クライの髪飾り
「セリア!!」
扉を出た途端に、小さな男の子がわたしの名を呼ぶ。
わたしの……?
姿もだけど、本当はそんな名前で呼ばれたって全然自分のことだと思えない。
わたしを見上げるその少年の声には、何故か聞き覚えがあった。
一瞬だったけど、あの時現れた影。
彼がきっと、ライルさんの従者のクライさんなんだと思う。
「ライルさんはどこ? わたし、彼に会いに行く。それで、元の世界に帰してもらうんだから」
彼なら間違いなくライルさんの居場所を知っているはずだ。
「そんなのダメ!! 何でもする。何でもするから、どこにも行かないで。セリア、ずっと会いたかった。お願い、もうオレを置いて行かないで」
そう言うと、彼はわたしに抱き付いてきた。
わたしはそのままゆっくりと後ろに倒れる。
夢の中の王子様と同じくらいの年齢の、とても綺麗な男の子。初対面のはずだけど、クライさんもメルさん同様、わたしのことを知っているみたい。
抱きついたまま、彼は何故か震えている。
それでわたしはようやく彼が泣いていることに気付いた。
しばらくしてクライさんは恥ずかしそうに顔を上げ、わたしから離れた。
同時にわたしも立ち上がる。
彼の髪は、青から濃紺のグラデーション。肩のラインで綺麗に切り揃えられている。瞳も髪と同様、青色。でも一部だけ黄色がかっている。
こちらの世界では髪色がグラデーションとか、瞳に色が混じっているとか、もしかしたら特に変わったことではないのかもしれない。
クライさんは、慌てて自分の涙を手の甲で拭った。
わたしがどう声を掛けていいのか分からなくて戸惑っていると、
「ごめん。違うの。嬉しくて……」
と彼は小さな声で言った。
その時、彼の髪に見覚えのあるものを見つけた。
「この髪飾り……王子様の……」
「王子様?」
聞き返しながら、クライさんは自分の髪飾りに触れる。
「えっと、ライルさんの?」
わたしは言い直す。
「うん。そうだよ。主の。貰ったんだけど、オレはいつか返すつもり。主の大事なものだから」
彼は言った。
「どうしたの?」
クライさんが心配そうに、黙り込んだわたしを見上げている。
「ううん。分かってたけど、王子様……やっぱりライルさんだったんだなって思って」
「……主がセリアの王子?」
「うん」
あちらでライルさんには酷い言葉を投げつけられた。彼はきっと、わたしのことを嫌っているんだと思う。
それでも、彼が夢の中の王子様だと分かって嬉しかった。
彼のことを怒っていたし、嬉しいなんて感情……自分でもすごくおかしいと思うけど……。
「ごめんね」
突然、クライさんが言った。
「え?」
意味が分からず、わたしは聞き返す。
「……主、冷たく見えるけど悪気があるわけじゃないの。ああいう風にしか言えなくて。だから……ごめんね」
「クライさん、もしかして向こうでわたしたちの話、聞いてた?」
彼は小さく頷く。
「だって、あの時その場に居なかったよね?」
「その場に居なくても主とは繋がっているから分かるの。それとセリア、ずっと気になったてたんだけど、クライさんって呼び方はやめて。オレのことは、ただクライでいいの」
確かに……年下だし、彼の雰囲気に"クライさん"は全然合ってなかった。
「クライ……って呼びつけにしてもいいの?」
「うん!! クライでいいの!!」
そう言うと彼は綺麗な瞳を輝かせて、嬉しそうに微笑む。
か、可愛い……。
和んでる場合じゃないんだけど、その彼の言い方と表情はとんでもなく可愛いかった。
不意に後ろから視線を感じて、わたしは勢いよく振り返る。
「やっと気付いてくれた!! ずるいわ!! クライとばかり仲良くして!! 私のことはどうでもいいのね!? 嫌われたくなくて控えめにしてたけど、そんなにぐいぐい押すクライの方がいいなら、もう私だって遠慮しないんだから!! 何よ、クライばっかり!!」
「お……お姉さん……?」
赤い顔をしたメルさんが、おもいっきり頰を膨らませていた。
「お願いセリア。やっぱり私のこと、メル姉って呼んで!!」
勢いが凄くて、今度はとても断われる雰囲気じゃない。
「わ、わかりました。じゃあ……メル姉、それであのわたし、本当に元の世界に帰りたいんですけど……」
「だからそれは駄目!! 不安だと思うけどちゃんと説明するから、この世界のことも自分のことも受け入れて、それからどうするかは……」
メルさんの声が急に遠ざかる。
なん……だろう……。
力が抜ける……。
体……痛い……。
「セリア!?」
メルさんの叫び声。
「ベッドまで運ぶね」
側で、慌てたクライの声が聞こえる。
いや気持ちは嬉しいけど、子供の君には無理だよ……って思っていたら、何かぐにょぐにょしたものに持ち上げられた。そのままその何だか分からないぐにょぐにょは、優しくわたしをベッドまで運んでいく。
「大丈夫? セリア」
クライの声に、わたしは目を開ける。
「……大丈夫。心配かけてごめんなさい。このぐにょぐにょ、クライが出したの?」
「キニュレイト。一応名前があるんだよ」
「クライって……ライルさんみたい。もしかして魔法使い?」
「うん。正確には魔法使いって言い方はしなくて、魔術師だよ」
彼はそう返した。