鋭さと鈍さ
「なんかさー、こんなこと言ったらなんだけど、もう王位の方がセリアのおまけになってない?」
クライが渋い顔をしながら呟く。
「そ、そんなわけない……。クライ、やめてよ。変なこと言わないで」
「強ち間違いではありませんね」
トキ王子が言った。
ジェイド王子も大きく頷く。
「貴方は恐れも惑いもなく、穢れている私に真っ直ぐに向き合ってくれました。貴方が側にいてくれればそれだけで私は満たされます。もう二度と過ちを犯すこともないでしょう。愛していますよ。心から……」
トキ王子はわたしを見て笑った。
品のある柔らかな言葉遣いも笑みも初めて会った時と変わらない。それでも前とはまるで印象が違う。
きっと今が彼の偽りのない笑顔と言葉だから。
「セリア姫、僕があなたを思う気持ちはここにいる誰よりも強いものです。本当の意味であなたが僕を見てくれるまで何年でも何十年でも待ちます。そして絶対に幸せにします。どうか迷わず僕を選んでください」
ジェイド王子はそう言って、真剣な瞳でわたしを見据える。
彼の全身全霊を懸けたような言葉。
……胸が痛い。
現実離れした状況に目眩がしそうだった。
でも、しっかりしないと……。
「お二人とも、わたし……じゃなくて、もっとこの国のことをちゃんと考えてください。大体わたし、そんなふうに思ってもらえるような大層な人間じゃないです!!」
わたしはどうかしてしまったトキ王子と、最初からどうかしてしまっているジェイド王子を交互に見ながら懸命に伝える。
「ジェイド、譲りなさい。私はもう30を過ぎているのですよ。安定のためにも一刻も早く結婚した方が良いと思いませんか?」
「年齢なんて関係ありません」
ジェイド王子は強い口調できっぱりと言った。
「私は彼女に救われたのです」
「僕だってそうです。兄上よりずっとずっと前から彼女のことだけを想って生きてきました。それは兄上だって充分ご存知のはずです。姫は僕の全て。兄上とは想いの深さが違います。絶対に渡すわけにはいきません」
「想いの深さは時間と比例するものではないはずです。今の私の気持ちがお前より劣っているとは思いません」
トキ王子は厳しい顔で目を細める。
「ちょっと!! さっきからずっと譲るとか渡すとかセリアは物じゃない。セリアを困らせないで!!」
「傀儡は静かにしていただけますか」
トキ王子は冷ややかな目でクライを一瞥した。
「静かになんてしてられない。セリアの幸せを願うなら、彼女のこと、諦めてよ。セリアには好きな人がいるから」
「クライ、あなたがそれを言いますか?」
ジェイド王子が呆れた顔で返す。
「ごめんなさい。でももうオレ、ジェイド王子に協力できない。セリアの味方になるって決めたの。セリアを向こうの世界に帰してあげたい」
「えっ?」
ジェイド王子は驚きの声を上げた。
わたしも思わず一緒に声を上げそうになる。
クライは続けた。
「セリアには向こうの世界に好きな人がいるから」
「クライ?」
わたしの言葉が聞こえていないのか、彼はこちらを向いてはくれなかった。
「傀儡、私を謀ろうとしているのですか?」
「えっと、どういう意味?」
トキ王子の問いにクライは首を傾げる。
「……そんなことを本気で?」
目を見開いたトキ王子は、勢いよく立ち上がった。
そこで、トキ王子とジェイド王子は確認するかのように顔を見合わせた。
「まさか、そちらの魔術師も傀儡と同じ考えなのですか」
トキ王子は会話に混ざらないライルさんに視線を向ける。
「はい。彼女が望む通り、あちらの世界に返すつもりです」
ライルさんは答えた。
え……?
ちょっと待って。
あの時わたし、隼人のことは、はっきり否定したよね?
どうして?
ライルさんとクライは、未だにわたしの好きな人が向こうの世界にいるって思ってるの?
「彼女が望む……」
トキ王子は小声で反復した。
そして続ける。
「魔術師、貴方は馬鹿なのですか?」
「どういう意味ですか?」
ライルさんは怪訝な表情で返した。
「彼女の特別な視線に気づかないばかりか、そうやって突き放すとは」
「兄上、煽るような真似はやめてください」
ジェイド王子が慌てて止めに入る。
「……これはなかなか面白い展開です。整理する必要がありますね」
トキ王子は考えるようにそう言うと、扉に視線を向けた。
「ちょうどいい頃合いです。一息入れましょう」
トキ王子の言葉の後に、タイミングよくノックの音が響く。
入ってきたのはティーセットを積んだワゴンを引いた少年たちだった。
3人の少年は揃って白い制服を着ている。
「お茶をお持ちしました」
少年の1人が「どうぞ」と言い、わたしの前にカップを置いた。
他の少年たちもそれぞれカップを配って回る。
「この宮殿は女性の給仕ではないのですね」
ジェイド王子が言った。
「女性もいますが極力私の側には近づけさせません。女性同士の醜い争いは見たくないものです」
「争い?」
わたしは聞き返す。
「私の体質が通用しない貴方には関係のない話ですよ」
「あ……魅惑の……」
「これでも気をつけているのです。都合で利用する事はあっても無意味に誘う必要はありません。後で面倒なことになるだけですから」
「優しいんだか酷いんだか分からないセリフだね」
クライが言った。
「スサト……」
思いもしない名を、突然ライルさんが呟く。
「え?」
ティーカップを持ったジェイド王子が驚いた表情で顔を上げた。
ライルさんはあらぬ方向を見つめている。
給仕の少年の1人だ。
彼の髪色は品のいいダークグレイ。そしてとても綺麗な顔立ちをしていた。
「流石ですね、ライル様」
彼は答える。
「生きて……いたのか」
ライルさんの言葉に少年は目を伏せ、深々と頭を下げた。




