唐突な恋の嵐の顛末
「もしかしてあれって警備隊長のコレット様じゃない?」
「フェスティバルにお偉いさんでも来ているのかな?」
「なんか事件か?」
周りがざわつき始める。
段々と人が集まってきた。
「あ、確かにあんた見たことある。ホントに本物のコレット様か? じゃあ、ヒナは女たらしのコレット様のお手付きなのか!?」
シスイくんは大声を上げる。
「失礼な!! ひ……ヒナさんに謝ってくださいませ!!」
エチカさんが拳を震わせながら怒りを露にした。
確かにコレットさんとわたしは何の関係もない。
でもこれは……。
もしかしたら場を収めるいいチャンスなのかもしれない。
「そ、そうです。わたし、コレット様の……は、8番目の彼女です。8番目ですが毎日愛されまくりです」
そう言ってコレットさんに近づいてみた。
「8番目? そんなの嘘だ。ヒナみたいに真っ直ぐで純粋な女の子がいくら英雄とはいえ複数人と付き合うような男を好きになるはずがない!!」
シスイくんは自分でお手付きと発言してきたくせに、今度は信じられないといった表情でわたしを見ている。
「嘘ではありません。彼女は謙遜して8番目と言っているだけで、今の私の最愛の方なのです」
コレットさんは熱い視線をわたしに投げかけた。
「……ふーん。じゃあここでヒナにキスしてみて。本物の恋人同士ならできるでしょ? ヒナが嫌がらないなら認めてあげる。そんで俺は引くよ」
シスイくんは挑戦的な目でコレットさんに向かってそう言った。
「無論です。寧ろ願ったり叶ったり……」
コレットさんは真剣な目でわたしの手を取る。
「ちょっと!! コレット様!!」
手を取られ固まってしまっているわたしの代わりに、エチカさんが悲鳴に近い声で叫んだ。
徐々に近づくコレットさんの瞳には、そばかすだらけのわたしが映っている。
えっと……冗談だよね?
考えている間にもコレットさんの端正な顔がどんどん近づいてくる。
まさか本気?
本気でするつもりなの?
それは無理……だよ?
無理……
無理……
無理!!
「ストップ!! もう見てらんない。コレット、なに血迷ったことしてんの?」
突然、宙に現れたクライが魔法の風でコレットさんを吹き飛ばした。
「クライ!?」
わたしは叫ぶ。
「ごめん、セリ……じゃなかった。ヒナ、邪魔するつもりはなかったんだけど」
クライは目立つと思ったのか、そう言うとゆっくり宙から地面に下りた。
「ルビナにコレットの様子がおかしいって聞いてたから、ちょっと心配でね。もしかして近くにいるヒナ絡みじゃないかと思って」
「ルビナ様……ですと?」
派手に吹き飛ばされたコレットさんが何事もなかったかのように起き上がり尋ねる。
「うん。コレットが近頃妙に浮かれてるって城でも噂になってて。コレットの部下にルビナの信奉者みたいのがいっぱい居るでしょ? だからコレットの行動はルビナを通してお見通しってわけ」
コレットさんは俯き、ため息をつく。
「ヒナの護衛は別にいいよ。でも、一体何考えてんの?」
クライは冷たい声で言い放つ。
「……返す言葉もございません。この件に関しては何なりと処罰を。王室直下の警備隊長として相応しくない、常軌を逸した行動でした」
「本当にね。今度ヒナにそんな真似したら俺が直接お前を殺すよ?」
クライは感情のない冷たい声のままそう言った。
怖い……。
表情もいつものクライと違って見える。
「クライ、やめて。そんな風にコレットさんを責めないで。わたしが悪いの。元はといえばわたしがコレットさんを利用しようとしたから」
「ヒナ……」
わたしの言葉に振り向いたクライはいつもの穏やかな表情をしていた。
「ねえ、ねえ、さっきから俺のこと無視してくれてるけど、つまりヒナはコレット様とは付き合ってないってことだよね? じゃあさ、俺と」
そうだった。
すっかり忘れていた。
シスイくんはキラキラした瞳で再びわたしに迫ってくる。
「俺と……何? キミ、しつこいよ。子供は引っ込んでてくれる?」
クライがわたしとシスイくんの間に入り、彼の言葉を遮る。折角優しい表情になったと思ったのに、また険しい表情に逆戻りだ。
「は? 子供? あんたの方が子供じゃないか。大体、突然出てきて、誰? 魔術が使えるのがそんなに偉いわけ?」
シスイくんのほうも自分より幼く見えるクライに怒りの感情を爆発させる。
「子供……ね。オレのことはどう見えてもいいけど、気安く彼女に近づかないでくれる?」
「だから、なんであんたにそんなこと言われなくちゃいけないわけ?」
「……もうやめて。やめてよ!!」
わたしは叫んだ。
「クライ、わたしがちゃんと話すからそこで見ていてくれる?」
クライは驚いた瞳でわたしを見つめた後、黙って小さく頷いた。
「シスイくん、変な嘘をついたことは謝ります。でも好きな人がいるのは本当です。わたしにはその人以上の人なんていないから、今もこれからもあなたと付き合うことは絶対にありません。ごめんなさい。けど……好きになってくれてありがとう」
わたしはシスイくんの顔を見て、はっきりとそう言った。
「……うん、分かった。ていうか、分かってた……けどね。俺もちょっと意地になっちゃった。困らせてごめん。……誰だか知らないけどその幸せな奴に早く告白しなよ。ヒナなら大丈夫。俺が一目惚れするくらい可愛いんだからさ」
「シスイくん……」
「あのさ、お菓子は売ってくれる? ヒナが心を込めて作ったお菓子、最後にどうしても食べてみたくて」
シスイくんが照れくさそうに言った。
「勿論、喜んで」
わたしは笑ってお菓子の籠を差し出す。
シスイくんはお菓子を何点か選んだ後、一度もこちらを振り返ることなく去っていった。




