売り子、増員
「オレ、セリアを守るつもりで側にいたのに、返って大事にしちゃったね。ごめんなさい」
クライは小さな声でそう言うと、わたしに向かって頭を下げた。
コレットさんなんて少し離れた場所で片足を地面に着け謝罪の体勢を崩さない。
「そんなことない……」
もっと早く、わたしがシスイくんに対して毅然とした態度を取っていればこんなにまでコレットさんやクライに迷惑をかけずに済んだ。
「私達も何もできず申し訳ございませんでした」
エチカさんまで謝罪の言葉を述べる。
キイロさんとマニさんがエチカさんと一緒に頭を下げた。
その時、突然左方から聞き覚えのある元気な声が聞こえた。
「みなさまー、こちら『菓子処ナンハ』限定の焼き菓子でーす。今日だけしか手に入りませんよー」
「おすすめはマドレーヌでーす。試食も行なっておりまーす」
10メートルくらい先に、大きな籠を持ちながら歩いているエリスさんとカミラさんの姿が見える。
彼女たちはわたしを見つけると、籠を片手で抱え大きく手を振った。
「姫様、追加のお菓子です。私達もじっとしていられず、長に許可を貰ったのでお手伝いに来ちゃいました」
今日もおでこ全開、カミラさんが言った。
「この辺りは人がいっぱいですね。なんだかわかりませんがこれは稼ぎ時ですよ。あれ? やだ、クライ様……じゃないですか? どうして?」
エリスさんは不思議そうに首を傾げて、頭を下げたままのクライに尋ねる。
「それよりそこで蹲っているコレット様はどうなさったのですか?」
カミラさんは眉をひそめる。
「コレット様のことは放っておいて構いませんわ」
キイロさんが返した。
普段の彼女からは想像できない冷たい口調だ。
「コレット様はコルハの誇りですが、今回ばかりは聊か呆れました」
エチカさんもため息をつく。
マニさんだけは辛辣な言葉を発さなかったけれど、やはり険しい表情をしてコレットさんを見ていた。
「クライもコレットさんもそんなに深刻に反省しなくていいです。何事もなかったわけですし、みんな、コレットさんのことばかり責めないでください。急なトラブルからわたしを一生懸命守ろうとしてくれたじゃないですか」
わたしは明るい声で言った。
「どこがだよ。コレット、自分が襲おうとしてたよ」
クライは呟く。
「クライ、今日はフェスティバルだよ? わたし、頑張ってみんなで作ったお菓子をたくさん売りたいの。クライも手伝って!!」
「セリ」
「陽菜!!」
「あ……そっか。ごめん、ヒナ……」
「そうですよ。何があったかわかりませんがこんなことでは……ヒナ様の目的を達成することが出来ません」
カミラさんが言った。
エリスさんも頷く。
「コレットさんも、護衛なんていいのでもう一緒に売り子になってください」
わたしはいつまでも立ち上がろうとしないコレットさんの前でしゃがみ込むと、そう伝えた。
「私にそんな資格は……」
「売り子に資格なんていりません」
「そういう意味では」
「なんでもいいから、折角のお祭りを楽しみましょう?」
「セリア姫……」
コレットさんは顔を上げ眩しそうにわたしを見つめる。
「だから陽菜です!!」
みんな全然気をつけてくれない。
お忍びがばれてもいいのだろうか。
「もうコレット、さっさと立ち上がってヒナから離れてよ」
クライが叫ぶ。
「まあコレット様は黙っていれば女性に人気がありますから、今はとにかく売上に貢献していただきましょうか」
エチカさんが言った。
「すでに大分目立ってますしね」
マニさんは言いながら周りを見る。
コレットさんの周りは特に人だかりになっている。
「全く仕方がないなぁ」
渋々といった感じでクライが言った。
ようやくみんなに笑顔が戻る。
騒ぎで人が集まっていたせいか、コレットさんの呼び込みのおかげか、お菓子は飛ぶように売れた。
試食した人が綺麗で美味しくてその上珍しいと宣伝してくれたため、あっという間に評判になったことも要因の一つだろう。
そして『限定』という言葉に効果があるのはどの世界でも一緒のようだ。
何度も追加のお菓子をハンナから持って来てもらった。
「完売……ですね」
とうとう空になってしまった最後の籠を持ち上げ、エチカさんが言った。
「みなさん、ありがとうございました。エリスさんとカミラさんも手伝いに来てくれて本当に助かりました」
わたしはみんなと、それから改めて2人にお礼を言う。
実質的な戦力という意味だけでなく、2人が来てくれたおかげで嫌な空気が一気に明るくなった。
エリスさんは「とんでもないです。お役に立ててよかったです」と言い、カミラさんは「私の方こそ楽しかったです」と言って笑った。
シスイくんのことはシンリーさんやルビナさんに何も報告しないでほしいと、この場の全員にお願いした。
そもそも告白されるというハプニングさえなければコレットさんに落ち度はない。
コレットさんは慣れない売り子の仕事を本当に頑張ってくれた。
わたしは渋い顔のみんなを熱心に説得した。
そして結果、お咎めなし……ということでどうにか治めることができた。
感極まったコレットさんが懲りずにわたしの手を握ろうとしてきたので、クライが彼を風で吹き飛ばした。
もはや、コントかな……と思う。
「ところでさ、ヒナはどうしてこんなことしようと思ったの? 変化の薬を飲んでまで、さ」
フェスティバルが終わり、みんなで片づけをしている最中、クライが質問してきた。
まあ、聞かれて当然の質問だった。




