罪と正体
わたしに関係あることなのに、わたしだけが取り残されている。
何が起こったのか、どういうことなのか、この状況をきちんと説明して欲しかった。
「ライルさん?」
わたしはライルさんの瞳を覗き込む。
彼の瞳は、美しい深緑のマカライトグリーン。
「メル姫、行きましょう」
ジェイド王子は2本の剣を携え歩き出す。
「ライル、セリアに事情を話して。それからきちんと謝って。セリアが許したのなら……私も許すわ」
メル姉が言った。
「メル姫さま」
クライがメル姉に駆け寄る。
メル姉は優しい瞳でクライの頭をそっと撫でた。
メル姉とジェイド王子はわたしに笑いかけると、この場を離れていく。
クライの瞳の色はすっかり元に戻っていた。瑠璃に黄金の月。そして、その美しい彼の瞳に涙が浮かんでいる。
「どうしたの? クライ、哀しいの?」
わたしの質問にクライは左右に首を振る。
「違う。きっと……嬉しいの」
言うと同時に涙が彼の頬を伝った。
わたしは慌ててポケットからハンカチを取り出し、クライに差し出す。
「これから……罪の告白をする」
憂いを帯びた表情で、ライルさんが突然そう言った。
「罪?」
わたしは涙を拭うクライに気を取られ、ライルさんの気持ちの変化に気づけていなかった。
「罪を告白することを許してほしい」
ライルさんは言った。
「許すも何も……」
そこでクライが右手を大きく横に振り、目の前にテーブルセットを出した。
フラワーガーデンの中心にテーブルセット。
「座ってよ、セリア。きっと長くなる」
クライはもう泣いてはいない。
はにかんだように笑い、椅子を引いてくれた。
おずおずとその椅子に座ると、クライはわたしの隣、ライルさんは目の前の椅子に座った。
ライルさんの緊張が伝わる。
「……何でも話してください」
わたしは再びライルさんの瞳を見つめ、ゆっくりとそう言った。
「俺が犯した罪は3つだ。…… いや、4つか」
ライルさんの言葉に小さく頷く。
4つと言う数に内心驚いていたけれど、どんなことでも受け入れるつもりだった。
「1つ目は、この世界でお前を失ったこと」
ライルさんは無表情で話し出す。
「それはライルさんのせいではありません。前にもそう言ったと思います」
わたしは間髪入れずに返した。
ライルさんは左右に首を振る。
「俺のせいだ。お前の護衛である俺が弱かったから、お前のことを守りきれなかった」
「そんなことありません。あれは防ぎようのない事故みたいなものです。気にしないでください」
ライルさんは返事をしない。
伏せた瞳が微かに揺れている。
「……ライルさん?」
ライルさんは顔を上げると、再び重い口を開いた。
「 2つ目の罪は、お前を探すのを諦めようとしたこと」
「え?」
「もう見つからないと思った。心が折れて、俺はお前を探せなくなった」
「でも、ライルさんはわたしを見つけてくれたじゃないですか。こことは全然違う世界まで迎えに来てくれました」
「それは……捨てたから。捨てたからお前を見つけることができた。護衛として任務を遂行することができた。それが3つ目の罪だ」
「捨てたって、どういうことですか?」
わたしは首を傾げる。
「俺は、お前への想いを捨てた」
「想いを?」
どういう意味なのか分からない。
ライルさんの言葉はあまりに端的すぎる。
表情からも読み取れない。
「許して、セリア。捨てなければ、護衛としての任務どころか、主は生きていけなかった」
クライが言った。
「言うな」
ライルさんの言葉に、クライが立ち上がる。
「ちゃんと全部話しなよ。みっともなくたっていいじゃない。こんな状況になって、まだセリアに失望されるのが怖いの? 大体、捨ててなんかない。どうしたって捨てられなかったくせに!!」
ライルさんは俯いている。
「セリアと2人にしてくれない?」
クライが言った。
ライルさんは諦めたような表情で大きく息を吐く。
そしてこの場から姿を消した。
「わたしの存在は、ライルさんにとって重荷だったんだね」
クライと2人になって、わたしは哀しい事実を口にする。
「違う!! 全然違うよ!! セリアのこと、愛していたから」
「あい……?」
「あ……さすがに邪魔してこないか」
「え?」
「都合悪いこと話そうとすると、いつもいつも力業で邪魔してきてさ」
「ライルさん?」
さっきのクライのセリフに動揺しながら、わたしは尋ねる。
「うん。でも大丈夫だね。……話に戻るね」
クライはライルさんが座っていた席に移動する。表情は厳しかった。
「主は……セリアのこと、好きすぎたんだ。10年探して見つからなくて、絶望して、とうとう壊れちゃった」
身体が震えている。
さっきからずっと、動揺のせいか震えが止まらない。
クライは話を続けた。
「ご飯もまともに食べれなくなって、感情を抑制できなくなって、それでセリア想う気持ちを自分の中から消そうとしたの」
確かに辛いことがあった時、その記憶を忘れたいと思うことはある。
だけど、想いを消したいなんて……。
「苦しかったんだね」
わたしの言葉に、クライは小さく頷く。
「でもね、できなかった。どうしても捨てられなくて、主はセリアへの想いをオレに全部移した」
「クライに?」
「うん。オレ、人間じゃないって言ったでしょう? この身体も、主の魔力と無機質なものからできてる。オレにあるのはセリアへの想いだけ。主の18年分のセリアへの想いだよ」
クライは笑った。
それはとても綺麗な顔で……。
夢の中のライルさんの笑顔とシンクロした。




