配慮のかたち
「ライルさん、わたしがこちらへ来る前に向こうの時は戻してくれたんですよね?」
わたしはそう聞いた。
「……あちらの世界はあの時間のまま止めてある」
「え?」
「俺は時を遡ることはできない」
ライルさんは目を伏せた。
波紋のように、美しく彼の瞳が水色に変わる。
「どういう意味ですか?」
「あちらの時を動かしてお前を連れてきては、眠ったままの器をどうされるか分からない」
「器?」
「お前の身体だ。埋葬でもされようものなら、お前は二度と『ホシカワヒナ』に戻れなくなる」
サイネリアへ来てすっかり姿が変わってしまったというのに、陽菜の身体がどうなっているのか考えてもみなかった。
でもライルさんにとっては、わたしを向こうに戻れなくしておいたほうが都合がいいのではないだろうか。わたしの帰路を断てばジェイド王子と結婚し、サイネリアの平穏が維持される可能性が高くなる。
それなのにわたしに向こうに戻れる選択肢を残しておいてくれた……ってこと?
「ありがとうございます」
わたしはお礼を言う。
「……何が?」
「あの、嬉しかったので。戻れるかもしれないって分かってほっとしました。ライルさんは、優しいですね」
「別に、優しく……ない」
「優しいです」
「優しくない」
彼は冷めた目でわたしから視線を逸らす。
もうパターンは分かった。
冷たい表情をしていても、決して嫌がっているわけではない。困ったり照れたりしているだけ……。
思わず頰が緩む。
「いくら否定しても無駄です。だってわたしがライルさんのこと優しいって思ってるんだから、わたしの思っている気持ちは変えられません」
「……もういい。そんなくだらないことで争いたくない」
ライルさんは腕組みをしてそっぽを向いた。
左側の真っ白な髪が揺れる。
わたしの顔は更に緩む。
そういえば、さっきから一緒にいたはずのクライがわたしたちの会話に一言も口を挟まない。
クライの姿を探すと、彼は離れた場所で侍女さんたちとともに控えていた。
クライはわたしに気づき軽く手を振る。
なんでそんなに遠くにいるのか分からない。
手は振ってくれたけど、クライはその場を動こうとしなかった。
わたしの方からクライに近づくと、彼は「少し待ってて」と言って、侍女さんたちに何か伝えた。
侍女さんたちはわたしに一礼してその場を離れる。
侍女さんたちの姿が見えなくなった途端、クライは右手を斜め上に振り上げた。
前にライルさんがしていた動作と同じ。
「魔法?」
わたしは尋ねる。
「解除だよ。気づかれないようにシールドを張ってたから」
「シールド……」
「うん、即席のシールド。一応、配慮したつもり。話、すぐ終わるかなって思って待ってたんだけど、全然終わんないから。でも結局今、彼女たちを追い返すみたいになっちゃったね」
「配慮って?」
「主とセリアの話を聞かせるのは少し酷で……」
わたしは首を傾げる。
「セリア、ジェイド王子と結婚しないってはっきり言ってたでしょ。そんなこと聞いたらここの侍女さんたち哀しむよ」
「そっか……。ごめんなさい」
「謝ることじゃないの」
クライはじっとわたしを見つめる。
「決めた!!」
一拍置いて、クライは勢いよく叫んだ。
「やっぱり世界のためなんて言って、セリアに無理させたくない。だからオレはセリアを応援する。最初からセリアの気持ちを優先するって決めてたし」
「えっと……クライ?」
「それで、今度こそセリアを守るね」
「今度こそ、じゃないよ。クライはずっと今だってわたしを守ってくれてるよ。でも、そんなことより……よかった」
「え?」
クライは何度か瞬きをする。
「また、ちょっと変だったでしょ?」
「あ……」
クライは驚いた顔でわたしを見る。
「もう距離を置こうとしないで? なぜかクライは時々そうなるよね。我儘かもしれないけど、わたしはクライにいつも側にいてほしい」
クライは真っ赤になり頷く。
「よかった」
わたしはもう一度言った。
「心拍数が……尋常じゃない。お前、倒れるなよ?」
ライルさんがクライに囁く。
「……平気だよ。羨ましいでしょ?」
クライは赤い頰のままライルさんに尋ねる。
ライルさんは当然返事をするはずもなく、身を翻し颯爽と歩き出した。
「行こう、セリア」
クライは笑ってライルさんの後を追う。
わたしも彼らの後に続いた。
これまで何度も訪れた部屋。
そこで待ち構えていたジェイド王子はどこか不安げに見えた。
そして、そんな彼から意外な提案があった。
一度ナギに戻ってはどうか。ナギで心配している皆の元へ戻ってほしい、と。
彼は無理を言ってわたしをトリイに長く引き留めてしまったこと、またそれに因り(決してそれに因り、ではないと思うけど)わたしがミナスに連れ去られてしまったことを甚く気にしていた。




