オレに話して
正面から、視線。
少し前を歩いていたジェイド王子が立ち止まってこちらを見ていた。
「どうしたんですか?」
わたしは足を止め、ジェイド王子を見返す。
「いえ……」
彼の視線の位置が妙に低い。
「あ!! ごめんなさい!!」
クライはそう言って、突然勢いよくわたしの手を離す。
え?
「……クライ、大人気ない真似をして申し訳ありません」
「うん。分かるから、いい。オレが……悪いの」
クライはわたしから離れ、1人で宮殿に向かう。
「クライ?」
「また後でね、セリア」
クライは一瞬だけ振り返ってそう言った。
どうしたんだろう。
わたしはぼんやりと、さっきまでクライと繋がっていた自分の左手を見つめる。
「そんなことにすら耐えられないなんて……余裕がなさすぎますね」
ジェイド王子は自分の額に手をやると、そう言ってため息をついた。
「あの……?」
わたしはジェイド王子を見つめる。
少し話しづらい。わたしは数歩、歩いて彼との距離を縮める。
「ジェイド王子、心配をかけてしまって本当にすみませんでした。わたしより王子の方がずっと休んでなかったんじゃないですか? 今日はゆっくり休んでください」
わたしは彼を見上げてそう言った。
「……少し幼くなりましたね。髪が短くなって」
彼は優しい瞳でわたしの髪に目を向ける。
「あ、やっぱり気になりますよね。でも、好きで、あの、良かれと思って自分で切ったんです。窓から逃げるのに邪魔だったので……」
「そんな風に髪を切ってまで、一体誰のもとに」
「え?」
「いえ、いいんです。何でもありません」
ジェイド王子は微かに首を振る。
それから、
「本当によく無事に帰ってきてくれました。……お帰りなさい」
と言ってふわりと笑った。
宮殿に入ると、侍女さんたちが泣きながらわたしを迎えてくれた。
彼女たちにまで、そうとうな心配をかけてしまっていたようだ。
元居た部屋とは別の部屋に案内される。
そういえば、天井に穴を開けられたんだっけ。さすがにそのままになっているとは思えないけど、またあの部屋に戻れば嫌でもスサトさんを思い出してしまう。
そういった配慮からかもしれない。
彼女たちの後に続き新しい部屋に着くと、扉の前にクライが立っていた。
「セリア、疲れているのにごめんね」
クライはそう言った。
「オレなんか馴れ馴れしくしたらダメなの……わかってるけど、少し話していい?」
クライの瞳の色が暗い。
「クライ? さっきから変だよ? オレなんか、って何? 少しだけなんて言わずに、クライさえよければずっと一緒にいて」
「セリア……」
クライは戸惑いの表情を浮かべる。
「中に入って話そう」
わたしは再びクライの手を取り、部屋に入る。
侍女さんたちは「お茶と軽食を用意します」と言って部屋を離れた。
白とベージュ、所々淡いレモンイエロー、明るさの漂う綺麗な内装の部屋だった。
わたしとクライは向かい合わせでソファーに座る。
やはりクライにいつもの明るさはなく、ずっと神妙な面持ちで俯いている。
「セリア、オレに話して」
重い口を開いて彼はそう言った。
「え?」
「セリアが何を考えているのか、オレに話して。主、あんなだし……。オレは喧嘩なんてしてる場合じゃないって思うから」
「そうだね。思っていることをはっきり言うのって大事だけど、やっぱり最終的には分かってほしい。あ……そうだ!! まさにそれ、なんだよ!!」
「何……が?」
「トキ王子とジェイド王子のこと。難しくてもせめてお互い分かり合う努力だけはしてほしいなって。わたしのことは別に、ちゃんと兄弟で話し合ってほしいって、そう思ってるの」
わたしは勢いよくそう言った。
クライは何度か瞬きをする。
「セリア……。セリアってすごいね」
しばしの沈黙の後、クライが呟く。
わたしは左右に首を振った。
「わたしの気持ちだけで全てが上手くいくなんて思ってない。でも何もしないよりもずっといいかなって。それに、ホントはわたしの我儘だから」
「我儘?」
「うん。やっぱり結婚するつもり……ないの」
「どうして?」
クライは心底驚いたような顔でわたしを見た。
「ジェイド王子がセリアのこと、どんなに大切に想ってるか、一緒に過ごして分かったでしょ?」
勿論それはよく分かっている。
けど……。
そこで遮るようにノック音が鳴り、侍女さんたちがワゴンでお茶を運んできた。
いい香りと温かい湯気がティーカップから立ち上る。
喉が渇いていたわたしは、すぐにお茶を一口飲む。
スワリだ……。
侍女さんから聞いて知ったのだけど、スワリはナギの名産品らしい。侍女さんたちの心遣いが嬉しかった。
飲食をしないクライは、黙って考え込むように遠くを見ていた。
「あの、クライ。少し気になっていることがあるんだけど、ライルさんに聞きづらいからクライに聞いてもいい?」
「……うん」
クライはゆっくりとわたしに視線を戻す。
「キス……しなくてもできるんだね」
「え? キス?」
突拍子もない質問だったのか、クライはあたふたしてソファーから崩れ落ちた。
「向こうであのキリクって人から聞いたの。体のどこかに触れるだけで治癒できるって。それともキスじゃないと駄目な場合があるのかな?」
「治癒……。あ、森を移動した時のことを言ってるの?」
わたしは頷く。
クライはソファーに座りなおし、困ったように俯いた。
彼の頰が赤い。
「セリア、よく考えてみて? 最初に主に治癒してもらったのっていつ?」
「……あのキスの時だよね」
クライは赤い顔のまま、ため息をつく。
「セリアが目覚めた日の夜中、主がセリアのところに行ったでしょ。それでキニュレイトを使ってセリアの体を楽にしたよね」
「うん」
「あれって治癒だと思わない?」
「あ……」
「セリアってしっかりしてるように見えて、やっぱりどっか抜けてるよね」
そう言ってクライは笑った。




