小休止 その上流にあるもの
いつもより長いです。
コメディ成分が欠乏しているかもしれません。
その分ほのぼの成分が多めです。
読むのがかったるくても責任は取りません。
すっごい暇で学校とか会社に疲れている人、特にどうぞ。
と思ったけどそうでもありませんでした。
小鳥のさえずる声が聞こえる。
姿は見えないず、それこそ絵に描いたような音だ。
なんとなく鳥との距離を感じてそれが「こちら側」では無いように感じた。
「ぬ~ん」
「ふむ・・・お前は風情とはあまり縁が無い鳴き声だからな」
「ぬぅ~ん・・・」
「悪かった、そう落ち込むな。少なくとも人を癒す力はあるさ」
抱き上げて撫でてやると気持ちよさそうにあの独特な声でひと鳴きした。
ときどき思うのだが、コイツは完全に人語を解しているのではなかろうか?
そういえば何歳かも謎である。
私が宝蓮荘に訪れる前からヌヌは管理人部屋に住み着いていた。
「まあどうでもいいか」
「ぬ~ん」
日光による殺菌効果も今なら理屈ぬきでよくわかる。
今日は心が洗われるような心地よい日差しだ。
しかしこの日の光はもう少し季節が過ぎると、容赦なく人を殺しにかかっているような直射日光に変化する。
これがいわゆるツンデレか。
暇で暇で仕様が無いので、暢気にお天道様の下を闊歩している。
バイトの為に部活をやめているので、バイトが無い日は授業の予習復習を済ませるとやることが無い。
また本を借りに図書館へとも思ったが、外があまりにも気持ちよさそうだったので散歩に繰り出したわけだ。
ヌヌはいつまのにか付いてきていた。
「おっしゃ、四連続!」
「あまいな、これを見ろ、エターナルフォースドライブッ!」
「うお、スゲー!五回飛んだ・・・それなら六回とばしてやる!いい石ないかな」
川辺で小学生が戯れている。
水きり石か、懐かしい。
私も何回水面を跳ねさせられるか友達と競い合ったものだ。
乱入した母さんが石を投げただけでモーゼの如く川を一瞬割ったせいで、皆その場から散り散りに逃げ出したが。
たまにしか家に居ないくせに、居ても容赦なく暴れるだけだもんな・・・
「・・・・」
ふとこの川の上流はどうなっているのだろうか、という疑問が胸のうちに生じた。
どれ、どうせ行くあてのない旅だ。
気まぐれに身を任せてみるのもいいだろう。
「さて、川の源泉は何処だろうな」
「ぬ~ん」
何だか童心に戻った気分で楽しいな。
「どうしてもあの頃に戻りたい!」なんて駄々はこねやしないが。
思い出は大分美化されているのだろうしな。
とはいえ私の子供の記憶はそんなに美しいものでもない。
一番克明に思い出せる最初の記憶は、何も無い広大な屋敷の畳の上で、一人でいる映像だ。
体が小さい分、屋敷はただでさえ大きいのに更に大きく感じた。
小学校に行くまで同年代の子供との交流は皆無で、ただひたすら色んな事を詰め込まれた記憶しかない。
けど何となく母さんや父さんがたまにその座敷牢から連れ出してくれたときは、とても楽しかったように思う。
「あー駄目だ」
「ヌん?」
この天気の下でしけたことを考えるのは勿体無さ過ぎる。
それ相応の明るいことを考えたいものだ。
気分転換だ、気分転換。
しかし温かいというには少し温度が高くなりすぎだな。
汗が右頬を伝うのを放って置く。
夏本番に比べれば、そんなに嫌な粘っこくてじめじめした暑さでもない。
むしろ青春のような心地よい汗だ。
と言い切りたいところだが喉が渇いた。
「お」
丁度よいところに自販機がある。
数メートル先の真っ赤な自販機は砂漠の中のオアシスのようだ。
ジーパンの後ろのポケットから財布を取り出し、ラインナップを見つめる。
コーラにポカリ、ファンタ、お~いお茶、bossといった良く見かけるレギュラー陣の中に、ひと際異色を放つ明らかに浮いたドリンクがある。
「ジンギスカン・ジュース・・・・?」
名前だけで不味そうだと9割判断を下せる。
他の120円、150円といった価格の中で、それだけは80円と破格だった。
ちなみにパッケージは松岡修造だ、暑苦しい。
「しかし・・・」
私は基本的に新商品は一度試すタイプだ。
購買や自販、喫茶カフェなどで新商品が出ているときは、いつも挑戦している。
一応製品化しているのだからそこまで不味くは無いだろう、きっと。
「ヌ~ン」
「じゃあ試してみるか」
財布の十円以下ゾーンから十円玉をかき集めて自販に連投する。
ボタンを押すと人気が無い川辺の通りに、ガコォンと空元気のような音が響いた。
「どれ」
フタを開けると灰色に近い茶色のジュースの海が波打っているのが見えた。
ドブの色一歩手前なのだが・・・・不味そう。
だがゲテモノは美味いと相場が決まってるもんだ、とも良く聞くしな。
見た目だけでモノを決めるのは浅はかだろう。
恐る恐るジュースに口をつけてみる。
「・・・・」
不味い。
味を形容するなら冷えたジンギスカンを液状化したもの、としか言えない。
名前のままだ、名は体を表す。
これで私は80円をドブに捨てた訳か。
もといドブに使った訳か。
「ぬっ」
「ん、飲みたいのか?」
再び歩を進めながら、抱いたヌヌにジンギスカンジュースを飲ませる。
どうやらお気に召した様子で、しばらくしたら両手と舌を器用に使って自分で飲んでいた。
「うまいか?」
「ヌ~ン」
やはり猫と人では味覚に大きな差があるらしい。
このジュースを作ったドリンク会社はキャットフードに方向転換することを奨めたい。
商品の名前は多分「ジンギス缶」あたりになるのではないだろうか。
勝手に会社のこれからの展望を考えながら歩いていたら、二つ目の自動販売機を見つけた。
「ふぅむ・・・」
アンダースローで空き缶となったジンギスカンジュースを投げると、きれいにゴミ箱へダストシュートされた。
さて、またジュースを買おうか、と思ったがそれほど喉が乾いていないのに気づいた。
飲みたくない訳ではないが、もう今日はジンギスカンがハズレだったからやめておくか。
おみくじだって一日に何度も引くものでは無いだろう。
「おお」
川の上流は深い森の緑に呑み込まれていた。
日が沈むまでにはまだまだある。
一人と一匹は山の中へ足を踏み入れた。
「ヌーヌーぬー、ぬーヌーぬー、ぬぬっヌぬーぬぬヌ~」
「あーるくのっだいすきー・・・ってお前は歌まで歌えるのか」
「ヌん」
朝飯前だぜ、とドヤ顔で笑ったような気がした。
ちなみに音程はテノールぐらいの低い声で、リズムがやたらとゆっくりしているので何の歌か判るのに時間がかかった。
しかし猫が歌うとは。
こいつ・・・ただモンじゃない・・・ッ!
とはいえ猫が「ヌ」と鳴いている時点で普通の領域を既に出ている。
「にしても涼しいな、ここは」
「ヌンぬん」
森の中は涼しく、大分歩いてきたので火照った体も冷やされた。
空気が澄んでいて、ツンデレ太陽は木々の間から恨めしそうに顔を覗かせている。
足元はちょくちょくと人が通るらしく、獣道よりかも遥かに歩きやすい。
「ふむ」
道はまだ川に沿って続いている。
川から外れたらどうしようかと思ったが、どうやら杞憂で終わりそうだ。
という予想を裏切り、杞の国の人が憂いた通りに天が降って来た。
道の暫く先は明らかに川から外れていた。
「まあ仕方ないか」
「ヌぅ・・・」
引き返そうかとも悩んだが、結局無理やりにでも進むことにした。
ここまで来て諦めるのも後味が悪い。
気の向かないらしい猫を引っ張って、獣道に突入した。
「ぬー」
「お前も獣の端くれなら根性を見せろ」
「ぬ・・・」
少しカチンと来たのか、ヌヌは私より数メートル先を歩き始めた。
私に似て負けず嫌いらしい。
いや、むしろヌヌが先代に似て、私も先代に似ているだけなのだろうか。
「おーい、少しペースを下げてくれ」
「ヌッ」
私の声を無視して、ヌヌはペースを落とさないまま歩き続けた。
そんなにヘソを曲げんでもいいだろうに。
道は徐々に狭く、険しくなっている。
今更だが何でこんな必死になって川の上流を目指しているのだろうか。
別に是が非でも行きたいと言うよりは、ここまで来てしまったら引き返せなくなくなってしまっただけだが。
いや、そういうわけでもないか。
何処となく私は楽しいと感じてしまっている。
理由さえ必要ない。
一心に目標へ向って歩くのがただ楽しい。
「ぬっ」
ヌヌの耳がピクンと動き、ほとんど間を置かず走り出した。
どうやら何かを察知したようだ。
私もそれについていく。
すっかり視界が悪くなり、枝にぶつかりながらも走る。
呼吸が乱れ、汗もまた流れ始めたが苦しくは無い。
この先には何があるのか、その素朴で純粋な疑問だけが私を走らせていた。
「ヌ!」
木々が途切れ視界が開ける。
さえぎられていた太陽が再び眩しい顔を覗かせる。
その先にあったのは―――――
ロマンの無い無機質なダムから流れる大河に、今まで追ってきた川が飲み込まれている様だった。
ドドドドド
「ヌゥ~ん・・・」
そもそもこの話、短編にする予定でした。
ただオチが微妙な上にこっちでやっても問題なかったので、宝蓮荘のお話とさせていただきました。
本当はコメディはラストだけで、あとは純文学っぽく延々と川を辿らせるつもりが・・・難しいです。
とか製作事情はどうでもいいんですが。
一気に寝ぼけながらうったので、五時があったら報告お願いします。
という誤字w