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会いたかった

 リングは最初からそこにあったかのように自然にライルさんの額に収まっている。

 わたしはお城に戻り、自室で一息つくことにした。


 ライルさんの笑顔を見る事は叶わなかったけれど、ひとまず彼がリングを受け取ってくれただけでも良かったと思う。ハンナのみんなやリズさんにも良い報告ができる。




 夕暮れ近く(陽が沈むのがだいぶ早くなってきたけど、多分日本時間で夜の7時くらいかと思う)クライがわたしの部屋を訪ねてきた。


「クライ、入って」

 わたしがそう言うと、

「じゃあ少しだけ」

と彼は遠慮がちにゆっくりと中へ入った。


「一言お礼が言いたくて」

 クライの顔は少し紅潮している。


「お礼?」

「セリア、あるじに心のこもったリングをプレゼントしてくれてありがとう」

「わざわざそれを言いに来てくれたの?」

「だって、嬉しかったから。主……すごく嬉しかったと思う」

 確かに、リングをつけた時、ライルさんはいつもより穏やかな表情をしていたように見えた。


「クライはライルさん思いだね」

「は? 気持ち悪い言い方しないでよ」

「気持ち悪い? 仲がよくていいなって思うけど」

「主とは喧嘩ばっかりだよ」

「でも、喧嘩するほど仲がいいって言うじゃない」

「何、それ」

 あ、こちらの世界ではそんなことわざは通じないか……。


「そうだ。ごめんね。クライにもいっぱいお世話になってるのに何もなくて。クライにも何か身に着けるもの、プレゼントできればよかったね」

「セリア……」

 クライは一瞬驚いた顔をした後、首を横に振った。


「オレにはこの髪飾りがあるから大丈夫」

 クライは髪飾りに触れ、微笑む。


「大切にしてるもんね。元々はライルさんのものだよね」

「これはセリアがくれたんだよ」

「え?」

「子供の頃、セリアが主にくれたの。ずっと主の宝物だった」

「そう……だったの?」

 わたしはクライの髪飾りを改めて見つめる。


 全然知らなかった。この美しい髪飾りが、わたしがライルさんにあげたものだったなんて。

 当然何の記憶もない。

 昔のわたしもライルさんのことが大好きで、今と同じようにサプライズでプレゼントしようって考えたのかな。



 けど、宝物……だった・・・

 過去形だ。

 ライルさんはこの髪飾りをいらないと思って、クライにあげてしまったのだろうか。

 わたしは左右に首を振る。


 それでもいい。

 それでも捨てたりしないで、今、クライが大切に使ってくれている。

 それだけで十分嬉しい。


「クライ、ありがとう。大切にしてくれて。自分で言うのもなんだけど、本当に綺麗な髪飾りだよね」

「これもリズさまが作ってくれたの。小さいセリア、リズさまに頼みに行ったんだよ。素材を集めるのに無茶なことして、やっぱり主やメル姫さまに怒られてたけど」

「……そうなんだ。いつも怒られてばかりで恥ずかしいな」


「セリアは一生懸命なだけだよ。オレはそんなセリアが……」

 クライは言葉を止めると、俯いて赤くなった。


 先のセリフは分かっている。

 抱きしめたいくらい可愛い。

 でもそんなことはできなくて、わたしは俯く彼を下から覗き込む。


「セリア、近すぎるよ!!」

 そう言うとクライは赤い顔のまま慌てて部屋を出て行ってしまった。

 からかうつもりじゃなかった。

 悪いことをしてしまった気がする。




 クライが去って、交代するかのように今度はメル姉がわたしの部屋を訪れた。

 結構深い時間だったから何かあったのかと心配したけれど、メル姉は「少し眠れなくて……」と目を伏せた。


 ライルさんの話はせずに、2人でまったりとお茶を飲む。スワリのお茶の香りは、いつでも心を落ちつかせてくれる。

 メル姉は長居をせずに、 2杯ほどお茶を飲むと「もう大丈夫。よく眠れそう」と言って笑顔でわたしの部屋を後にした。






 翌日、朝食の前に朝の散歩に出ることにした。広いお城の周りを散策してみたくて。

 それと、会えるかわからないけれど、フラワーガーデンの妖精さんたちに会えたらお礼を言いたかった。


 木々に囲まれながら、わたしは深呼吸する。

 空気が澄んでいてとても気持ちがいい。


 フラワーガーデンに続く小道をゆっくりと歩く。

 この道は夢で何度も見ている。ただわたしが成長したせいか、歩幅がだいぶ大きく感じられた。




 フラワーガーデンに辿り着くと、美しい花々にライルさんが水を撒いていた。


「ライル……さん?」

 わたしの声に、驚いたように彼が振り向く。

 同時に、美しいグラデーションの髪がふわりと揺れた。


「ずいぶんと早いな。昨日戻ったばかりだというのに疲れていないのか?」

 ライルさんの質問に答えず、わたしは彼を見つめる。


「城の敷地内とはいえ、勝手に1人で出歩くな」

 ライルさんはわたしの返事がないことを然程気にする様子もなくそう続けた。


 彼の瞳の色は基本の薄青。ただし当たり前のように、混じる翠の濃度が絶えず変化している。


「……会いた……かった」

 思わず呟く。


「何を言っている? 昨日も会っただろう」

 わたしは首を左右に振る。


「ライルさんにこの場所で会いたかったんです」

 胸がいっぱいになり、勝手に涙があふれてくる。


「……お前、どうかしたのか?」

 ライルさんの言葉に、わたしは更に左右に首を振る。


「怖い夢でも見たのか?」

「いいえ。毎日のように向こうで見ていた夢はとても幸せなものでした。でも所詮は夢で、過去の記憶の断片です。こうして実際に触れることは叶わない……」

 わたしはライルさんに近づき、彼の右手にそっと触れた。


「この手を左から右に振って水を撒くんですよね。不思議なことだけど、不思議だとは思いません。だってずっと夢で見てきたから」

「夢?」

「向こうの世界で見てきた夢です」

「……そうか」

 わたしはライルさんの手を握ったまま彼に笑いかける。


夢の中かこの俺は、今の俺とは違う。がっかりしただろう」

 ライルさんはそう言うとわたしから視線を逸らした。


「ライルさんは何も変わってないです」

 わたしははっきりと答えた。

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