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赤碕姫香とジャンヌ・ダルク  作者: 本渡りま
EPISODE Ⅰ 出会い編 前編
13/22

第2節 Ⅳ「魔法の家」

 

 私とジャンヌは、函館の町を歩いていた。


 屋敷から出たのはいいのだが、まだ雨が大粒に降っている。とりあえず、傘を持っていないジャンヌと一緒に相合傘している。強く降りしきる雨の中、街の商店街通りには誰も人がいない。二人だけで歩くのが、寂しげに感じてしまう私だった。


「はぁ……億劫な天気。どうしようかぁ……?」


 昨日もそうだったが、二日目の函館観光もノープランだ。正直、どうしようかな……と頭を抱えて悩んでいた。


「姫香さん、なんで翁に合わせてくれないんですか! 西園寺さんの意見なんて叩き切ってくれれば、翁を見ることができたのにぃ!」


 先ほどの炸裂ビンタのせいで頬が真っ赤に膨れたジャンヌが、真っ向な瞳で怒っていた。


「え、あ、まだ頬痛いか? なんなら今すぐ氷でも貰ってこようか?」


「違います! なんで逃げるように西園寺の屋敷を出たんですか!?」


「いや……そのだな、本当にお前の事に思っているんだ。だから、な。西園寺に従った方がいいと思う……」


 私は歯切れ悪く言う。無理もなかった、あの西園寺の黒い噂が本当と言う可能性が私の脳内で蹲っているのだから。正直、ジャンヌに知られたらどんな反応されるのか……あまり話さない方がいいと、自分の中でそう念じていた。

 そうでもしないと、今後、ジャンヌとの信頼関係が損ねそうかもしれない……。


(いや、今既にちょっと損ねそうだけど……)


「ちょっと! 姫香さん! はっきり言ってくださいよ! なんで西園寺さんの言うとおりにしたんですか!」


 うるさく言うジャンヌに、私は思わず何かが切れた……。


「うるっさいんだよ! 少し黙ってろッ!」


 思わず怒鳴るように切れてしまった。「西園寺の屋敷に戻るなら勝手に一人で戻れ!」と本音を言いたかったけど、幸いにも自分の口から本音をぶちまけずに済んだ。


「……姫香さん?」


 怒鳴った様子で少し驚いたのか、ジャンヌは一歩後ずさって私の方を見ていた。

 私はジャンヌの視点にチラチラと見て、あぁ……と口ごもる。


「怖い思いをして……すまん、ジャンヌ」


「……いえ、その、私も少し言い過ぎました……ごめんなさい」


 その話の後――しばらくの間、気まずくなってしまった。こんな筈で怒鳴るつもりはなかった。


(――やはり、雨は嫌いだ。なんでもおかしくなってしまう……)


 全部雨のせいにしておこう。これも雨のせいでおかしくなったんだから……。

 とりあえず、地元に住んでいるなら知る人ぞ知るあの店に行ってみよう。きっとジャンヌも喜ぶかもしれない。


 西園寺邸から歩いて四十分――その店、魔法の駅と言う少し怪しげの漂う店に来た。


 ノスタルジックな和風建築と、西洋の雰囲気を醸し出す煉瓦を後付けで積み立てて作った和洋混合建物だ。そこに観葉植物が外壁にへばりついて、西洋絵本……とかに出てきそうな店だった。


「着いたぞ、ジャンヌ」


「あ、もう着いたんですか? すごいで――あれ……魔法の家……?」


 落ち込んでいたジャンヌは、いつの間にか表情も明るく戻っていて、じーと店の名前が書かれた看板を眺めていた。


「あっ……魔法の家!? 船のおばさんが言っていたお店!」


 ジャンヌは、何かを思い出したように指を看板に向けて刺した。


「京子さん店、知っているのか?」


「え、京子さん? えッ……姫香さん、この店の店主とお知り合いなんですか?」


「あ……まあ、そうだな。知り合いの知り合い……てことかな? 実際私も初めて会う人なの」


 ここの店主は実際に英国で魔法の学問を学んできたとかで、魔法を使えるとかなんとか……。これまた面白いのが、すばるの祖母がこの店の店主と知り合いだったりする。でも、私はこの店主と直接的な関わりはない。そして、今日初めて来店だ。


(ジャンヌの話からすると、海外でも魔法の家は知られているのかな……?)


 海外の事なんてよく知らないけど、京子さんの店が海外にまで知れ渡っているなんて……やはりすごいなぁ……。私も世界に名を知れ渡りたい……なんておかしい事を考えてしまった。


「こんにちはー」


 挨拶と共にガラガラと引き戸を開くと、そこには見た事のない品物が置いてあった。魔法石と呼ばれる謎の怪しげに輝く石に、光沢に輝く不思議な砂、美しく磨かれた魔法の棒……よく見ると摩訶不思議な物に私は興味を惹いていた。


「ほへぇー。なんだ、これ……見た事ねぇもんだなぁ」


 ついつい見入ってジャンヌの存在を忘れてしまう……いや、時間の存在を忘れてしまう。

 しかし、魔法って一体どんなものなんだろう? 噂程度だと、怖いとか幸せになるとかしか聞いたことがない。果たして、噂は本当なのだろうか?


「いらっしゃい……あら? もしかして姫香ちゃん?」


「え、えぇ、まあ、はい。その……京子さん」


 丸みのある顔つきに短い銀髪、すばるの話では年齢は50代超えているのに、20代に思えてしまう魅惑のあるルックス。四角い眼鏡を掛けた女性――この人物こそ、京子さんだ。


「あらまあ、どーしたの? わざわざ遊びに来たの?」


「え、まあそんなところです。その、……ちょっと贈りたい物を探していて」


「あらぁ……もしかしてすばるの婚約―――――ぐほっつ」


 アホな事を言う京子さんに対して、バコンッ!と炸裂した拳を腹に向けて殴った。

 年寄りでもこんなバカなことを言ったら、とりあえず腹を殴る。加減はするけどね。言っておくが、すばると婚約するつもりはない。これっぽっちも、絶対に!


「いいものねぇ、若いものは……元気溌剌でぇ……」


「変な事を言う京子さんが悪い」


「ははっ……気を取り直して……、贈りたい人は後ろの金髪少女でしょ?」


 貴方の考えている事はお見通しだよと、言わんばかりに質問してきた。

 この聞く限りじゃ、心を読まれているみたいで気色悪い。隠し事は通じない……そんな話をすばるから聞いている。

 いかん……ここは平常心で行こう。なんでも人を不気味に思ってはいけない……、戦争の掟から脱却するために……!


「ええ、どんなものがいいのか……悩んでいて」


「そうねぇ……、あなたは何を込めて贈りたいと思っているの?」


「何を込めて……?」


 よく分からない質問に、私は思わずオウム返しに言った。


「そう、人にモノを贈るときって何か感情を込めているのよ。ほら、贈ったとき相手から感謝の言葉が零れ出るでしょ? 感謝のお礼でもあり、自分が相手に贈った感情のお礼でもあるのよ。喜怒哀楽どんな感情でも相手を喜ばせるの。幸せになる魔法のように……ね」


 ほら……と京子さんが私の手をとり、軽く握りしめる。何の意味があるのかよくわからんけど……。


「幸せの魔法……」


 そうなんだ、と少し納得して頷く。


「……私は……そのジャ――彼女との距離を縮めたいなって思うんですよ」


京子さんの話を聞いた影響なのか分からないけど、ぽつりと自分の本心を呟いていた。


「なるほどねぇ……距離を近づけたい、か」


 それなら……と言って店の奥へ行ってしまった。「そういえば……ジャンヌは?」とキョロキョロ視線を回していると、ジャンヌは興味そうに棚に置かれていた魔法石を見ていた。


「……ジャンヌ、魔法石に興味があるのか?」


 じっと見ていたのか私の存在に気づいていなく、声を発した瞬間にうわっと驚きの声を上げていた。


「あ、姫香さん……。え、まあ、はい。私こう言うたぐい結構好きなんです」


「へぇ……魔法石に興味があるんだ」


「……はい。こういうの神秘的な雰囲気が出すムーンストーンを持っていると、不思議な力が宿っている――ような感じになるんですよ」


「不思議な力?」


「えぇ、まあ……簡単に説明すると、色違いの石によって不思議な力の効果が違うんですよ。例えば……この赤色の石――赤水晶は、忍耐力を高める効果とか、勝負のお守り……と言う効果があるんです。他に黒色の石――サファイアは邪気を払う効果とか、勝機を呼ぶ効果――」


 ……ジャンヌが生き生きと説明しているところ悪いが、マシンガントーク過ぎて何が何だかかよくわからなくなってきた。とりあえずわかるのは、色によって不思議な力の効果も変わるという事だけだった。

 生き生きしているジャンヌ……初めて見たかも。

 ――というか……なんだろう、この感じ。いつの間に距離が近づいているような気がする。これも幸せの効果……かな?


「おやおやぁ……いつの間に距離が縮まっていませんかぁ?」


「おわっ!?」


「きゃあッ!?」


 影に隠れるように背後から突然に現れた京子さん。ジャンヌは驚いて腰を抜かしてしまったが、私はただジッと見つめていた。別に驚いてはいません、本当ですよ。


「はぁ……幽霊か……? 京子さん」


「幽霊じゃないよ、ちゃんと足あるし人間だよ」


ほれほれと足を見せて、自分は幽霊ではない事を証明している京子さん。


「分かっていますよ」


 とりあえず、腰を抜かしたジャンヌを立ち上がらせるように手を差し伸べる。それと同時に京子さんは話の本題に戻った。


「それでね。姫香ちゃんが希望している贈り物はこれだけど、どうかしら?」


 京子さんが手を差し出す。その手には桜色の石が埋め込まれた二つのロザリオだった。ロザリオ――キリスト教の懺悔で使われるモノらしい。まあ、私はキリスト教に信仰していないからよく分からないけど……。

 しかし、江戸の時ならこんなのモノ持っていたら確実に処断されるって聞いていたけど、最近になってキリスト教は解禁されて、隠れキリシタンも昔よりは住みやすくなったと聞いている。それだけ、日本は変わったんだって実感できるな。


(……けど、キリストじゃない私が持ってもいい物なのか……? これは……)


「わぁ、ロザリオですよ。どうしたんですか、それ?」


 ジャンヌは二つのロザリオを手に取り、きらきらと星を見るような目で眺めていた。


「ふふっ、本来はマリア様の前で懺悔するロザリオなの。でも、古くなって新しいのに交換するロザリオを私が買い取ってお土産用に自作したのよ。他にも、いろいろなおまじない効果のあるロザリオもいっぱいつくってあるわ」


「いいのかよ、古いロザリオをお土産用に流用して」


「いいのよ。海外ではロザリオをお土産にする人もいるし、結婚指輪代わりにする人もいるわ」


 ロザリオは昔から土産用としては扱われないって聞いた事があったけど、あれは語弊だったのか……納得。


「それにしても、この埋め込まれた桜色の石はなんだ?」


「これ? 桜色じゃなくてピンクっていうの。ピンクの石はね、人の距離を縮めるおまじない効果があるのよ」


「へぇ……ぴんくねぇ……。効果があるならそれ買うよ」


「毎度、このロザリオ二つセットで九銭にまけておくよ」


チャリンと財布の中身を見てみる――七銭しかなかった……。どうすればいい? なら値段交渉するしかない!


「もう少しまけて、せめて七銭にして」


「これでも安くしているんですぅーせいぜい八銭までならオッケーでーす」


「ぐぐっ……ここを何とか……もう七銭しかねぇんだよぉ」


「だぁめよぉーー」


「頼むからぁ……金がないんだよぉぉぉ」


「駄目なものは駄目じゃ。ないならとっとと帰ってくり」


 泣きすがる私を見て少しドン引きしそうなジャンヌは、ふとこんな言葉を発した。


「……あの、姫香さん。代わりに、私が払いますか?」


「え……、いいのか?」


「えぇ、このぐらいでしたら……」


 そういって財布を取り出すと、一円を京子さんに手渡した。財布の中をチラ見する。うぁ……すごい金額持っている。一円札が大量にあるぅ……一枚ぐらいくすねたい。


「くすねちゃダメですよ。私もお小遣いは少ないんですから」


 チラ見したにもかかわらず、なぜかジト目で見られて言われた。


「くすねぇよ……」


 むすっとふくれた表情をしながら、嫌味がてらつぶやく。バレたか……。

 ……というか、この額で少ないって言うか? さすが大金持ちは持っている額が違うね。


「まいどあり、これお釣りね」


 お釣りとともに受け取ったロザリオをジャンヌは私に一個を手渡した。


「これでお揃いですね!」


「あぁ、そうだね。その……ありがとう。立て替えてくれて……必ず全額返すよ」


「ううん、いいの。私からのプレゼントだと思えばいいよ!」


「いや……元々私からあげようと思って―――――」


 いたんだけど――と言いかけていた時、京子さんが私の肩を優しく添えていた。


「これ以上言わないほうがいいわ」


「――でも、だって」


「これ以上言うと、言葉の刃によって彼女を傷つける事になるけどいいのかい?」


「……え?」


 正直、何を言っているのかわからない。言葉の刃で彼女を傷つける?


「彼女の言うとおりにしなさい。距離を縮めたいんでしょ?」


「……」


 軽く頷き、視線をジャンヌの方へ向ける。そしてありがとう、とお礼の言葉を伝えた。少し納得いかないところがあるけど、とりあえず抑えておこう。これも距離を縮めるためのことだ。


「どういたしましてっ!」


 えへへと万遍の笑みを浮かべて喜ぶジャンヌの姿を見て、私まで釣られて微笑んでいた。

 こうして、ちょっと不思議なお買い物は笑いとともに幕を閉じた―――――

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