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給仕の少年

 その少年には確かにスサトさんの面影がある。

 でも年齢が……。


「どういうことですか? 本当にスサトですか?」

 わたしが聞きたかったことをジェイド王子が尋ねる。


「不完全ですし、ここまで復元するのに大分時間がかかりましたけどね」

 トキ王子が答える。


「兄上が?」

「闇の蘇生魔術か」

 ライルさんが独り言のように呟く。


「そんな高度なものではありませんよ。スサトにも私の欠片を組み込んでいましたから」

「こうなることを予測して、とは到底思えないが…… 。普通……じゃない。トキ王子は一体どういう理由で自分の身体の一部を部下に組み込んでいるのですか?」

 ライルさんは怪訝な表情で尋ねた。


「無粋な質問ですね。本当にそんなことを知りたいですか?」

 トキ王子は苦笑する。


「気になるのでしたら私からお話します。ジェイ殿下やセリア姫にはあまりお聞かせしたくない……醜い情欲の話になりますが」

 仄かに頬を紅潮させた少年は、そう言って目を伏せた。


「あー、スサト? 話さなくていいよ。っていうか、別にそんな話、聞きたくない。個人的な嗜好だったらどうぞご自由にって思うし」

 クライは慌てて両手を振った。


 そういえば以前見た、トキ王子の穴の開いた身体……。

 彼はそれなりの対価がないと人を繋ぎ止めておくことはできないと言っていた。

 よく分からないけれど、多分そういったことがこの話に関係しているのだと思う。

 でも……今、そんなことはどうだっていい。



「スサト……さん?」

 わたしは少年の瞳を覗き込む。

 途端に少年は恭しく跪き頭を下げた。


「姫、殿下のためとはいえ貴女には酷いことをしました。何とお詫びしていいのか分かりません。どんな罰でも受ける所存です」

 顔が見えない。

 やっぱりスサトさんだ。

 頭を下げる角度が全く同じだった。


「スサトさん、よかった。生きていてくれたんですね。わたし、もう二度とあなたに会えないと……」

 背に居たスサトさんが消えた瞬間の絶望的なあの感覚。

 こうしてまた会えるなんて夢にも思っていなかった。

 姿が違っていても構わない。

 ただスサトさんが生きていてくれただけで。それだけで……。


「私は一度死にました。殿下の欠片とともに助かったのは意識と元の肉体のほんの一部。放置されればそのまま消滅してしまってもおかしくはありませんでした。殿下が相当な魔力を使い、ここまで私を復元してくださったのです」

「そうだったんですね」

「私の臣下にも心を砕くような貴方のためです。少しは見直してくれましたか?」

 トキ王子がわたしを見て微笑んだ。


「え?」

「冗談ですよ。私とて自業自得とはいえ臣下スサトを見殺しにはできませんでしたから」

「見直す……と言うより感謝しています。ありがとうございます」

 わたしはそう言って、思いっきり頭を下げた。


「貴方がお礼を言うのはおかしいでしょう」

「いえ、トキ王子の心遣いがなければスサトさんには会えませんでした。わたしだけじゃなくて、ライルさんも、クライも、ジェイド王子も同じ気持ちだと思います」

「つくづく甘いですね」

 トキ王子は呆れつつ笑った。



「スサトを間者として僕の元に残したのは兄上ですよね」

 ジェイド王子の言葉にトキ王子は頷く。


「僕が邪魔なら父上の遺言を重視するより、最初から僕自身を狙えばよかったのではないですか? いつも僕の側にいたスサトなら容易いことだったと思います」

「スサトにそんなことはできません。私への服従者が全員お前を嫌うなどと思っているのならあまりに浅はかです。人間の感情というものはそんなに単純ではありません」


「スサト……」

 ジェイド王子は小さなスサトさんを見つめる。


「裏切り者にそのように……優しい眼差しを向けないでください」

「兄上の妨げになる僕を憎んでいたのではないのですか?」

 スサトさんは少し考えて、ゆっくりと左右に首を振った。


「考えてみたら、これまであなたは兄上より僕と一緒にいた時間の方が遥かに長かったですね」

 ジェイド王子は笑う。


「スサト、お帰りなさい」

「ジェイド殿下?」

 スサトさんは大きく目を見開く。


「姫があなたを許すのなら僕もあなたを許します」

 ジェイド王子がそう言って、今度はわたしに視線を送った。


「勿論、許します」

 わたしははっきりと答える。


「けれど……」

「納得がいかぬのならこれから誠心誠意償えば良い。お前は生きているのだから」

 ライルさんが言った。


「スサト、よかったね」

 クライが微笑む。

「でも一回ナギに戻って、カエヒラ様からきついお仕置きを受けた方がいいかもね」

 そう続けた。


「如何様にも」

 スサトさんは神妙な顔で頷く。


「えっと……カエヒラ様?」

 わたしはクライに聞いた。


「うん。もともとスサトはカエヒラ様の弟子だもん」

「そうじゃなくて。お優しいカエヒラ様がきついお仕置きをするってなんだか想像つかなくて」

「分かってないなぁ。ああいうタイプが1番怖いんだよ。淡々と、何時間も、正論を言い続けるから精神的ダメージが半端ない。地獄だよ?」

「さらにその上を行くのが母上だが」

 ライルさんがため息をつく。


「それでそこにルビナが加わったらもうお手上げだね」

 クライはそう言って目を細めると、本当に両腕を上げた。


「死ぬ覚悟で臨みます」

 スサトさんは深く頭を下げる。


「スサト、今後は好きにして構いません。私も好きに生きることにしたのですから」

「殿下……」

「もう、下がりなさい」

 スサトさんは、今度はトキ王子に向かって深々と頭を下げた。

 彼は部屋を出て行く。



「さて、余興はいかがでしたか?」

「余興って」

 クライが例にもれず、笑顔のトキ王子に突っ込む。


「そろそろ本題に戻りましょう」

 トキ王子はそう言うと急に真顔になり、足を組み替えた。

 そして厳しい視線をライルさんに送った。

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