キスの意味
「クライはライルさん……ってこと?」
混乱した頭で尋ねる。
「そうだね。でもオレは主の感情から派生してできた人格だから、所詮、主の一部でしかない」
言葉が出てこない。
「セリア、怒ってる?」
わたしは思いっきり首を左右に振る。
胸の奥が熱い。
嬉しいから? 悲しいから? 切ないから?
どういう感情?
勝手に涙がこみ上げる。
自分でも自分の感情がわからない。
「……ライルさんと……話したい」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
クライは頷いた。
「全くだめな主だよね。肝心なことを自分で言えなくてさ。ホントに脆い。オレが存在しなかった時は、魂のないセリアの躰を見つめていつも泣いてたよ」
泣いて……。
壊れるくらい想って、自分を責めて。
幼いライルさんは、どんなに辛かったことだろう。
「そうだ!! セリア、ちょっとごめんね」
クライはわたしの手を引き、立ち上がらせると、わたしに思いっきり抱きついた。
強い風が吹いて、目の前にライルさんが現れる。
「お前、何をしている?」
「やっぱり呼ぶより早いね。オレに嫉妬して出てきたんでしょ?」
クライは意地悪な顔でライルさんを見ている。
「いつからそんなに性格が悪くなった?」
「元は主だし」
「もういいだろう。離れろ」
クライはわたしから離れてライルさんの側に立つ。
「……ライルさん」
「罪は罪だ。どんな理由があろうと許されない」
ライルさんはわたしから視線を逸らし、俯く。
「全部、全部許します。いえ、許すとか許さないとか……そんなこと言ったらわたしのほうが許されません」
「お前……」
ライルさんの視線がわたしに戻る。
「ごめんなさい」
わたしはライルさんに深く頭を下げた。
そして続ける。
「ライルさん、本当にごめんなさい。辛い思いをさせてしまって。わたしのせいで、ずっとそんな背負わなくていい罪を背負わせてしまって。ライルさんは何も悪いことなんてしていません」
ライルさんは大きく目を見開く。
エメラルド色の瞳。その森羅万象を示すような瞳は、どんな宝石よりも美しい。
「どうして? どうしてお前はそうなんだ。なぜ怒らない?」
わたしは首がちぎれんばかりに真横に首を振る。
「馬鹿なのか? 俺はお前への想いを捨てようとしたんだぞ。俺は、自分のことが許せない」
「そんなこと!! 自分の心を守るためです。それに捨てたくて捨てたわけじゃない。わたしを諦めないために、護衛としての職務を全うするために、想いを捨てようとしてくれたのでしょう?」
「セリア……」
驚いた表情のクライの瞳が潤んでいる。
「分かります。ライルさんは優しいから。それに、大丈夫です。わたしへの想いが消えても、わたしはライルさんが好きです」
ライルさんは何も答えず、表情を歪めた。
「クライも、気づけなくてごめんなさい。ライルさんの代わりにずっと好きだって伝えてくれていたのに。わたしのことを、いつも命をかけて守ろうとしてくれていたのに」
クライはよろよろとわたしに近づく。
わたしはクライを優しく抱きしめた。
クライから甘いトレメニアの匂いが香る。クライの肩が震えていた。
それからしばらくの間、彼を抱きしめていた。
「セリア、ありがとう。セリアはとっても温かくて、柔らかいね」
クライはわたしに密着したままそう言った。
「お前、わざと言っているだろう」
「あは。ばれた?」
「いい加減、離れろ」
ライルさんは不機嫌な表情をしている。
クライとライルさんが同じ人だと思うと不思議だったけど、見慣れたそのやり取りは微笑ましい。
やっぱり2人が一緒だと安心する。
クライは、そっとわたしから離れた。
そういえばまだ罪の告白が終わっていないことに気づく。
「ライルさん、まだ4つ目の罪を聞いていません」
「んー、セリアも相当鈍いよね」
「どういう意味?」
クライの言葉に疑問を投げかける。
「セリアへの想いがないはずの主がなんでオレに嫉妬なんてすると思う? 戻ってきてすぐ、治癒と称してキスもしたよね?」
「え?」
「主、ちゃんと自分の口で言いなよ」
「拷問か?」
ライルさんは渋い顔をしている。
わたしはただライルさんを見つめることしかできない。
「俺の4つ目の罪は、再びお前を愛してしまったことだ」
ライルさんは無表情で言った。
「えっと……それって……?」
「うん。セリアと一緒にいれば、何度だってセリアを好きになるよ」
ライルさんは指で自分の額を抑える。
「大罪だ」
彼は吐き捨てるように言った。
「ライルさん?」
「…… あの時はつい……自制が効かなかった。お前の変わらぬ優しさに触れて」
わたしは何度か瞬きする。
「……察しろ。実践しないと分からないのか?」
「イチャイチャするのは、オレが戻ってからにしてくれる?」
クライは笑っている。




