斬新な移動手段
「正気か……」
ライルさんの言葉に、わたしはお構いなしに続ける。
「いくら罰って言ってもやっぱり限度があると思うんです。ボロボロになるくらい痛めつけるなんて絶対に間違ってます。それにここまでキリクが来たのってトキ王子のことを思ってでしょう? 抜け出したのはどうかと思うけど、死を覚悟するほど悪いことをしてるなんて思えません」
話しながらも腕は限界に近づいていた。
ずっと綱引きをしているような感覚でいるのだ。
「我儘を……言ってごめんなさい。ライルさん、クライ、ジェイド王子、わたしと……一緒に来てくれませんか?」
わたしは思い切って3人にお願いする。
「兄上との駆け引きについて思案する時間もありませんね。ですが姫と離れるわけにはいきません。一緒に行きます。僕はもうあなたと離れるつもりはありませんから」
ジェイド王子は決心したようにそう言うと、キリクの左腕を掴み、わたしの右手を彼の腕からそっと外す。
わたしは両手でキリクの右腕をつかんだ。
これでだいぶ楽になる。
「ありがとうございます」
わたしの言葉にジェイド王子は笑みを返してくれた。
ライルさんはため息をつく。
「お前は全く……まともじゃない。俺が先に入り、危険があればクライに知らせる。その場合、殿下とお前はこの男を地上に引いて穴はクライが塞げ。安全だとしても必ずクライを最後に」
顔を見合わせ、わたしとジェイド王子は頷いた。
宣言通り、ライルさんは無理に広げた穴から先に落ちる。
クライが合図をして、穴に落ちてからは一瞬だった。
真っ暗な闇はすぐに光が差し、地面に叩きつけられると思った瞬間、あっという間にキニュちゃんがわたしたちを包んでくれた。
勿論、ライルさんのキニュちゃんだ。
転がった体勢からわたしとジェイド王子は立ち上がり、時間差でやってきたクライは落ちるというより浮遊しながら優雅に着地した。
「これはまた次々と大勢で。ずいぶんと斬新な移動手段ですね」
目の前に腕を組んだトキ王子が立っていた。
わたしは眩しさに顔を顰めながら周りを見渡す。
家具など何も置いていないとても広い部屋だ。
「確かに皆さんを待っておりましたが、このような方法で呼びつけたつもりはありませんが?」
トキ王子はそう言って首を傾げた。
「それは分かっています。ごめんなさい。わたしたち……、いえ、わたしが勝手に付いてきてしまったんです」
「貴方の発想ですか。相変わらず私が考えもつかないことをしますね」
わたしの言葉にトキ王子は笑った。
「兄上、お久しぶりです」
ジェイド王子が硬い表情でわたしたちの間に入る。
「……ジェイド。まだそのように律儀に兄などと呼んでくれるのですか?」
「どういう意味ですか?」
ジェイド王子は怪訝な表情で尋ねる。
「姫、ジェイドに何も伝えていないのですか?」
トキ王子は再びわたしに目を向けた。
「わたしからお話しすることは何もありません」
「秘密を打ち明けた時、ある意味私は負けたのです。気遣いなど無用。貴方はどこまで……」
そこまで言って彼は考えるように長い指を自分の顎に置く。
どうせまた甘いとかお人好しとか綺麗事ばかりとか馬鹿にされる言葉が続くに違いない。
けれど彼は言葉を続けることなく、こちらに柔らかな笑みを向けるだけだった。
「……姫?」
ジェイド王子が今度はわたしに答えを求める。
返事は出来ない。
トキ王子の出生の秘密はわたしから易々と伝えられるようなことではないから。
「長くなりそうですね。……さて、順序があります。少々お待ちいただけますか」
突如トキ王子の顔から笑みが消え、彼の目線が下に向けられた。
「キリク、醜態ばかり曝して一体どういうつもりなのですか?」
トキ王子の穏やかな声が、機械的に響く。
キニュちゃんが消えた後も、キリクは床に苦しそうに横たわったままだ。
「私は何も命を出していませんよね?」
トキ王子は再び問いかける。
「……はい」
キリクはようやく一言返した。
「覚悟はできていますね」
キリクは頷いた。
トキ王子は素早く右手を開き黒い霧のようなものを放つと、その右手を閉じる。
放たれた黒い霧は縄になり、横たわるキリクを一瞬で網目状に縛り上げた。
「……くっ」
キリクはもがきながら声を漏らす。
破れた衣服から露出した肌。そして開いた傷口の血が滴り落ちた。
「やめてください!!」
わたしは悲鳴に近い声を上げる。
「姫、こちらの問題ですので口出しは無用に願います」
トキ王子は冷静だ。
「でも……」
「従わない者に罰を与えるのは当然です」
「そこまでする必要があるんですか? このままでは……死んでしまいます」
「そもそも無理に拘束を解いたから傷口が開いたのです。自業自得ですよ」
トキ王子の美しいアメジストの瞳はどこまでも冷ややかだ。
わたしは左右に首を振って、キリクの側に駆け寄る。
「セリア!!」
クライの声が聞こえたけれどわたしは無視した。
しゃがみ込んで縄の一部を引っ張ってみる。
全く動かない。
「どうして?」
「構う……な。私は死など……恐れてはいない」
キリクは浅い息を繰り返しながら、虚ろな目で呟く。
「だって怯えていたじゃない。死にたくなんてないでしょう?」
「いや、今は……怯えなど……ない。私は…… 自己満足のため……勝手な……真似をした。殿下のためと言い、全ては自分の……ため。殿下に殺されるのなら、本望……」
キリクは言い終わると、ゆっくりと目を閉じる。
キリクが男の人だと分かってはいたけれど、その顔はやはり勝気な女の子に見えなくもなかった。
「キリク?」
わたしは軽く彼を揺する。
「……気持ちが悪い」
トキ王子は近づくと、吐き捨てるようにそう言った。




