意外な告白
「もう王位に興味はありませんから」
そう言って彼は笑った。
そして続ける。
「王位は力、権力です。私が本当に欲していたものはそんなものではなかった。でも民が許すのなら、どうしても王位が欲しい」
「え? 今、もう王位に興味はないって言ったよね?」
黙って聞いていたクライが思わずツッコミを入れる。
「はい」
クライの言葉にトキ王子は笑顔のまま答える。
「矛盾してるよ」
クライは冷静に、再びツッコミを入れた。
「ええ、矛盾しています。けれど仕方がありませんね。権力は要りませんが彼女は欲しい。セリア姫と王位はセットなわけですから」
は? わたし?
彼の思ってもいない返しに、驚いてしまって言葉が出ない。
「少し……よろしいでしょうか?」
そこでライルさんがこのおかしな流れを止めた。
彼は冷たい表情で、挑むようにトキ王子を見ている。
「何でしょう?」
「確認しますが、トキ王子はこれまで本当に姫の命を狙ったことはないのですか?」
「はい」
「アラクネに指示も出していないと?」
「無論です」
トキ王子ははっきりと答える。
「でも姫の失踪後、俺の行動を監視したり追手を放ち追跡させたりしたのは貴方でしょう?」
トキ王子は考えるように俯く。
「まあ、そうですね。今の感情とは違いますが、私には彼女が必要でしたので」
「キリクから行方不明になったわたしの魂を探してくれていたと聞きました。王位のためとはいえ、懸命に探してくれていたのは本当ですよね? だったらライルさんやナギのみんなに一緒に探したいって言ってくれればよかったと思うんです」
わたしは一生懸命言葉を選びながらそう言った。
「誰がそんな言葉を信じると言うのですか? 私は貴方を異界に追いやった張本人だと思われていたのですよ? しかもナナハン王家もナギの民も皆ジェイドの味方でしたし」
トキ王子は可笑しそうに笑いながら返す。
「それは、そんな怪しげな行動ばかりするから余計そう思われてしまっていたんです。大体、言葉足らずです。疑われていることに気づいていたのなら、もっときちんと説明したらよかったでしょう? ナギのみんなにも、それからジェイド王子にも。あなたは必死になって説明するべきだったと思います」
「ジェイドと争っている最中、そんな発想に至るはずもありません。当時の私はどう思われようと、多少手荒な手段をとったとしても、只々王位が欲しかっただけなのですから」
トキ王子は淡々と返した。
「……あの状況で説明もなしに我が国に侵略して姫の肉体を奪おうとしたのが間違いです。当然こちらはこれまでの経緯から、魂を探すためだなんてプラスに捉える余裕はなかった」
ライルさんはそう言うと、苦虫を噛み潰したような表情で自分の左の顳顬辺りを押さえる。
「侵略はキリクたちが勝手にしたことです」
トキ王子は言った。
「けど、止めることはできたはずです」
ライルさんは薄く目を開き、返した。目の色は青い。
「そ、そうです。さっきトキ王子は臣下の恥は自分の恥って言いました。キリクたちのしたことはトキ王子の責任です。あ、だからって行き過ぎた体罰はよくないと思いますけど……」
わたしは言った。
「黙認も罪ということですか」
トキ王子が答える。
「キリクたちの不審な行動にナギのみんなは警戒して、長い間ずっとわたしを守ろうとしてくれていたんです。今でもそうです。約束してください。もうナギのみんなを不安にさせるようなことはしないと」
わたしは身を乗り出す。
「分かりました。ナギを、貴方を不安にさせるようなことは二度としません。私は……貴方を愛していますから」
「……えっ?」
あ、あああ、愛?
なんで?
わたし、トキ王子に対して失礼なことしか言ってない……。
聞き間違い?
「また温かい貴方の隣でゆっくり眠りたいものですね」
トキ王子は満面の笑みで笑った。
「隣で眠……?」
事情を知らないジェイド王子が驚いた顔でわたしを見ている。
「あ!! 違います。囚われた時に」
「囚われた時?」
「だから違います。ただ同じベッドで」
ジェイド王子の顔がだんだん青ざめていく。
わたしの下手な説明に呆れたのかトキ王子が手を一振りした。
「心配しなくともただ隣で眠っただけですよ。本当に綺麗なものには、そうそう手を出せないものです」
「兄上……」
「ジェイド、お前は最初から彼女を見つけていたのですね。兄を少しでも憐れんでいるのなら、彼女を譲っては貰えないでしょうか?」
「そんなこと!! 王位は兄上に譲っても構いませんが、彼女のことだけは絶対に譲れません!!」
ジェイド王子はきっぱりと言った。
何? さっきから何なの?
これも聞き間違い?
それとも空耳?
今、王位を譲っても構わないって言った。あんなにこの国を、世界を守りたいと熱く語っていたジェイド王子が……。
トキ王子の魅惑の力は身内である彼にまで及ぶことがあるのだろうか。
「ジェイド王子、だ、大丈夫ですか?」
わたしは心配になり、ジェイド王子の顔を覗き込む。
「え? あ……大丈夫です。僕は正気です」
「本当に正気ですか?」
わたしは彼により接近する。
「はい。今の兄上なら国や民を虐げるような真似はしないと思うんです。敬愛する父の志を受け継いで平和な世界を造ってくれると信じたい……。僕より統率力や民を惹きつける力があるのは確かですから。ただ、あなたのことだけはどうしたって譲れません」
彼はそう言うと、わたしの瞳を見つめ頬を染めた。




