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第64戦 VS蒲公英組組長

帰りのホームルームも終わり、ざわざわと会話する声で教室が満たされている。

クラスという括りでまとまっていた者達が、部活や遊びで散り散りになる時間だ。

私はバイト、丼モノは部活開始時刻まで教室で粘ろうとしていると、クラスのざわめきが一層大きくなり、興奮を伴ったものとなっていた。

気がつけば私達二人以外全員、窓際に集まって地上三階から校庭の方を見降ろしていた。


「なんだろ、この騒ぎ」


丼モノの疑問を解消すべく、窓際の野次馬と化している者共に話しかけてみることにした。


「欅。芸能人でも来たのか?」


「というか有名人だけど……ローカルな。まあ見ればわかるでしょうけど」


まさか私の母親ではなかろうな、という一抹の不安が脳をよぎる。

席を立って丼モノと野次馬に加わると、ドラマとかでしかなさそうな光景が広がっていた。


「あれって……」


「蒲公英組だな。しかもオールスターで」


校門の前には黒い高級車が何台も止まっている。

そこからヤクザとしか形容のしようが無い方達が、続々と降りてきた。

組長兼町内会会長の人柄を知っている生徒は、多少ビビりつつも挨拶をしながら校門を通過し、知らない生徒は裏門から帰ったり、勇気を出して校門をそそくさと帰ったりしている。

好奇心の強いものは少し離れた所から様子を観察している。

ただ全体として蒲公英組がどういう所なのか知っている人が多いので、校門に大量のヤクザ、割と普段通りに下校する生徒達という、微妙にシュールな絵面になっていた。


「何故、蒲公英組が学校に来ているのだ……」


「漫画とかなら、討ち入り前に普段は一学生を装っている組長を迎えに来た、とか」


「組長あそこにいるけどね」


もしくは下っ端ズを一人でぶちのめした、伝説の不良がこの学び舎にいるとか。

私達が様々な推測を好き勝手に楽しんでいると、新入りらし組員が大きく息を吸い込み、そして叫んだ。









『橘家人~!迎えに来たぞ~!』


「……え?」


「だってさ」


「いってらっしゃい、若旦那」


両隣の丼モノと欅が、私の肩をポンと叩いた。

何故私が……何にせよ、この状況が長い事続くのはいただけない。

麗香の影響を受けてルーズになっている教師陣が重い腰を上げたら、余計に面倒くさい事になる。

他の級友からも冷やかし、同情、心配なんかをそれぞれ受け取りながら、私は教室を出た。

悲しい事に、三つのうち最後の一つが一番少なかった。

私は随分と友人関係に恵まれているようだ。

そもそも、うちのクラスのほとんどが組長のことを知っているというのもあるが。

何にせよ明日から学校に行き辛くなるのは間違いなかった。

鬱だ……







ししおどしの音に風情を感じた次の瞬間、そばを通過するトラックの騒音が雰囲気を崩壊させる。

黒車で町内に総回診を行うこと十数分、蒲公英組組長の家についた。

組長の庭は町内のモノにしてはかなり広いが、私の実家ほどではない。

しかし住宅街から浮くのには十分すぎる風情を持った日本庭園だった。


「待たせたな」


「いや」


ふすまが開けられ、グラサンに甚兵衛を身に纏った組長が入ってきた。

ちなみに組員はあの後すぐに帰った。

どうやら校門の前にヤクザというシチュエーションがやりたかっただけらしい。

この人たち極道というよりコスプレ集団なんかじゃなかろうか。

あながち的外れでもなさそうな推測をしていると、木製の高そうな机の向こう側に、組長が胡坐をかいて腰を下ろしていた。


「……」


「……」


今気づいた。

……この人、とんでもなく怖い。


「坊主……」


「は、はい」


グラサンから僅かに覗く眼光が、鋭くこちらを射抜いている。

眉間には不機嫌そうにしわが寄せられていた。

なんだか背後に「ドドドド」と効果音が出ている気がするのだが……


「なぁ」


大分冷え込んできたというのに、一筋の汗が顔を流れ落ちる。

気づいたら私は、座布団の上で正座した膝の上に手をぎゅっと握っていた。

一歩選択肢を間違えれば、奈落の底へと飲み込まれるかもしれない。


「最近、学校はどうだ?」


バランスを崩して前のめりになる。

「父親かッ!」というツッコミを脳内で即切り捨てる。

何を言えば良いかという思考が一瞬のうちに頭の中をぐるぐると廻り、結局絞り出された答えは、全く中身のない台詞だった。


「まあ、ぼちぼちという所だ」


「そうか……」


その後は私も組長も無言となった。

気まずくなると、彼への恐怖心が胸の中でじりじりと燃え上がり始める。

ちらりと相手の方を見やると、瞬き一つせず私のことをガン見していた。

私が何かしたかよぉおおおお!

握りしめた拳も汗をかいているのが不快で、手を開いてズボンでぬぐうが、一時凌ぎに過ぎず、またじんわりと手汗がにじむ。

何か、何か話すんだ!


「えっと、その縁側に置いてある鉢植えの花は奥さんのモノか?中々可愛らしいが、少し日本庭園には場違いな感じが……」


「それは俺のだ」


私の大馬鹿野郎ぉおおおおおおおおお!!

組長の趣味が園芸だというのは知っていただろうが!

そもそもなんでタメ口なんだよッ!

キャラ付けってレベルじゃねーぞ!

……落ち着け、落ち着くんだ。

本来の私はエクスクラメーションマークを多用する性分ではなかったはずだ、多分。


第一何でいつもマスコットキャラクターのように思っていた組長が、こんなにも怖いんだ。

あれか、いつもは集団心理で「赤信号、皆で渡れば怖くない状態」だったとでも言うのか。

そう考えるといじめっ子みたいで嫌だなぁ……

否、この状況はそれだけに起因しているモノではないはずだ。

いつもと彼の様子は明らかに違う。

恐らくその原因は、私が呼び出されていたことに関係するだろう。

というか私バイトあるんだった。


「す、すまないがバイトがあるから、早く帰りたいん……だ…が……」


「よく聞こえん。何か言ったか?」


「いいえ……」


途中で明らかに殺気を放っていると思われる目と視線がぶつかってしまい、言葉はどんどん尻すぼみになってしまった。

しかしここで勇気を出さなくてどうする、橘家人!

自分に渇を入れて、背筋を伸ばして座りなおる。

からからに乾いた口内に、無理やり唾液を分泌させて喉を湿らせた。

最後に肺の中の息をゆっくりと吐き出し、眼前の男を睨みつける。


「今日は喫茶カフェのバイトがあるから、そろそろ帰らせて欲しい」


言った、言ったぞ!

途中声が少し震えた気もしたが、組長とサシのこの状況を鑑みれば上出来だろう。


「その必要はない」


「え?」


脳が、認識を、拒む。

コンマ数秒経ってから、自分の中にマトモな思考能力が戻る。

必要はないと言うことは、どうせ死ぬのだからバイトなんて行く必要がないということか?!

そんな馬鹿な……流石に殺人なんて……


「今、茶が来るから少し待っていろ……その間に(話を聞く)覚悟をしておけ」


「あ……ハイ……」


その時、私は、地獄の釜が音を立てて開くのが確かに聞こえた。







組長は大事な話をしようとして緊張というか遠慮していただけである

任天堂的にはキリの良い話数にもなりましたし、次回から最終編に移行したいと思います。

ちなみにSFモノの短編も更新したので、よろしければどうぞ。

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