10
和やかな空間が部屋の中で流れていく。ちらりと壁掛けの時計を流し見るとアレクシスが確認の為に部屋を去ってから20分は経っていた。
「……それにしてもレンフォード様遅いわね」
アイリスの呟きに二人も時計を見るとクラレンスは深い溜息をついた。
「どうしたのよ、溜め息なんかついて」
怪訝そうに綺麗な眉を片方だけ釣り上げるメアリーに困った表情で薄く笑った。
「彼、書類の整頓が苦手なんですよメアリー。多分整理がうまく出来てなくて予定表をどこかに紛れ込ませて行方不明で、今部屋にいると書類が散らかって目も当てられない状態」
肩をすくめてやれやれと言う仕草をしたクラレンス。
「レンフォード様は完璧そうなのに……」
「唯一の欠点なんですよアイリス嬢」
「そうですの………レンフォード様の弱点が……」
可笑しそうにクスクスと笑うアイリスはいつになく晴れる事のない曇り空が晴れ渡った笑みを見せていた。
数年ではあるがアイリスと付き合いの長いメアリーは眩しそうに目を褒めるとなぜか首を傾げた、
「ねえ、アイリス?なんでレンフォード様を名前で呼ばないのかしら?」
「うん?」
「婚約者よね?」
「ええ……そうね。婚約者」
メアリーの疑問に疑問が返ってきた。そのことにさらに困惑する彼女はちらりとクラレンスを横目で見た。
「だって嬢とか様とか……」
「なるほど……まだ、許可をもらえてないから……淑女は無闇に殿方の名前を口にしてはならないのよ……お茶会ならいいけど」
納得した様なしていない、どちらとも取れない顔が浮かび上がったメアリーに、八の字眉を作り肺に溜まった空気を吐きだしたメアリーは頭抱えたのだった。
「面倒ね。貴族って……」
「そうね………政略結婚だと女性の方は旦那様や貴方としか相手を呼ばないの……名前呼びしているのは真に愛し合っていると示しているようなもの……」
「あら、なら大丈夫そうね」
「何故?」
「だつて、坊っちゃまはアイリスのこと好きだもの」
「え……?ん?坊っちゃま?」
アレクシスに対して坊っちゃまと呼んだのが不思議だった。首を傾げた時、扉が勢いよく開いた。
「はぁ…はぁ……遅くなりました。やはり明日から半月ほど国内にいないようだよ」
「そこまで慌てなくてもよろしかったのにレンフォールド様ありがとうございます」
「い、いえ、これは貴方にとって大切なことですから当たり前です。私、おやすみ貰っているので、一緒に……ちょうど用があるので」
「………よろしいのですか。レンフォールド様のお邪魔ではありませんか?せっかくのお休みでしたのに……?」
不安そうに首を傾げたアイリスの頭をゆっくり撫でる。
「構いません。あ、そうだ。苗字ではなく、名前で呼んでほしいです。」
「あ、え……?アレクシス様?」
「……まあ、上出来だね。私もアイリスと呼ばせてもらうよ」
不満げだったがアレクシスは頷き、困ったように微笑んだアイリスは母が少し赤らんでいる。
そんな二人に生暖かい目で恋人であるクラレンスとメアリーは可笑しそうに笑った。