新たなお守り
「はい」
わたしはきっぱりと答える。
「帰りたいんだな」
……帰りたい?
「向こうの世界に」
ライルさんは淡々とそう続けた。
向こうの世界……。
そうだ……。
わたしは日本に帰りたかった。
けれど帰りたいなんて気持ちも忘れてしまうくらい、毎日色々と起こりすぎて……。
「あの男が好きなのか?」
ライルさんは真剣な表情でわたしを見つめている。
「あの男?」
「向こうの世界のお前の幼馴染、『シノミヤハヤト』とかいう男だ」
「隼人……ですか?」
ライルさんの口から隼人の名前が出てくるなんて意外だった。
そして一度教えただけの彼のフルネームを覚えていたことも。
「ライルさんが聞いているのは恋愛対象として……ということですよね?」
「ああ」
「だったら……いいえ、です。勿論隼人のことは大切で……大好きですけど、それは家族的な広い意味合いでの好き……なので」
ライルさんは考えるように自分の顳顬辺りに手を置く。
「では、向こうの世界に別な想い人がいるのか?」
さっきから一体どうしたのだろう。次々と、的外れなことばかり。
「違います。あの、わたしが好きなのは」
「言わなくていい」
ライルさんはわたしの言葉を遮る。
「向こうの世界の人間の名を聞いたところで、俺には分からない」
だから、違うのに……。
「どうしてそんなことばかり聞いてくるんですか?」
わたしは思い切ってそう尋ねた。
「……頑なにジェイド王子を拒む理由が知りたくてな」
ああ……そうか……。
そう……だよね。
わたしに興味があるわけじゃない。
ライルさんがいつも考えているのは、ジェイド王子とサイネリアのこと。
きっと今、わたしがあなたに好きだと告げても困らせてしまうだけ。
いくら拒否されようとわたしの気持ちが変わることはないけれど、せめてカナン国の問題に全力を尽くしてから伝えるべき。勢いに任せて言ってしまわなくてよかった……。
気付くとライルさんは無表情でわたしの胸元を見ていた。
胸元が開いていないドレスを選んだつもりだけれど、どこか変なのだろうか?
「あの、ライルさん?」
「……碌なことに使わないようだから返せ」
ライルさんはわたしに手を差し出す。
「え?」
「ネックレスだ」
わたしも自分の胸元にかかる護身用のネックレスに目を移す。
美しいネックレスだか、単なる装飾品ではない。身を守るため特別に借りていたものだ。返さなくてはいけないのは分かっていた。
でも……。
「あ、あの……もう少しだけお借りしていたらダメでしょうか?」
「何故?」
「実は、お守りを失くしてしまいました。だから代わりというわけではないですが持っていたいんです」
「お守り……? まさか、あの俺の服のことか」
「……そうです」
「お前の考えていることはさっぱり分からない」
ライルさんは怪訝な顔でため息をつく。
それはこっちのセリフだと言いたかったけれど、ここはぐっと堪える。
「……代わりにこれをやるから剣は返せ」
ライルさんは自分の額のリングを外すと、それをわたしに差し出した。
全力で左右に首を振る。
いくらなんでも、普段ライルさんが使っているものは貰えない。
「イミテーションだと言っただろう。別に無くても困りはしない」
「いいえ、ダメです。そのリング、ライルさんにすっごく似合ってますから!!」
「お前にだって似合う」
セリフだけ聞くと褒められているようだけど、言い方は冷たくいつもと変わらない。
そんなに簡単に手放せるなんて、ライルさんにとってそのリングはどうでもいいものなのだろうか?
「お守りっていうのは、そんな目立つ綺麗なものじゃなくていいんです。できればまた服の切れ端とか、この際、解れて服から少し出ている糸とか、もうなんでも。こっそり見えないように持っていたいので」
わたしは思っていることを正直に伝えた。
「お前、正気か?」
ライルさんは呆れた顔でわたしを見る。
瞳の色はリーフグリーン。
やはりどんな表情でも美しい。
「すみません。無理なことを言って……」
「無理とか……そういう問題ではない。どうかしている。なんでそんなゴミのようなものを欲しがるんだ」
彼はしばらくわたしを見ていたが、目を閉じるとリングを両手で持った。そしてそのまま何か呟く。
リングは一度切れて螺旋状に何度か巻き付いた後、素早くまた1つのリングに戻った。
大きさは直径5センチほど。元のリングよりかなり小さくなっている。
「これなら腕輪として使えるだろう。見せたくないのなら服の下にでも着ければいい」
ライルさんは、今度はその腕輪をわたしに差し出す。
それは本当に素敵な腕輪だった。
でもやっぱりライルさんの額のリングだったものを貰うのは躊躇われた。
「汚い布より幾分マシだろう。気に入らないならデザインを変えてもいい」
「いえ、そんなこと……」
もうここは遠慮している場合ではない。
ライルさんは、自分が普段使用しているものをわざわざわたしのために作り変えてくれたのだ。
もはやお守りというより宝物……。
お礼を言って受け取る。
そして首に下げていたネックレスをライルさんに返した。
「……お前の世界では魔術師は神にも等しいのか?」
ライルさんは突然そう聞いた。
考えたこともない、難しい質問……。
そもそも向こうには魔法なんて存在しない。
だからライルさんのような人が居たら神扱いされてもおかしくはない。
彼は空間を移動することができ、時間すら止められる。
「そうですね。もしかしたら」
「……なるほど」
ライルさんは神妙な顔で頷く。
向こうの世界……といえば、1つ気になっていることがあった。




