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港町フェスティバル

 とんでもない色とは裏腹に、その液体は確かに無味無臭だった。

 特に何も変わった感じはない。


「もっと地味な色味だとなお良かったのですが……」

「え?」

 マニさんがわたしの周りを回りながら呟く。


「色の変化は様々で出たとこ勝負……という感じがあるんですよね」

 キイロさんはそう言った。


「姫様、こちらでご確認くださいませ」

 エチカさんはドレッサー前の大きな鏡の前にわたしを導く。


「誰!?」

 わたしは鏡を見て硬直する。

 顔や体形が変わったわけではない。

 でも深紅の髪にオレンジの瞳。髪と瞳の色が違うだけでまるで別人だ。


「まあ、かなり華やかな色合いではありますが、これならきっと一見しただけでは姫様とは気づかれないでしょう。後はお化粧でそばかすなど作って健康的で庶民派な感じをアピールしましょう」

 エチカさんは笑っている。


「姫様も今日1日はナンハのスタッフの一員でございます。私共もお忍びがばれないよう丁寧な言葉遣いは極力控えたいと思いますがよろしいでしょうか?」

「はい、勿論です。……ところでナンハっていうのは?」

「出店するお店の名前です。ハンナは王室御用達の隠れ宿として知っている民もおりますので、念のため逆読みにしておきました」


「まあハンナがフェスティバルに出店するなんて誰も考えないとは思いますけど」

 キイロさんは可笑しそうに笑う。


「というわけでこちらがナンハの制服です」

 エチカさんはハンガーに掛かった状態の制服をマニさんから受け取り、わたしに差し出した。


「制服……?」

「会場にはもう店舗も構えてあります。全ておさの采配にございます」

「シンリーさん、凄い……」

 普段優しくてふんわりしているけど、仕事が的確で速い。さすがにハンナを任されているだけのことはある。


 わたしは早速用意されていた白と茶と緑、三色使いの制服に着替えた。

 スカートはふわっとした丸いフォルムで可愛らしい。でもドレスとは違い動きやすそうだ。

 ベレー帽に似た形の帽子と胸元にはさり気なくナンハのロゴが入っている。

 本当になんて準備がいいことだろう。

 もはや感動するレベルだ。



 支度を整え、エチカさんたちとともにシンリーさんに見送られてフェスティバル会場へと出発した。




「コレット様が距離を取りながら警護に当たっております」

 エチカさんが言った。


 わたしたちは荷物を積んだ車のようなものに乗り込み移動している。

 屋根のない観光用の馬車に似ているけれど、馬が引いてくれているわけではない。これも魔法と科学の融合だろうか。


「車に乗っているわたしたちを警護するなんて大変じゃないですか?」

 周りを見渡すけれど、他にこのような車は見当たらない。


「コレット様は魔術が使えます。移動手段には事欠きません」

「そうなんですね」

 これまでライルさんやキリクが魔法で空間を移動するのを何度も見てきたのに、まだこちらの世界の常識に慣れない。






 フェスティバル会場はとても広く、海沿いに色とりどりの店舗が並んでいた。

 わたしたちのお店、ナンハは薄黄緑と白の可愛らしい水玉模様の屋根で、即席にしてはしっかりとした骨組みの店舗だった。


 みんなで籠にお菓子を並べていると、1人の少年が店舗にやってきた。


「変わったお菓子だね。これちょうだい」

 彼はマドレーヌを手に取る。

 こげ茶の髪に空色の瞳のなかなか綺麗な顔立ちの少年だ。


「私が代わります。姫さ……」

「姫?」

 少年が怪訝な顔でわたしを見る。


「あ、陽菜です。ね、エチカさん」

「そうそう、ヒナ……ヒナでした。申し訳ございません。お客様、ヒナさんにそんなに近づかないでくださいませ」

「なんで? そっか。ヒナかぁ。かわいい名前だね。でも名前だけじゃなく、君みたいなかわいい女の子、俺、見たことないよ」

「そんなことない……です」

 本当にそんなことないはずだ。そばかすを全面的に押し出したメイクだし。

 わたしは空色の瞳を大きく開けて真っ直ぐに見てくる彼から、思わず目を逸らす。


「謙虚だね。そういうところもいいなぁ。ねえ、ヒナ。俺がもう少し大きくなったら俺と結婚してくれない?」

「は? 結婚!?」

 この子、突然何を言いだすのだろう。

 この世界の人って常に結婚のことを意識しながら生活しているの?

 大体、彼はこの世界のわたしと歳が違いすぎる。


「あの……初めまして、ですよね? それにあなた……何歳いくつですか?」

「あなたじゃなくてシスイ。シスイ・アウトエバ。今12だけど俺は年の差なんて全然気にしないし。子ども扱いしないでよ」

「わたし、す、好きな人がいるので」

「そんな男より俺の方が絶対いい男になると思うな」

 シスイくんはそう言って軽くウインクする。


 どうしよう。

 こういうタイプは苦手だ。隼人ばりに押しが強い。



 その時、低めの力強い声がした。

「君にはぶん不相応のお方だ。下がりなさい」

「コレットさん!!」

「子供と思って様子を見ていましたが、結婚? 結婚ですと!? そのような大それたことを言いだすなど到底許されることではありません。大体、私だって今すぐにでも攫って逃げたいところを鍛え上げた忍耐力のみでじっと堪えているというのに」


「え?」

 すぐ横でキイロさんが呆れた声を上げた。

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