偽りと信頼
翌朝、朝食を食べ終わったわたしとルビナさんの前に現れたのは意外な人物だった。
「スサト……殿?」
ルビナさんは怪訝そうに呟くと、彼女より大分目線の低いスサトさんをまじまじと見つめた。
「今日は私が皆さんをナギにお連れ致します」
スサトさんはそう言って頭を下げる。
「スサトさん、ミナスからトリイへ戻っていたんですか?」
わたしの質問にスサトさんはゆっくり左右に首を振る。
「こちらへは先刻。断罪されるべく、一度ナギへ戻ろうとは思っていましたが、私が今後もお仕えするのはトキ殿下お一人だけです」
「スサト殿、ライル殿より、ある程度の報告を受けている、が、ずいぶんと、まあ可愛らしいお姿、になられた。言いたいこと、は山ほどあるが、後日にしたほうがよさそうだ」
ルビナさんは険しい瞳でスサトさんを見ている。
彼女の話し方は独特だ。女性らしい美しい外見と朴訥な男性のような口調のギャップに未だ慣れない。
スサトさんはさらに深々と頭を下げた。
「それで、今日はジェイド王子に頼まれたのですか?」
わたしは再び質問した。
「いえ、僕ではありません。兄がスサトを寄越したのです」
いつの間にかジェイド王子が至近距離まで来ていた。
「あ、王子、おはようございます」
わたしは彼に挨拶する。
「おはようございます、セリア。じゃなくてセリア姫」
「ですから、これからもセリアでいいです」
「やはりそういうわけにはいきません」
「のどかに、挨拶を交わしている、場合、なのか?」
ルビナさんは呟く。呼ばれてもいないのに現れたスサトさんを警戒しているようだ。
「スサト殿、どういう、こと……か?」
ルビナさんは尋ねる。
わたしも説明を求めてスサトさんに視線を向ける。謎は深まるばかりだ。
「そう聞かれましても私はただ、皆様をナギにお送りするよう殿下に命じられたまで……」
「ジェイド王子、トキ王子にナギに行くことを伝えたのですか?」
今度はわたしがジェイド王子に質問する。
「いいえ」
ジェイド王子は短く答えると、考えるように視線を下に落とした。
「兄上は姫の報告の内容は勿論のこと、僕がどう動くかまで読んでいたのかもしれませんね」
「え?」
「明確な意図は分かりませんが、多分すべてあなたのためです。あるいは……いえ、今はありがたくスサトの魔力を使わせてもらいましょう」
ジェイド王子はそう言うと、いつもの優しい笑みを浮かべた。
すぐに、スサトさんがわたしたちをナギまで送ってくれることになった。
ルビナさんは少し不満そうだったけれど、スサトさんは強い魔力の結晶を持っていて、空間魔法の移動時間を短縮させることが可能だった。
1日がかりになってしまうルビナさんよりスサトさんに送ってもらったほうが断然早く、何より彼女にも負担がかからない。
わたしたちはお昼前にナギへ戻った。
ジェイド王子を連れて戻ったことに対して、メル姉は恐ろしいくらい冷静だった。
ルビナさんはメル姉にスサトさんのことを説明すると、彼を連れてこの場を去る。
スサトさんのことはカエヒラ様に判断を仰ぐとのことだ。確かにカエヒラ様にお願いすれば問題ないだろう。
「メル姫、直接お会いするのは久しぶりですね。お元気そうでよかったです」
「ジェイド王子の方こそ、変わりないようで何よりだわ」
2人は定型文のようなやりとりを交わす。
「突然の訪問で申し訳ありません」
ジェイド王子はそう言うと、メル姉に頭を下げる。
「謝る必要はありません。ただ、勝手に出歩いて……カナンは大丈夫ですか?」
「勝手に……。そうですね。かなり勝手をしています」
ジェイド王子は笑った。
メル姉は不思議そうに首を傾げる。
「いえ、こんな風に勝手をできるとはこれまで考えられませんでしたから。兄を警戒する必要がなくなったのもセリア姫のおかげです。ナギ王、王妃にご挨拶をしたいのですが、お会いできますか?」
「ふふっ。ジェイド王子、あなたは私用で来られたのでしょう? セリアのことは私が全権を任されているから、そんな気遣いをしなくて大丈夫よ」
メル姉は言った。
「さすが……ですね。では早速ですが、ライルさんはどこにいますか?」
「ジェイド王子?」
わたしは驚いて声を上げる。
ジェイド王子は右の手のひらをわたしに向け、心配ないというように微笑んで見せる。
それから、メル姉はジェイド王子と2人だけで話がしたいと言い、2人は戻ってこなかった。
わたしは自室に戻った。
不安だけが募り、サリさんが持ってきてくれた軽食も喉を通らない。
ジェイド王子を信じている。
信じているから、彼を連れてきたのだ。
でも彼がライルさんに何を言うのか、何をするのか、気になって仕方がなかった。
ライルさんに、これ以上わたしのことで迷惑をかけたくない…… 。
静けさの中で響く、ノックの音に体がびくりと反応する。
「セリア姫、行きましょう」
扉を開けると、ジェイド王子だった。
「どこへ?」
わたしの質問にジェイド王子は答えない。
わたしは不安を抱えながら、彼の後を追った。
辿り着いたのはフラワーガーデン。
その中心で花に囲まれ、ライルさんが立っていた。
彼の美しいグラデーションの髪が風に揺れている。
ライルさんの額にはシルバーのリング。わたしがあげたリングを変わらずしていてくれることに安堵する。
ここで彼に会うのも、想いを告げたあの日以来だ。
ただ、やはりまだこの場所で彼に会うのは辛かった。
「ライルさん、内々で報告に来ました」
「殿下……」
ジェイド王子がナギに来ていることを聞いていたのか、ライルさんに驚いている様子はない。
「セリア姫が僕と婚姻することを了承してくれました」
ジェイド王子は落ち着いた声でそう言い放つ。
どうして?
わたしは口を開きかける。
でも……。
ジェイド王子を信じると決めた。
わたしは驚いているそぶりを見せず、顔を上げ微かに笑った。




