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メイクを施してもらい顔色を整えると ゆっくり久しぶりのお茶を楽し見ながら迎えの馬車を待っていると到着したという知らせが来て、今は大人しくお馬車に揺られている。緩やかに徒歩より断然早い景色の移り変わりを窓から眺め、小さく視界の先にレンフォード公爵家がわ見えてきた。
(本当に婚約してしまって良かったのかしら……?)
本当はメアリーの方が好きだったのではないかとずっと考えいた。あの時話をしていた時はそんな気もなかった。向こうは祝福してくれているよう感じていた。
「所詮ハリボテの親友関係だったのかもしれないわね……」
暗く重いモヤモヤと鬱陶しいほどどんより曇り空のようにモヤモヤした何かが心を覆う。この感情は一生解ける事のない呪いとさえアイリスは思っている。
滑らかに停止した馬車は玄関前で待っていた家人に扉を開けられ、馬車から降り2度目となる宮殿のような豪勢な屋敷に足を踏み入れる。
ドドドドっ……地響きのように足音を立てながらやって来たレンフォード公爵夫人ユーフェミア・シルヴィア・リア・レンフォードが前回同様勢いよく出迎えてくれた。
前回と違うのは抱きしめられている事だろうか。
「よくよく、来てくれましたわ!バカ息子の失態!ああっ! 大馬鹿者としか言いようがありらませんわ!事情は本人から聞くとして!本当に来てくれて嬉しいわ!」
ぎゅうぎゅうと力一杯細い腕でどこにそんな力がと思うほどに抱きしめられて苦しい。
「私の方こそご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いいたします」
なんとかユーフェミアの腕から抜け出し淑女の礼を取ると再びドドドドっと同じ音がした。走って来たのは己の婚約者アレクシスである。
「御機嫌よう……あなたの婚約者として精一杯努めを果たさせて……」
「努め……違うんだよ…!あれは誤解で誤解を招く構図というか……あっとえー……まずは落ち着け……そうじゃないとやましいことがあるみたいだ……ないけど……あっ……来てくれて本当に良かったです!その……身支度する前にお話の時間をもらいたいんですが」
焦りなのか、2度しか会っていないが彼のイメージが崩れるぐらいの彼から本音がダダ漏れでどうしたものかと口元がひきつる。
「落ち着いてくださいませ………先程から本音と……表向きの顔が入り乱れておりますわ」
「うわ……恥ずかしい。コホン……パニックになると心の声が漏れてしまって。本当に来てくれて良かった。ようこそレンフォード公爵家へ」
冷静を取り戻したのかほんの少し赤面したアレクシスは咳払いをして落ち着きを払い平常に戻った。
(あれは……誤解?じゃあ、奥さんのフリをしなくていいの?堂々としていればいい?)
平常には戻ってはいるがアレクシスから焦りを感じて出来る限りの他人には見せた事のない笑みをアレクシスに見せる。
「わたくしこそ……動揺して訳も聞かず柱去ってしまって申し訳ありませんでした。お迎えありがとうございます。………お話をお聞かせください……」
二人の様子にユーフェミアは肩を震わせて手にしたい扇子で口元を隠している。
二人の会話がなかなか夫人を笑わせたようだ。
「坊っちゃま、お茶のご用意が整って降りますサロンへお話をなされては?」
「そうだね助かるよ。ありがとう。行きましょうか?アイリス嬢」
爽やかに優しく笑ったアレクシスの微笑みは人を騙さそうという雰囲気はもしかしたら誤解だったかもしれないと感じ、胸の奥が少し軽くなり息をし易くなった。
アレクシスにエスコートされたどり着いたサロンはアイリスの住む屋敷もそこそこ広い間取りだがそのサロンを軽く飲み込んでしまうほど広々としていた。
綺麗に整えられ絶妙な配置で設置されているソファや椅子に腰掛けず立って待っている男女がいた。男性の顔は知らないが来ている服は第一騎士団の紅い制服だ。補足だが、第2騎士団は逆に碧い制服で、近衛担当の騎士団員で担当日は区別をつけるため黒いマントを左肩に装着し、右胸に王家の紋章の紋章のバッチをつけるのが決まりだ。
「……メアリーさんとえっと第一騎士団の方……」
そう小さくポツリと呟き瞬きを繰り返した。
「お初にお目にかかります。アイリス嬢。私はクラレンス・ロナルド・リオ・フィッツロイと申します。メアリーさんとお付き合い……いえ、昨日婚約いたしました」
口を薄く開けこの人何を言ったのという顔色のアイリス。さっとメアリーに視線を向けるとコクリと頷かれた。
「えっと….待ってください。……三週間前のあの……」
「あれは僕が、貴女に送る物のデザインを彼女に聞いていて」
「そこに私が合流する前に貴女が入店してしまったことにより誤解を生んでしまった。私が早く着いていれば見なくていい光景でした」
もはや開いた口が塞がらない。飛んだ勘違いをしたわけだ。
(やってしまいました……早とちりして、一人傷つくなんて………)
「あー……その……聞き耳持たなかったのは私です。挽回出来たはずですから。申し訳ありません」
測り直角に腰を折り謝罪する。
「ううん!元は安易に一緒にいた私が悪いの!」
「それに、今回の件でやっと婚約に踏みきれました。彼女にはずっと待ってもらってたので」
にっこりとクラレンスが微笑み寄り添うように立ったメアリーが嬉しそうに笑う。
そして、アイリスも笑う。
「「婚約おめでとう!」」
二人の明るい声がサロンに響き、四人を祝福するように庭に四匹の蝶が舞っているのが見えた。