真剣での戦い
「……それは、おめでとうございます」
ライルさんは表情を変えずに返す。
瞬間、胸が痛んだ。
けど笑顔を保つ。
「ところでクライの姿が見えませんが?」
ジェイド王子は会話を続けた。
「クライに、何か御用ですか?」
「この報告を一緒に聞いていただきたかったのですが」
「クライ」
ライルさんが呼ぶとゆらゆらと影のように彼の足元からクライが姿を現す。
「……オレ、ちゃんと聞いてたよ」
「クライは不満ですか?」
クライは一瞬無言になる。
けれど小さく左右に首を振って言った。
「ジェイド王子、セリア、おめでとう」
クライは笑っていたが、瞳の色は濃紺を通り越して漆黒に近い。
彼の瞳の色もライルさん同様絶えず変化している。ただ、こんなに暗い色を見るのはいつぶりだろう?
クライの気持ちが、不安定になっている証だ。
「もう僕のものです」
不意に後ろからジェイド王子に抱きしめられた。
驚いたけれど振り解くわけにいかず、わたしは硬直したまま俯く。
「婚姻後は毎日彼女を愛します」
「そんな事は口に出していただかずとも、分かっております」
ライルさんは冷めた目で王子を見ている。
「本当に理解していますか? 彼女が拒もうが泣こうが喚こうが毎夜嫌というほど抱きます。ライルさん、あなたは本当にそれでいいのですか?」
「何……言ってんの? ジェイド王子がセリアの嫌がること、するわけないじゃない」
ライルさんの代わりに驚いた表情のクライが返事をする。
「買いかぶりすぎです。体裁を保っているだけで、僕だって箍が外れれば本能のままに行動する獣と同じですよ」
ジェイド王子は抱きしめる力を強めて更に体を密着させた。
「そういった事は、どうぞお二人の時間に……」
ライルさんはそう言うと無表情な顔を背け、その場を離れようとした。
「待ってください。僕と戦ってください」
「は?」
王子の叫び声に近いセリフに、ライルさんは立ち止まる。
「僕が勝ったらクライを戻しなさい。クライを戻して、そんな涼しい顔をしていられますか?」
「どうして……」
ライルさんの顔色が変わった。
「苦しんだらいいんです。苦しみから逃げたまま偽りの祝いの言葉を吐かれても、少しも嬉しくありません」
ジェイド王子の口調は冷たい。
「受けられません」
「命令です。メル姫からの命令だと思っていただいて結構です」
「メル姫からの?」
ジェイド王子は頷く。
「……もし、俺が勝った場合は?」
ライルさんは尋ねる。
「あなたの望みを1つ叶えます」
ジェイド王子の言葉に、ライルさんは考えるように視線を下に向けた。
「勝負は真剣で行います。分かっていると思いますが、魔力の使用は禁止します」
「ジェイド王子!!」
わたしは黙っていられず、思わずジェイド王子の腕を掴んで抗議の視線を向ける。
一体、何? 何なの……?
クライを戻す?
会話の内容が全然わからない。
でも、とにかく真剣での勝負なんて危ないことは止めなければ……。
「セリア」
振り向くと、メル姉が離れた場所に立っていた。その手には鞘に収まった細い剣を2本携えている。
「止めてはダメ。目を逸らさず、あなたは最後まで見ているのよ」
メル姉はこちらに歩みを進め、ジェイド王子に剣を渡すと、残りの1本をライルさんに向かって投げた。
わたしはメル姉に腕を引かれ2人から離れる。
とても口を挟める雰囲気ではない。それどころか、わたしの体はジェイド王子とメル姉の強い気迫に圧倒され、金縛りのように固まってしまった。
ジェイド王子とライルさんは一礼した後、剣の鞘を投げ捨て、構える。
「始め!!」
メル姉の声で2人の剣が勢いよく交わる。
ジェイド王子の鋭い剣筋、素早い身のこなし。
ライルさんは防戦一方で一切自ら剣を振るおうとしない。
何度も何度も刃は交わり、そのたびに高い金属音が響く。
剣の押し合いで2人が近づいた時、ジェイド王子が何か言葉を発したように見えた。
ここからでは聞こえない。
突然ライルさんは身を翻すと、別人のような息もつかさぬ連続攻撃でジェイド王子の剣を弾き飛ばし、彼の喉元に自分の剣を突きつけた。
ジェイド王子は両腕を上げる。
勝ったはずのライルさんは何故か苦しそうな表情で剣を下ろした。
「やはり……強い……ですね。望みは?」
ジェイド王子の息は上がっている。
「セリアを泣かせないでください」
ライルさんは懇願するようにそう言って俯いた。
「泣かせているのはあなたでしょう?」
俯いたままのライルさんは返事をしない。
「彼女の気持ちが僕にあると思いますか?」
ジェイド王子は笑って言った。
「しかし、お二人は婚姻されるのでしょう?」
質問に質問で返すライルさんに、ジェイド王子は黙って左右に首を振る。
沈黙が流れて、メル姉は再びわたしの腕を引くと彼らの方に近づいた。
「ライルさん、本当の望みを言ってください」
ジェイド王子は目を細めて首を傾ける。
「俺はクライを……戻したい」
「それでいいんです」
ジェイド王子は満足そうに、再び笑った。
「だが、それでも俺には彼女に愛される資格がない」
「……頑なですね。さっさと姫に許しを請うたらどうですか?」
ジェイド王子はそう言ってわたしの方に視線を向ける。
ライルさんは勢いよく左右に首を振った。
「彼女に知られるのが怖いのですか?」
ライルさんは、返事をしなかった。




