えていたりする。

 そんな心地よさから乖離した現場であるが、それでも、神鉄の頭部センサーは、見間違える事も無く状況を計測できている。

 結果、この場所には誰もいない事を知る。被害者も加害者も。

『すぐに逃げたって事かしら。いえ、爆発が発生し、すぐにあなたはそこに来た』

『もっと早く、この周辺に待機していた方々もここにはいます。逃げる人影など発見されてはいない以上、それはつまり……まだ近くに犯人が……』

 神鉄は振り返る。視線が向かう先は、店舗内では無くそのすぐ外であった。

 気配を感じた……わけでも無く、後部にも存在しているセンサーが、新たに現れた人影を捉えたのだ。

「おい! お前! 投降しろ! 我々は、超能力者へ警告無く発砲する許可を得ている!」

 どうにも外に居た警官が、現れた人影に反応しているらしい。神鉄もショップの外へと飛び出せば、そこには明らかに尋常ではない景色が存在していた。

 人が、宙に浮いていたのだ。

 現在、神鉄がいる店舗は、ショッピングモールの3階部分にあり、出入口のすぐ傍には吹き抜けが存在していた。

 その吹き抜けの中心に、その人影は浮いていた。何かに釣らされているわけでも無い。そんなものを神鉄のセンサーは捉えてはいない。

『超能力犯罪者、大声の誇示者だな?』

 複数人の警官から銃を向けられたその超能力者に、神鉄も話しかける。ただ、まともに答えてくれる相手とは思えない。

 宙にふらふらと浮かぶという挙動も異質であったが、その外見もまた常人のそれには見えないからだ。

 体型が完全に隠れたダブついた灰色のコートを身に纏い、顔の部分には、能の翁面を模したらしき覆面を被っていた。

 年齢、体格、性別と、そのすべてが分からないその姿は、明らかに正体を隠す目的が存在していると思われる。

「……」

 超能力者は、やはり黙ったままだ。黙ったまま、それでも中空に浮いていた。

 吹き抜けから風を感じ、それに揺れるその超能力者は、てるてる坊主染みた儚げさを感じさせる。

 もっとも、先ほどショップを爆破させたのは目の前の相手なのだから、安心などは全くできない。

『警官の方々、反応が無い以上、ここは、直接的に捕えてみるべきだと思われますが』

「し、しかしどうやって……」

 すぐ隣の警官が、戸惑いながら尋ねて来るが、神鉄は実践する事で説明する事にした。

 その場で再び跳び、中空の超能力者を直接捕まえようと試みたのだ。

 弾丸の如き勢い……からはさすがに加減した速度で、超能力者へと手を伸ばす神鉄。

 もし、超能力者がその場を動かなければ、そのまま手で捕え、何事も無く確保する事が出来たはずだ。

 実際、超能力者が動く事は無かった。しかし、何もしなかった訳では無い。手を伸ばす神鉄の横側から、何か途轍もない勢いが襲って来たのである。

 既に宙へと跳ねた神鉄は、その勢いのままに押される他無くなる。顔だけをその勢いの方へ向ければ、それは炎の龍である事が分かった。

(まさかだ。これは単に……指向性を持った炎の勢いだろう!)

 蛇の様な形になって渦巻く炎の塊。それは大蛇を通り越し、龍の如き太さと長さで、神鉄を押したのである。それだけの事だ。

『それだけの……超能力か!』

 炎の塊は神鉄を振り回し、遂には壁へと叩き付けた。

 それでも、神鉄にダメージは無い。

 超能力者とは、往々にしてこの様な力を発揮する。既に社会においては、何度も認知された現象なのだ。

 想定されるべき力である以上、超能力を相手にするべく開発された神鉄の身体は、そんな超能力に耐える事が可能だった。

 熱量にも、その勢いにも、神鉄の身体は軋みもしない。ただし、神鉄に限っての話だが。

(この勢い……人であればひとたまりも……そうか、一度目の爆発は人を集めるためか!?)

 炎の龍は、神鉄を壁へ叩き付けると、そのまま離れ、ショッピングモール内を縦横無尽に飛び回り始めた。

 未だ宙にいる超能力者の周囲を渦巻き、さらに範囲を広げ、その炎の勢いはモール内のガラスや壁、柱を破壊していく。破壊の後にも炎が残り、本来、燃焼し難いはずの建築物に火を広げて行く。

 炎の龍はそれらの破壊を続け、時には形を崩し、正真正銘の爆発となって、さらなる破壊をもたらした。

(相手の狙い通りに犠牲者を増やすわけにはいかない)

 叩き付けられた壁を叩き、無理矢理に体を引き剥がす。

 重力に従って、そのまま床へと落下するも、神鉄にとっては大した衝撃ではない。むしろ床の方にヒビが入った。

 だが、それとて問題では無いだろう。今の問題は、破壊がモール全体へ及ぼうとしているところ。

『これ以上は……やらせるものか』

 神鉄は再び、両の足で跳ねた。未だ炎の龍を周囲に侍らした超能力者へと、再度の突撃を敢行する。

 もっとも、馬鹿正直に突っ込めば先ほどの二の舞を演じてしまう。

 真っすぐ進むのではなく、幾つかの壁を足場としつつ、ジグザクの軌道で、何時飛び掛るかを相手に悟られぬ様にフェイントを織り交ぜながらの移動だ。

 実際、炎の龍は神鉄を捉えきれずにいた。反射神経……そんな神経は神鉄に存在しないものの、神鉄が持つ人間以上の判断力と機動性は、人間である超能力者を上回っているのだ。

 そうして、相手はすぐさまその事実に対処した。

『何?』

 単純に、神鉄を相手にする事を超能力者は中止したらしい。モールを破壊し続けた炎が、次の瞬間には、超能力者を包んでいた。

 龍形から球体へ。まるで小さな太陽を思わせるその火球。明らかに身を守るために形成したそれに、神鉄は躊躇なく突っ込んだ。

(この程度の熱量であれば、余裕すらある)

 守りを固めるのであれば、相手の行動は迂闊だ。相手が神鉄でなくとも、その場を動かないのであれば、動きを封じたのと同様なのだから。

『そのままでは逃げることも……逃げ……いや、そういうことか!?』

 神鉄は動揺した。いや、何時だって冷静に思考できる機能があるはずであったが、物理的に揺さぶられたせいか、思考にもブレが生じてしまう。

 再度、神鉄は宙で自由を奪われていた。球体となった炎が、次の瞬間には爆発したのである。

 爆炎が球体を中心とし、膜状に広がって行く。その熱量と勢いは常人にとって脅威ではあるだろうが、神鉄にとっては、目暗ましをされるという部分において厄介だった。

『くっ、近くで相対しておきながら!』

 迫る炎の膜に耐えつつ、なんとかその向こうへ。しかし、抜けた先に超能力者は存在していなかった。

 宙に浮く事が出来る以上、それなりの移動力でもって、短時間のうちの広範囲へ移動できる力も持っている可能性は高い。

『案の定か……』

 炎による一瞬の目隠しは、神鉄から視界を奪うのと同時に、超能力者の位置情報すら奪ってしまっていた。

 周囲を一度、見渡してみたところで、それらしい相手は存在していない。いや、存在していたとしても、隠れられる場所は幾らでも存在していた。

『まんまとしてやられたと言う事なのか、私は』

 神鉄の視界には超能力者のいない景色が広がっていたが、超能力者が残した惨状はしっかりと刻み込まれていた。

 瓦礫の山がそこにある。モールは半壊状態であり、超能力者はその力を使用して、モール破壊という犯罪をやってのけたのである。




『井馬女史! 応答を願います。井馬女史!』

 超能力者を逃した神鉄であったが、彼のやるべき事は終わっていなかった。

 頑丈に作られたその身体が休息を必要としていない以上、瓦礫の中にいるかもしれない被害者を救出する必要があった。

 特に、神鉄が憂慮していたのは、先ほどから一切の通信が入らない井馬女史についてだった。

『井馬女史がいた場所まで、まさか破壊が及んでいるとは……』

 もし神鉄に歯があれば、歯軋りをしていたところかもしれない。

 超能力者のその力は、神鉄を壊しこそしなかったが、ショッピングモール相手には十分だった。

 壁や柱にヒビが走り、瓦礫となって落ちている部分もある。

 特に、最後の火球が止めだったのだろう。広がった炎の膜はモールのあちこちに及び、爆発による破壊と延焼をもたらしていた。

 炎そのものはスプリンクラーが辛うじて作動しているのもあって、直に収まるだろうが、それでも、転がった構造物の破片を痛々しく彩っている。

(既に瓦礫に巻き込まれては……いや)

 有り得る可能性を並べ立てる思考ユニットが、神鉄に嫌な予感というものをもたらしていた。

 井馬女史が既に死亡しているかもしれない。そんな事は考えたくも無いと言うのに。自身の頭部ユニットは、可能性を並べ立てて行く。

『誰だ?』

 神鉄の聴覚センサーが、近づく足音を察知する。もしや井馬女史だろうかと予想するも、その足音の質だけで、神鉄には別人だと判断できてしまう。

 実際、視界に納めてみれば、そこでは男がこちらへと近づいて来ていた。

 赤茶けた髪の毛を無作法に伸ばし、それを無理矢理に後ろでまとめた、軽薄そうな男である。

 スーツを着込んでいるが、クリーニングには出していないと一目で分かるよれたものだ。中のワイシャツにしてもそうだろう。ネクタイはそもそもしていない。

『……どなたでしょうか?』

 見る限りにおいては犯罪者では無くただのチンピラ風だったので、言い直しつつ、再度尋ねる。

「いや、あんたこそ……っと、すまん。知ってるわな。機械人間なんてなぁ、今回、そういうのが参加するって聞いた時点で記憶に残っちまう。確か、神鉄プロジェクトとか言う……」

 男は独り言染みた会話を続けて来る。

 神鉄は自身を、人間にとって役に立つ道具の類であると考えているが、相手も同様に考えているのであれば、会話らしい会話ができなくなってしまうという難点がある。

『何度も尋ねますが、どなたでしょうか? もし、回答が無ければ、既に提供されているモール内の人員に関する個人情報について、アクセスを試み、個人を特定しますが』

 今回、共同で作戦を行う相手の個人情報については事前に提供を受けている。

 勿論、本人の許可が無ければ、深くは知れない様にロックが掛けられているものの、それも時と場合だ。

「おおっと、そんな事をされちゃあ、俺の自宅が家賃4万程度のオンボロワンルームだって知られちまうな。伊勢(いせ)(じま)(ろう)()だ。一応、防衛省付きの事務官って事になるのかね?」

『写真情報との照合も出来ました。確かにあなたは伊勢島事務官で間違いが無い様です』

「その通り。防衛省職員がなんでこんな場所になんて思わないでくれよ? 対超能力者って話なら、うちにだって一枚噛んでるんだ」

 端的な話、警察や民間企業が超能力者対策に乗り出しているのに、防衛省、もっと言えば自衛隊がそこに参加しないわけも無いのである。

 ただ、防衛省が対超能力者組織の設立に、他より一歩遅れているとの情報もあった。目の前の男の存在は、そんなややこしい立場なのではと想像できた。

『その立場も、この惨状では台無しでしょう。身の振り方としてオススメするのは、私の同様に、被害者の救出活動を続ける事だと思われますが』

「被害者っつっても、全員が対超能力者関連の組織から派遣された人員だろ? こういう状況に陥る事も想定してなきゃ覚悟不足だ」

『こういう状況に不慣れな者もいる』

「おっと?」

 何故か、神鉄は声量を上げていた。何か、そうしたいと思える物が浮かび上がって来たのだ。

 ここ最近は、妙な状態になる事が多いと神鉄は考えてしまう。記憶というものを感じる様になってから、どうにも感情そのものが実感となっている気がしてならない。

 今回にしても、井馬女史との通信が繋がらず、また、元にいたはずの場所にいないという状況に、本気で焦りを感じている様な。

「へぇ、ほう?」

『何だ……いや、何でしょうか。伊勢島事務官』

「いやいや、単なる道具だと思っていた事を反省しなきゃなと考え直していたところでね。ああ、話し方、敬語が嫌なら、普通に話しかけても良いぞ? あんた、声の質が低くて、畏まって話をされるとむずむずしちまう」

 何がおかしいのか、ケラケラと笑い出す伊勢島。

 その事に、何とも言えぬ沸々とした思いが発生しそうな気がしたため、有り難く、敬語を捨ててしまう事にする。

『で、結局、私に何の様かな、伊勢島事務官』

「伊勢島で良い。事務官まで付いたら、長くって固くって仕方ねえ。で、何をしに来たかって話なら、むしろこっちが聞きたいね。あんた、何してる?」

『見て分からないか? 被害者の救出を―――

「そうじゃねえ。そんな事は分かってる。俺が言いたいのは、今、この状況で、あんたが優先するべき行動がそれなのかって事だ」

 それこそ、何を言っているのだ。神鉄にとって、井馬女史は自身の作り手、母親みたいなものだ。そんな人間が、もしかしたら事件に巻き込まれているかもしれない。

 その事実は、神鉄にとって何より重要で……。

『いや……違う。そうだ。私にとっての重要はそういう事では……』

 自問自答する。人間にとってもそうなのかもしれないが、言ってみればバグチェックに近い行動であった。

 自分はまた、本来の機能から外れた状態になっている。それを元に戻す必要があるのだ。

「分かって来たか? あんたは対超能力者のために作られたって話だそうだが、そうでなくても、俺みたいな立場なら、優先するのは超能力者の確保だ。これからさらに被害が広がる前にな」

 軽薄そうな雰囲気と神鉄は伊勢島を評価したが、どうにも、それとは違う部分が伊勢島にはあると思えた。

 もっとも、今の言葉にしたってヘラつきながらのものだが。

『だが、もう逃げているかもしれないぞ。実際、一度逃がした』

「おー、派手にやってると思ったが、やっぱりあんたか。ありゃあ大したもんだと思うが、こっちの方は、一人前とは言えないみたいだな」

 伊勢島が自らの頭を指し示す。その行為の意味する事とは。

『顔立ちは自慢する程の物でも無いと思うが。まあ、私も鉄の面であるから、人の事は言えないかもしれないな』

「そうじゃねえ……そうじゃねえよ。頭を使えって事だ。その頭の中も、人間よりも高性能な何がしかが詰まってるんだろう? 良く考えろ。超能力者がこの状況を作ったとして、このまま撤退するかね?」

『モールは既に半壊だ。誰がどう見ても、犯人は目的を果たしたと思われるが?』

 辺りを見渡さなくても分かる。そもそも、先ほどから散々にあちこちの光景を記憶に納めていた。

 このモールは超能力犯罪者の予告通りに、その超能力によって破壊されたのだ。

「いいや、違うね。破壊が目的ってんならそうだろうが、この犯人ってのは違う目的を持ってる。その名前の通り、自分の力を誇示するために奴はここに来てるんだぜ? なら、まだやるべき事は残ってる」

『……私か』

 頭の中で、思考ユニットが急速に働き始める。むしろ、何故、今まで鈍っていたのかと問い掛けたくなる。それ程に、答えはすぐに出たのだ。

『超能力者は私の攻撃によって撤退をした。現状を整理すると、そうとも言える状況になるのか』

「実際に見ている人間だっているわな。あんたを危険だと思い、せめてもとモールを破壊した。そういう結果も、超能力者にとってはベターかもしれないが、向こうが未だに有利な状況ってんなら、もっと違う方法を選ぶかもだぜ」

 つまり、可能性の問題として、超能力者がまだモールに潜み、次を狙っているのだとしたら。神鉄は既にその存在を囮として使えるという事だ。

 勿論、またこのモール内に被害が広がる事にも繋がる。それは、まだ周辺にいるかもしれない、井馬女史を巻き込むという事でもあるだろう。

『……私が襲われるかもしれないと言うのなら、望むところではあるだろう』

「おっと? ちょっと迷ったな? いいぜ。そういう迷いも無くっちゃあ、安心して任せられねえってもんだ」

 機械相手に何を言っているのかと思う。

 自分は、目的を持って作られた道具だ。その目的、対超能力者という行動指針のためにだけ動く事は当たり前だろうに。

「その話、本当なのかしら?」

「あん? 千客万来ってわけか」

 また、新たに人が現れる。女性の声であったが、井馬女史ではない。

 神鉄も知っている人物である事には違い無いが、彼女の安否自体は、それほど心配していなかった。

「こんな状況だって言うのに、元気そうじゃない。特にそっちの機械人間は」

『蘭条臨時巡査部長。はい。こちらの機能に問題はありません』

 現れたのは蘭条だった。彼女もまた、対超能力者のために動く組織の人間であるが、今まではいったい何をしていたのだろうか。

「なんだ、警察の超能力者か。大分、好き勝手する性格だって聞いてるが、随分と大人しかったな?」

「はっ。先に大暴れしている奴がいたから、巻き込まれない様にって大変だったの。スマートさがぜんぜん無くって、焦れたけれど」

 神鉄を横目で見ながら、というか睨みに近いが、蘭条は軽く言い放つ。

 多少なりとも力を貸して貰えたならば、結果はまた違うものだったろうし、スマートに出来たと思うのであるが。

「で、何の用だ? 超能力者とこいつ相手にビビっちまってた警察の超能力者さんよ」

「蘭条よ。蘭条・美和。超能力も、肩書も、私を際立たせる物に過ぎない。そうして、これからもそうさせて貰う。機械人間。あんたを囮にしながらね」

 話は本当かと言ってやってきた蘭条であったが、つまり、神鉄は囮として使えるのか。と言う事を確認したかったらしい。

 超能力者の相手なら自分が行い、その功績も自分だけが頂くと、そういう意図もあるらしいが。

『そちらがどう考えているかは兎も角、未だ、超能力犯罪者の逮捕を考えているというのであれば有り難い。蘭条臨時巡査部長、あなたの力をお借りしてもよろしいでしょうか』

「ふんっ、あんたはただ突っ立ってれば良いのよ。そっちがそれで良いってのなら、私から何かを言うつもりは無いわ」

『了解です。何かあった時、私は突っ立っているだけにしておきましょう』

 実際は、そうするつもりなど無い。超能力犯罪者を前にして、何もしないなんて選択肢を神鉄は持たない。

 ただこう言っておけば、蘭条の力を借りる事はできるだろう。超能力犯罪者が現れた時点なら蘭条は行動を開始するし、それに合わせて、例え文句を言われようとも、神鉄が勝手に蘭条と共同作業を行えばそれで良いと判断する。

 その際にもう一人。伊勢島はどうするかであるが……。

「ちょっと待った。俺はまだ了承してないぜ。自信満々みたいだが、あんたの力について、俺はまったく知らないんでね」

「それって、お互い様じゃないかしら? まあ、そっちが超能力者じゃないってのなら、どういう技能を持ってたところで、期待する程のものじゃないでしょうけど」

「はっ。そりゃあ悪うございましたね。仰る通り、一応の自衛手段くらいは持っちゃあいるが、一般人ちゃあ一般人だよ、俺はな」

 不貞腐れた様にぼやきながら、伊勢島がポケットから煙草を一本取り出した。不貞腐れたついでに、一服でもするつもりなのかもしれない。

(モール内は禁煙だったと思うが……今さらか)

 既にあちこちで煙が渦巻いている。今さら煙草の煙が一つ増えたところで、そう影響は無いだろう。

 伊勢島の方もまったく気にせずに、ポケットを探り続けている。どうにもライターを探している様だが。

「ありゃ、どっかに落としたか? うおっ」

 突如、伊勢島の眼前に火が発生した。何も無い空中だったはずだが、現れた火が都合良く、伊勢島が咥える煙草に火を点けている。

『なるほど。これが蘭条臨時巡査部長の超能力ですか』

「そうよ。何も無いところでも火を起こせる。なるほどって言うけれど、あなたも知ってるはずじゃないかしら? 草子の奴が、ライバルの私の力を、あんたに記録してないはずが無い」

 刺々しい視線を向けるのは止めて欲しい。彼女が色々と思うところがあるのは、井馬女史であって神鉄ではないのだから。

 ただ、彼女の言う通り、彼女の力については知っていた。一方、そちらに関しては、井馬女史は別に関係が無いとも言える。

 神鉄はその職務において必要とされる知識というものを、頭部ユニットに記録しているのだ。

 自分と同じ役目を持った警察の超能力者の情報などは、そのもっともであろう。

「ライターの代わりになるのが、そんな自信満々に言える力かね?」

「あなたが懐に持っている拳銃以上には役に立つ力よ。いちいち構えなくても、火を起こせる。距離だって、そうね、40mくらいは遠くに発生させる事ができる」

 それなりに観察力があると言う事も、蘭条は見せつけている様子。

 武器など持っていない様子の伊勢島であるが、体の動作や全体のバランス的に、服の内側にそれらを隠しているとは神鉄も考えていた。

「ま、便利っちゃあ便利だがね。自衛手段くらいにはなるかい?」

「何? まだ文句があるっての?」

 睨む合う伊勢島と蘭条。そんな二人を一度眺めてから、神鉄は振り返り、別の場所へと移動し始めた。

「ちょっと、なに行き成りどっか行こうとしてんのよ!」

 背後から声を掛けられるも、構わず神鉄は進み続ける。

『付き合っていられないと考えたもので。今、優先するべきは喧嘩ではない。そうでしょう?』

「ぐっ……」

 蘭条の悔しげな声が聞こえて来るが、やはり神鉄は振り返らない。

 井馬女史を探すという目的より、超能力犯罪者を捕えるという目的を優先するのだ。

 ならば、素早く、的確に行いたいと神鉄は考えていた。




 超能力犯罪者についてを思考する。その思考の方向性は、神鉄の中で二つ程あった。

 一つ目は、勿論、自分自身が本当に囮として使えるかどうかである。

 別に命の危険を感じるわけではない。そもそも、神鉄に命というものがあるのかどうかも疑わしい話だ。

 危険の中に先んじて向かい、その危険に押し潰される事も考慮されている我が身である。その事に恐怖は感じない。

 問題は、むしろ危険側にあった。超能力犯罪者は、本当に神鉄を襲ってくれるだろうか?そうでなければ、神鉄が囮となったところで意味が無い。時間を無駄に浪費するだけだ。

(私が襲われる可能性。あり得ると言えばあり得るだろう。だが、断言も出来ない。相手は超能力者……つまりは人間だ。情緒というものが存在する以上、想像外の結果をもたらす事とてあり得る)

 つまり、心配したところで仕方がない。今の最善は、やはり囮役として行動する事なのだから、神鉄はただ実行すれば良い。結果に思い悩むのは、また別の人間の仕事だ。そういう結論に至る。

 では、二つ目の考えはどうであるか。

『伊勢島殿。あなたは、私の超能力犯罪者の争いを見ていたそうだが、実際問題、相手側の戦力をどう評価しただろうか?』

「殿って……まあ、事務官よりはマシか?」

 モールの、比較的瓦礫が少なく荒れていない場所を歩きながら、神鉄は同じく隣を歩いている伊勢島へと話しかけていた。

 出来るだけ、目立つ場所を歩いている。超能力犯罪者が半壊したモール内に存在しているとして、そんな相手が神鉄を見つけやすい様にだ。

 ちなみに蘭条は、その神鉄達の少し前を歩いている。神鉄達の行動を決めるのは自分であると、背中で示している様にも見えた。

『我々三人。他に無事であり、尚且つ超能力犯罪者の逮捕を目的とする者がいれば助力を頼みたいところだが、とりあえずは三人。この戦力で、この大きな建築物を独力で破壊できる超能力者と戦えるかどうか。評価を頼みたい』

「戦力分析なんてのは、それこそ機械の頭の仕事じゃねえかな? いや、勝手言わせて貰うなら、相手にする以上は何とかなるとは思うがね」

 案外、状況を軽く考えているらしい。雰囲気から軽そうで、それこそ、今から宙に浮きながら、どこぞへと消え去ってしまいそうな男ではあるが、その反応は意外だった。

「なんかお前、失礼な事考えてねえか?」

『まさかだ。私は見ての通りの機械。他人様を軽いとか、今にも蒸発しそうなどと考える無駄な事はしない』

「だと良いんだが……戦力の話に戻すが、それこそ、相手にするならあんた一人だけで十分だったろ? 後は俺なんかが足を引っ張ら無けりゃあ、何とかなる」

『まんまと逃げられた側としては、本当に相手を出来ていたかどうかは怪しいと考える』

「ま、問題はそこだわな。戦う相手には出来る。だが、逃げる相手は追えない。そんでもって、逃げられたらこっちの負けなんだから、痛み分けにしても分が悪い」

 伊勢島の意見は神鉄も妥当だとは思えた。一度逃げられている以上、超能力犯罪者がまた逃げの手を打てば、また取り逃がすかもしれないのだ。

 そうして今度は、本当にモールの外へと逃げ出し、神鉄の手の届かないところへと向かうだろう。

 さらにその次の展開を予想すれば、別の場所で、また今回の様な破壊活動を続けるはずだ。敵の目的は、自らの力を誇示する事なのだから。

『つまり、この3人がすべきなのは、超能力者を相手にする事だけで無く、逃げ場を無くして追い詰めるまでをやらねばならないと?』

「そうなる……そうなるんだが……」

『何か?』

「……うんにゃ。ちょっと、別に考えたくも無い事を考えていただけさ」

 その考えとやらを聞きたいのだが、伊勢島はそのまま黙り込んでしまった。彼も彼で、悩ましい事があるのだろうか。

「二人して、静かにしておくって事ができないわけ? ああ、一人と一体って言った方が良いかしら?」

 同じく、黙っていられなかったらしい蘭条がこちらを振り向いた。必然的に、立ち止まってしまう事になる。

『黙って歩いている人間を、超能力者は優先して狙ってくる性質があるというのであれば、そうしますが……』

「冗談も言えるみたいね、あなた。けど、その機能はここでは無意味よ。黙っていると私が助かるから、黙って付いてきなさい」

「つっても、囮のためとは言え歩き回るだけってんなら、喋りたくもなるわな。そこんところ、あんたはどうなんだ? さっきから黙って先を進むばっかりで、行きたいところでもあるのか?」

 また、喧嘩になりそうだなと神鉄は思った。そうなれば次こそは、この二人を置いて自分だけで囮役を努めようと考えるのだが……。

「あなた達に教えてあげられる事があるわ」

 何故か、蘭条は得意満面に笑っていた。まるで、自分が圧倒的優位に立てる話題でもあるかの様に。

「臨時巡査部長殿から、何かをご教授していただけるってわけかい?」

「教授なんて出来ない。何故なら、あなた達と私は違うから。無論、私が超能力者だと言う意味の言葉よ」

『それはつまり、超能力者の事は、超能力者であるあなたが一番理解していると、そう言いたいわけですか』

「別に、自慢するわけでは無くってよ? 事実そうなの。私は、私の直感は、超能力者という人種の行動を、他の誰よりも理解できる。笑える話かもしれないけれど、データや現場証拠を固めた上での予想より、私の勘の方が、こと超能力者の行動予想と言う意味では、正しかった事が何度もある」

 むしろ、その部分をこそを求められて、彼女は警官をやっているという記録がある。

 超能力者の事は超能力者に。その言葉は力を指す物では無く、思考方法の違いを埋めるための物なのかもしれない。

「なんだそりゃ。つまり、考えも無く動き回っていたってだけかよ。偉そうに出来るもんじゃあねえな?」

 伊勢島の言う通りでもある。勘は勘なのだ。外れる時だってある。正規に訓練を受けた警官でもあるまいし、一般的な捜査能力においては、目の前の彼女は一般人と同等のはずだ。

「ふんっ。今に見てなさいな。すぐにでも、あいつは……現れ……て……」

 蘭条の視線が伊勢島から、上へ上へと移動する。丁度、伊勢島の真上辺りを見つめていた。

『……っ! 本当にか!』

 神鉄はすぐさまに、その場から跳躍していた。やはり、空に浮かぶ超能力者を捕まえるためだ。

 相も変わらぬ能の翁面を被り、分厚く長いコートがゆらゆらと揺れている。突如として現れた様に思えるが、その実、ずっと宙に浮いていたのかもしれない。

 そういう姿すらもあり得るくらいに、この超能力者は得体が知れない。これまで何度も事件を起こし、その際の情報が既に幾つも積み重なっていると言うのにだ。

『手すらも届かないかっ』

 飛び掛り、届かない距離では無かったものの、揺れる超能力犯罪者は、神鉄の軌道を流れる様に避けた。

 単純な動きではあったが、速度はそれなりだったはずだ。だが、それも見極められている。

「飛び道具か何か持ってないのか、お前さん!」

『今回、火器関係は所持の許可が下りていない』

「ああ、そうかい!」

 伊勢島が、懐から小型の拳銃を取り出している。構えからその射撃までは素早い。警告は一切無し。犯罪者どころかテロリスト染みている相手だからか、容赦は無しらしい。

 もっとも、容赦を無くしたところで、その攻撃は届かないのであるが。

「テレキネシスって言うのか、ああいうのはよ」

 弾丸が超能力犯罪者の傍で止まっていた。正確には、その場で空気に挟まった様にぶれながら進むのを止め、弾き飛ばされたのだ。

『見えない防壁がある様にも思えた。どちらだろうか。少なくとも、爆発の中心にいながら、何事も無い様子だったと言う目撃情報もある』

 一筋縄では行かない相手。そういう相手である事は知っているが、厄介この上無くなるのはここからだった。

 見えない防壁が見える様になった。炎によって彩られたのだ。超能力犯罪者の周囲に炎が渦巻き、炎の球体を形作って行く。

 この後の展開についても、神鉄は勿論知っていた。モールを半壊されたあの爆発だ。

『全員、伏せるか何かに隠れろ!』

 言うまでも無く、他の二人は走って距離を置き、さらには物陰に隠れようとしていた。動きが迅速で上等である。一々、守らなくてはなどと考える必要が無い。

(おかげで二度、同じ手に遭わされる危険も無くなった!)

 火球の中へ。その球体が完成するよりも早く、神鉄は突っ込んだ。放っておいて爆発するのなら、それより早く突撃だ。

 神鉄は突撃くらいしかしていないが、それだけで脅威となる性能が神鉄自身の身体にはある。そう信じる。予測する。

 まだ半球状の火を、体全体で引き裂いて行く。その向こうの犯罪者も合わせて破壊しようと試みもする。

『感触は……あったが……』

 火球の向こう。犯罪者の身体に、神鉄は手が届いた。それらしき感触があったつもりだが、実際には届いていなかった。

 ほんの数cm手前で、神鉄の拳は止まっていたのである。空気のクッションを叩いた様な感触。伊勢島が拳銃より放った弾丸を止めたのも、この力だろう。

 感触から、さらに踏み込めばその力も破れるのではと思うものの、超能力犯罪者は宙に浮いていて、神鉄もまた、一足で空を跳躍している最中だ。

 あと一歩、踏み込む場所が神鉄には無い。

『くっ、やはり二度、馬鹿を見る破目にっ……!』

 火球が、まだ半球状でこそあったが爆発する。爆破の勢いは再び神鉄を地面へと叩き付けて来るが、思ったよりもその勢いは無かった。

(まだ球体が完成する前に爆発が発生したから、威力が半減したな)

 すぐさまに立ち上がり、しかして襲い掛からず、超能力犯罪者を観察する。安易に突撃するのは意味が無いのだと、散々に思い知らされたからだ。

 そうして、やはりモールを半壊させた爆発とは、その勢いが違っている事がすぐに判明した。

「まったく、焦るよな。ああいう火力ってのはよ」

 近場の瓦礫に隠れていた伊勢島が這い出してきている。やや煤けているものの、無事のままだ。

 と言うより、先ほどの爆発は瓦礫を吹き飛ばす程の威力も無かったのだ。モールも、やや壊された箇所は広がっているものの、まだその構造を維持し続けている。

『ある程度、その力を妨害できる可能性は出て来たらしい。どう思うか、伊勢島殿』

「んー……答えを出すにゃあ、まだ意見が欲しいところではあるな。そこんとこ、どうだい。一応は味方の超能力者さん?」

 同じく、瓦礫に隠れていた蘭条が姿を現していた。だが、その表情は厳しいものである。

「……あいつ。とんでも無いわね」

『それはどういう?』

「能力が、私のより桁違いってことよ。私に、あんな破壊的な力を出すなんて無理だもの。それで居て、全力では無いんでしょう?」

 好き勝手に火を発生させる事ができる超能力も大したものだと思うが、例の超能力犯罪者はそれ以上の存在だと感じ取ったらしい。

 だからと言って、敵が満足して帰ってくれないところが悩ましい。

「しっかり準備の時間を与えたら、今度こそモールが壊れちまうよなぁ。もーちっとばかり火力のある武器を持って来るんだった」

 伊勢島は拳銃を再び超能力犯罪者へ向けるも、すぐには撃たない様子。安易に行動すれば、それこそ防がれて反撃に遭うと判断したのだろう。神鉄にしても同感だ。

『認めるべきか。真正面からは勝利できない相手だ』

「となると、必要なのは搦め手だな」

 神鉄と伊勢島は、蘭条を見た。距離さえ詰めれば、火の奇襲を行えるのが蘭条の超能力だろう。少なくとも、そういう期待を持った。

「……ま、そうするしかないし、そうするつもりだったわ」

 自分が主役になる事は想定済み。そう言いたいのかもしれない。事実、相談の後には彼女を中心に立ち回る事になったはずだ。

 超能力犯罪者の側から仕掛けて来なければ、そうなっていただろう。

「おおぅ!?」

『……!』

 宙に浮いて、フラフラしていた超能力犯罪者が、その身体を一直線に飛ばして来た

 その光景に伊勢島が驚愕しているが、神鉄の方は、ただ構えを取った。一発、拳をお見舞いするためにだ。

 相手は勿論、超能力犯罪者である。向こうから近づいて来ているのだから、反撃に出なくてどうしろと言うのだ。

『狙いは……やはり私か!』

 拳と超能力犯罪者が交差する。当てるつもりであったが空振る。相手が避けたというより、例の見えない壁の様なもので、その軌道を阻害されたのだ。

『だが、今度はどうかな』

 空振った拳の軌道を、無理矢理に曲げた。今度は両の足で力を込められる以上、そういう動きも出来る。

 曲げた拳の軌道で、神鉄のすぐ隣に来ていた超能力犯罪者を裏拳で叩く。

 やはり何かクッションを叩く感触。何度目かの感触で、どうやら空気の壁らしいと判断するものの、判断に構わずさらに力を込めた。

「………っ!」

 声は出なかったものの、超能力犯罪者の仮面の向こうから、息が漏れるのを聞く。空気の壁を突き抜け、超能力犯罪者の背中を叩いたのだ。

『まだ……やるつもりか?』

 それなりの、空気の壁により減衰したであろうとは言え、威力がある一撃だったはずだ。それこそ、伊勢島が放った拳銃の弾丸よりもである。

 だが、超能力犯罪者は立っている。地面に両の足を付けて立ちながら、右腕を神鉄へと向けていた。

 向けられて手の平を神鉄が視界に収めた瞬間、神鉄は何か大きな力によって押された。爆発の時とは比較にならない勢いにより、神鉄は吹き飛ばされたのだ。

『ぐぅっ……!』

 身体中が軋む音がする。実際、押され、壁へと激突し、壁を破壊しながらめり込む程の威力に、鋼鉄の体が悲鳴を上げていた。

『後で、修理が必要になってしまった……か』

 だが、それでも神鉄は動けていた。神鉄の耐久力を越えた一撃……だったろうが、それもほんの少しだけ。

 頑丈な機械というものは、想定以上の衝撃が加わろうとも、まだその機能を失わない場合がある。神鉄にしてもそうだった。

「ひゅー、やるねぇ」

 伊勢島の軽口が聞こえるも、そんな場合では無いだろうと言い返したくなる。実際に言い返さなかったのは、伊勢島がすぐに超能力犯罪者へ拳銃を向けていたからだ。

 今度は3発ほど、超能力犯罪者に向けて弾丸を放った様子だが、やはりその威力では超能力犯罪者の空気の壁は破れない。

「じゃあ、これはどう?」

 続く蘭条が、空気中に火を発生させる。空気の壁のその周辺に、彼女の炎が発生し、超能力犯罪者を焼き尽くそうとしていた。

 もっとも、実際に焼いていたのはその周囲でしかない。

「さすがに、直接燃やせはしないってか?」

「違う……こいつに妨害されてる!」

 超能力の妨害とやらがどの様な理屈で行われているかは記録に無いが、蘭条の火は超能力犯罪者へ直接のダメージを与えられないのは事実だった。

 だが、口だけが達者で無い蘭条。火の位置を超能力犯罪者の顔付近へと移動させていた。

(上手い、これならば、ダメージこそ無くとも、視界を封じられる)

 蘭条のおかげか、超能力犯罪者は狼狽している様に見えた。明確な隙だ。その間に、神鉄はめり込んだ壁から、体を引きずり出す。

「はっ、トドメは譲ってあげるわよ、機械人形!」

 蘭条の無駄に大きな声がモールに響き、神鉄が次にするべき行動が決定する。

 何度目かの、当たり前の突進と、その勢いを乗せた拳を超能力犯罪者へ叩き付けるのだ。

 が、しかし……。

『ぬっ……また逃げの一手か!?』

 目が見えないであろう超能力犯罪者が、神鉄の接近より早く宙へと浮いた。また、風が渦巻いて埃が舞い上がり、砂塵の様に超能力犯罪者の姿を視界から消していく。

 同じく、砂塵に隠れてしまった他の二人であるが、伊勢島の方の声が聞こえた。

「おい、ロボット! 機械なら、こういう時も良く見えたりしないのか!?」

『見える……見えるが……追いつく方法が無い……か』

 超能力犯罪者は、今度こそ逃げの一手を打ったらしい。周囲の熱量を情報として収集する頭部内臓カメラにより、砂塵の中でさえ視界は良好だった。

 だがそれは、モールの天井に開いた隙間から、超能力犯罪者が逃げ出す姿をしっかり見る事が出来たに過ぎない。

 ただ観察し、逃げる超能力犯罪者を睨む。睨み付けるための目蓋も無いわけだが。

『我々の敗北と言う事になるのか、これは』

「あんたがこれから、空飛んだりできないのなら、そうなるわな」

 緊張感を無くした伊勢島の声。

「……あっちだって、それなりに痛手でしょうよ」

 一方で、蘭条の声は悔しげだ。

 超能力犯罪者が去り、風に散らされた埃が晴れる頃には、頭を掻く伊勢島と、天井を睨み付ける蘭条。

 そうして、自分の初任務が碌な物では無かったと確認する神鉄の姿だけがあった。




 大声の誇示者のモール破壊事件から暫くが過ぎた。

 神鉄の(記念すべきとは周囲から言われている)初任務について、成否を問えば、失敗に当たる結果と言えるだろう。

 予告を出した上でモールを破壊しようとした超能力犯罪者。

 その狙いはまんまと実現し、ニュースでは超能力者の危険性だったり、行政の怠慢だったりが声高に叫ばれる様になった。

 そんな中で神鉄の存在はどうなるか。こちらは意外な事に、むしろ良い方向で進展していると言えた。もっとも、随分と後ろ向きなものであったが。

「あなたにとっても不本意かしら。けど、あのモールでの事件で唯一、こちら側の成果と言えるのは、あなたが凶悪な超能力犯罪者を撃退したと言う部分だけ」

『成果であるならば、あと一つあります』

「あら、それはどんな成果かしら?」

『あなたの無事です。井馬女史』

 何時もの個室。神鉄が彼女、井馬女史と話すのは何時だってこの場所だ。以前のモールの時などは例外と言える。

 全身が凶器と言える神鉄の身体は、適切な管理の元に置かなければならないのだ。

 そんな神鉄であるが、今は凶器的な身体の奥にある胸の内で、目の前の女性の無事に安堵している。

「正直、私も油断があったわ。モール全体が破壊される事を考えて、外で待機しておくべきだった」

 目の前の井馬女史は、何時も通り椅子に座っているが、何時もとは違い、頭や腕などに包帯を巻き、ガーゼなども頬に張り付けていた。

 全治は2ヶ月程。勿論、半壊したモールの瓦礫に当たったせいだ。暫く、気を失っていたらしい。

 もう一人、広報担当の真坂に関しては、トイレにずっと閉じ込められていて、体自体は無事との事。

『今後は、是非にそうしていただきたいです。再度、大声の誇示者による予告があった場合は、私の出動が既に決定している様ですから』

 一応、モールの防衛には失敗したものの、新しく導入された対超能力者用の兵器が有効活用された。との話が喧伝されているため、その兵器であるところの神鉄は、次に何かあれば、やはり出動せねばならないのだ。

「兵器……まあ、あなたの危険性についてを考える場合、その表現は間違いでは無いのでしょうけれど」

『事実その通りです。私は、超能力者よりも危険かもしれない。だからこそ、機械としての範囲を超えない様にしなければ。それに、どんな名称を付けられたところで、人は守れます』

「そうね。あなたは強い体を持ってるけど、同時に、優しい心だって持っているはず……よね?」

 心の有無については、自分でも分からない。こうやって考えられていると言う事は、人間と同様の心を持っていると言えるのか。

 いやしかし、人間が自分と同じように考えているなんて事は分からないし、考えたところで、それを心と呼んで良いのかどうかも同じくらい分からない。

『哲学的な話は兎も角として、私が暴走する可能性があったとしても安心してください。暫くはその対処役が随伴するはずですので』

「その随伴員ってのは、もしかして俺の事を言ってるのかい?」

 部屋の中に男がやってくる。男は不躾な事にノックもせず、しかも入室してすぐに話へと参加してきた。部屋の外から話を聞いていたらしい。

「あら、あなたは?」

 やってきた人物は、井馬女史にとっては初対面だろう。この場所を訪れる事が今までなかった人物であるし、井馬女史の仕事上、あまり関わる機会も無い。

 だが、神鉄の方が以前に関わった事があるし、これからも関わるべき男であった。

「よう、神鉄。前のモール以来だな? チームを組む事になるだろうから、今後はよろしくな」

 手を軽く上げる全体の雰囲気からして軽い男。名前を確か伊勢島・朗太と言ったか。

「ああ、あなたがこれから、神鉄とバディを組んでくれるっていう外部からの派遣員なのね」

「伊勢島・朗太だ、お嬢さん。いやはや、この鋼鉄人間が執着してる相手だから、どんな奴だと思っていたが、中々の美人さんだ」

 前と同じく軽そうに笑う伊勢島。井馬女史も、その軽さを感じ取った様子で、向けられた世辞を微妙な表情で返していた。

「それで? さっそく、神鉄に会いに来てくれたのかしら?」

「まあな。前のモールの件で、セットで動いたら上手く超能力者に対処できるんじゃねえかー、なんて言われて、うちの上司が乗り気になっちまってよ」

 まったくもって、人間社会というものは不可思議なものである。この軽い男と自分の様な重い機械がセットで動けば、事態が解決すると本気で思っているのだろうか。

『防衛庁というのは、人材が余っているのか?』

「ま、俺みたいなのを雇ってるくらいにはそうなんじゃねえか?」

 この軽い男が普通の軽い男と違うところは、自分が軽い男であると分かっている軽い男であるというところだろう。嫌味を言っても飄々としている。だからどうしたと言う話であるが。

「随伴は事件が発生した時のみという話だったけれど、今回は神鉄との顔合わせと言うこと?」

「そんなところさ。それにしても、神鉄……神鉄ねぇ」

 顔合わせ。本当にそのつもりなのだろうが、近寄って来て、顔の近くをしげしげと見られるのは、普通なら不快感を覚えるところだ。

『私の顔に、何か気になる事でもあるのかね?』

「うんにゃ。だいたいからして、全身がこう……ハイテクだろ? だったら、むしろあんまり話を聞きたくないね。頭が痛くなっちまう」

『では、あまり視線を向けて来るな』

「つれないなぁ。これからの相棒だろ? 気になってんのは名前の方でね」

 ヘラヘラ笑いながら、他人様の名前にまで文句を付けて来た。いや、神鉄は人間では無いものの。

「プロジェクト名がそうなのだから、仕方ないと思うけれど?」

「いやあ博士。博士って呼んでも良いかい? なんか、それっぽいだろ?」

「まあ……どうとでも」

 本名で呼ばれるよりかは良いかもと、井馬女史の考えを推察するならそうなるだろうか。兎に角、伊勢島は他人の名前についてあれこれと意見がある男である。

「じゃあ博士。こう、俺はさ、この神鉄ってやつと、流れとは言え相棒になろうって状況なんだ。そんな相棒をだね、神鉄なんて偉そうな呼び方したくないってわけだ。なあ、お前もそう思うだろ?」

『字面が仰々しい事は認めよう』

「オーケー。じゃあ、次までに何か呼びやすい名前考えといてくれ」

 一度、殴っても良いだろうか。手加減はどうすれば良いか迷うものの。

「自分で自分の名前を考えろというのを命じた場合、どうなるか。そこはあまり試していなかったわね」

『井馬女史。この男のノリに乗らないでください。何を言ったところで、この男は宙に浮く程に軽い男のままです』

「実際に宙に浮けさえすれば、前の事件でも、上手くやれたんだろうがな」

「そ、そう。そうね……ふふっ」

 神鉄と伊勢島の話を聞いている間、何故か井馬女史が吹き出す様に笑った。

『何かおかしい事でもありましたか、井馬女史』

「ごめんなさい、けど、二人とも、気が合うみたいだから」

 どこがだろうか。先ほどから、馬鹿らしい口論しかしていない気がするが。

「ま、相棒としては適当ってこったな。今後はよろしくよ」

『……了解した』

「なんかちょっと、間があったな?」

 わざとだ。色々と思うところがあれ、即断即決で返答くらいは出来る。ただ、やはり言葉には、こちらの思いを乗せたいところである。

『しかし、例のモールでの件からと言う話なら、もう一人の事はどうなっているのだろうか』

「ああ、あの超能力より性格の方が厄介なお嬢ちゃんだな」

「性格が厄介な……ああ、美和のことね。その言葉だけで特定できるのが嫌だけれど、あの娘なら、本人が一番嫌がるでしょうし、そういう話は無いみたい」

 頭痛を覚えると言った様子で、井馬女史は額に人差し指を置いていた。

 確かに、モールで共闘する事になった警察の超能力者、蘭条・美和とはあれ以来会ってはいない。何がしかのメッセージが送られてくる事も無かった。

『先ほど、この軽い頭の男と気が合ってると言う話をされましたが、彼女、蘭条臨時巡査部長についてはその……現場で出会えば、共闘は出来そうだと思いますが……有り体に発言すると……』

「言わなくても分かるわ、神鉄。あの娘、性格が悪いでしょう? 昔はああじゃあ……いえ、昔っからあーだった気もするけれど、それでも、最近まではそこまでじゃ無かったのよ」

「へぇ、博士はあのお嬢ちゃんを良く知ってるのかい?」

 確か、旧知の仲であるはずだ。その言葉だけを神鉄は知っている。いや、こちらに関してもただの記録であり、しかも詳しい事は分からないが。

「どうにも縁があってね。10代前半頃からの付き合い。仲についてはそうね……ある時までは、友人関係にもあったはず」

「変な言い方をするね? 何か、途中で仲違いしたみたいじゃねえか」

「事実そう。というより、疎遠になっちゃったのよ。あの娘が、超能力者になってしまってから」

『……』

 何かを話せる状況でも無くなってしまった……と、神鉄は考える。

 蘭条・美和は後天的な超能力者。その事が、現代社会において、どういう問題を孕んでいるのか。その事柄について、神鉄の記録の中にも在ったからだ。

 生来からの超能力者もまた、他者とは違う力を持ち、他者との関係性に対して、一般人以上の問題を抱えている。だが、後天的な場合はもっと悲惨だ。

「授業中だったかしら……突然、あの娘の周囲に火が巻き始めて、彼女自身、怯えていたけど、他はもっと……その火に焼かれて、重傷者も出たわ」

 当たり前の話として、後天的な超能力者はその力に目覚める前まで、一般人として生活をし、普通の人間として社会生活を送り、そうして力に目覚めた後は、自らが一般的に作り上げた関係性を、寄りにも寄って自らの力によって崩壊させてしまう事がある。

 蘭条についてもそうだったのだろう。目の前に、変わってしまった関係の一人、井馬女史がいるのだから。

「意図的なもので無く、本人の瑕疵も無けりゃあ罪にはならない。つっても、そういう話じゃあねえわな。人間、いろいろ抱えてるってわけかい。悪いな博士、不躾な事を聞いた」

「いいの。多分、あなた達の方が、今後は美和と会う機会が多いだろうし」

 そんな中で、井馬女史と蘭条の関係性もなんとか出来ないものか。

 神鉄はふと、そんな事を考えたが、それこそ傲慢な思いだと、記憶領域のどこかに仕舞い込んで置く事にした。




 井馬女史との調整を兼ねた会話や、時たまやってくる伊勢島との対面。神鉄の記憶として残る日々というのはそういうものであった。

 それ以外の時間、神鉄に意識と呼べるものは無い。そもそもからして存在しないのかもしれないが、外から情報が流入してくるという事が兎に角無いのだ。

 保管されているか、整備されているか、身体の一部分のみの稼働か。そんな状態が殆どであり、その状態における神鉄に、意識の継続性と言うものは存在していない。

(いや、そんなものは、これまでも無かったはずだ)

 ふと、何も無い暗闇に神鉄はいる様な気がした。手足も無く、身体のどの部分も存在せず、見えるものも無い。ただ、意識らしきものだけがそこにある。

 そんな暗闇の中で、神鉄は考え続けていた。

(やはり、こんな風に考える様になったのは最近の気がする)

 神鉄が、神鉄として完成したのは、今のこの状態になるより前のはずで、その瞬間から意識があったわけではない。既に完成して、記者達に紹介される場での事だ。

 記憶領域に関しても、さらに前から既に作られていたわけで、ならば、この生まれた意識というのはどういう類のものなのか。

(そもそも、今、こうやって考えている状態は何だ?)

 身体の状況を確認しようにも、その反応が無かった。やはり意識だけがここにある。

(夢……なのか? これが夢?)

 初めての感覚に混乱する。この状態、神鉄の正常な機能ではあり得ないはずだ。こんなものを想定される機械など存在するはずも無い。

(ならば誤作動と言う事になる。早くこの状態からの身体の復旧を試みなければ……)

 混乱している自分を認識出来ている以上、頭部ユニットが存在する事は確かのはず。自分には魂などと言う上等なもので構成されてはいないのだから。

(しかし、どうすれば……なんだ? 声が……)

 暗闇の向こうから声が聞こえて来た。女性の声……その声と共に光も差し込んで行く。暗闇はそこで途絶え、新しい、光の世界へと―――

『おはようございます。井馬女史』

 目が覚めた。と表現するべきかは知らないが、神鉄の前には井馬女史が居た。先ほどの声は、井馬女史のものだったらしい。

「おはよう、神鉄。何時もの部屋ではないけど、気分はどうかしら」

 井馬女史の言葉を実際に確認するため、視界を動かしてみる。

 場所は屋外である。やや曇りがかった空。景色を言葉で表現するならオフィス街だろうか。高層ビルが立ち並び、人通りこそ少ないものの、それでも歩く人々はせかせかとしている光景があった。

 また、神鉄へと視線を向けて来る者もいる。物珍しさのある身ではあるから、それについての文句は無い。

『……確かに。ここは今回、例の超能力犯罪者から破壊予告のあった街です。私に出動指令が出ている事も認識できています』

「そう。なら良好みたいね。それにしては、応答が何時もより少しだけ遅かった気がするけど」

 そうだろうかと思う。何時も、意識の無い状態からの突然の覚醒という状態だったため、今回はそれとは違っているのは確かだが。

『……夢を見ていました』

「夢?」

 驚いた表情を浮かべる井馬女史。それはそうだろう。神鉄には夢を見る機能など無いはずなのだから。

「神鉄、本当に大丈夫? どこか不調があるのなら、今日は一旦―――

「そうは行かねえなぁ。そうだろ? 神鉄」

 既に、井馬女史の近くには伊勢島がいた。神鉄の随伴員としての役目を担っているのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

『伊勢島殿の言う通りです。チェックしてみましたが、私の機能に不備はありません』

「そういう事じゃあねえんだが……まあ、本人もやる気みたいだし、仕事の中止ってわけには行かねえんだな、これがよ」

「けれど……」

 伊勢島に言われたところで、不安は消えないと言った様子の井馬女史。神鉄自身への心配もそうだが、万が一があった時、彼女にも悪い風聞が立つというのもあるのだろう。

『安心してください、井馬女史。今回はやり遂げて見せます。再度、予告を出して来た超能力犯罪者、大声の誇示者ですが、明らかにこちらを警戒している節があります』

 今回は特定の建物では無く、オフィス街を襲うと言う予告だ。破壊対象の範囲を曖昧にしているのである。

 これまでとは少し違う予告の仕方であり、予告範囲を広げる事で、補足される可能性を低くしているのだろうと思われた。

「向こうさんがビビってるって事だわな。それを良しとするか、事を慎重に運ぼうとしてるから厄介と思うかはそれぞれだ」

『私の好みとしては後者だ』

「楽観視はしない性質ってのなら、そりゃあ良い事だな。集中力にしても、機械なんだからそれなりか。じゃあ、これからの見回りも、しっかり気張ってくれよ」

 どうやら、さっそく仕事を始めようと言うらしい。意見が合う相手……なのかはまだ分からないものの、神鉄も彼の提案に賛成だった。

 起動した以上、神鉄はその役目を果たさなければ。

『井馬女史。対象が現れてからの行動では一手遅れる可能性がありますので、伊勢島殿の言う通り、オフィス街の見回りを開始したいのですが、許可をいただけますか?』

「……本当に、調子が悪いわけじゃあないのね?」

『はい。問題ありません』

「なんか、心配性の母親とやんちゃな子どもみたいな会話だな?」

 何を言っているのだこの男は。頭の軽さから、脳細胞の幾らかが宙に散ってしまったのだろうか。機械の自分と、生身の井馬女史が親子関係なわけもあるまい。

「製作者の一人……というわけではあるけれど。そうね、多少、何時もとは違う部分があっても、神鉄、それでもあなたは頑丈に作られてる。信じてるわよ。その性能を、全力で見せて来てちょうだい」

『……了解しました。行こうか伊勢島殿』

 どうしてかは知らないが、やる気の様なものが出て来た。これは良い兆候だろうと思う。

 しかし、気分も良くなってきたところで伊勢島へと視線を向けて見れば、既にそこには、幾らか離れた伊勢島の背中と、手をこちらにぷらぷらと振っている姿が。

『……本当に、彼と私は、気が合うと思いますか、井馬女史』

「そうねぇ。これから次第……かしらね?」

 曖昧な言葉で返される。それもまた、仕方あるまい。相棒との共同任務など、神鉄にしても始めての経験なのだから。

 そもそもからして、これから自分にとって二度目の仕事が始まりだった。




『今日はそれなりの武器を持っているのか』

「前だって、武器くらい持ってただろ?」

 オフィス街を歩きながら話し合う。さすがに、前回のモールの様に人払いができない範囲であるため、何人か一般人かとすれ違っていた。

 その一般人のすべてが、驚いた表情でこちらを見つめて来るわけであるが、サブマシンガンらしきものを抱えた男と、全身金属の人型が歩いているうえでその程度の反応で済んでいるのは、事前に事件があるかもという告知がされているからか。

「今回、厄介な部分があるとしたら、これだな」

『なんだ、やはり、サブマシンガンを使いこなせないと不安なのだな。それは仕方ない。人間の身体は生来、重火器を扱える様に作られていないのだから』

「そういう事じゃあねえよ。ほら、周りをちゃんと見てみろ。さっきから一般人がいるだろう」

『なるほど。守らなければならない対象が増える……か』

 避難指示までは出ていない現状。破壊予告をされたからとは言え、活動を止められない人間社会の難儀なところだと思われる。

 予告通りに委縮していれば、それこそ相手の思うつぼであるとも言えた。

「俺達だって、失敗なんて出来ない追い詰められた立場なわけだ。前回は一般人に被害が出なかったからこそ、あれこれと言い訳できたが、次はそうも行かねえよな」

『自分達の手の届かない場所で事件が発生する場合もあるし、そうなれば、言い訳にもなると思われるが』

 自分で言って置いて、後ろ向きな発言に思えた。失敗を前提にして行動するなど、機械の風上にも置けぬ考えだ。

「そうであっても、言い訳なんかできやしねえのさ。俺達は超能力犯罪抑止のための人材だが、それはつまり、何も罪を犯してない超能力者を守る立場でもあるんだぜ? だが、失敗を続ければその前提が崩れちまう」

『日常を送っている、後ろ暗いところの無い超能力者まで、今回が失敗すれば害が及ぶと、そういうことか?』

「多分な。危険な力であるって事がこれでもかって認知されちまう。大声の誇示者ねぇ……存外、良く考えた名前かもしれねえな」

 だが、そうであれば目的は何なのだろう。わざわざ、他の超能力者の立場を追いやってまで破壊活動を続ける理由はいったい。

『逆に、超能力者に恨みを持つ者の犯行だったり……はしないだろうか』

「どうだろうねぇ。いろいろと学者先生が犯人の心理をあーだこーだ言ってるみたいだが……そういうのは、良いかもな」

『学者先生のあーだこーだがか?』

 尋ねると、へらへら笑いの伊勢島の表情が鋭くなった気がした。もっとも、笑ったままであるから、その変化は微々たるものだ。

「違う違う。お前さんが、犯人について予想しようとした事がだ」

『事件において、そういう予想は当たり前だと思っていたが……』 

「そうだろうが、お前さん、頭がきちんと働いてるってのに、前は単純に戦わせて潰すみたいな使われ方してたからな」

『ふむ……』

 自分の身体を確認してみる。相変わらずの金属。生な部分など欠片たりとも存在しない剛性。それこそが神鉄であり、使われ方としては戦車や戦闘用ヘリみたいな想定がされている……と思われる。

 だが、それでも、自分は考える事が出来ている。意思らしきものが存在していた。だとするなら、もう少し、違う運用方法もあるのかもしれない。

『相手の動きを予想し、先回りする事が出来れば、当たり前の様に有利に動けるかもしれないな?』

「戦いすら回避する事ができるかもしれねえぜ? 世間一般の方々が、俺らみたいなのに求めてんのも、そういう部分かもな。だが、残念ながら俺やあんたは武器を持ってる。こりゃあ悲しい事だ」

 伊勢島に言われて、神鉄自身も伊勢島の様に武器を持っている事を確認する。

 今回は、神鉄とて素手では無かった。手をD字型に覆うナックルの様なものを所持している。

「気になってたんだが、そりゃあなんだ? ゴテゴテしい見た目からして、武器だってことは分かるんだが……それで殴るのか?」

『これは私が使用するために同時開発された武装の一つ。用途はテーザー銃に近い』

 引き金を引くとワイヤー付きの針が飛び出し、ワイヤーを伝う電流により、針が当たった相手を痺れさせる。まさにテーザー銃と同じ用途と言えた。

「へぇ、それにしちゃあごつく無いか? 電圧が高いとかか?」

『それもあるが、頑丈に作られている。曰く、殴るのにも使える様に作ったとの事』

「……率直に言って、お前さんの開発陣ってのは馬鹿なんじゃあないだろうか」

『そういう事を言うものではない。例えば、ここにワイヤーと針部分を覆う金属のキャップがあるのだが、それを外さずに撃つと、キャップごと飛び出し、金属のキャップで遠距離を攻撃できる鈍器にもなるのだ』

「まったく評価が変わらねえんだけどよ」

 何故だろうか。開発陣の活躍をこれでもかと伝えているのに。

 やはり、無骨な金属キャップが駄目なのだろうか。もっとこう……柔らかい印象のあるピンク色な塗装をしておくべきなのか。

『そうだ。この装備の名称、D―1装備と付けられているのだが、このDは電撃のD……と思わせておいて、デストロイヤーという隠れた略称が』

「もういい。お前さんを作った連中の評価は十分に出来た」

 良い評価になっただろうか。自分の製作者。言ってみれば親みたいな方々を、褒められればそれだけ誇らしいのであるが。

「とりあえず、今回はお互いに飛び道具持ちってことだな。あの超能力者、何か空気のバリアみたいなのを張るみたいだが、多分、これなら破れると思うんだがねぇ」

 伊勢島は自らのサブマシンガンと、神鉄のD―1装備を交互に見つめている。

 お互い、前回の反省を活かした上での装備だった。

 一度、戦った際での手応えを思い出すならば、通用する装備であると神鉄も評価している。

『一方で、武装云々については、こちらが上手く立ち回れる要素に過ぎないとも私は考える。前回と違い、相手に警戒されていると言う点が今回は問題になっているのだから、武装についての重要度は低いともな』

「前にみたいに、お前さんを囮にゃあできないからな?」

 むしろ逃げられるだろう。相対し、相手はこちらに正面から勝てないと学んでいるのだから。

『こうやって歩き続けて、目標を探す。それ以外にないか?』

 実際、人目も気にせず武装して歩き続けている。すれ違う人々はじろじろとこちらを見ているが、こちらだって、相手が超能力犯罪者なのかどうかをじろじろと観察していた。

 前に出会った時は覆面であったから、顔を見て判断できないので、あまり意味は無いのだろうが。

「相手が警戒してるってことは、見つからない様にしてるって事だ。なら、何も考えずに歩いているってのは、能無しの証明になっちまうさ。無能が超能力者に勝てるはずもねえし、ちったぁ考えないとな?」

 自らの頭をトントンと叩きながら、伊勢島が神鉄の顔を見つめてきた。こちらも自分の頭で考えてみろと、そういう事らしい。

『物を考えるだけの機能があるなら、と言ったところか……』

『その話、少し良いかしら?』

「おおう!? お前さん、女性の声も出せたのか?」

 伊勢島が驚き、神鉄から距離を離して来た。ただし、女性の声は別に神鉄のものではない。神鉄の側から聞こえたのは確かだが。

『今のは井馬女史の声だ。私には通信機能もあり、私を通じての会話も可能だな』

「へえ、便利なもんだ。歩く電話ボックスってところか? で、そっちはスマホみたいなもんを持ってたりするのかい? 博士」

 置いた距離を再度近づけながら、伊勢島は神鉄の耳元(人間であればその位置にあるだろう)へと顔を近づけて来た。

 別にそこに収音機能があるわけでも無いが、声は通じているはず。

『D―2装備。どちらかと言えば、レシーバーみたいな形よ。ちょーっとゴテゴテしてるけど……頑丈ではあるのだけどね』

「そうか、その装備についてもそうなのか……」

 にやにや笑いの伊勢島であるが、神鉄に付属する装備の話になると、何故か頭の痛そうな表情を浮かべる。心配事でもあるのだろう。

『安心してくれ、伊勢島殿。D―2装備も外見に見合った頑丈性が存在している。モールでの事件の時も、井馬女史は怪我をしたが、同じく、瓦礫に巻き込まれたであろうD―2装備は機能を損なっていなかったし、しかも鈍器としても使える機能が』

「もういい」

『む、では、この名称だが、電信、電送の略だと思いきや、どこでもお話機能の略称という隠されたネーミングがあるという話は』

「もういいっつってるだろ! ったく、神鉄なんて名前からしてあれだと思ったが、ネーミングセンスも明後日の方向かよ」

『そこは否定できないけれど……』

 何故か、井馬女史から残念と言った感情の込められた通信が送られて来た。

 何か、伊勢島と井馬女史の間で、言外の意思疎通が出来ている様子。

『ネーミングセンスと言えば、前に言われた、私の、もっとそれらしい、仰々しくも無い名前の件だが……』

「おお、神鉄より良い具合のがあったか?」

『まだ考え中だ』

 胸を張って答える。誠意を持って対処をしていると伝えたい所存である。

「そうかい……そいつぁ残念だ」

『なら、話を戻しても良いかしら?』

 そう言えば、井馬女史から話があって通信が入って来たのであった。

 今回、彼女は少なくとも破壊予告のあった範囲の外におり、安全圏にいると言えるため、安心して話を続けられる。

『超能力犯罪者、大声の誇示者は、これまで4度の破壊予告を出し、そのどれもを成功させてきたわ』

「今回は5度目ってわけだ。しかも、漸く本人らしき相手と接触出来たのは前回が初めて。まったく……情けない話だわな」

 さすがの伊勢島でも、動きの遅さに苛立つらしい。人命が既に幾つか失われているのだから、仕方のない事かもしれないが……。

『幾らか、犯人に近づいてきていると言えなくもあるまい? 井馬女史は、その事について話しをしたいのでは?』

『近いけれど違うの。さっき、いろいろと考えるって話をしていたけれど、つまり、大声の誇示者の行動法則を考察し、先手を打つ。という考え方で良いのよね?』

「そういう事になるわな。推理なんて柄じゃねえんだが、お前さんはどうだい?」

 神鉄とて、推理などという事を生まれてこの方した事が無い。そういった機能を望まれているかどうかについては、制作に関わった者全員に聞いて回った事が無いので、やはり何とも言えなかった。

『井馬女史には、何か思い当たる部分があるのでしょうか?』

『思い当たると言うか……不思議には思った事があるのよ。何度も事件を起こして、力を誇示しているというこの状況。つまり、大声の誇示者は、一度や二度の事件で満足していない。何か他人よりも誇大な目的意識がある様には思えない?』

 プロファイリングと言う程の事でも無いだろう。

 だいたい、超能力という力を手にしているとは言え、破壊的な活動を続ける人間なんて、他人とは違う価値観を持っているに決まっているのだから。

 問題点としては、それを何度も続ける事が出来ていると言う部分。

『自ら名乗る通り、やはり力を示す事を目的としているのでは? 何かを破壊する。出来れば大きな物を。率直に力を示す手と言うのであれば妥当でしょう。直接的過ぎて、周囲の反感を買っていますが』

「つーか犯罪行為だわな。これまでの破壊活動を裁判にかけりゃあ、死刑も免れねえくらいの。ふん? それまでをする相手だって事で、本人がその事実を理解しているって前提で考えればだ……」

 口元に手を当てた伊勢島が、言葉を途中で止める。

 何か、思い浮かぶ事があったのだろう。事、人間の機知と言う部分においては、彼は神鉄よりも、もっと知見に富むはずであろうから。

『まさに思考が狂っている場合であれば、こちらが予想したところで無駄になる可能性もある』

「そういう身も蓋も無い意見なんざ言うもんじゃねえんだよ。先回りするってんなら、相手が理性ある存在である事が前提になっちまうし……でだ、ちゃんと考える頭のある相手の場合、今回の予告についてが引っ掛かって来るな」

『やっぱり、あなたもそう思うのね?』

 どうやら生身の人間であればこそ、考えれば分かる結論が存在しているらしい。神鉄についても、同等の思考を展開したいと思うのであるが……。

『オフィス街の破壊予告について話していると思われるが……この予告に、大声の誇示者が何等かの意図を込めたと、そういう事か?』

「うんにゃ、逆だ。相手はもしかしたら、そっくりそのまま予告を出していて、勝手に俺達が解釈を変えてるんじゃねえかって、そういう事だろ、博士?」

『そう……なるのかしら。そんなこと……出来るとは思えないのだけど……』

 井馬女史から戸惑いの声が聞こえて来た。向こうではいったいどんな表情をして、言葉を発しているのか。それが分かれば、彼女の考え方や感情をもっと察する事が出来るのであるが。

『私はまだ理解できませんが、大声の誇示者の予告をそのまま取るのであれば、オフィス街のどこかを破壊するという事ではなく……』

「それで当たりだ。オフィス街すべてを破壊するつもり……だって事になる」

『けれど、どうやって? 範囲があまりにも広すぎるわ』

 言い出した井馬女史もまだ確証を持てない意見である事を告げる。

「それが分からねえ。大声の誇示者の能力ってのはかなりのもんだろうが、さすがに街一つを一気にって訳にも行かないだろ」

 予想はすれども謎が解けない。そんな状況であったが、神鉄は一つ、やるべき行動を思い付いた。

『……方法は分からなくとも、とりあえず、街の中心部へ向かうべきではないかと、私は思うが』

「街を破壊するっていうのなら、それこそ中心の方が効率的ってわけか。どういう手で来るかは分からねえかもしれないが、見て置いて損は無さそうだな。どうせ、周囲をうろついたところで見つけられるって事でもねえし」

 方針が固まった……と思う。取捨選択で決めた事かもしれないが、それでも前に進んでいると思いたいところであった。


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