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正統な後継者

「気を失っただけだ」

 ライルさんが言った。


「これでは罰だか褒美だかわかりませんね」

 トキ王子は自分の右手を緩く握った。同時にキリクを縛り上げていた靄のような縄がさらに締まっていく。


「キリク、目を開けなさい。何を勝手に陶酔しているのですか。別に私は殺人狂ではないのです。第一、私の細胞の一部を取り込んだ状態の貴方がそう簡単に死ぬわけもないでしょう? 死にたいのなら勝手に死になさい」


「ああっ……」

 縄が食い込み、キリクは無理に意識を戻される。それから陸に上がった魚のように跳ね上がり、肢体を浮かせた。


「やめて!!」

 わたしは無駄だと分かりながら動かないキリクの縄を少しでも緩めようと引き続ける。目の前で苦しむ姿をただ黙って見てはいられない。


「これしきのことでは死にませんよ。そんな者にまで気をかけて……。誰彼優しくすればいいというものではないと思いますけど」

 酷い行動と反比例に、トキ王子が惚けた口調で笑う。


「こんなことをしなくても話をすればいいでしょう? キリクは……ただわたしのところにお願いに来ただけです。トキ王子のことを思ってした行動だと思います」

「だからそんなことは頼んでいません。大人しく待つこともできずにみっともない限りです。しかも一度ならず二度までも。臣下の恥は私の恥。スサトの件といい、教育が行き届いていない者ばかりで申し訳ありません。貴方にはまたご迷惑をおかけしてしまいました」

 トキ王子はそう言うと、真剣な表情でわたしに頭を下げた。


「確かに攫われたときは怖かったですけど、別に今回は……迷惑だなんて思ってません。迷惑といえば今のこの状況の方が迷惑です」

「……それもそうですね」

「あ、いえ、だからといって影でこっそり体罰とか拷問とかそういうのはもっと嫌です。やめてください」

 トキ王子はわたしの言葉に微笑み、扉へ合図を送る。


 待機していたのか数名の兵が部屋に入ってきた。

 そして素早くキリクを担ぎ上げると部屋を出て行く。


「心配しなくても殺すつもりはありませんよ。お優しい姫君は殺人者なんて好みではないでしょう?」

 トキ王子は表情を崩さず笑顔のままそう言った。その笑顔とセリフはアンバランスで何だか怖い。



「キリクやアラクネの魔力のせいかと思っていましたが、兄上自身、闇魔法が使えるのですね?」

 側で一連の流れを見ていたジェイド王子が呆然とした表情で口を開く。

 ジェイド王子はキリクより別のことに気を取られているようだ。


「闇魔法?」

 何のことか分からずわたしは思わず反復してしまう。


「はい。魔法の系統は色々あるのですが、魔力が相当高くないと闇魔法は習得できません。前に姫に父の魔力がほぼなかったことをお話したと思いますが、それはロータス家の魔力もほぼないということです。父が使えるのはせいぜいいくつかの光魔法のみ。母は全然魔力がありませんでしたので、当然僕もほとんど魔力はありません。鍛錬すれば多少の魔法は使えるかもしれませんが、どんなに鍛錬しようと奇形でもない限り持って生まれた血統、資質によるところが大きい。闇魔法なんて使えるはずもないのです」

「まあ、そうだよね」

 クライが横から口を挟む。


「もう隠すつもりもないので、わざとお見せしたのですよ」

 トキ王子は平然と言い放った。


「どういう意味ですか? 姫が知っている先程の兄上の隠し事と何か関係があるのですか?」

 ジェイド王子は立て続けに質問する。


「兄弟でこんなに違うなんて……無理な鍛錬で開眼したとか?」

 クライは独り言のように呟き、考え込んでいる。


「いや、自分の細胞の一部を取り込ませるなんてありえない。両親のどちらかの魔力が相当高くないと不可能だ」

 ライルさんが言った。


「順を追ってお話ししましょう。その前に」

 トキ王子は手を翳し大きく左右に振った。それはライルさんが魔法を使う時と同じ動きだった。

 ただの何もなかった広い部屋に次々と立派な調度品が現れ、部屋は一瞬で応接室に様変わりする。


「移動するのも面倒ですのでこちらで。どうぞお掛け下さい」

 わたしたちは促されるまま各々美しい革張りの椅子に座った。


 そして、トキ王子は以前わたしに話してくれた自分の出世について語りだした。






「まあ、そういうわけですから本来王家の血が流れていない私に王位を継ぐ資格はありません」

 全て話を終えると、彼はそう言って静かに目を伏せた。


 沈黙が流れる。

 ジェイド王子の美しい横顔は蒼白に近い。彼の動揺が伝わってくる。


「正統な後継者のジェイドから王位を奪い、我が物にしようとした罪は重い。けれど謝りません。それでも私は父が認めたカナンの正統な第1王子なのです。セリア姫と婚姻した方が王位を継げるという遺言もまだ生きています」

 罪だと言いつつ、トキ王子は悪びれることなく堂々と言ってのけた。


「……罪ではありません」

 ジェイド王子は呟く。

 その声は若干震えていた。


「え?」

 意外な言葉だったのか、トキ王子が聞き返す。


「第1王子の兄上が王位を継ぎたいと願う事は罪ではありません。僕は何も知らなくて、嫌われているからという理由で、自分がこれ以上傷つきたくないから、話し合うこともいつからか諦めて歩み寄ろうともしませんでした。セリア姫についても真実は分からないのに確かめもせず、父の結論にも耳を塞ぎ、兄上は悪だと決めつけました。兄上にも心があるって思いもしなかった。僕こそ……罪です」

 ジェイド王子は膝の上で自分の両手を組み、項垂れた。


「ジェイド、顔を上げなさい。悪でしたよ、私は。殺したいほどお前を妬んでいましたからね」

 トキ王子は妖艶な表情で束ねた自分の髪を払った。


「……今、ようやく分かりました。あの時の母の言葉。母は父ではなくその魔物をずっと愛していたのでしょうか?」

「さあ。それは母しか分からないことです。けれど魔物が去り、父との間にお前が生まれました。お前は母から愛されていないと感じたことはありますか?」

 ジェイド王子は大きく左右に首を振る。

「兄上、どうして今更真実を?」


 トキ王子はわたしに目を向けた。

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