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優しい言葉

「両殿下ともお前を諦めたというわけではなさそうだな」

 ライルさんの言葉に黙って俯く。


 なんて返していいのか分からない。

 現在わたしたちはキニュちゃんに乗ってゆっくりミナスのゲートに向かっている。



 あれから1日が経っていた。

 あの後、みんなを呼び戻したジェイド王子はわたしにナギに戻るよう助言し、トキ王子は戻る必要はないと渋っていたが、最終的に条件付きで了承してくれた。

 そして時間が遅かったため、セレカルド・イリスに一泊させてもらい現状に至る。

 ライルさんは困惑した表情でずっと考え込んでいる。



「あの時の報告とは何のことだ?」

 再びライルさんが口を開く。


 トキ王子の条件というのは、事の顛末を報告するということ。

 顛末……。

 もちろんわたしの告白の、だ。


 答えられない。

 全てが終わったらライルさんに想いを伝えようと決めていたけれど、思い描いていたのはこんな形ではなかったから。

 本当は、あの場で、みんなの前でライルさんが好きだとはっきり言えればよかった。

 けれど、あの場で、みんなの前で拒絶されることを考えたら怖くて。

 どうしても怖くて。

 想いを伝えるにはそれなりに心の準備が必要だった。

 またわたしは、無意識にドレス越しに腕のリングに触れていた。



「セリア……」

 クライが心配そうにわたしの顔を覗き込む。


「確かにお前がサイネリアに留まるならば、理由もなしに婚約破棄をすることは許されないだろう。ナギの民はともかくカナンの民にとって前王の遺言は絶対だ。そしてその遺言の内容は国全体に知れ渡っている」

「ライルさんが言うように……わたしは向こうの世界に帰った方がいいのかもしれません」


 ライルさんとずっと一緒にいたい。

 心からそう思う。

 でも遺言を守れないなら、それはライルさんとも一緒にいられないということだ。

 そもそもこの世界にいること自体、許されない。



「別に俺は帰れとは言っていない。お前が望むからそうしてやりたいと思ったまでだ」

 答えるライルさんの瞳の色が暗い。


「オレ……分かんなくなっちゃった。ジェイド王子やトキ王子の方がセリアのこと、理解してるみたい。オレ、ずっとずっとセリアのこと、側で見てきたのに。どうして……」

 クライは苦悶の表情で首を左右に振る。


「クライ……」

「ねぇ、セリアはどうしたい?」

 苦悶の表情のまま彼はわたしを見つめる。


 結局、カナンの王位継承の問題は解決していない。

 順序的にカナンの問題が解決してから自分の想いを伝えようと思っていた。

 けど、今は、逆に想いを伝えないと前にも後ろにも進めない状況だ。


 ライルさんがわたしの想いを受け入れてくれるなら、これからのことを一緒に考えてくれるだろうか。

 ほんの僅かでも、わたしを想ってくれるなら。




「ナギに戻ったらお話ししたいことがあります」

 わたしは緊張しながら口を開く。


「話なら今だってできるだろう」

 ライルさんは怪訝そうに目を細めた。

 美しい瞳の色は先程から変わらない。

 夜の帳のような暗い群青色がよりわたしを不安にさせる。


「落ち着いて話したいので」

「今後のことか?」

「そう……です」

 答えながら小さく頷く。

 でも今後に繋がることには違いないけど、多分ライルさんが考えているようなことではないだろう。


「顔色が悪いな。もう望まぬ結婚を無理に押し付けるようなことはしない。お前の望みを叶える」

 ライルさんはわたしの頬にそっと手を触れた。

 クライも頷く。


「お前はよくやった。トキ王子の危険思想を払拭し、両殿下は和解した。今後、軍事的な争いにはならないだろう。一先ずサイネリアの危機は去った」

「ライルさん、今日はとっても優しいですね。いえ、ライルさんが優しいのは分かっていましたけど、そんな風に優しい言葉をかけてもらえると思っていませんでした」


 ライルさんの右手の体温が心地いい。

 血が巡ってくる感覚…… 。

 今そんな優しいことを言われたら期待してしまう。

 強く求めてしまう。


「俺はそんなに冷徹か?」

「冷徹だなんて思っていません。ただ、普段思っていることを言ってくれないので分かりにくいです。それに言い方も……よくないですし」

「だよねー。セリア、遠慮しないで口が悪いし威圧的ってはっきり言っていいよ」

 クライが笑いながら軽い調子でそう促す。


「じゃあ、口が悪いし威圧的です」

 わたしは素直に復唱した。

 頰からライルさんの手が離れる。


「何だと。大体お前が許可」

「……はい。わたしがそのままでいいって許可しました。だから、変わらずわたしの前では偽りのないライルさんでいてください」

「偽り……」

 わたしの言葉に、なぜかライルさんではなくクライが反応した。


「クライ、わたし、変なこと言った?」

「ううん」

 クライは困ったように笑う。

 ライルさんは厳しい視線でクライを見ていた。



 それから、進みが遅かったキニュちゃんが突然スピードを出し、ミナスのゲートを無事に通過。

 通常運転のライルさんの空間魔法で、ナギに戻るまでは早かった。






「お帰りなさい、セリア」

 お城に入ると、メル姉が嬉しそうに出迎えてくれた。

 ただ、同時に驚いてもいた。

 グラン・ハルスタインでゆっくり準備してセレカルド・イリスに向かう、または話し合いが終わった後、少しはグラン・ハルスタインに滞在するだろうと思っていたらしい。

 まあ、普通はそうだろう。さすがに出発した次の日に帰ってくるなんて思わない。


「メル姉、トキ王子に対する厳重な警戒、解いて大丈夫です。ナギのみんなに伝えて下さい」

 わたしは開口一番にそう言った。


「どういうこと?」

 トキ王子がもうナギを脅かすことはないと約束してくれたことを伝える。

 そしてトキ王子とジェイド王子が和解したことも。


 メル姉は詳しい内容を聞くこともなく、「セリア、頑張ったわね」と言って、わたしを優しく抱きしめた。

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