わたしにできること
「長、何か物を売ってはどうでしょうか? 売上の利益でリングを作ってもらうんです」
エチカさんがそう提案した。
「幸い2日後に港で大きなフェスティバルがあります。人がたくさん集まりますし、そこで何か売りましょう」
マニさんも笑顔で続ける。
「フェスティバル……。とてもいい考えですね」
わたしは言った。
ただ、わたしに売り物になるようなものが作れるだろうか?
お祭りと言えば、屋台のイメージ。やはり食べ物を売るのが堅実かもしれない。
「……確かにフェスティバルは物を売るチャンスですが、姫様を人ごみにお連れするのは危険です」
エチカさん、マニさんと対照的にシンリーさんの表情は冴えない。
「では姫様には売り物を作ることに専念していただき、売り子は私達だけで行えば問題ないのではないでしょうか」
キイロさんが力強く後押ししてくれた。
「それならよいかもしれません」
シンリーさんはようやく穏やかな表情で頷く。
「あの、すみません」
わたしはここで小さく手を上げる。
「お気遣いはありがたいのですが、わたし、自分でできることは何でもしたいって思ってます。フェスティバルに直接参加したいです」
「それは姫様が人ごみで露店の売り子をされるということでしょうか?」
シンリーさんの声が大きくなる。
「はい」
はっきりと答えたら、シンリーさんはまた難しい顔をして困ったように俯いてしまった。
「長、提案ですがちょっとした魔法で姫様の雰囲気を変えられます。しかも国民のイメージの姫様は髪が長いので、今の姫様ならもしかしたら気付かれないかもしれませんよ」
マニさんが言った。
「かもしれない……で何か起こってしまったらライル様に申し訳が立ちません」
「姫様に売り子をやっていただくかどうかは追々考えることにして、まず先に何を売るかを考えてはどうでしょうか?」
「確かにそうですね。姫様の願いを叶えるためにも前向きに考えてみましょう」
シンリーさんは答えた。
「ちなみに姫様はどういったものを売りたいですか?」
エチカさんがわたしにそう聞いてきた。
「お祭りならやっぱり食べ物がいいんじゃないかって思うんですけど」
「食べ物……。こういったフェスティバルの露店で人気の食べ物は果物を使った冷やしキャンディやフロート、手軽に食べられるパン、お菓子ですね。スープや揚げ物なども売られていますが、本格的なものを作るためにはそれなりの設備が必要です」
「お菓子なら焼き菓子なんてどうでしょうか? 包装したものを販売するだけなら当日の設備は必要ないですし」
「焼き菓子……でございますか?」
エチカさんが聞いた。
「クッキー、パウンドケーキ、マドレーヌくらいだったらわたしも作れます。売り物としてはどうかなって思いますが、向こうの世界でお菓子を作るのは結構好きだったので」
「パウンド……マド? 聞いたことのない名前ですが、材料は何でしょうか?」
「メインは小麦です」
「小麦?」
エチカさんは首を傾ける。
「こちらの世界のパンの食材は何ですか?」
わたしは逆に尋ねた。
「大抵はクグかムグです」
「それでムグパン!!」
形状とか街の名前ではなく、単純に材料の名前だったらしい。
つまり米粉パン……みたいなものじゃないかと思う。
「じゃあ、小麦粉の代わりにクグ粉かムグ粉を使えばきっと大丈夫です。クグ粉とムグ粉の違いは何ですか?」
「クグよりムグの方が遥かに高価なのですが、その中でも特別なムグがあります。あ、その特別なムグ粉で新しいお菓子を作ればこれまで食べたことのないような美味しいお菓子が出来上がるかもしれませんね」
エチカさんは急に何かを発見したようなキラキラした表情でそう言った。
シンリーさんは横で頷いている。
「わたくしは先にフェスティバルの露店の許可などの手続きを致します。エチカたちは厨房スタッフにも協力してもらって、販売するに相応しいお菓子ができるよう進めてください」
シンリーさんはエチカさんにそう指示を出すと、わたしに一礼して先に部屋を去った。
わたしたちは厨房に向かう。
案内された広い厨房のスタッフの中に、なんとあの時の無邪気な双子の姿があった。
確か、エリスさんとカミラさん……。
2人とも帽子で髪を纏めているけれど、1人は前髪をピンで留めていて、もう1人はおでこを全開にしている。今日は名前を聞けば難なく区別が付きそうだ。
2人はわたしの姿を見ると揃って深く頭を下げた。
「セリア姫様、先日は姫様にもライル様にも失礼な態度をとってしまい、大変申し訳ありませんでした。私達のせいでこのハンナ自体を敬遠されてしまったらどうしようとずっと不安に思っていました」
前髪をピンで留めた女の子がそう言った。
「長の命で2人とも現在は厨房のほうで修行させております。若さゆえとはいえ、私情を態度に表すようではハンナの女中としては失格でございますから」
エチカさんが説明する。
「けれど2人とも元々料理の才能があったようで、このところめきめき腕を上げているのですよ」
マニさんが明るい声で言った。
「不快でしたら私達は下がっています」
今度はおでこ全開の女の子の方が言った。
「頭を上げてください。2人ともわたしに謝るようなことなんて何もしていません」
「でも……」
「えっと……そうですね。強いて言うならライルさんが悪いと思います」
「「え?」」
2人は同時に頭を上げ、驚いたようにわたしを見る。
「つまり、ライルさんが綺麗すぎるのが悪いんです」
わたしは笑って言った。
「確かに……。ライル様の美貌はとてもこの世のものとは思えません。姫様、分かってくれますか?」
瞳を大きく開けた、おでこ全開の子が言った。
「勿論です。勿論分かりますとも!!」
「初めて間近で見た時、変化する色彩の瞳に吸い込まれそうになりました。そして一気に体中の血液が逆流するような、電撃に体を打たれたような衝撃がこの身に……」
おでこ全開の子はそう続ける。
「絶対に媚びないクールな振る舞いも魅力的です。ずっと昔からファンでしたから、本物にお会いできて興奮するなと言われても無理な話なんです」
ピン留めの子も頰を紅潮させて言った。
「勝手に溢れる感情は自分で止められるものではありません」
わたしはそう言って頷く。
「「姫様!!」」
2人は同時に叫び、わたしたちは結束したファンクラブメンバーのように手を取り合って笑った。




