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王子様が迎えに来てくれたと思ったのだけれど  作者: 録宮あまね
8.ナギ国でのひととき

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共有と出立

 メル姉の部屋の扉をノックする。

 扉はすぐに開いた。


「セリア、カナンへ向かうのね?」

 わたしを待ち構えるかのように扉の側で立っていたメル姉はそう言った。


「メル姉……」

「もう少しナギでゆっくりしてほしいと思うけど、カナンの問題が解決しないときっと本当の意味であなたは安らげないわね」

 彼女は厳しい顔でわたしの後ろに控えているライルさんとクライに目をやる。


「2人とも、セリアをお願いね」

「分かっております」

 ライルさんは返事をし、一礼した。


「セリア、あなたの思うままに」

 メル姉はようやく少しだけ笑う。


「……前も同じことを言ってくれましたね」

「前は……それでも、あなたがジェイド王子を選んでくれるのではないかと期待していた。でももうそんな事は望んでいない。私も決めたの。あなたが幸せになれるならどんなことでもする。だからあなたは、国のこともこの世界のことも何も気にせず好きなように生きて」

 メル姉は真っ直ぐにわたしを見ていた。

 その表情は息を呑むほど綺麗で……。

 彼女もきっとこれから何かと戦おうとしている、そんな気がした。


「メル姉、わたしはとても自分勝手な人間だと思います。でも1人だけ幸せになろうなんて思ってません。メル姉だって幸せじゃないと嫌なんです。……それだけは忘れないでください」

 メル姉は一瞬驚いた顔をした後、強くわたしを抱きしめた。


「愛してるわ、セリア。気をつけて」

 耳元で囁いた彼女の言葉は震えていた。




 両親やカエヒラ様には会えなかった。

 会えなかったというより、会わないことにした。

 わたしは知らなかったのだ。

 ずっとみんなが魔力でこの国を、眠った状態のわたしを守り続けてくれていたことを。

 魔力あるものはわたしのためにこのお城の最上階で昼夜、力を使い続けている。

 それは、わたしが戻り安全であるゲートを解除した今も。


 クライから聞くまで気づきもしなかった。

 どうしていつもお城の中はメル姉や数人の侍女さんしか居らず、常にひっそりとしているのか。

 カナンから戻ったあの日以来、メル姉が紹介してくれたみんなに会っていない。


 この国にあの事件が起こる前の平穏を取り戻したい。

 そしてみんなに感謝の気持ちを伝えたい。

 トキ王子の危険思想を取り除くことができたなら(本当のところの彼の考えはわからないけれど)きっとみんなも安心できるはず。



 わたしは支度を整え、2人と一緒に外に出る。

 外といってもお城の敷地内だ。


「空間魔法ですか?」

 わたしの質問にライルさんは頷く。


 わたしは彼に向かって両腕を差し出した。

 ライルさんは一歩後ろに引く。


「え?」

 わたしは腕を出したまま思わず声を上げた。

 それでもライルさんは動かずにわたしを見ている。


「あの、抱えてくれるんじゃないんですか?」

「そうだが」

 ライルさんは考えるようにしていたけれど、結局いつものようにわたしを抱きしめた。


「甘いな……」

「甘い?」

「トレメニアの香りに酔いそうだ」

「あ、すみません。少し離れますね」

「別にいい……。嫌いじゃないから許した」

「許したも何も自分で蜜をかけるようトレメニアに指示したんじゃない。責任取りなよ」

 クライが冷たく言い放つ。


「責任……」

「あの、大丈夫です。わたし、トレメニアの香り、大好きですから。それに香りだったら時間が経てば薄れますよね?」

「いや、固着させたからまた魔法で外さない限りそのままだ」


 酔うと言っておきながら、ライルさんはわたしを離さない。

 こんなに密着して話していては緊張する。

 彼は恥ずかしくないのだろうか?

 そっと見上げると目が合い、わたしはあからさまに下を向いた。


 ライルさんは俯いたままのわたしの頬に触れる。

 そして、そのままわたしの左の瞼に口付けた。


 な、何!?

 何事!?


「香りを少し奪った。やはり仄かに香る程度がいい」

 ライルさんは呟く。


 あ、魔法……。

 魔法……だよね?

 吃驚した。


あるじ、またそんなセリアの」

「黙っていろ」

 ライルさんはクライの言葉を遮る。


「だから黙っていられるわけないでしょ? そんなやり方し」

「黙れと言っているのが分からないのか」

 ライルさんの声が低い。

 彼はわたしを離し、クライを風の魔法で攻撃するけど、クライはうまい具合に避けた。


 また始まってしまった。

 これはいつものパターンだ。


「クライ、大丈夫だよ。あの、トレメニアの香りってすごくいい香りだから、共有できるならそれはいいことだと思うの」

「セリア……」

 クライは呆れた顔でわたしを見ている。



「ずるいよ」

 クライはぽつりと呟いた。


「あ、クライもトレメニアの香りが好き?」

「え?」

「よかったらどうぞ」

 わたしは彼に近づいて、少ししゃがんだ姿勢になる。


「ええ?」

「魔法……なんだよね? ライルさんがしたみたいにクライも好きなだけ奪っていいよ」

「はあ?」

「えっと……要らない?」

「いや、そうじゃなくて。……あー、じゃあ……貰う……よ?」

 クライの顔は真っ赤だ。



 わたしが目を瞑ると、クライは躊躇いがちにそっとわたしの右の瞼に口づけた。


「セリアってさ、ホントに……」

「え?」

「ぜんっぜん学ばないよね。まぁ別に、セリアがそういうこと……平気ならいいんだけど」


 そういうこと?

 もしかしてわたし、クライに節操がないとか思われてる?


 わたしだってこんな渡し方(?)恥ずかしくないわけじゃない。


「あの、違うよ? 魔法だからって誰にでもそういうこと許すわけじゃなくて、嫌じゃないのはクライとライルさんだからだよ?」

「……そっか。少し安心した」

 クライは笑った。

 彼の瞳の光彩が輝く。



「行くぞ」

 わたしとクライが話している間に準備したのか、ライルさんの足元には白い光の魔法陣が描かれていた。

 彼に抱えられて今度こそ宙を飛ぶ。


 わたしはライルさんにしっかり掴まり目を瞑る。

 何度経験しても、連続で空間を飛ぶという異常な行為に慣れることはない。


 風を感じながら、トレメニアの甘い香りがした。

 ただもう、その香りがわたしから香っているのか彼から香っているのかは分からない。






「セリア、着いたよ」

 クライの声に目を開けると、真下に見覚えのあるトリイのゲートが見えた。

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