第2話 美少女から果たし合いを申し込まれた!
小川に沿って続く舗装された小道の沿道には、満開のソメイヨシノが並び、無数の薄ピンクの花びらを散らしていた。前の足元を歩く雪庭が尻尾を上げてはしゃぐ。
「ねえ湊、見て見て。桜のトンネルみたいだよ」
確かに花をつけた枝は屋根のように頭上に張り出していて綺麗だった。しかし、その圧倒的に優美な景色が、逆に気を落とさせる。満開の桜が、一年前に喧嘩別れをしたとある少女の記憶を蘇らせてしまうのだ。
雪庭がそんな湊を見てつまらなそうにぼやく。
「まったく。また、カノジョのこと? 無くした恋を追いかけても虚しいだけだよ」
「君も知ってるだろ。幼馴染で、彼女なんかじゃないって。ところで、いつの間にそんな今時の言葉を覚えたんだよ」
「他のみんなもいるし、こうやって毎日君に付き合って高校へ通えば、自然といろんな言葉を覚えちゃうよ」
湊は彼の言葉に納得しながら、また少女のことを思い出した。
同い年の彼女は武藤結菜という名で、近所に住む武家の末裔だった。その生家である武藤家は安土桃山時代から藩の武芸指南役を務めた剣道道場の名門だ。結菜は当然のように剣道に精を出し、ジュニアの頃から全国で名を上げる。透き通るような白い肌と豊かな長い黒髪をもつ、細身の凛とした美しい少女。その容姿はとにかく綺麗で、彼女は男子だけではなく女子からも数多の告白を受ける学校のアイドルだった。それどころか結菜の名声は過疎化の進んだ街を突き抜けて全国にまで轟き、剣道雑誌やテレビの取材、芸能関係のスカウトも沢山来ていたと思う。しかし、当の彼女は控え目な性格で決して目立ちたがり屋ではなく、ひたすら剣道だけに打ち込む日々を送っていた。きっと、男子で彼女と親しく話しをする人間は湊だけだっただろう。
湊と結菜は共に一人っ子で親の後を継ぐ使命に悩んでいたことで意気投合し、いつの間にか彼女は湊の境内に素振りに来るようになった。そして、練習の後は夜の九時まで二人で長話をして、彼女を家に送るのが日課になった。
しかし、そんな淡い親交も長くは続かなかった。昨年の春、ちょうど境内の桜が満開になった頃、湊はほんの出来心から、覚えたてだった輪影寺拳法の新技を彼女に試す過ちを犯してしまう。一人黙々と素振りを続ける彼女にこっそり近づき、相手の木刀を奪う奥義を使ったのだ。
湊と結菜は普段から良い練習相手だったし、湊は自らの技が上手く機能するか知りたかっただけなのだが、刀を取られた結菜は人目もはばからす男の子のように泣いた。そして、以来彼女は湊を強く敵視して寺にも姿を見せず、教室で会話を交わすこともなくなった。結菜はその後全国中学校剣道大会で優勝を果たす。そして、県外の強豪校に通うために単身で引っ越し、湊の前から姿を消した。
湊は身近な彼女が遠い存在になったことが寂しかった。せめて、もう一度会えたら、どれだけ嬉しいだろう。許して欲しいとは言わないけれど、面と向かって謝ることが出来たら、どんなに幸せだろうか。
しかし、湊の会いたいという願いは思いがけない形で実現することになった。校舎の昇降口に入り、靴箱に手を突っ込んだところで、差出人名が結菜である手紙の封筒が入っていることに気づいたのだ。どうやら、彼女の方が先に連絡をくれたようだった。
期待と不安で胸が苦しくなった。何人かのクラスメイトがそんな湊の様子に気づいて「ラブレターか?」「いいな、青春じゃん」などと声を掛けてきた為、「違うよ」と否定しながら封を開ける。
しかし、手紙の内容が本当に恋文と程遠くて、やり切れない思いになった。中に入っていたのは、達筆な筆で書かれた果たし状だったのだ。
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果たし状
貴殿との決闘を申し込む。
明日の戌ノ刻、輪影寺の境内にて待つ。
武藤結菜
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足元にいた雪庭も手紙を見て肩を落とす。
「結菜、前はあんなに優しかったのに。湊のバカ。よりによって戌ノ刻って、僕まで恨みを買ったのかな」
他のクラスメイトたちも手紙を覗いて顔をひきつらせた。
「湊、人生詰んだな。絶対殺されるぜ」
「可愛そう。相手は全中一位で、ジュニアの世界選抜。勝ち目ないね」
「思い切って死んできなさい。君の境内で供養してあげる」
またまたお付き合いを頂き、ありがとうございます。3話に続きます。