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赤碕姫香とジャンヌ・ダルク  作者: 本渡りま
EPISODE Ⅰ 出会い編 前編
3/22

第0節 Ⅱ「始まりの甲板で」

 ――姫香が馬に蹴り飛ばされ、海に投げたされた時とほぼ同時刻。ぼーと汽笛を鳴らす白い船が函館港に接近していた。


 その船の上甲鈑に金髪の少女が立っていた。貴賓な服を身に纏い、少し化粧映えした顔つき。鏡のように透き通った白い肌。紺青に輝く瞳は、賑わう北海道の港湾を見つめていた。

  金髪の少女……もとい私は、日本の空気を吸い込む。母国よりも空気が新鮮で、私の肺全体が綺麗に洗浄されてとても清々しい気分を味わう。


「るーーーー!?」


 そして何故だか、港で馬に蹴られて吹き飛ばされた人がいたが……見なかったことにしよう。


「ふう」


 一刻一刻と迫る江戸末期に開国した場所に踏み入れる時が来る……。この時をいつから待っていたんだろう。それは母が日本で死亡確認がされた時からずっと……。

  それにしても、日本はとても穏やかな国だ。ずっと、ここに住んでみたいな――なんて、今の状況かでは出来ない事を思った少女は面白可笑しくふっと微笑んだ。


「シャルお嬢様。もうすぐ日本に到着します。荷物の方はどういたしましょう?」


 フランス語でそう質問したボディーガード。私は相槌を打つ。


「近くに置いて。すぐに持つから」


 そう言うと、ボディーガードは荷物を置いた。そして、何か不安そうな表情をしていた。


「何? どこか具合悪いの?」


「……本当に、我々は附いて行かなくてもいいのですか?」


「西園寺殿が現地の護衛人を雇ったらしい。彼が雇ったボディーガードは最強と聞いている。だから、我々からの護衛は必要がないって、手紙に書いていた」


「――しかし! 万が一の事があったら!」


「――大丈夫よ、私を信じて。現地の護衛人も強いからさ」


 頑固なお嬢様の言葉を聞いたボディーガードは、少し悩みながら「わかりました」と相槌打って船内に戻った。再度陸地を見渡すと、港には大勢の日本人がこちらの方を向いて見ていた。この黒船が珍しいのだろうか……? いや、函館は開国からずっと黒船がやってきている。見慣れているはずのモノをなんで興味津々に見つめる必要があるのだろう?


「すごいわね……嬢ちゃん。私たちを歓迎しているわ」


 私の近くにあるベンチで座って港を眺めていたおばあちゃんが、突然私に向けて話しかけた。


「歓迎――ですか?」


「日本人はね、他国や知らない人でも親しくしてくれる優しい人たちなの」


「え、えぇ……まあ、そうですね。聞いた事があります」


「お嬢さん、もしかして日本に来るのは初めてかい?」


「えぇ」


「日本はいい国よ。本当に……私が住んでいた町よりも断然に……」


「確かに……そうですね。話変わりますけど、おばあさんはなぜ日本に?」


「この函館の町に魔法の家があるのよ。そこで思い出の魔法を買おうと思ってね」


「魔法の家?」


  私は思わず、オウム返しに呟いた。


「まあ、簡単に言えばおまじない屋さんかな? 運命の人はどんな人物かって調べたり、運勢を占ったりしているわ。あとは、おまじないが込められた物を売っているのよ。早く行きたいわー」


  おばあさんの話を聞く限り、結構面白いお店だなぁ……時間があったら、その店に行ってみようかしら。


「見つかるといいですね、その思い出の魔法」


「ええ。10年前に亡くなったジジイのへそくり見つけてやるんだからね!」


「え……まぁ、へそくり見つかるといいですね……ははは……」


「あら……もうこんな時間なの? 急いで荷物を整理しないとねぇ……。お嬢さん、私の話に付き合ってくれてありがとうね……。また縁があればまた会いましょう」


「ええ、また縁があれば」


 時計を見たおばあちゃんは、よたよたと歩きながら船内に消えていった。

 再び一人になった甲板の上……。私はきれいな景色を見るのを止め、ポケットにしまったロケットを取り出した。

  ロケットを開くと、母親の写真が写っている。肌が白くて紺青の瞳……。まるで私と瓜二つの顔つきの母……眺めているうちに思わず、こんな言葉がこぼれ出た。


「……お母さん。会いに来たよ。十年ぶりになるかな?」


 ロケットに向かってふふっと微笑む。まだ言葉すら覚えていない頃に母は居なくなったのだが、ロケットから母の声が聞こえたように思えた。


 ふぅ、と息を吐き、ロケットを閉じてポケットにしまい込む。

 そして私が物覚え始めた頃に母からもらい、首からぶら下げた金色の指輪をぎゅっと握り締める。

 そして船が陸地について降船の準備が始まる。さあ、ずっとこの時を待っていたんだ。

 必ず日本(ここ)で成し遂げるために――



「絶対に見つけるから、待っててね―――――」



 彼女の信念を込めた瞳が、日本を震えさせるように思えた……。





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