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カナン国へ再び

「戻ってきましたね」

 わたしはライルさんの腕の中で風に靡く髪を押さえながら呟く。


「ジェイド王子とトキ王子の許可は下りている。今回は直接王宮へ向かっても構わないだろうが」

 ライルさんはそこで言葉を止めた。


「だろうが?」

「……ゲートに向かう。形式上仕方がない」

 彼は面倒そうにそう言うと、魔法陣を急降下させた。




 ゲートの門は開いていた。

 魔法陣ごとゲートを通過するわたしたちに、トリイの兵士の方々はただ静かに頭を下げている。

 どういうことだろう。

 わたしたちが空間魔法でカナン国に入ってほとんど時間は経っていない。それなのに誰も少しも驚いている様子がない。

 事前にライルさんの魔力を感知していたのだとしても対応が早すぎる。



「ずいぶん有能なことだ」

 ゲートを抜け、ライルさんが言った。


「有能ってより、忠実? ジェイド王子の人徳じゃないかな」

 クライが答える。



 わたしたちが乗った魔法陣は空間で止まっていた。

「まあ、それでも信用はできない」

 ライルさんは呟く。


「え?」

「従順な兵と見せかけてどこにスサトのような裏切り者が潜んでいるか分からない」

あるじはやっぱりトキ王子を信用していないんだね」

「お前だってそうだろう。危うく壊されるところだった」


 確かにそうだ。

 トキ王子に痛めつけられた苦しそうなクライの姿を思い出す。


「ごめんね……」

 反射的にわたしは謝罪の言葉を口にしていた。


「セリア?」

「トキ王子がクライにした酷いことを忘れたわけじゃない。そのことを許したわけじゃない。でも……」

 それでも信じたい。分かり合いたい。

 クライからしたら信じられないことだろう。だけど、どうしても憎んだまま終わりたくはなかった。


「うん、分かってる。セリアはそれでいいよ」

 魔法陣に手をついたままクライが柔らかな笑みを見せた。


「甘すぎる」

 わたしを抱くライルさんの腕に力がこもる。


「いいの!! オレは主よりセリアを支持するの。主こそセリアの気持ちを無視して、トキ王子の顔を見るなり攻撃を仕掛けるような真似しないでよね」

「それはこちらのセリフだ。お前の方がよほど感情をコントロールするのが難しいのではないか?」

「それは……気をつける。けど別にそうなってもオレのことは主が止められるでしょ? オレが主を止めるのは難しいから、主がセリアに迷惑かけないよう釘を刺しといたの」


 ライルさんは返事をしなかった。


 でも、心配する必要は無い……と思う。

 彼は普段口が悪いけれど、王族に対してはそれなりにきちんと礼節をわきまえている。

 トキ王子が一国の王子である限り、公の場でそうそう非礼な態度を取ることはないだろう。

 きっとわたしに対してだって、わたしが望みさえすればメル姉やジェイド王子と同じように臣下として失礼のない態度で接するはずだ。

 もちろんそんな態度、少しも望んでいないけれど……。




 ライルさんは再び空間に穴を開け、魔法陣に乗ったまま、グラン・ハルスタインの門前まで移動した。

 クライも今回ばかりは魔力の無駄遣いだと騒ぎ立てることはなかった。



 魔法陣から降り立つと、絶妙なタイミングで門が開く。


 広い庭園の中心にジェイド王子が立っていた。

 彼の周りにいるたくさんの兵士たちが敬礼している。

 わたしはゆっくりジェイド王子に近づこうとしたけれど、ずっとライルさんに抱えられていたから例によって足元が少しふらついた。


「セリア、大丈夫?」

 クライが真横で言った。

 わたしは頷く。



 ジェイド王子が駆け寄ってきてくれた。

「姫、大丈夫ですか?」

 手を差し伸べながら、美しい青紫の瞳が心配そうに揺れている。


「すみません。……大丈夫です」

 わたしはジェイド王子の手を取ると、姿勢を正した。


「お帰りなさい」

「あ、はい。ただいま戻りました。向こうでゆっくりしすぎて遅くなってしまいました。ごめんなさい」

 わたしの言葉にジェイド王子は笑った。


「何か変ですか?」

「いいえ。ただ、ただいま、お帰りなさいってやり取りが嬉しくて……」

 そう言うと、ジェイド王子はまた綺麗な笑みを浮かべた。


 淡いベージュと藍色の装いが彼にとても合っている。

 緩やかに風が吹いて、ジェイド王子のイアリングが僅かに揺れた。

 彼は初めて会った時から変わらない。

 変わらず、上品で綺麗だ。


「風に乗って、なんだかとてもいい香りがします。姫……いやクライやライルさんからも。この香りは香水ですか?」

 ジェイド王子は不思議そうに傍らに立つライルさんを見つめる。


「トレメニアからの贈り物だよ」

 クライが代わりに答えた。


「トレメニア……から?」

「妖精です」

 今度はライルさんが返した。


「ナギではそんなに簡単に花の妖精に会えるのですか?」

「選ばれればですが」

「お城の庭の妖精たちはみんなセリアが大好きだからね」

 間髪入れずにクライが笑って言った。


「ああ、成る程。それは良く分かります」

 ジェイド王子は納得した表情で頷く。



「ところで殿下、あれからトキ王子の動きは?」

 ライルさんが聞いた。


「特に何も。さすがに今回ばかりは姫の書状に従い大人しく待っているようですね」

「……そうですか」

 ライルさんは考えるようにゆっくり目を伏せる。


「続きは中で話しましょう」

 ジェイド王子はわたしたちを宮殿へと促した。

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