消したい存在
不意に気配を感じた。
顔を上げるとライルさんの側にクライが立っている。
「クライ、何を勝手に出てきている」
ライルさんはクライを睨んだ。
「だってセリアが」
「お前は何も言うな」
「主、セリアが哀しんでる。主のせいで、セリアが、俺のセリアが。俺は……」
ライルさんは会話途中のクライの細い首を両手で掴む。
「クライ、それ以上何も言うな。消されたいのか」
「……できない……くせに」
クライは掠れた声で途切れ途切れにそう返す。
「できないわけではない」
「――っ!!」
ライルさんが力を強めたのか、クライの表情が苦悶に変わる。
これまで魔法で攻撃することがあっても、こんなふうにクライを力で押さえつけることなんてなかった。
「やめて!!」
わたしの声はライルさんに届かない。
ライルさんは冷たい瞳でクライの首を絞め続ける。同時に魔力を奪っているのか、クライの髪と瞳から色が失われていく。
「やめてください!! クライが死んじゃう」
わたしは両手でライルさんの腕を引っ張る。
「止せ。どうせクライは人ではない。死ぬという概念から外れている。大体、俺がクライをどうしようとお前に関係ない」
関係ない……?
こんなことしてるの……明らかにわたしのせいでしょう?
クライは優しいから、わたしのためにライルさんが怒るような無理なお願いをしようとしたのかもしれない。
「クライ、わたしは大丈夫だから何も言わずにライルさんに従って? ライルさんがクライに酷いことするの、見てられない。クライが消えるなんて絶対に嫌だから」
クライの色のない瞳が濡れていた。
彼は苦しそうにしながら小さく頷く。
「お願い、ライルさん。離して……」
ライルさんはクライの細い首から手を離した。
彼の髪や瞳がいつもの色に戻っていく。
「……セリア、ごめんね。オレはセリアの気持ちがこんなに……こんなに嬉しいのに……何もできない」
クライはそう言ってわたしを見つめた。
わたしは何度も左右に首を振り、彼は涙に濡れた自分の顔を両手で覆う。
彼の肩が震えていた。
「ライルさん、困らせてごめんなさい。気持ちを聞いてくれてありがとうございました。これからどうすればいいのか、1人で考えてみます。それから、クライは人です。普通の人とは違うのかもしれないけれど、ちゃんと人としての感情があります。クライのこと、大切にしてあげて下さい」
ライルさんは泣き続けるクライを一瞥して、わたしに目を向けた。
「俺はお前を誇りに思う。記憶がないのにこの世界のため、尽力してくれた。感謝している」
そう言って頭を下げる。
それは最後の別れの言葉のようで、告白を受け入れてもらえなかったときより胸が痛んだ。
気づくと、ライルさんとクライは消えていた。
2人とも何かを言って去ったような気がするけれど、よく覚えていない。
少し移動し、コンクリートのような冷たく硬い地面に座り込む。
「セリアちゃん」
見上げると頭上でトレメニアさんや他の花の妖精さんたちが舞っていた。
心配そうにひらひらと。
涙で滲んだ視界には、妖精さんたちが色とりどりの花びらに見える。
「……振られてしまいました」
わたしは独り言のように呟く。
「セリアちゃん、ライルくんもセリアちゃんのことを大切に思っています」
トレメニアさんがわたしの耳元で声をかける。
「護衛として……です」
「セリアちゃん……」
「大丈夫です。こうなることだって考えていました。それでも、どうしても伝えたかったんです。気持ちを隠してライルさんの側にいることはできません。後悔してません」
妖精さんたちが一斉にわたしに止まる。
蝶が羽を休めるように。
多分、慰めてくれているのだろう。
迷惑にしかならないとしても、わたしにとってはよかった。
こんなに綺麗な夢のような世界を見ることができて。
ライルさんに会うことができて。
わたしは手のひらで、いつの間にか流れていた自分の頬の涙を拭った。
それからしばらくお城で普通の生活を送った。
メル姉には振られてしまったことを報告したけど、他言しないでほしいとお願いして……。
そのことでライルさんがわたしの護衛から外れるのは嫌だったし、彼が責められるようなことには絶対になってほしくなかったから。
メル姉は明るく振る舞うわたしの気持ちを汲んでくれたのか、それとも元々反対していたから都合がよかったのか分かってくれた。
わたしは今まで厳重なナギの警備に当たっていた両親やお城に仕えているみんなと改めてゆっくり話をすることができた。
メル姉とフルーツサンドを作ってカエヒラ様に食べてもらったり、フラワーガーデンでルビナさんやサリさんを呼んで女子会と称したお茶会をしたり。穏やかな日常……。
わたしは、意識して笑顔でいる。
ライルさんに会えたときに、落ち込んだ様子を見せたくなかった。
どこか近くにいるはずなのに、ライルさんとクライの姿は見えない。
トキ王子、ジェイド王子と交わした約束……。
そろそろカナンに戻らなくてはいけない。
戻って今度こそ王位継承問題に決着をつけなければいけない。
メル姉にライルさんを呼んでもらえるようお願いする。
「ライルとのことを報告に行くのでしょう?」
メル姉は驚いた顔でそう聞いた。
わたしは頷く。
「それで、ライルと一緒に行くの?」
「わたしの護衛はライルさんです」
「外すとは言わない。でも今回はカエヒラ様……いえ、ルビナに頼みます」
メル姉は言い切った。
「わたしは大丈夫です」
それでも食い下がるわたしを見て、メル姉は考えるように俯く。
「ライルはどうなのかしら? 彼もあなたの護衛を降りるとは言わない。でも平気でいるとは思えない。クライがいる限り……」
「え?」
「ルビナと行って」
メル姉はもう一度きっぱりと言った。
確かにそうかもしれない。
優しいクライは絶対にまだ心を痛めている。ライルさんだって、わたしを見るのは辛いかもしれない。
気持ちに応えられない方も傷つく。
よく分かっている。
わたしだって、それで自分勝手に隼人を避けてきたんだから。
翌日朝食後、わたしはメル姉の言う通りルビナさんとグラン・ハルスタインへ向かった。
ルビナさんも空間魔法を使えるけれど、空間移動を数十回も繰り返したため、カナンに入ったときにはすっかり夕暮れになっていた。




