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メルさんへの報告

「やはりお前を理解することは難しい」

 そう言ってライルさんは扉へ向かおうとした。


「あの、待ってください!! もう少しだけライルさんのこと、見ていてもいいですか?」

「は?」

「今日も綺麗なので」


 ライルさんはようやくわたしの視線に気づき、自分の右の瞼に触れる。

 当然右目は見えなくなってしまったけれど、左目が一瞬で薄青からスカイブルーに変わった。


「夏の空の色みたいですね」

 爽やかで、日本にいた頃の夏の記憶が蘇る。

 そしてなんだか炭酸飲料が飲みたくなった。多分、サイネリアに炭酸飲料なんてないと思うけど。


「ナツ?」

「日本には四季というものがあって、一番暑い季節のことです。あ、ライルさんが迎えに来た時も偶然夏だったんですよ。本当に澄み渡る青い空のような綺麗な瞳の色です」


「お前、そんな悠長な観察をしている場合か。物好きにも程がある」

「物好き……」

 何もそんな言い方をしなくてもいいのに……と思う。


「こんなに長居をするつもりはなかった。メル姫に報告することがあるだろう」

「メルさん!!」

 わたしは昨日嬉しそうにしていたメルさんの様子を思い出した。



 ライルさんは呆れた顔をしてわたしの部屋を出て行く。

 わたしはそんなライルさんを追いかけて、メルさんがいる場所まで案内してもらった。




「セリア!! 丁度今、会いに行こうと思っていたのよ」

 案内された部屋をノックしようとしたら急に扉が開いて、危うくぶつかりそうになってしまった。


「メルさ……メル姉、おはようございます」

 いつまで経っても「メル姉」と呼ぶことに慣れない。


「おはよう。1人で来たの? 侍女の姿が見えないけれど」

「ライルさんに案内してもらいました」

「そう、ライルが一緒だったの。それで彼はどこへ行ったの?」

「さあ」

 そこの部屋だと教えてくれた後、どこかへ行ってしまった。


「相変わらずね」

 メルさんは微笑した。


「カナンでのこと、報告します。でも、わたし1人じゃ正確性に欠けますし、ライルさんとクライも呼んできたほうがいいと思います」

「そんなに畏まらなくて大丈夫よ。私はあなたの話が聞きたいわ。ゆっくり2人でお話しましょう」

 メルさんは更に「ね」と言って、顔を傾けた。

 彼女の栗色の髪が右側に流れ、その美しさに目を奪われる。


 わたしたちはメルさんの部屋で話をすることにした。





 白の家具で揃えられていて清廉な印象の部屋。丸いテーブルセットのそんなに高さがない椅子に座る。


「セリア、ジェイド王子の印象はどうだった?」

 正面ではなくわたしの横に座るメルさんの瞳が輝いている。それはもう、好奇心旺盛な子供さながらに。


「……ジェイド王子は優しくて、でも芯が強くて、とても……とても素敵な人でした」

 メルさんは頷く。


「そして、この世界が平穏に保たれることを誰よりも願っていました」

「ええ。でもそれだけじゃなかったでしょう? セリアのこと、小さいころから大好きだから」


「それは直接話してみて、よくわかりました」

 彼は本当に必死だった。

 胸が痛くなるくらい……。


「じゃあ」

 メルさんの嬉しそうな表情に、わたしは急いで左右に首を振る。


「彼と結婚はできません」

「セリア……」

「メル姉、ごめんなさい。でも結婚はできないけれど、せめてカナン国の平穏だけは守ってみせます」

 上手くいく保障もないのに思わず言い切ってしまった。それほど強い願いなんだって自分でも改めて思う。


「……どういうこと?」

 メルさんは不可解そうな表情で尋ねる。


「トキ王子はきっと、本当は世界を手に入れることなんて望んでいないと思います。彼が辛かった時、助けが必要だったんです。いえ、今も必要としています。わたしはジェイド王子にそれを伝えたい」

「セリア、あなたトキ王子に会ったの?」

 わたしは頷く。


「直接彼と話したの?」

「少しだけ……」

 心配をかけてしまうから、攫われて軟禁されていたとはさすがに言えない。


「トキ王子があなたをこの世界から消失させた張本人かもしれないのよ。そのことは確認したの?」

「いいえ。でも、例えそうだったとしてもわたし、恨んでなんていません。人を羨む気持ちや寂しい気持ちからの過ちなら誰だってあります。彼は今からでも良い方へ変われるはずです。それで、きちんと話したらジェイド王子も分かってくれるって信じてます。兄弟で争うのはとても哀しいことだから」


 メルさんは何も言わず、しばらく放心したようにわたしを見ていた。



「国同士で決めた大切な婚約の話を勝手に反故にしてごめんなさい」

「……本当にね」

 メルさんの声は機械的だ。

 わたしは下唇を軽く噛み、俯く。


「本当に、あなたはわたしの想像の遥か上を行くのね」

 メルさんは笑っていた。

 そして笑顔のまま続ける。

「どうしたって誰もあなたには敵わない。子供のころからずっとそうだった。いつも優しくて真っ直ぐで。だからこそ私は、あなたに似ているジェイド王子と幸せになってほしいと願ってきたのよ」

「ジェイド王子とわたしは、似ていますか?」

「ええ。今のジェイド王子はあなたによく似ている。彼はあなたを失ってから、あなたに再会できることだけを信じて強くなったの」


「それでも彼の気持ちには応えられません」

 わたしは服越しにライルさんから貰った腕輪に触れる。これまでずっとお守りのスカーフを巻いていた場所……。


「セリア、好きな人がいるの?」

「え?」

 どうしてみんなそんな風に聞いてくるのだろう。


「やっぱりいるのね。その人ってジェイド王子より素敵な人なの?」

 メルさんは真剣だ。食い入るようにわたしを見つめている。

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