高級ムグパン300個
ハンナに入り、懐かしい面々に再会する。
「セリア姫様、おかえりなさいませ。ナギにお戻りになられていたのですね。ご無事で何よりでございます」
シンリーさんは嬉しそうに微笑む。
「またこんなに早くお会いできるなんて。姫様、本日はわざわざご報告に来てくださったのですか?」
エチカさんも喜んで尋ねる。
勿論キイロさん、マニさんも一緒だ。
「あの、いえ。実はご相談が……」
わたしはちらりとライルさんの方を見る。
「暫く外す」
ライルさんはわたしの気持ちを感じ取ってくれたのかそう言った。
気遣いはありがたい。そもそもライルさんに知られないようこっそり抜け出してきたのだ。
でも、暫く……?
どれくらい時間がかかるか分からない。
「いえ。ライルさんは先に帰ってください」
「俺が居ると都合が悪いのか。……ではクライを付ける」
「クライもダメです」
わたしは慌てて言った。
「ライル様、もしよろしければわたくしが責任をもって姫様をお預かりいたします」
困った顔のわたしを見かねたのか、シンリーさんがそう言ってくれた。
「……頼む」
ライルさんはあっさりと引いた。
「本当にいいんですか?」
逆にわたしは驚きの声を上げてしまう。
「今は特に危険はないだろう。俺やクライが相談の相手に不足だというのも分かる。シンリー、何かあればすぐに城へ連絡を」
「承知致しました」
シンリーさんは頭を下げる。
ライルさんは「絶対に一人きりで行動するな」とわたしに念を押し、城へと戻っていった。
「それで姫様、ご相談とは?」
部屋を移し、シンリーさんが神妙な面持ちで尋ねた。
エチカさん、キイロさん、マニさんにもお願いして、一緒にこの場に居てもらっている。
「……実は装飾品のことなんですけど、どうやったら手に入りますか?」
わたしは早速、手短に相談内容を口にする。
「へ? 装飾品?」
キイロさんが目をぱちくりさせて聞き返す。
わたしはライルさんに新しいリングを贈りたいことを伝えた。
「それはとても素敵です」
エチカさんは目を輝かせ、自分の胸の前で手を組む。
「ライル様、喜びますよ」
マニさんも頷く。
するとどういうわけか突然シンリーさんが口に手を当て笑い出した。
「どうしたんですか?」
わたしは驚いて尋ねる。
「も、申し訳ございません。安心したのです。わたくしは何かもっと深刻なご相談事かと。重大なご相談にきちんとお答えできるか不安だったものですから」
「あ、ごめんなさい。変な相談をしてしまって。わたし、こんなこと誰に相談していいのか分からなくて……」
「謝らないでくださいませ。光栄でございます」
シンリーさんは安堵の混じった優しい眼差しでそう言った。
「装飾品でしたらリズ様に頼んではいかがでしょうか?」
シンリーさんは続ける。
「リズ様?」
「ライル様のお母上様です」
「ライルさんのお母さん? どうしてですか?」
「リズ様は素晴らしい職人でございますから」
それから彼女はナギの装飾品について丁寧に説明してくれた。
装飾品と言っても二通りあり、機械的に技術で作るものと魔術師が魔力を通して作るものがある。
魔力で作るものは魔術師のセンスに依るところが大きく、例え安価な素材でも魔術師次第で素晴らしい装飾品を作ることができる。
また、一流の魔術師ならすぐに作りたい人のイメージを取り込み、理想通りの装飾品を作ることも可能とのことだった。
「リズ様は装飾品に特化した魔術師なのです。聞いたことはございませんが、もしかしたらライル様も装飾品を作れるのではないでしょうか」
シンリーさんは考えながらそう話した。
「これ、ライルさんの額のリングだったものです」
わたしはみんなに腕輪を外して見せた。
「見事な成形……。スレアチブですね。扱うのが難しい素材ですのに」
マニさんが言った。
「やはりリズ様の才能を受け継いでいらっしゃるのですわ」
キイロさんも言った。
「でもライルさんのお母さんに頼むなんて緊張します。それに、ライルさんに渡す前に気づかれてしまうんじゃ」
「リズ様なら大丈夫です。秘密と言えば秘密にしてくださいますよ」
エチカさんが言った。
「リングを作ってもらうのに、いくらくらいかかりますか?」
わたしはエチカさんに尋ねる。
「リズ様、姫様の願いならお代なんて取らないと思いますけど……」
彼女は微笑してそう言った。
「そういうわけにいきません。教えてください」
「では、そうですね……。額のリングなら最低ランクでも大体2000キリくらいでしょうか」
「2000キリ?」
「分かりやすく物で換算しますと高級ムグパン300個くらいです」
高級ムグパン……って何?
全然分かりやすくない。
「……姫様はお代のことなんて心配しなくて大丈夫でございます」
シンリーさんがやんわりとそう言う。
「いいえ。自分の力で手に入れたものでなければ意味はありません。わたし、働いてでも絶対に2000キリを手に入れます」
「本気なのですか?」
シンリーさんの言葉にわたしは真剣な表情で頷く。
彼女は考えるように俯いた。




