侵入者とその目的
王宮の一室。
わたしがここ、グラン・ハルスタインに滞在した期間は決して長くはなかったけれど、何度も訪れた部屋には愛着がある。
この部屋もその一つだ。
以前と変わらない様子の侍女さんたちはわたしたちが席に着くなり、ティーパーティさながらお菓子やフルーツ、軽食を次々と運んできた。
「トリイの様子は変わらないようですね」
お茶を一口飲み、ライルさんが口を開く。
「スサトが抜けた穴を埋めるのに苦労しましたが、とりあえず最低限の体制は整いました」
「失礼ですがグラン・ハルスタインにまだ裏切り者がいる可能性もあるのではないですか?」
ライルさんの問いにジェイド王子は頷く。
「実は姫が不在の間に宮殿に仕える兄上の信奉者を3名ほど捕獲しました。スサトのように力があるわけでもキリクの指示を受けていたわけでもなかったようですが、独断で動く可能性は十分にありました。兄に傾倒すると必然と僕を憎むようです。正直、困っています。いくら注意を払おうと人の心の内までは見えませんから。兵を増やし守りを固めるつもりが、逆に自ら危険を招いていたともいえます。もはや誰も近くに置かないほうがいいのかもしれません」
「そんな哀しいことを言わないでください」
わたしは思わず口を挟む。
「だが絶対的に信頼していたスサトに裏切られたのだから、誰のことも信用できなくなって当然だろう」
ライルさんが言った。
「でも、すべての人を疑うなんてやめて欲しい……。ジェイド王子の力になりたくて側にいる人がほとんどのはずです」
「いや、たいていは仕事……職務だ」
ライルさんは冷静に言った。
「職務? んー、そっかなぁ? オレは基本的にはセリアが正しいと思うな。だってたとえ能力があっても王宮の職って誰でも就けるわけじゃないし、トリイのゲートの兵たちなんてジェイド王子を慕ってるの分かるし。ほら、ナギの場合も面接時には志望動機や意気込みを重要視してちゃんと聞くよね。誰のために何のために働きたいか、強い思いや願いって絶対大事だよ」
クライはそう言うと、自分の腕を組んだ。
「だから兄への想いが強くてここへ潜り込んできてしまう人がいるわけですが」
「あ、そういうことだよね」
クライは腕を組んだまま小さく息を吐く。
「けど、何か……嫌です。何か哀しい。いつも頑張って働いてくれている味方の人まで排除しようとしないでください」
わたしは再び口を開く。
「姫……」
ジェイド王子は憂いを帯びた表情でわたしを見つめた。
「ライルさん、裏切り者が分かる魔法ってないんですか?」
わたしはライルさんに尋ねる。
「そんなものあるわけないだろう」
「心変わりも……しますしね」
ジェイド王子が言った。
「この話、堂々巡りだな。長々と話したところで何の解決にもなら」
ライルさんは途中で言葉を切ると、勢いよく立ち上がり、一点を見つめた。
「主!!」
クライが叫ぶ。
同時にライルさんが見つめている空間が歪んだ。
何とも言えない色の空間からゆっくりと這い出てきたのはキリクだった。
ライルさんは瞬時にキリクの側に移動する。
「そこの魔術師がカナンに戻ったのが分かったから様子を見に来た」
キリクはライルさんを見据えながら何とか立ち上がると、挨拶もなしにそう言った。
「それより、一体どうしたんですか? なんだか、その……ボロボロですけど」
わたしはキリクの姿がよく見えるところまで移動する。
彼は前かがみで自分のお腹を抱えていた。顔色も悪く、誰が見たって普通の様子ではない。
「私の心配か? そなたは相変わらず甘い、いや優しいと言うべきか」
キリクは笑いながらよろよろとわたしに近づく。
「それ以上近づかないで」
クライは素早い動きでわたしの前に立ちふさがる。
「クライ……」
「ダメだよ、セリア。こいつに近づくなんて危ない」
「でもキリクの服、どこもかしこも破けているし、体中から血が出てる。あの、治癒魔法は?」
「今は使えない。殿下に魔力をほとんど抜かれ拘束されていたのでな」
「拘束?」
わたしは聞き返す。
「お前はトキ王子の腹心だろう。どういうことだ」
ライルさんが確認する。
「独断でナギまで姫の様子を見に行こうとしたところ、捕らえられた」
「それで今度はトキ王子の魔力の拘束を解いてここまで様子を見に来たのか」
「如何にも」
「はあ? そうまでして様子を?」
クライが驚きの声を上げる。
「魔術師とともに戻られるであろう姫君に会えるかと思ってな」
キリクは淡々と答えた。
「……大体、拘束されていては感知システムを確認できなかったでしょう?」
今度はジェイド王子が尋ねる。
「ご心配なく。私も魔術師の端くれ。そもそも魔力の追跡や感知に長けているからこそ、これまでそちらの魔術師を追跡する命を任されていたのだ」
「それで、また性懲りもなく姫を奪いに来たのですか?」
冷たい表情で再びジェイド王子が尋ねる。
「まさか。そんなことをしたら私は今度こそ殿下に殺されてしまう。こうしている今だって殺されかねないというのに」
「お前は一体何がしたいんだ」
ライルさんが言った。
「……お願いに上がったのです」
そう言うとキリクは表情を変え、突然両膝と頭を床につけた。
「これまで卑怯な手立てで姫を手に入れようとしてきた事は事実。そのことについてはいくらでも謝罪する。だがやはり第一王子である殿下に嫁ぎ、殿下が王位を継ぐのが筋であろう。セリア姫、我が殿下を選んでいただきたい。あの方には力がある。私は絶対にあの方が王になるべきだと思っている」
キリクはなりふり構わないという様子で頭を床に擦りつけたまま一気にそう言うと、深く深呼吸をしてようやく頭を上げた。
美しくも鋭い眼光がわたしを貫く。
……言葉が出てこない。




