第15戦 VS大地の母
「ふう、やはりここは落ち着くな」
カコーンと、ししおどしの音が静寂な庭にちょっとした明るさを添える。
流石は大和邸の庭だ。
優秀な庭師がいるようで、手入れが細かくされている。
縁側にいるとすぐに昼寝してしまいそうだ。
ここにくると、日常の悩みなど吹っ飛んで・・・
「家人〜!」
不味い、この声は母さんだ!!
上か!
右か!
左か!
後ろか?!
じゃあ裏をかいて前・・・
「下だ!」
「うぇあああああっ?!」
地面から手がぁ!
ホラーはよしてくれ!
母さんは地面から手に続き顔だけ出して、無邪気にカラカラと笑う。
「いやー久っしぶりだね、家人」
「あ、ああ」
できることなら会いたく無かった気もする。
母さんの「ほっ!」という掛け声と共に、台無しになった着物がその全貌を現す。
赤を基調とした高そうな着物だ、もったいない。
見た目は大人、中身は子供な私の母親。
それが【橘 蓮】という人間だ。
それでは説明モードに入る。
職業は世界レベルのデザイナー。
母さんの父親(私のジジィ)から武術の手ほどきを受けている。
人としてのスペックは遥かに凌駕している。
説明終了。
「元気にしてた?」
「ぼちぼち、な」
「元気ないなぁ、そいじゃ私が稽古してやろう!」
「だが断る!」
言い終わるか否や、全力ダッシュ!
今ならベン・ジョニー、もといベン・ジョンソンすら抜ける気がする。
気がするだけだが。
「う〜ん、まだまだ遅いな」
ゾッとした感覚を感じ、振り返ると涼しい顔の母さんが間近に。
こっちは必死なのに!
「そいやっ!」
足に痛みがしたと思ったら、既に転ばされていた。
顔に地面が迫る。
「ぐあっ!?」
痛たたたと音を上げながら頭をさすっていると、またゾッした感覚がする。
顔を上げると、そこには目を爛々(らんらん)と輝かせた母さん。
その姿は悪魔や鬼といった存在を想起させる。
瞳は純粋そうに見えるが故に、何か恐ろしいものを感じさせる。
「待ってくれ、今さっき風呂に入ったばかりなんだ。だから汚れるからやめよう」
手を上げて戦意がないことを示しながら、座ったまま後退りをする。
しかし母さんは私の言葉をを即座に却下する。
「後でアタシと入ればOK」
「だから何故一緒に入る必要性がある?!」
「いや〜成長した息子の息子を見てみたいし」
「息子の息子言うな!」
日本人として、もっと恥じらいを持つべきだろう。
「そうゴチャゴチャ言わないの、ソレッ」
「うぉっとぉっ!?」
前触れのまったくない母さんの正拳を、寸前のところで反射的に避ける。
顔の近くを拳が通過しただけで、タラリと血が頬を伝う。
「それじゃあ・・・行くよっ!」
「ヤケクソだ、畜生ッ。来い!」
ガッ、ズガッ、ガッ、ガガガ、ガッ、ズガガガガ。
リズム感のない荒々しい音が鳴り続ける。
ちょ、途中から一方的になってないか?!
「天竜之顎粉砕爆裂玉砕拳・亞式天来無想撃ぃ!」
「ギぃッ!」
長々しい名前だが、実際はただのアッパー。
ただ力が半端ない。
何とかモロに食らうのは防いだが、数メートル殴り飛ばされ「今日の飯は何だろうか」と現実逃避する。
重力によって落下して現実を再認する。
これでもまだ意識を失わないあたりが慣れという奴なのだろう。
「さあ、ここで人生にピリオドを!」
「待て待て待てぇ!殺す気か!?」
「そんなわけないない、愛する息子を殺すわけないでしょ」
「今、人生にピリオドって・・・・」
「漢なら細かいことにこだわるな」
「人の生死に関わることを細かいとか言うなよ・・・」
ごめんごめんとまたカラカラと笑っているところを見ると、絶対反省してないな。
こういう人だから仕方ないか、と思っていると先刻のアッパーが遅れて効いてくる。
そろそろ意識を手放そうかと考えていると、向こうからカンナが走ってやって来た。
「あー!カンナちゃん久しぶりー!
「お母さん・・・こんなにお兄ちゃんをボロボロにして・・・お母さんなんて大っ嫌い!」
「そんなっ、カンナちゃんごめん!」
世界が終わったような顔。
まるで悲劇の主人公のようだ。
どちらかというと私の方が主人公だろ、2重の意味で。
相変わらず喜怒哀楽が激しい。
「許して!」
「許す!」
変な会話だな。
明後日の方向を向いていると、ユカと真木も来た。
「「お義母様!」」
お義母様ぁ?!
それってどういう・・・
そうか、カンナに二人とも一目ぼれしたのか!
「貴女たちにお義母さんなどと呼ばれる筋合いなどないわっ!」
やはり同性愛は認められないものなのか・・・
ここはひとつ私が
「私はおまえたちの愛を否定しないぞ」
とさわやかに微笑んでみる。
「家人さん、絶対勘違いしてますよね」
はあ、とため息をつくユカ。
続いて同じように呆れる我が妹、カンナ。
「だね、お兄ちゃんっていつもこんな感じ」
「カンナちゃん辛かったでしょうに・・・負けないですけどねっ★」
何だ?
この呆れた感がにじみ出た雰囲気。
「私は昼寝でもするぞ」
とりあえず逃げよう。
離脱。
「雰囲気に耐え切れず逃げましたね」
「敵前逃亡か、わが息子ながら情けないっ!」
寝室に瞬間移動。
は、無理なので足早に自分の部屋に向って歩く。
ふぅむ、何か変なことでも言ってしまったのか?
「・・・・・・」
待て。
ここは何処だ。
「もしかして私の今の状況は、【迷子】なのか・・・?」
不安に満ちた心境を表す震えた声で問うが、答えるものは誰もいなかった。
数時間後、渡部が白くなった家人を発見する
迷子は人を精神的に追い詰めるようだ
あけましておめでとうございます。
宝蓮荘も年が明けてリニューアル!は、しませんが気持ちを改め、今まで以上のものを執筆していきたいと思っております。
連載再会から早1ヶ月半(微妙な数字)
ここまで付き合ってくれている方々、どうもありがとうございます!
そして今年も宝蓮荘をどうかよろしくお願いします!!
以上、仙人掌からの新年の挨拶でした。