第58戦 VS彼女の告白
「先輩・・・好きです。付き合ってください!」
「だが断る」
ある夏の日の夕暮れ。
後藤真木高校一年生の告白は、容赦なく、そして軽く跳ね除けられた。
少しまで満開だった駅前の桜の花は、数日見なかったうちにほとんど散っていた。
前に見たときはそんな兆候など一切感じられなかったのに。
人の別れとかも、案外そんな突然なものかも、とか言ってみたり。
少なくともこの私にとってはそうだった。
「本当、お母さん?!」
「ええ、本当よ」
それでは説明です!
私の家は母子家庭で、お母さんの稼ぎはお世辞にも子供を養うには苦しい額でした。
更に私は料理を作っている人が一緒に住んでくれないといけないのに、お母さんは忙しくてその暇さえ無し。
そんな訳で私は当時宝蓮荘の近所で暮らしていたおばあちゃんの元で育った。
おばあちゃんも私を育てられるような状態で無くなり、結果宝蓮荘で部屋を借りることになる。
と、ゴタゴタ色々あったものの、まとめてしまえばたった四行になってしまう内容。
「何とか貴女と一緒に暮らせる位に、仕事が落ち着いてきたのよ」
「お客様、アンドーナツケーキを注文したのは・・・」
「私です、欅先輩っ!」
「はいはい」
先輩がテキトーに紅茶とケーキをテーブルに置く。
味はともかく、接客態度とか難ありな店な気がします。
主に某管理人だとか。
この店は店員と客の距離が近いというのがウリだけど。
「初めまして。真木の母です」
「あ、初めまして。樫野木欅です」
あいさつをしながら頭を下げる先輩を、少し離れた位置から男性が凝視している。
絶対にあの人の脳内は「あともう少しで<至宝を守護する腰布>の中身がっ!」でしょーね。
と思ったので私が睨みを利かせると、何食わぬ顔で鼻歌を歌いながら視線を右上前方の宙へ向けた。
心なしか冷や汗も垂れている。
非常にわかりやすい漫画のような反応をどうもありがとうございます。
「お腹いっぱいで食べられないよぉ、むにゃむにゃ」とか寝言で聞く位レアだ。
「てか先輩、制服変わったんですね」
「相変わらず店長の手作りよ。今回は翠星石仕様だとか何とか」
「へぇ~手作りなんてすごいわね。どんな感じの店長さん?」
「知らない方が幸せだと思います」
喫茶カフェの店員はこれ以上言及されるのを恐れたのか、制服のフリフリをフリフリさせながら、厨房へと帰っていった。
いや~先輩はいつ見ても可愛いです。
目の保養、目の保養♪
「で、話を戻すけど。一緒に住むってなると真木には悪いんだけど・・・」
「うん、それはわかってる」
お母さんの職場と宝蓮荘は余りに離れすぎている。
その距離を通勤するのは、少し酷すぎる。
私が料理さえ作れればなんとかはなるんだけど・・・こればっかりは仕方ない。
それにいつまでも入院しているおばあちゃんに、生活費と家賃を負担してもらうわけにもいかない。
「真木が嫌だって言うのならそれでいいんだけど・・・」
「・・・一週間だけ悩ませて」
どうしたものか。
とはいえ大体答えは出ている。
ただあの人ともし・・・・なんて事があるのなら。
無かったとしても自分の中でケジメはつけておきたい。
で、冒頭部分。
来客用のお菓子と飲み物が置かれたちゃぶ台の前で正座していたら足が痺れそうになってきた。
その向こう側には先輩が商店街で当てた周りとの兼ね合いを無視した椅子に座ってくつろいでる。
膝の上のヌヌちゃんは気だるそうに「ぬ~」と鳴く。
くそぅ、人の気も知らないで。
これだから猫って生き物は。
「・・・軽すぎやしませんかね?」
元々大して期待なんてしてなかったけど、これはかなり傷つく。
この人は乙女心をなんだと思っているのでしょうかね。
割と思考も余計なこと考えまくって平静に努めているだけだ。
あ、ヤバい、泣きそう。
「相手が重く来たら重く返すさ」
「結構重く言ったつもりですが」
「真木にしては、な」
うわぁ殴りたい。
一応この台詞を言うまでに色々とそれっぽい流れをつくったのに。
でも何となく家人先輩の考えてることが判ってきた気がする。
「ちなみに理由は?」
「一人の時間がなくなるのが辛い」
「うらぁ!」
欅先輩の見よう見まねでボディーブローをかましてみる。
悶えてる先輩の様子は何処となくクセになりそうだ。
そろそろこの「ごっこ」にも飽きてきたので、核心に触れてみよう。
「先輩。あえて嫌われようとか考えてるなら無意味ですよ?」
「・・・・・」
先輩は黙り込んでヌヌをなで始めた。
バレてしまったのがそこそこショックらしかった。
どこから見抜かれない自信がきたんだろう?
「ぬ~」
「にゃあ」
「鳴いて誤魔化さないで下さい」
参考までに言えば上がヌヌ猫で、下が家人先輩です。
どっちが人間なのか言わないとわからない猫っていったい・・・
先輩は俯いて頭を掻いた後、顔を上げて私を言った。
「お前は本当に私が好きなのか?」
「二発目っ♪」
今度は顔面に叩き込んでやった。
椅子が近所迷惑な音をたてて倒れていく様は、若干スローモーションでちょっとおもしろー。
乙女の心を疑うとかマジ心外です。
虐待するのが楽しいとかそんな気持ちは微塵もありませんよ、本当に。
外道男は顔を抑えながらも続けました。
「お前の気持ちは父親へ抱く感情のようなモノじゃないのか?」
「・・・・」
今度は私が黙る番だった。
そう言われると弱いものが無きにしも非ず。
元々私は父親を知らずに育ってますし、先輩と一緒に居るとドキドキするっ★、というわけでもありませんし。
「ついでに私を意識し始めたのは、体育祭に私が行った時じゃないか?」
「・・・・」
グゥの音もでない。
いつもリレーの選手に選ばれたりしても、家族が見に来てくれたときは一度も無く。
初めて来てくれたのは家人先輩でした。
大声で応援されたのは恥ずかしくもあり、うれしくもあり・・・
「でも」
次の瞬間、私は心臓さえ止まったんじゃないかという勢いで動きが全停止した。
先輩に抱きしめられたからだ。
「話は欅から聞いた。ここを出て行って母親と暮らすそうだな」
「・・・」
最初から先輩はこの告白がただのケジメだと知っていたみたいだ。
だからスッパリと断った。
「自分が料理ができないせいだなんてなんて絶対に思うなよ。どうにもできないことには妥協してもいいんだぞ?」
「・・・・・・・」
またしても何も言えない。
この人は自己中なのに人のことを考えている。
「ただあの母親を支えてやるのはお前にしかできないんだ。そしてお前のことを親として支えてくれるのは母親しか居ない」
「・・・はい」
こうやって抱きしめられるのなんて何年ぶりだろうか。
先輩の温もりが伝わってくる。
「新しい場所で、学校で暮らすのは不安だろう。でも、少なくともずっとここはお前の居場所だから」
「・・・は・・・・い・・・・・」
目頭が熱い、涙が溢れてくる。
完全にじゃないけど、不安が解けていく。
「辛くなったら・・・いつでも遊びに来いよ?」
「・・・・・・はいっ・・・・!」
その後もしばらく、先輩の胸を借りて泣いた。
「もう・・・大丈夫です」
「ん、そうか」
まだ目は赤いだろうけど大分すっきりした。
涙にはやっぱりそういう感情を整理する力があるらしい。
玄関で靴を履くために顔を俯けながら言った。
「まだ、諦めませんから」
「ご自由に」
顔は見えなかったけど、何となく先輩は優しく微笑んだ気がした。
私も俯いたまま微笑んでみた。
うん、大丈夫。
「それじゃ」
「おう、また来いよ」
手を振ってから扉を閉じた。
少し扉に寄りかかって空を見上げると、真っ暗でもう完全に日は暮れていた。
まばらだけど星がいくつか見えてきた。
「・・・・」
何でもいいからこの夜空の下を歩き回りたい気分だ。
近所のコンビニに適当にアイスでも買いに行くことにしよう。
「あー、もう一発殴っても良かったかも」
ドアから離れ、自分の家を背にして歩き始めた。
後藤真木の引越しが決定
↓
読み終えてくれた方、ご苦労様でした。
昔に比べれば少しはマトモなシリアスのお話が書けた気がするのですが・・・・それでもまだまだですね。
泣かせるどころか目頭を熱くするような文を書くのもかなり難しいです。
真木視点だと地の文の口調が非常に書きづらい・・・
本当少しでもいいんでアドバイスが欲しいです。
この後、もう一話ほどシリアスパートが続きます。
日常ほのぼのに期待している方はすいません。
次回は割かし影が薄い妹、カンナのお話です。