第1節 Ⅱ「西園寺の屋敷へ行こう」
「……あんたってジャンヌ・ダルクの子孫なのか?」
少し歩いてから、姫香がそう質問した。そして私はハイと答えた。
「私、オルレアンの聖女だったジャンヌ・ダルクの子孫です」
「へぇ……ジャンヌ・ダルク……ねえ……。確か南蛮の歴史本だと、二十歳前に死んで結婚していなかったはずでは?」
「あれは語弊です。実は処刑されたのは影武者だったのです」
「影武者……あぁ、それで長生きして結婚して子供が生まれて……今の君がいるのか」
「はい! それで今は、私がその名を受け継いで二十三世です」
「二十三世……何処かの盗賊みたいだな」
姫香はよくわからない言葉に思わず、ふふと笑った。
話の途中だが、この町一番の大豪邸である西園寺木見助の屋敷に到着した。江戸で言う旗本のような大きな和風建築の豪邸で、ぐるりと高い塀に囲まれており、まるで要塞のようだった。
この町一番の大豪邸であるの屋敷に到着した。かつて江戸で言う旗本をイメージさせる和風建築の豪邸で、ぐるりと高い塀に囲まれておりまるで要塞のようだ。書物を読んで大きいとは知ってはいたが、やはり生で本で読むよりも圧倒的な雰囲気があってすごい!
「西園寺殿~お客様をお連れしました~!」
姫香が大声でそう応えると、目の前の木で出来た門がぎぎぃぃと唸る。
その門の先から、黒色の袴姿と白髪の老人――西園寺木見助が出迎えてくれた。旗本みたいな老人ですごいです。なんかこう、頭が高いぃと威張っていそうな感じを雰囲気を出している。西園寺の双方に当主の警護する人たちが立っている。この人たちもすごい。旗本の老人さんを守るなんて、一体どんな鍛錬をしているのだろうか……うぅ、想像しただけで、この苦痛を乗り越えた修羅場の男はかっこいいぃ!
「まあ。わざわざご当主様がお出迎えとは……」
タメ口を吐き出す姫香。当主は、くくっと嫌みのようににやける。
「いつもなら使い達が出迎えするが、珍しい仏蘭西のお客様だ。待ちきれなくなってしまったわい」
「節介な、ご老人だこと……」
「誉め言葉としておこう……。そしてお主か? 仏蘭西からのご来客は」
「あ、はい! ジャンヌ・ダルク二十三世です。今日は、どうぞよろしくお願いします!」
「おや、日本語。上手ですのぉ」
「はい! 昔から日本に行きたいと憧れていたので、日本語を勉強しました」
「おぉ、すごいですの」
「てへへ」
私が喜んだ瞬間、老人以外の男どもが可愛さに釘差しされていた。
日本人って、外国人の女性の微笑みを見ただけで惚れてしまうのかな?
「立ち話も疲れます。どうぞ中へ」
姫香さんも、西園寺のボディーガードも西園寺の言葉と同時に、たるんだ瞳が鋭く変化した。
西園寺に促されて、私と姫香さんは大きな屋敷に入る。
「お邪魔します」
屋敷に入ると、私は目を光らせながら日本庭園を見る。
ちょうどもみじの散る季節だから池に落ちる葉っぱも美しい。あと、遅咲きの秋桜や偶然にいた朱鷺もいて更に綺麗で華やかな庭園だ。
海外の庭園とは違った色の濃く描かれた絵画のようで、私自身が絵画に飲み込まれてしまいそうな……不思議な視覚が私の瞳に捉えていた。
「本当に綺麗に手入れされてる……」
姫香さんが簡単な感想を言うと、西園寺は答えた。
「えぇ、専属の庭師がいて四季折々、楽しむようにコーディネートされているのですよ」
「へぇ……すげーや」
そうこう話しているうちに、家の中に入る。玄関も高いツボや渋みがある引き出しがある廊下を通り、一回り大きい和室について座った。
「……あの、私まで座っていいのでしょうか?」
つい流れで座ってしまった姫香は、少し戸惑いながら西園寺に質問した。
「いいですよ。せっかくですから見張りついでにお茶でもどうぞ」
ささ、と茶菓子とお茶を出してくれた。八ツ橋と煎茶だった。八ツ橋……書物によれば、京都でしか作られていない和菓子。煎茶は、紅茶より渋い香りとほろ苦い味がするって聞いた事がある。
「あ、じゃあ……遠慮なく」
まるで真空に包まれたような部屋で茶をすする。日本人はお茶を楽しむ時っていつも黙ったままなのだろうか?
最初はほろ苦い味が口全体に広がってきたが、やがてほのかな甘みがほろがってくる。紅茶みたいに甘ったるくないし、外国人の私でも軽やかに飲める。
「結構苦みが少ないですね。これ、何処で作られているんですか?」
西園寺に質問すると、すぐに答えが返ってきた。
「これは、京都で栽培された最高級茶葉のみ使った茶葉ですよ」
「へぇ……こりゃすごい……」
「おいしいです! これがジャパニーズティー、ですね!」
「それは良かった。お口に召しましたか?」
「はい! とっても美味しいです!」
万遍な笑顔を送る。その瞬間、西園寺以外の人物がまた惚けるように私を見つめていた。少なくとも、姫香さんのような女性に男みたいに頬を真っ赤に染める人は見かけたことがない。
まあ、姫香さんも喜んでくれるなら私は嬉しい限りです。
「ほっほぅ……最近の外国人は元気でいいですねぇ」
私はてへへと笑っていた。姫香は、ムスッとした呆れ顔で「ただの元気馬鹿だろと」呟いていた。
聞こえていないと思っているけど、小声の方が聞こえやすいんですよ。知っていましたか、姫香さん?
(茶菓子……京都の八ツ橋……味はどんなのだろう?)
茶菓子を手に取り、口に頬張る。もぐもぐとリスみたいに食べる……うん、美味しい。
なんだろう……この味。餡子の甘いハーモニーが口全体に広がり、その後にちょっとしたほろ苦い何かが後押しするように甘さが強くなっている。
「この八ッ橋、とてもおいしいです!」
「これは、京都で作られた最高級八ツ橋です。京都でしか取れない小豆を贅沢に使い、秘伝の調味料を使った病みつきになる茶菓子でしょう?」
「へぇ……高級品……凄くおいしいです!」
「よかよか……おいしければ何より……ところで、ジャンヌさんが住む仏蘭西はどんな場所でしょうか?」
「いい場所ですよ。私が住む家もきれいに整備されていて、この国のように平和です」
「ほう。開国前に物騒な輩がおると聞いたのだが、平和なんだな」
「えぇ、東洋人にはそうイメージですが、実際は皆優しい人たちでいっぱいですよ」
「ほう。興味深い話だな」
「はい、あのですね――」
フランスや隣国の事や面白話などで、いつの間にかがははと笑いながら話が弾んでいた。西園寺さんも、話が好きなんだ。結構気が合いそうな人だな……。
でも……姫香さんは、黙ったままでいる。この話に興味がないのかな……?
姫香さんに視線を向けると同時に、姫香さんはよいしょと立ち上がった。
「おや、どちらへ?」
席に立ったのに気づいた、西園寺さんが姫香さんに質問した。
「空気を吸いに……」
気分が悪くなったような口調で言うと、部屋から出て行った。
大丈夫かしら……姫香さん……。この調子で仕事を続けてもいいのかしら……。
「おや……彼女の事が気になるのかね?」
姫香さんの具合悪そうな様子で、心配そうな表情になった私に西園寺さんが声をかけた。
「え、あ、……いえ」
「心配はするな。すぐに治って戻ってくるだろう」
「そうですよね」
「心配するところ申し訳ないが、話を続けようか」
そう言って、西園寺さんは父から聞いた話の取引について語り始めていた。それに私は真剣に耳を傾けて聞いていた。