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1日だけの恋人

「……い、1日だけでしたら」

 わたしは答える。

 ジェイド王子のこれまでの気持ちを考えたら、どうしても断ることなんてできなかった。


「ありがとうございます」

 ジェイド王子は笑った。哀しげな印象はやはり変わらない。


 話している間に夜が更けたのか、カーテン越しに見える風景は闇。

 急に空腹を覚えてわたしはお腹のあたりを押さえた。


「あ、また長々と話をしてしまってすみません。夕食にしましょう。みんな心配していると思います。侍女たちに、僕が部屋を出るまで入らないようにと命じていましたから」

 2人でどれくらいの時間話していたのか分からない。

 でも数時間は経っている気がする。

 昼食を満足に取れていないルビナさんもお腹を空かせて待っていることだろう。

 ジェイド王子は部屋を出て行く。



 それから戻って来た王子と一緒に部屋を移動し、ルビナさんも交えてかなり遅めの夕食をとった。

 寡黙なルビナさんはほぼ話をせず、わたしとジェイド王子は話し疲れていたせいか言葉数が少なく、静かな時間が流れる。

 料理は彩りが綺麗でとても美味しかった。


 別れ際にジェイド王子は「ゆっくり休んでください。明日が楽しみです」と言った。

 明日は彼の恋人。

 ジェイド王子はわたしの気持ちを十分に分かってくれたはずだ。

 だからこそ、最後に思い出を作ろうと思ったのかもしれない。

 長年の想いにけじめをつけるために。

 だからわたしも、せめて明日1日だけは彼のことを想おう。

 それが恋じゃない感情だとしても……。






 翌朝、朝食を一緒にとった後、ジェイド王子は侍女さんたちや護衛を早急に下がらせた。

 ルビナさんにもカナンの名所の観光を勧める。

 只事ではないジェイド王子の行動。なのにみんなすんなり受け入れた。それほど彼は信頼されている。


「周りに誰もいないなんて何年ぶりでしょうか」

 ジェイド王子の声が弾んでいる。

 今日は哀しさなんて全く感じられない。

 彼も今日は彼が考える理想の彼氏を演じるつもりだろうか。



「今日だけはセリアと呼んでも構いませんか?」

 ジェイド王子は尋ねる。


「はい、もちろんです。気にしないで好きに呼んでください。わたしたち、幼馴染ですし」

「年下だからこれまで何となく遠慮してしまっていたんです。ずっとライルさんが羨ましかった。……そういうところがダメだったのかもしれませんね」

 わたしは左右に首を振る。


「ジェイド王子は積極的なところと引くところ、両方持っていますよね。なんか配慮、というか優しさがあっていいなって思います」

「嬉しいです……。あ、今日はいいところだけを言い合うというのはどうでしょう? 僕はセリア姫……ではなくてセリア……のいいところならいくらだって言えますし」

「いいところ?」

 ジェイド王子は笑って頷く。


「会話の中で、いいと感じるところを言うんです」

「難しそうですね」

「そんなことないですよ。今日のセリアは僕のために朝からずっと笑ってくれています。可愛い。嬉しい」

「え?」

「こんな感じです」

 ジェイド王子はそう言うと、お手本のような完璧なウインクをした。




 お昼前に中庭でティータイム。お昼は一緒におしゃれなフレンチトーストを作り、(食べさせようとしてくれたのだけど)添えた生クリームが頬についてしまって笑われた。

 今日のジェイド王子はいつもより子供っぽい。

 考えてみたら彼はまだ21。日本でいえば大学生。少年っぽさが残っていても、全然不思議ではなかった。

 カナンの王子、王位継承者という重責がいつも彼を大人に見せている。大人でなくてはいけないと思わせている。

 せめて今日だけはその重責から解放してあげたい。


 その後、ジェイド王子の提案通り、わたしたちはお互いのいいところを褒めて、照れて笑い合った。




「実は折り入ってお願いしたいことがあります」

 昼下がり、わたしはジェイド王子の部屋にお邪魔していた。

 彼は緊張した面持ちで、畏まった言い方をする。


「折り入って?」

「あの時言っていた膝枕というものをしていただきたいのです」

「あの時? あ!! 鼻血を出した時の!!」

「そのことは忘れて下さい」

 ジェイド王子の頰が一瞬で朱色に染まる。


 膝枕……。

 あの時は混乱して提案してしまったけど、考えてみれば膝枕なんて特別な人にしかしない特別な行為だ。

 改めて頼まれると、恥ずかしくて躊躇ってしまう。

 彼は懇願するようにわたしの瞳を見つめている。


 返事ができずに俯くと、

「今日は恋人のはずです」

と彼は強気な口調で言った。






 わたしの膝で目を瞑るジェイド王子は綺麗で可愛らしい。


 ……結局、断れなかった。

 でも後悔はしていない。

 彼のイアリングが膝に当たっている。



「……柔らかい。温かい。それにトレメニアのよい香りがします」

 ジェイド王子が呟くと、窓から快い風が入った。

 閉じた彼の瞳から、またいつの間にか涙が流れている。


「ジェイド王子?」

「すみません。昨日から涙腺が壊れてしまったみたいです」

「大丈夫ですか?」

 ジェイド王子は頷く。


「昨日の涙とは違います。幸せ……だからです。とても幸せです。セリア、ありがとう。一生忘れません」

 わたしは思い切って口を開く。


「わたしの方こそ愛してくれてありがとう。……ジェイド、あなたは素敵な人です」

「セリア」

 ジェイド王子は驚いて目を開ける。

 それから優しい笑みを浮かべた。




「明日、一緒にナギに戻りましょう」

 夕食を食べ終えると、ジェイド王子はそう言った。


「今日のお礼をします」

「お礼?」

「はい。明日は僕を信じて、僕に合わせてください」

「合わせる?」

「辛いと思いますがセリアは黙って笑っていてくれればいいのです」

「何を……?」

「彼にもけじめをつけてもらわなければなりません。大丈夫です。あなたが困るような結末には決してしません。僕を信じてくれますか?」

 ジェイド王子の瞳は澄んでいてとても綺麗だ。


「はい」

 わたしは答える。


「よかった。では本気を出します」

 彼は笑った。

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