第26戦 VSバレンタイン
「今日、2月14日はバレンタインデー」
「そうだな。だからどうした、健児?」
手元の本を読むのはやめず、面倒くささを凝縮したようなため息をつきながら、それでも一応友人の言葉に相槌を打ってやる。
揺り椅子に座り優雅に読書をたしなむ私に向って、健児は己の内の欲望を吐き出した。
「チョコぉおおおおおおおおおおお!!!!!」
私の耳が壊れそうになり、窓が震えて悲鳴を上げ、近所には迷惑がかかる。
やかましい事この上ない。
急に私の部屋に入り込んだと思ったら、愚痴を言いに来ただけか。
「チョーコ!チョーコ!チョーコ!チョーコ!チョーコ!」
「そんなにチョコが欲しいなら丼モノにでも言え。そろそろ両手にチョコが満杯の紙袋を携えて帰ってくるはずだ」
丼モノは女子に人気が高い。
スポーツ万能。
成績は上の下。
端正な顔立ち。
しっかりとした身だしなみ。
女子に対しては、さわやかな笑顔で対応。
尚且つ現実の女性に性的興味が薄いため、いやらしくない。
其の他様々な要素もあってか、大和高校内で1、2を争うほどモテる。
趣味は犯罪レベルだが。
「神よ。俺にチョコの恵みを!」
まったく聞いていない。
とりあえず読んでいた本のカドを使って、効率的に頭にダメージを与えてみる。
本は文庫本ではなく、それ相応の重みを持っていたので健児の意識を奪うに値した。
「・・・・チョーコ!チョーコ!チョーコ!チヨーコ!チョーコ!」
しばらくするとゾンビのようにむくりと立ち上がり、また同じ単語をただひたすらに繰り返す。
中にはチヨコさんが紛れているが。
「仕方ない。私が作ってやろうか?」
「・・・・・」
健児は私が同性愛なのではないのか、という疑問の視線を無言で向けてくる。
その視線の中にはお前が女だったら、という絶望も含まれている気がする。
「チョコが欲しいならうちの店で買えばよかろう」
「俺が欲しいのはチョコではなく気持ちだ!」
魂の咆哮の後、健児は空しいチョココールを再開し、2分で飽きた。
「あ゛ー、チョコをもらっている男が憎い」
「そういう奴らはチョコ会社の陰謀に踊らされている、馬鹿な奴らだと思えば良い」
「そ、それもそうだな!」
いやっほう!と言って健児はソファーで跳ねる。
再び私は揺り椅子の上で読書を楽しむ。
「チョコ持ってきました!」
「・・・チョコ・・・」
「はい、お兄ちゃん」
「まあ同じところで働いてるし一応あげるわ」
「チョコゼント・フォー・ユーです★」
「味わって食べてね〜」
チャイムをを鳴らさなかったところは不問としよう。
どうせ壊れているのだからな。
「皆、ありがとう」
「家人、お前も馬鹿になるのかぁあああ?!!」
「馬鹿はどっちだ」
「お前は仲間だと思ってったのに!」
「私は貴様と違って付き合いが良いのだ。これでも2桁に達する数のチョコをもらっている」
とはいえ大半は喫茶カフェの客だ。
常連客はチョコを1つ余分に買って、その場で私に手渡す。
ちなみにそのチョコはすぐさま元のショーケースに戻され並ぶ。
無論そのことは向こうも承知だ。
店の売り上げに貢献するのがチョコ、というシステムかもしれん。
しかしそうすると、実質は店長にチョコ渡しているようなものだなぁ・・・
「うわぁああああん!みんな敵だ、グレてやるチキショォオオ!!」
健児は涙を流しながらどこかへ走り去った。
「健児さんへのチョコもあるんですけどね・・・・」
「行ってしまったものは仕方が無いだろう」
そして私にも、立ち向わなければならない敵がいるのだったな。
賢明な読者の方はもうお分かりだろう。
後藤真木の生物兵器だ。
「それじゃあ家人にはこの場でチョコを食べてもらおっか〜」
多分わかって言ってるのだろう、この女。
ものすごいニヤニヤしている。
「それではありがたく頂戴するとするか」
まずはユカのチョコだ。
真木のは後回し。
「ユカはチョコレートケーキか」
「えへへへ。ちょっと頑張りすぎちゃいました」
本当に頑張りすぎだ。
バースデイケーキを更に一回り大きくしたサイズだ。
質量的に胃に入りきらないな、このケーキは。
適当に切り上げて冷蔵庫に保存し、林葉、欅、カンナのチョコを順でに食べる。
そして麗香のチョコを食べると同時に吐き出す。
「ゲホッゲホッ・・・何を盛った!」
「塩と砂糖間違えちゃった〜」
麗香が私ったらドジっ娘と言って自分の頭を叩いたのを見て、本格的に殺意が沸いてくる。
この女油断もスキもあったものではない・・・!
「先輩っ♪最後に私のを・・・」
「まあ待て。その前にやることがあるだろう」
「ヒック・・・・何だよ家人まで・・・畜生」
「健児、ドアのロックを開けろ」
「健児先輩マジ泣きしてますね・・・」
「まあ男の子だもんね〜」
さて。
どうやってこの大馬鹿者を引きずり出すか。
「チョコッ!チョコ!チョコレェエエエエエエイッツ!!!」
面倒だ。
強行突破を選択。
といっても合鍵を使うだけだが。
「健児」
「何だよ」
「皆が渡すものがあるそうだ」
『はい、チョコレート』
「う、うわぁああああん!」
更に号泣し欅に抱きつこうとするが跳ね除けられ、私の懐に飛び込んできた。
何故?
「それじゃ健児。早速ここで食べようか」
「ああ・・・・いや、待て家人。お前まさかそのために」
健児が真実に気づき顔を青くする。
よく気づいたな。
だがもう遅い。
「健児先輩っ☆」
「う・・あ・・・」
真木の超生命体漆黒帝王を喰らうが良い。
フハハハハハ。
毒を喰らわば皿までならぬ、チョコを食らわば兵器までだ!
「地獄の底まで付き合ってもらうぞ、健児」
「はい、あーん♪」
「何かうねってる!待って。色々と待ってください!ほんっ・・・・うぎああああああ!」
宝蓮荘より男子生徒2人が病院へ緊急搬送
貰ったチョコに押しつぶされ失神していた男子生徒1人も病院へ緊急搬送
その男子生徒たちの病院でのぼやき
「バレンタインデーとか滅べばいいのに・・・」
バレンタイン本当に土曜日でよかった・・・
変な空しい期待もありませんからね!
まあ私は二人っきりで出かけてましたけどね。
もちろん相手は同性ですよ(泣笑)
道行く幸せそうなカップルに少しイ゛ラ゛ッときました。
まったくもって嫉ましいものです。